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ほのぼの

《《->》》

side 木瀬野


 ペンを握っていたら友人から連絡が来て、僕はペンから受話器に持ち変えた。

なにがどうなったかは知らないが、彼の過去やトラウマを、「あの子のためだから」と聞き回る詐欺が横行しているらしい。

いかにも詐欺師がやりそうな手段だ。


別に詳しくはないけど、どのみち僕は心理療法的に先回りはタブーだと思う。

『あの子のため』を語るひとほど、自分のためだったりするものだ。


見ず知らずのやつか、

クラスメイトが、べらべら自分について話したことが、まず知られる。

これは警戒心が強そうな子にはまず友情を破壊しかねない。

僕が医者だったとして、

こんなことあったんだって?


と相手が話してもないことを話題にするのも、危険なことだと思う。

警戒心をまたしても強めてしまうだろうし、誰にでも『心の準備』があるものだ。

先入観で接することが、傷つけてしまうことは容易に想像ができる。

幼い僕が、カウンセラーの真似事をしていたのだってそうだった。

カウンセリングの先生の『先回り』によって深く傷ついてしまったから。



――なんで知ってるの?

――ゆうくん、あのこと誰にもいわないっていったのに!


ゆうくんはね、あなたが心配だからね、と説明する先生が僕には酷く醜く歪んで見えた。


彼には問題をクリアすればいいということしか頭になくて、

感情の機微や、複雑な心理についてまったく念頭になかったんだ。



 少し机から離れて目を閉じて横になると、懐かしいことが蘇りかけた。友情も、トラウマも全部あれを受けて変わってしまったっけ。


先回りは、強引に心をこじあけてるのと変わらない。強盗だ。小手先の技術に甘えるばかりじゃなくて、そうまずは、自分が『頼りたい』って思われてなくちゃいけない。

……思われていただろうか?

 慌てて通話を終えたあとスケッチブックを広げた。









side 綺羅


 ペットのハリネズミである『ひゃくたん』『あいち』『にいみ』にご飯をあげてから、私は意を決してでんわした。

最近、なぜか秋くんが来ないの。


学校、教室。部活にもだ。

どうしたんだろ?

先生も何も言わないし、クラスメイトたちも、今はカンベの話題ばかりしている。

どころか、秋くんをハブいてしまおうとさえしてる噂をちらほら耳にしていた。

 本人からなにか、せめて元気な声だけでも聞きたくて、私は決めたのだ。手を洗い消毒してきた指は、まだアルコールのにおいがしてる。

ひゃくたんが、もぞっと動いて、おうちのなかからふあんそうに私を見上げたから私は、だいじょぶだよー、と明るくピースしてみた。

 コール音にだんだん飽きてきた頃、ようやく電話が繋がった。

『おかけになった電話は電波のとどかない場所か……』



無機質な応答メッセージが、分厚いかべのようだった。






Side 秋弥


 俺を抱き締めたなっちゃんは、なぜかずっと謝っていた。


自分のせいだとか、悪かったとか言っていた。

そうかもしれないし違う気もする。わからない。

ただただ、心の中をなにかがかきむしるような痛みが、俺の中にあって、それに支配されたようにもがいていた。


なにもわからない。

わかる気もしない。

ただ、誰かのせいだ、と報告するだけのそれは、俺にもどうしようもない。

なら、どうにかしてくれとそればかり思えた。


「なっちゃんのせいなら

」


と、俺はなっちゃんの首に両手をあてる。

なっちゃんは、微笑んでいて、享受するようなそれがまた俺を苛立たせて手をはなした。


「死ね……よ……」


ふらりと、立ち上がり、携帯だけ持ったまま、外に飛び出す。



なにしに、行ったっけ。


頭が正常に働いてなくて、もう、いっそ、誰かが、俺を、






「俺ね。

翼が生えて、空に、行くんだ!」







わあああああ!!


