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6/15

夜中

夜中に外に出た。今日は空気がひんやりしていると思う。

外で、誰かが俺を指差して笑っている気がして不愉快だったけど、これもセットか何かなんだろう。


 連絡をしたら、木瀬野さんがすぐに、高台に来てくれた。

安っぽい夜景を背景に、俺は飛び付いた。


「おっと。どうしたの」


木瀬野さんが困ったように笑うが、構わずにそのまましがみついた。

俺のことをよく知らない人は落ち着く。


「笑います。俺、ちゃんと笑えるから、誉めてください」


「そうだね。笑えているよ。よかった」


木瀬野さんがよしよしと頭をかきみだして、俺は心地よさに目を細めた。

「こんなに笑ってるのに、大丈夫か聞かれました。俺は大丈夫なんです」


「そうだよね? こんなに元気いっぱいだからね」


なんだか気を遣わせている気がしてきて、俺は急に不安になった。


「お、重い、気持ち悪い?」


さっ、と距離をあけると、ふっと表情が緩んで木瀬野さんが笑う。


「ううん。違うんだ。きみは、気持ち悪くない」


嬉しくて、俺はまた笑った。


「ドラマ観ましたっ。

はははっ! あははっ!面白っ、くて、あはは!」

「うん、笑ってる。ちゃんと、笑ってるから。


でも、今、僕のところでは泣いてもいいんだよ?」

 俺より広い肩幅とか、柔らかそうな髪とかが、しがみついてみたら、安定感があった。

泣けると思ってそうしたのに、俺からは乾いた笑いしか出てこなくなっていた。


「あははは!あははははっ! ひぃっ……、ふふ、ああ、くくっ、あっ、ははははははは!」


ばし、ばし、と彼の背中を叩きながら俺はひたすら笑った。

「が、はっ、あ……、ははは! ぁ。げほっ、ははは!」


笑いすぎて、たまにむせてしまったくらいに。木瀬野さんは、ただ俺の背中をさすっていた。

「そうだ、夕飯、何食べた? 僕はねぇ。おひたしと、サケのホイル焼き」


俺が笑い続ける間、木瀬野さんが質問した。

少しして収まってから俺は言う。


「ミンチを、ぐしゃって、丸めた。焼いた、んです」


「ハンバーグ? いいね。美味しそう」


「木瀬野さん、は、心配されないですか」


そういえば気になることだったから、聞いた。

聞いてからハンバーグの話題を忘れていたと気がついた。


「僕は、独り暮らしだから。誰もいないし大丈夫」


木瀬野さんは合わせてくれた。なんだか申し訳ない。


「っ、俺。笑う、笑う」


「笑いたいの? 笑ってるのも可愛いけど」


「笑うよ。ほら。誉めてください。俺元気だから、元気だから、おめでとうって、元気だから」


「うん、元気で良かった!」


ぎゅーっと抱き締められて、目の前がちかちかした。


「僕が心配になるのは、別に君が悪い子だからじゃない。単にね、癖なんだ。安心して欲しい」

安心?


『安心して欲しい』


それを聞いたときに、感情が決壊したみたいに急に涙が溢れてきた。

更に強く抱き締められて、さらにわけがわからなくなってくる。


「笑うよ。俺、っ、笑う」

笑顔を見せないと、重くなってしまうだろう。

焦って涙をぬぐう。


「いいよ、笑わなくても元気なところを見せなくても、大丈夫だから」


「俺、笑うよ」


他の言葉が、思い付かなくて、笑うという宣言を繰り返した。木瀬野さんはそのたびに俺を抱き締めたり撫でたりしている。


寒いのだろうか。

着ていたパーカーを脱いで、肩にかけてあげた。

「温かくなりましたか?」

聞いたら、これはきみが着てと返される。

要らなかったのかもしれない。


ポケットからなにか転がった。丸い形の育成ゲーム。


「あ、なんでこんなの入れたんだろう」


電池は切れていた。

「そういえば、ハンカチありがとうございました」

洗って返そうと俺は言う。

「あぁ、良いんだ」


彼はどうでも良さそうに言ったまましばらく俺を抱き締めていたが手を見た。

「だんだん、酷くなるね」


腕を見ながら、困ったように言われて、俺もそんな気はしていた。

何が現実だったのか、俺とは何だったのかが、ぐしゃぐしゃになっていて、もうわからなかった。

「なんだって、頑張ってきたつもり、なのにっ」


頑張る方向が見えないようなことは、はじめてで、それは一度死んでから生まれ変わらないと人生は変えられないと言われるような感じがした。


「本当なら、あんなことになるはずはなかった。


河辺が持ち出さなかったら、あんな大衆に晒される予定さえなかったんだから」


もともと、こうなる原因は俺がやったんじゃない。何度も何度も、思う。

河辺の思い込みと嫉妬が勝手な行動に走らせた結果があるだけ。

でも、あのノートが存在していなかったら。

俺が居なかったら。


何度も何度も思う。

そもそもあいつが読まなければ、良かったのだから、存在しなかったらよかった。

「きみが、見せようとしたわけじゃないことは、わかってる。


そういう治療の意図で書いたものを、普通わざわざ公に晒して見せたくないよね?

