10話「カイテル公爵と公爵夫人」
――レーア・カイテル視点――
オーベルト男爵がなかなか目覚めないので、彼を公爵家の馬車に乗せ、男爵家まで送らせた。
私は馬車がないので、チェイを担いで屋根の上にのぼり、民家の屋根から屋根に飛び移りながら帰った。
馬車で帰るよりずっと早いわ。
これからはこの方法で学園に通おうかしら?
公爵家に帰り着いた私は、チェイを従えて、まっすぐにお父様の執務室に向かった。
執務室にはお母様もいらした。
父と母が揃っているなんてちょうどいいわ。
お二人に今日学園で起きたことを、聞いていただこう。
「…………ということがありましたの」
私の話を聞いた、お父様とお母様は般若のような顔をしていた。
第一王子の身が心配ですわ。
除籍処分で済むかしら?
お父様とお母様に殺されないといいけど。
「今お話ししたとおり、第一王子に婚約破棄を突きつけられましたの。
つきましてはお父様、後で王族がしのごの言ってこないように、私と第一王子の婚約破棄に関する、正式な書類の作成をお願いいたします。
それから王族との交渉時に優位に立てるかと、チェイが食堂での一件を全て録音しておりましたの。
よろしければお役立てください」
私はチェイから録音機を受け取り、お父様に手渡した。
「あの凡骨王子は、わしの可愛いレーアを罪人に仕立て、国外追放しようとしていたのか!
しかも、大勢の前で突き飛ばすなど、紳士の風上にも置けない男だ!
レーアが厳しい王子妃教育を受けている間、第一王子はビッチな伯爵令嬢と浮気していたというし。
本当に第一王子は救いようがないクズだね。
ろくでなしの生ゴミだね。
ゴキブリと同等だね」
「あなた〜、そんな言い方をしては失礼ですよ。
ゴキブリに〜」
お父様もお母様もかなりご立腹のようです。
お父様が今の精神状態で、お城に乗り込んだら、城を破壊してしまうかもしれませんわね。
お父様ほどの実力があれば単身で城を制圧できますから。
「そうだねママ。
王子とゴキブリを一緒にしたらゴキブリに失礼だね。
あいつはゴキブリ以下の存在だね。
……………いっそのことひと思いに殺してしまおうか?」
お父様、真顔でボソッとつぶやいた。
お父様が不穏な言葉を言ったような?
気のせいかしら?
「あらあなた〜、あっさり殺してはつまらなくてよ〜。
目玉をえぐり〜、両足を斬り捨て〜、暗く冷たい地下牢に放り込むとか〜。
あるいは鉱山で死ぬまで強制労働させるとか〜。
もしくは魔法薬の実験台にするとか〜。
でなければ生きたままモンスターの餌に……」
「ストップ。
お母様もういいですわ」
お母様なら本当にやりかねないので怖い。
「私がお父様にお願いしたいのは、第一王子の有責による婚約破棄と、それを証明する書類だけですわ」
「そんなんでいいのかい?
レーアは慎ましやかだね」
「お願いできますか?」
「そんな書類を作るなんて朝飯前だよ。
国王が書類にサインしないとゴネたら……エーダー王家を消してしまえばいいのだから」
「さすがあなた〜。
王族相手にも強気の発言ができるなんて素敵ですわ〜。
惚れ直してしまいましたわ〜」
お母様がお父様の体にしなだれかかる。
「ママ、娘の前だよ。
それに可愛い娘のレーアの頼みだ。
叶えて当然だよ」
いちゃいちゃしながらにこやかに微笑むお父様とお母様。
お父様は勇者の血を引いていて剣神持ち、お母様は魔女のスキルの持ち主。
この二人が本気になれば王都は一日で焼け野原になるだろう。
今まで勇者であり初代カイテル公爵でもあるご先祖様の遺言を守り、王家を主君とし仕えてきましたが、それも父の代までになりそうですわね。
国王陛下は、父と母を怒らせるととんでもなく厄介なことを知っていた。
だからカイテル公爵家の人間を、家族のように大切に扱ってきた。
第一王子は国王が築いてきた信頼関係を、一瞬にして崩壊させた。
父が国王陛下と謁見したら、第一王子の除籍は決まったも同然だろう。
「お父様、もう一つお願いがございます」
「なんだいレーア。なんでも言ってごらん。
パパに出来ることならなんでもするよ」
今、なんでもするって言いましたわね。
チェイを横目で見ると、録音機を取り出し、しっかりと録音していた。
二台目の録音機を持ち歩いているなんて、チェイは本当に優秀で頼りになりますわ。
お父様、言質は取らせていただきましたよ。
「第一王子に立ち向かい、私の冤罪を晴らして下さった方がおりますの」
「へー、あの学園にもそんな気骨のある者がいたのだね」
「名前はミハエル・オーベルト男爵。
私と同い年ですでに家督を継いでおられますのよ」
「同い年の男ね……」
お父様の眉間にシワが寄る。
私が殿方の話題をすると、すぐに不機嫌になります。
困ったものですわ。
「私、その方に恋をしました」
「はぁっ!!?」
お父様は額にいくつも怒りマークを浮かべた。
「私、生涯をかけてオーベルト男爵をお守りしたいと思いました」
「あら、レーアちゃんの初恋ね〜。
ママ応援しちゃう〜」
「ありがとうございます。
お母様」
「ちょっと待ってママ、相手の気持ちもあるし……!
その男がレーアちゃんを振ったら殺す。
その男がレーアちゃんに惚れていてレーアちゃんと両思いでも殺す……むぐっ!」
お母様がお父様の口を塞いだ。
「レーアちゃん、続きを聞かせて〜」
「はいお母様。
オーベルト男爵も私を好きだと言ってくださいました。
オーベルト男爵家に嫁ぎたいと思っております。
先程お父様は『なんでもする』とおっしゃいましたよね?
お父様には、オーベルト男爵家へ婚姻の申し込みをしていただきたいのです。
聞いてますか?
…………お父様?」
お父様は泣きべそをかいていた。
「あわわわ……!
わしの……!
わしの可愛いレーアちゃんが……!
お、おおおおおお、お嫁に行ってしまう……!!」
「まあまあ、困った方ね〜」
お母様が、部屋の隅で泣きべそをかいているお父様を慰めにいった。
私は八歳のときに第一王子と婚約した。
お父様も、私がいずれどこかの家に嫁ぐことは分かっていたはず。
私に好きな人ができて、その方と相思相愛になったぐらいで、何を今更驚いているのかしら?
「そんな顔をしないでレーアちゃん。
お父様はレーアちゃんと第一王子の婚約が破棄されたことで、レーアちゃんが嫁がずに一生この家にいると思い舞い上がってしまったのよ〜」
お父様はあのちょっとの時間に、第一王子にブチ切れながら、心の中で舞い上がっていたのですか。
お忙しい方です。
カイテル公爵家は弟が継ぐ。
弟だっていつか結婚する。
行かず後家になった私がいつまでも公爵家に居座ったら、弟夫婦の迷惑になる。
そんなのは嫌だ。
「お父様は、レーアちゃんが初恋をしたと知ってショックだったのね」
「私だって恋ぐらいしますよ」
いずれにしても、剣神持ちのお父様が泣いている姿は希少だ。
音声だけでなく、映像で記憶したい。
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