俺は叫びながら、プールに飛び込む。

木瀬野さんが、苦笑いしながらその横で見ていた。

水は、ゼリーみたいで、でも水で、沈みもしないのに、固まってもなくて、俺はそこでぷかぷか浮いていた。


「木瀬野さんも、おいでよ」


「僕は、いいよ。濡れたくないから」


木瀬野さんは、俺を見ているだけで充分だと椅子に座っていた。


「つまんねーの」


浮いていたら、空から、棒のついたアイスクリームが降りてきて俺はそれを食べた。

木瀬野さんも食べている。

「美味しいね」


「はい」



部活の顧問の先生が来て俺らを見て微笑んでいた。


「お前ら、元気だな。八阪に住む甥を思い出す」


「え?」


「いや、なんでもない」


「悪い、遅れた」


甥の話を聞いてたらなっちゃんがやってきて同じようにプールに入った。

「どうかしたのか?」


「なんでもないよ!」


なっちゃんは、バナナボートに乗って来て、それに座っていた。

なんだかシュールな絵で少し笑えてしまう。


「なんでそれなんだよ」


俺が笑いをこらえながら言うと、お前も乗れ、と座らされる。

バナナボートに二人で座っていたら、木瀬野さんが吹き出したように笑った。


「いいね、それ」


そう言い、何かをスケッチブックに、くれよんで 描いていくみたいだ。

少しして見せてもらうと、バナナボートと俺たちがプールにいる絵だった。ひとしきり、それについて話して盛り上がった。

いつのまにか、先生はいなかった。


そのあと


「なっちゃんと付き合うことにしたんです」


木瀬野さんに言うと、彼はおめでとう、と言った。

「でも、なんで僕に」


「偏見とかないかなって、なんとなく。信じられる気がしたから」


「うん。そうだね、僕は、そういうのに偏見はないよ」


木瀬のさんと、なっちゃんと、そのあともはしゃいだ。



身体がだんだん日差しであつくなってきて、プールからあがろうとした。

なっちゃんは先にあがって、歩いていって、木瀬野さんもはやくおいでと言っている。


いかなくちゃ。


足元は、ぐしゃ、と少しのかたさを伴いながら崩れつつ足を掴まれた。

前に進めない。

身体が重たい。


「なっちゃん、木瀬野さん」


まって、俺を置いていかないで。

俺は、この中に、沈んだままどこに行くことも無く、ただ死んでしまうのだろう。


まだ遺書の続きを書かなきゃ。

 身体が熱くて、溺れていきそうだ。嫌だな。

飛んでいくはずなのに、なんで、俺は……


――ぐにゃり、と世界が曲がる。

水面が揺れて俺を飲み込む。交遊関係が狭いから走馬灯も、あまりないなと笑った。


木瀬野さんが居たのは、むしろ奇跡くらいだ。


 SNSなんかも、昔少し試してすぐ嫌になった。

ネットであっただけのやつなんか信用できない俺には、やはりそういうコミュニティも合わなかったのだ。

救いなんか、無理な話だ。


 それに実際、個々に関わるのは重いのだと思うし、ネットには、単にファッションで悲しいふりをするやつも多い。

人から聞いた話をアレンジして自分みたいにしてしまうやつもいる。


仲間だと思ってたら、サクラだったり。


繊細なやつほど、慎重なやつほど、それを見抜くのに神経を使って、壁を作って、愛想笑うのがああいう場。

でも、誰も教えない。


長く上手くいくなんて早々ない。





Side綺羅


 あれから数日しても、彼は来ない。クラスでもカンベのファンであるゆりなたちが作品の話をしていた中でも、


私はひたすら上の空だった。


だから「綺羅、どうしたの?」 なんて聞かれてしまった。


「なんでもない!」


「もしかして恋ですかー?」

池野さん、梅実、麻衣たちがにやにやと私を見つめる。そういうんじゃないって!