それが自分の立場だったら、彼らにもわかるはずだよ。

なのにそれを、利用されて、無責任な責任をおわされただけ。きみは悪くないんだよ」


けれど、その治療が今こうして全部無駄になった。自分がやってきたことが全て、砂の城みたいに波に流れて溶けていった。

いきなり人に見せるような、内容じゃないということは俺が一番わかっている。でも、勝手に使われたらそうなってしまう。

なぜ、気がつかなかったんだろうか。


俺はもう……



「そのことを。


いきなり見せる内容では無いことを不思議だなと、違和感に思っている人も、もしかしたらいるかもしれないよ」



まだ諦めるのは早いと、木瀬野さんは囁いている。


偏見になってしまうのは正しい情報が足りないからか、意図しているから。

正しい情報が足りていないことが既に違和感だと気付く人もいるという。

 俺は、どうしていいかわからなくて安っぽい夜景をひたすら視界に映していた。

腕に巻いていたハンカチは今家にある。洗濯して、干してあるから明日には返す予定だった。


「そういえば、今日、ちゃんと帰れたね。安心しました」


木瀬野さんはしばらくして思い出したように言った。


「俺、ガキじゃないんで。帰れます」


だから心配しないでほしくていうと、ごめんねとまた謝られた。


「そうだよね。元気いっぱいだし、ちゃんと笑うことできるもんね」


「そうですよ」


うんうん、と頷く。

ふっと目を細めた木瀬野さんが、俺を見つめながら聞いた。


「僕を、呼んだのは何か、辛いことがあったからなのかな?」


「夜中や明け方くらいに家に一人で居ると、たまに怖い」


俺は、答えともつかないことを言った。


「テレビも、部屋に来るチラシ。


母さんたちの世間話や、

姉のからのお土産。



家には俺を追い詰めるものが、沢山ある。


 部屋は盗聴されてるかもしれない。

なのに、姉は帰るとすぐに部屋が汚いとか、俺がなにかミスをしたかとかをわざわざわかりやすい声で言う。


「あの家に居たくない……どこでもいいから、逃げ出してしまいたい。

家に、居たくない。


なのに、今の俺には、姉と違って居場所になるところがないんです」


 知り合いの居ない、傷や理由に触れられない場所がない。

他の問題ならよかったのだけど、俺のトラウマを一から解説してまで得る場所ならいらない。


「きっと重くて、性格が悪いって広まってるし」


 違うと知ってたって、その噂に気を遣う友人を見たくなかった。


ぽたぽたと涙を溢す俺に、木瀬野さんは「それは怖かったね」と言った。

怖いのかはわからない。

「そんな大きなことがあって不安でいっぱいでも家から動けなくて耐えているだなんて、きみは強いな」


外に出たら出たで、自我が歪んでいる俺は、周りの人の目を受け入れられない。


学校に行って帰るという一連のことが無ければ、俺は確実に外に出るのに消極的になっている。


「じゃあさ」


と、急に切り出した木瀬野さんと、目が合う。


「はい?」


「もしも、きみに明確に目的になることがそこにあって、いざ嫌になったら帰れる場所だったら、こられる?」



なにか思い付いたように木瀬野さんが言ったので思わず顔をあげる。


「目的?」


「そ。目的」

目的とは何をさすのだろうかとうまく思い付かないで居ると木瀬野さんは続けた。


「僕はね、きみのお願いを叶えたい。

それが目的」


「どうして、です、か」


「うーん理由になるかはわからないけど、僕は昔、心理学者か、ある特殊なお医者さんになりたかったんだよ。

でも僕が必要とする資格を取るには海外にいかなきゃいけなくて。


周りに大反対されて、僕もそんなに勇気がなかったことやお金のこともあって諦めたけど、きみを見ているとそういうのを思い出すんだ。

目の前の子の感情も、救えないのが嫌で、だから声をかけたのかな」



何をしてるひとだろうって思っていた。どんなことが好きなんだろうって。

少しわかった気がしてなんだか嬉しくなった。


「まぁ、こんなにすんなり話ができるとは思わなかったけど」


それは。俺もそうだ。

自暴自棄にでもなってなかったら、こんな風に会わなかっただろう。


「提案がある。もし嫌だったなら断っても構わないんだけど。目的になれたら嬉しい」







いつもはなかなか起きずにすぐには来ない学校だったけど、今日は開いてすぐの6時に来た。


 まだ誰もいない教室の中は貸しきりみたいな気持ちになる。

すー、はー、と深呼吸してから自分の席について机から出した本を開く。


