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1話「女神」




――ミハエル・オーベルト視点――




あれは三年前、学園に入学して一カ月が過ぎた頃のこと。


「おい貴様!

自分からぶつかっておいて挨拶もなしとはいい度胸だな!

オレがイルク侯爵家の長男だと知っての狼藉か!」


食堂でトレイを持って歩いていたら上級生がぶつかってきた。


ぶつかった弾みで持っていたトレイが床に落ち、ビーフシチューが飛び散った。


「イルク様の制服が汚れてしまっただろ!」


「どう責任を取るつもりだ!」


僕に絡んできたのは、イルク侯爵家の子息マクベス様とその取り巻きだった。


ビーフシチューがマクベス様のズボンにシミを作っていた。


マクベス様は下位貴族をいじめるから目をつけられないように気をつけろと、入学した日に隣の席の子に注意されたばかりなのに……。


「す、すすす……すみませんでした!」


貧乏男爵家の子息の僕は頭を下げることしか出来なかった。


「イルク様にぶつかっといてそれだけか?」


「えっ?」


「察しが悪いなこれだから田舎者は困るんだよ、土下座して詫びろって言ってるんだよ」


「マクベス様の靴を舐めて許しを請え」


マクベス様の取り巻きがそう僕に命じた。


食堂には沢山の人がいたが誰も僕と目を合わせてくれなかった。


教師すら面倒ごとに巻き込まれたくないのか無関心だ。


「どうした、謝れないのか?」


「す、すみません」


僕がそう言うとマクベス様とその取り巻きはニヤリと笑った。


「ならさっさと土下座しろ!」


「……はい」


マクベス様の取り巻きにいわれるままに、僕が床に膝を突こうとしたとき。


「お止めなさい」


凛とした女性の声が響いた。


「あなたは何も悪くないわ。

土下座する必要はありません」


彗星のように僕の前に現れたのは、腰まで届く艷やかな赤い髪、宝石のように輝く緑の瞳の、つり目が印象的な見目麗しい少女だった。


少女は僕の前に立つと、毅然とした態度でマクベス様に向き合った。


「悪いのは彼にわざとぶつかり因縁をつけてきた、イルク侯爵家のご子息とそのお友達の方々よ。

大勢でよってたかって新入生をいじめて恥ずかしいとは思わないのですか? 

イルク先輩?」


整った眉を釣り上げ、少女はイルク侯爵子息とその取り巻きを睨めつける。


「貴様! 

言わせておけば……!」


「私は本当の事を言っただけですよ」


少女とマクベス様がにらみ合う。二人の間にバチバチと火花が散った。


「や、止めましょうよ……マクベス様」


「この方は、カイテル公爵家の令嬢レーア様ですよ」


「な、何?! それは本当か?」


「燃えるような赤い髪、新緑のような緑の目、整った目鼻立ち、間違いありません!」


「宰相の娘で第一王子のベルンハルト・エーダー殿下の婚約者の、あのレーア様ですよ!」


「ベルンハルト殿下といえば王太子の第一候補じゃないか!」


マクベス様の顔にはまずいと書いてあった。

 

「きょ、今日のところは貴様の勇気に免じて許してやる! 

お前らいくぞ!」


「「「はいっ」」」


マクベス様は子分を引き連れて、そそくさと食堂を出ていった。


レーア様は僕を振り返り「大丈夫でしたか?」優しく声をかけてくれた。


つり目がちな目を細めほほ笑む彼女の姿は女神そのものだった。


僕は一瞬で彼女に心を奪われた。


「はい、えっ……あっ…うっ、その……あっ、ああああっ……あ、りがどう、ございまじだっ!」


彼女にお礼をしようとしたがめっちゃどもった上に噛んだ。


お礼一つまともに言えない自分が情けない。


気がつけば僕の足はがくがくと震え、額から滝のように汗が流れていた。


マクベス様に因縁をつけられた恐怖が足にきていたらしい。


そんな情けない僕を笑うことなくレーア様は、スカートのポケットからハンカチを取り出し、僕の額にあててくれた。


「すごい汗、どこか具合が悪いのですか? 保健室に行かれた方が」


「だだだだだだ……大、丈夫でず」


またどもった……かっこ悪い!


「お嬢様、第一王子殿下がお呼びです、至急教室に戻るようにと」


一人の女子生徒が近づいてきてレーア様にそう告げた。


「今行くわ、チェイ伝えてくれてありがとう」


チェイと呼ばれた女生徒は、学園の制服に身を包んでいるが、レーア様の友達という雰囲気ではなかった。


もしかしたらレーア様の使用人かもしれない。


レーア様が踵を返すと、燃えるように赤い髪がふわりと揺れた。


レーア様の髪からは、優しく甘い薔薇の香りがした。


「あっ、あの、ハンカチ……」


「よろしければ差し上げますわ」


そう言ってレーア様は優雅にほほ笑み、颯爽と食堂を出ていった。


レーア様が去ったあとも僕はしばし夢見心地で、彼女が出ていったドアを見ていた。


ふと我に返り握りしめていたハンカチを見ると、赤い薔薇の刺繍が施されていた。


「レーア様……女神のように美しく、凛々しく、慈愛に満ちた方でした……。

またお話しできるでしょうか?」


ボソリと漏らした僕の言葉は、誰にも拾われることはなかった。



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