「麻衣は口軽いからやめた方がいいよ、ゆりなの好きな人とかも実は言いふらしてたし」


池野さんがこそっと私に教えてくる。

だから違うって。


もう二週間になる。

どうしたのだろう。

電話も繋がらない。

先生は、個人のことだからとあまり教えてくれなかった。

 池野さんがあんな話をしてるけれど、ゆりなは麻衣のことがとても好きなようだ。

これは、どこか別れた場所でゆりなが居ないときに悪口をいうパターンのやつだろう。

あぁ……なんか、めんどくさいな。











 目を覚ますと、なっちゃんの家のベッドの上だった。


「あれ?」


「ああ、おはよ」


なっちゃんが、安心したような顔で俺を見た。


「急に出てって、倒れたから、ビビったわ」


そうか、俺は、倒れたのか。ぼんやりした頭が、見慣れてきた部屋を見つめる。


誰だったか、言っていた。

孤独は、世界の広さを知らないからだ、とかなんとか。そういや俺みたいなやつは居るだろうか。会えてないが、死ぬまでに、話してみたい、なんて奇跡か。


「……運んで、くれたんだありがと」


「あぁ、いいよ。心配した」

なっちゃんは、穏やかな顔で俺を見つめて額に口付けた。

途中、机におかれたなっちゃんのスマホが鳴り出して慌てて距離をとる。

画面には ヒジキ と書いてあった。


「変わった名字だね、誰」

「比敷か? ただの塾の知り合い。前にファミレスに居ただろ、

あのゴーリキちゃん似な、ショートヘアの子」


そうだっけ。

あんまし見てなかった。

通話が始まったら、俺は暇でなっちゃんの膝の上に座ってみたり、こちょこちょしてみたりと、遊んでいた。


こうしてみると、なっちゃんは交遊関係が広いような。

 俺は、理解されようとして来なかったから、浅い気がする。

少なくとも俺自身を満たしたものはあまりなかった。

 理解を求める相手が必要だからと、無理に相手に背負わせるのはまた、違う。



カンベの汚い手をどうにかするには、あのノートの持ち主だとわかるように言わないとならない。

でも俺とノートの内容を結びつけられたくはない。トラウマを暴露され、よりほじくり返すようなものだ。


けれど、町中や、いろんな書籍を見た限りでは俺が何らかの形で出ていかなかったら、ニセモノをつくって俺だと言って出てってしまうだろうって勢いを感じる。


そしたらいよいよ、俺はどこからも居なくなる。

自宅にある、『それ』を自分で人前に晒す行為はとても残酷で非情なものだ。


だけど……、ぎゅっとなっちゃんにしがみついたままの状態でぬくもりを感じつつ、俺は決意する。

どうせ死ぬかもと考えたら。


それさえもなかったことにされて、俺の軌跡は何もなくなると思ったら。それは悲しかった。

(俺なりに、書くしかない……)


ノートは見せたくない。

けれど、それを思わせる作品をつくってみよう。それとなく、やめて欲しいことを理解してもらえるかもしれない。

なっちゃんが通話を終えて、俺を抱き返した。それに甘えながら呟く。

「俺、怖い」


書きたくなんか、本当は文字なんか見たくない。見たくない。

でも、このままじゃ俺はどこからも殺されて、何つ存在しなくなる。


「だから、がんばる」





 木瀬野さんに会いに行くのは久しぶりだった。緊張で身体がガチガチだったものの、どうにか前に教わった住所に向かうことができた。


「あの、もしもし」


着きました、と連絡すると、久しぶりだねと彼はすぐに迎えてくれた。


「……いろいろ、ありまして、その」


何をどういおうか迷った。木瀬野さんは、じっと待っていた。

俺は事情を話した。


「実は、僕も困っていてね」

木瀬野さんは突如そんなことを言った。


「最近、ネットの匿名性もあって盗作や成り済ましでつくった創作物を、持ち込むことが増えてきてるらしいんだけどね……」


木瀬野さんは言う。

自分が描いた絵もプロになった人に使われたことがあること。

 ある人が描いたキャラクターのグッズデザインが公式で販売されてしまい、パクリだと言われるようになった話もあると。


「そういうことが起きているようなんだよ」


創作をビジネスに結びつけると見せかけた買いたたきや押し売り詐欺……


「僕はきみとは、立場は違うけど……

でも誰かの一部を、誰かがこうやって奪ってる」


 詐欺グループの資金源になっているときもあるらしい。

木瀬野さんが、話しながら滅多に見ない辛そうな顔をしたのがやけに印象的だった。


「まぁ、外じゃなんだから、なかに入る?」


にっこりと笑って木瀬野さんは、家へと案内した。



 久々に来たというのにほっとする室内だった。

「その表情、天然?」


「え」

木瀬野さんが突然そんなことを言い、俺はなにかと聞き返す。


「なにがですか」


「いや……。まわりにあまり興味が無いことから来てる無計算か」


「……?」


 確かに、興味があまりない。河辺と付き合った理由も心がほしかったからだった。

それを動機にできてしまうくらいに俺には心がたりないのだ。好き、嫌いよりも、『心』が欲しい。

 なっちゃんのことは好きだけれど、べつに好きだからと付き合わなくてはならないという考えではなくて。




「俺が周りにむける愛情はストックホルム症候群に似ているらしい、です」



誰であっても。


「ひどい、ですか」


愛せるかもしれないのは。

「付き合うのは、その人を心のなかでは拒絶するための手段、なんだと思います……」


怖いから、繋ぎ止める。何をするかわからないから付き合う。


「好きだと言う想いはそれと別にあります。


だけど、長時間居ると、他人と居る自分が怖くなって、おかしく、なって」


木瀬野さんの手が、両手をそっと包み込んで怯えて凍えてた心がほぐれるようだった。


「そっか、他人と居ること自体が怖いんだ……支えにしていた『ノート』もないもんね。話したくなったら話して」








side 木瀬野


 彼は、俺とやや距離を開けて隅の方にちょこんと座った。

突然連絡が来たかと思うと、今度は不安があるらしい。


いつも楽しそうにしているように見えたけれど、彼はとてつもない不安定なものを抱えている。



 そのギャップには僕ととても近いものを感じた。


人は常になにかルーティンを作る。

物の位置が同じでないと、パニックを起こしてしまうとか、必ず朝はこれを食べるとか、そうすることが心を守る。


彼は、いつも通りにニコニコしていつも通りに周りと話したり話さなかったり、その精神状態を産み出すこと自体がそれなんだと思う。



少し席を立ち携帯を開いた。


「カンベ」と書かれたアドレスからのメール。

僕が送った質問の答えがある。

友人と話をしたあと、

それと別に送ったのだ。

「いつもと違う彼が、俺にしか見せない姿が見たかった」


それが、書いてあった。

しかし恐らくそれは、存在しないのだろう。

彼の『本当の』心、それはノートの話を聞かせてもらった限り、もう粉々で使いようがないものの感じがした。


だから、今のようになっていったのだろう。

無関心で無気力で、たまに自分だけの楽しみがあるような。


『みんなに見せている姿が、本当の彼なんだよ。ああやって笑って誰とでも関わることが彼を保っているんだ』


僕は率直に書いて送った。ばかだな。と思う。

心を保っていたものを根こそぎ奪ったから、


彼は『本当の』、『もともと』、『誰にも見せない』今のぼろぼろの残骸みたいな心で過ごさなくてはならなくなった。


目は虚ろだし、ときどき、しゃべったつもりで口だけしか動いてなかったり、何か、話してくれてるらしいが、

文法が、時おりぐちゃぐちゃになっていた。


見ている限り、

言われていることなどは理解しているし、恐らくはストレスにより、気持ちが言葉となるための信号が乱れてしまったのだろう。

それに、ときどき、答えやすそうな会話にはちゃんと話している。

やはり会話が成立するかは負担の割合らしい。


「俺、みたい、にてる、で、……ひどい?」


彼が聞いてくる。

よくわからなくて、僕は微笑んでいた。


「ゆっくり、言ってくれるかな」


 彼が話す内容を丁寧に聞いて頭の中で噛み砕いて理解する。


怖いから、誰かを繋ぎ止めてしまう、愛想よくしようとする心理はまるで誘拐犯と過ごすような心境で、常に他人といるという想像すると悲痛なことだった。


「あ。 それから、ですね」


今日も外を歩いていて知らない男子高校生たちに囲まれた彼は「知的障害者!」と言われたらしい。すぐ、そういうからかいかたをする輩がいる。

恐らくカンベか誰かが金銭を渡して仕向けたのだろう。

本来あるべきでない邂逅。いわば、『間違い』である『状況』を認めることは彼の心を深く傷つけることは想像ができた。

責任者でもなんでもない相手が会いになんか来たら罵倒して、殴り付けて二度と近づきたくなくなるようにしたくなる自分が怖い、と彼は語った。

 著者のことには近づかないで気持ちを吐露する場だから、彼はそれが大事だったのだろう。

それが、自由な自分の姿を、リアルで知られた途端にどこか汚されたような落ち着く空間でなくなる。


だからこそ、ネットなどでも匿名というものが流行ってきたことにたいして、最近、その風潮は乱され、汚れつつある。


匿名の相手とは距離感がわからない、気持ちを制御出来ない、

顔が見えないぶん自由に発言してしまう。

 というのは、『現代病』なのだとテレビでやっていた。

『他人との距離がわからない』ことのトラブルも増えているらしい。

 彼はまさにちょうど、他人との距離を無くされその『わからない』相手の餌食なのだ。

「匿名、なら、いい、です」


え? と僕は彼を見上げる。不安そうな目をしていた。


「俺、今、現実、まざってしまって、話、と、架空が、リアルすぎてその境目、が、同じになったら、心、ぜんぶなくなる、気がする」


現実にいると自覚して、切り離すためには、現実と架空に確かな落差をもうけなければならない。それが彼は歪みきっていた。

毎日鏡の前で『お前は誰だ』と問い続けると精神崩壊するという話があったが、周りがしたのは実質それなのだ。


ひとつひとつは大したことなくても、世界中に散らばれば、至るところに目につく。

なんて惨いのだろう。



「えっと……」


ネットとかからなら、名前とか、使わないで、できるんですよね?

というようなことを、彼は言った。

秋弥って名乗らなくていい場所、ここから切り離してくれる『現実』がほしい。


ぽろぽろと涙をこぼして彼は訴えた。


――それで俺を秋弥って呼ばない人から、その名前だけで呼ばれてみたい。





死ぬ前に、もう充分だと一瞬感じられるくらい『普通に』生きとおして、誰からも俺がわからない、なのに、たしかに俺だとわかる形で生きてみたい。


「ゲームのなかでは最強の勇者でも、


家では地味な服で地味にゲームをしてる。


そういう、落差をふたつもつのに、憧れる、です」



どちらかに疲れたら、どちらかになって休み、また両方をこなす。



それが、生きてるという本質。


『現実にいる』なのかもしれない。


彼は周りが当たり前にやっている、現実と架空、の二つをことなるかたちをどうにか、差別化をはかり、もつことを、今強く必要としていた。

自我を守るにも、それしかない。



そのために匿名で、『たしかに自分が書いた話だ』と他人にもわかるのをつくりたい。いまの経験を、発表したい、と彼は言った。

そのために僕にできるのは何なのだろうかと聞いた。


聞かれたこと、否定されることをただ、証言して、正しいことを保証して欲しいと彼は言った。

 そんなのは嘘だと否定されても、確かに見てたよと、自分が落ち着けるように。

あの場に居たのも、そのときをしっているのも、木瀬野さんくらいだからだ、と。


「自分をどう保ってたか、わからなくて、嘘だって吹き込まれたら、たまに、本当にそうだった気がしてしまって」


現実だったのか嘘だったのか正しいはずなのに、わからなくなりそうだという不安定な状態。


「もちろんまちがってたら、それはそれで教えて欲しいんですけど、なんか、もうなにが、どこまで現実だったかも、俺がだれだったのかも。



たまに、ふっと翼が生えて飛んでいきそう。


俺飛べたよ! って。


全部、嫌なこと捨てて、

なんだか楽しそうに、あたりを走り回ったりするんじゃないかって」

「それと」


急だった。

ガッ、と胸ぐらを掴まれる。


「……俺は、ネタじゃない! 漫画も小説もアニメも要らない! 要らない! 要らないー!」


ボコボコと僕を殴ろうとする彼を、慌てて止める。

「落ち着いて」


「いい加減にやめろ! 著名だろうがなんだろうが他人を食い物にしてんだろ! 全部ゴミだろ!! なんでそんなのの保証しなきゃならないんだよ!! 太ももの打撲なんかどうだっていいだろうが! ちょっと殴られたくらいで事件になるなんて羨ましい身分だな死ねよ。


俺はそのくらいで心配されたことない!

だったら、殴られたい。

恵まれてるって、わかるから! 殴れば済むんなら簡単だろ」

僕は土下座をした。

彼はずっと殴っていたが別に構わなかった。


「すまなかった。きみは、知っているんだね。

僕が、漫画を書いててネタにしていたこと」


彼は何も言わなかった。混乱しているようで、どこか冷静なようでもあった。


「でも、あのままじゃ誤解されたままになるから……」


「だから? 誤解されたままなのなんか今に始まったことじゃない。


それより、なんでゴミがまたひとつ増えるんですか」



立場を利用した搾取だ。 それは永遠に変わらない。

「なにをネタにしていいかも、なんにも、知らされずに勝手に誤解を解く?


それは、単なるプライバシーの侵害に、正当そうないいわけしてるだけ」



もっともだ。

了承を得ずにやった。

誤解を解くなんて、

誤解されたままの方がバラされるよりマシなことだって、現実にはあるだろうに。


「本当は、もとネタとしての、価値が下がるからなんだ」

僕は、世間体と保身しか考えてなくて。

きみのプライバシーや、思い出の重さ、何をネタにしていいかって分別よりずっと、


誤解を解くことしか頭になかったんだ。


彼のことを思うようで、本当は自分のことしか頭になかった。

批難されて当然だ。




「推測で誰かが、適当なこと、言うくらいなら、自分で、言えます」


怒っていて、さらにめちゃくちゃな語彙ではあったが、彼はそんなことをはっきり言った。



「余計なこと、誰にも言われたくない、これからも俺は、ネタにされ続けていくなんて耐えられない!!」



そう。

みんな保身がしたいだけなんだよ。


君をネタにする西金だって、跡川だって、カンベだって、知らない誰かだって。

誰一人、君自身には何も言いに来ない。

当人からすれば似たり寄ったりだろう。

けれど、僕だけはせめて唯一、誠意を見せる存在でいようと思った。


「カンベとは、知り合いで彼から、回って来たんだ。

面白い『読み物』だって。

そのときはまさか、そのまま使うとは思わなかったけれど、許可があるって言っていた」



残念ながら彼の周りの誰一人として、本当の意味で彼について考えている人はいない。


「カンベは、きみのことは、仲良しだと」



「そんなやつ知らない。結局はみんな、俺を裏切ったんです」


彼は、ただ冷静に答えた。冷ややかな目をしていた。


「復讐する気かな」



「復讐?」


意味的に正しくないといっているのか、彼の目が軽蔑したようになった。

「へぇー、ちょっと気分を害したら復讐って騒ぐのが、やりかたなんだ」

「ずっと、謝ってください。他の人のぶんまで」


ガッ、と突き飛ばされて畳に投げ出される。

僕は仰向けになっていた。

「謝って、謝って、謝ってください、他の人はなにも言わないんだ。


でも、それを木瀬野さんなら叶えてくれるだろうから、これは甘えているんですよ? 誰も言わないのに、木瀬野さんは代表してくれる。嬉しいなぁ!」



あははははははははは!

あははははははははは!

あははははははははっ!


彼は高い声で大笑いした。自我が半分くらい乱れていた。だけど仕方がない。ここまでしたのは、僕たちなんだから。



 彼は、僕に足を伸ばして甘えた。

拳を突き立てて甘えた。ときどき、ぼろぼろと泣き、たまにあはははと笑い転げて甘える。

僕は、知った。

いや、思い出していた。


ああ、誰かに甘えるって、痛みを伴うんだ。

甘えられながら、甘やかしながら、僕は考えていた。

 素人がなにか言えば、全部演技と言われてしまうこと。何もしていないなんて言う気なのだ。

万が一プロにならないようにと妨害が酷くなるということ。


それは、つまり、とてつもなく邪魔が入る棘の道だろう。


「きみはどうやら、カンベの、今は山口県に居る友人ってことになっているけれど、証言するならそこからかい」


「……?」


彼は首を傾げた。

山口?


「それはたぶん、姉です」

彼は、いつだったか思い出したらしいことを告げる。





「山口に行くって言ってたし。姉の発言を、俺と混ぜたんだと思います」


それか、何か適当に、彼が誤解したんだろうか。

それか、近所に住む、安田っておばさんか。外で話してたし、山口って単語だけ盗み聞きされ取り違えて何かあやふやな噂をしてしまったのかも。

と彼は僕に甘える手を止めて不思議そうにした。

手が止まったすきに、

僕は、彼を見つめた。

傷ついた顔。


誤った。



と思った。頼まれずとも、何度も僕は、誤ってしまったんだ。


「ごめんね」


こんなに傷付くとは、こんなに身近だとは、思ってもみなくて、

ひたすらに、誤ってしまったことばを、重ねていた。



「ごめん、なさい」


これからきっと何度も、何度も誤るのかもしれないのに、僕は、秋弥君に許されたかった。

許されなくたって、もう少しだけ、話をしたかった。








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