 遺伝子の編集、導入作業で、予期しない変異が起こり問題になっているというテーマの内容はまるで今の俺自身のようでもあって妙な共感を覚えていた。


倫理観は地域により様々だけどその論文は、軽率過ぎるとあちこちの研究者から批判があったのだという。

 俺の記憶は、俺の遺伝子の記録みたいなものなのに編集されまくっていて倫理観があったものじゃないなと思った。

河辺はどうして、俺の痛みがわからないのだろうか。

 もしも、それを彼が描いたって単なるプライバシー侵害であっても、それ以上はない。

俺を苦しめただけだ。

さらに河辺の話は脚色が強くて事実から逸れた斜めな解釈が付け足されている。

とんでもない性格。私生活もだらしがない。……というもので、気力がすぐに尽きて、ノートにしか感情をはかなかった俺とは正反対。 

 彼の負けん気の強さがそうしたのだろうし、その負けん気の強さが手にとるようにわかると同時に空しくもなってしまったりした。なんて、本人に言えばもしかして彼は俺に屈して、その背に背負うタイトルを慌てて変えてしまうだろうな。これについては考えるのをやめて、俺は机に頬杖をついて昨日のことを思い返した。


「目的になれたら嬉しい」

と木瀬野さんに言われたこと。


 何度、思い返してもドキドキする。

木瀬野さんの提案に触れるのが待ち遠しくて、早く授業が終わらないだろうかと思う。昨日渡されたメモを、布筆箱にあるポケットの隙間から、何度も確認する。そこには住所があった。

そこはわりと近所で、歩いていけないこともない場所。

どの辺りなんだろうと地図を見てみた限り、住宅がぽつぽつと立ち並んだ静かな地域にある場所だった。



 ぼーっとしていたらHRも終わって1限の授業中になっていた。

教室の隅に置いてあるホワイトボードに窓から入ってきた蝶が止まっているのが見える。


板書を沢山する先生が、自主的に近くの教室から運んでくるものなのだがマグネットとマグネットの間のスペースで、器用に羽を休める姿をみんなが眺めている。

 なにげなしに後ろを振り向いたら、なっちゃんと目が合ったけれど、つい目を逸らしてしまった。 きっと知り合いとは、あまり関わらない方がいいのだろう。

 俺がどうなるかも、相手がどうなるかもわからない。今、その優しさに触れると、おかしくなってしまいそうだ。



休み時間になって、今度はなっちゃんが話しかけてきた。


「……なに」


「言ったよな、頼らないのかって」


真面目な顔で、俺を、心配してくれているらしくて少しイライラしていた。それが嬉しくて、でも痛かった。


「ごめん」


席から立ち上がって、立っていたなっちゃんと同じ目線で言う。


「信用してないとかじゃない。でも、頼れなくてごめん。俺が昔学校でいじめにあってる姉に、家で毎日のように、死ねって言われ続けてたの、知ってるよな」


結婚した夫が会社では優秀でも、家で妻にだけはDVで会社のストレスをぶつけるというのはよくあることらしい。

同じように、学校では気弱でも、家で自分より幼い相手にはそれをぶつけるというのもある話だったりする。


いじめ対策は多少あれど、こちらの対策は現代に皆無といっていいくらいだ。


「だから……簡単に『いじめられてます』とか『俺は弱いんです』とか、言えなくなっちまったんだ」

「どういう事?」


「わかってくれる、とか、勝手に相手に期待するのが嫌だ。弱音なんか吐いたら俺がされてきたみたいに、なっちゃんに当たってしまうかもしれない」


いじめられたからなんだよ。相手を殴ってくれば良いだけだろ。

そんなに偉いのかよ。


今までそう吐き捨ててきた自分が、その立場になんてなりたくなかった。

「通せなくなるまでは、

自分には筋を通していたいと思ってるだけだった。でも、心配させるって考えてなかった、ごめん」


そう、俺は単に、弱いから、弱いところを見せられない。姉のように、自分の弱さを理解できなくて惨めになって殴り付けてしまうかもしれないから。


なっちゃんは少し迷う表情を見せてから、「いじめられてるのか」と聞いた。何を答えていいかわからなくて、曖昧に微笑んだ。


「家の事情かな。母さんがまたヒステリーっぽくなってるし……」


なにかあったら、とりあえずこれで大体のマナーがある人間には踏み込まれることはない。


「あの人、妬み買いやすいもんな。美人だし、ありえないくらい天然だし」


俺の家族を知ってるなっちゃんが言う。

確かにわけのわからない嫌がらせにあいまくってるけど。


「えぇー美人? お前ああいうのタイプなの」


少し引き気味にリアクションしてしまったら、なっちゃんはお前を義理の兄弟だとかにはしないから安心しろと言った。


「お、おう……」


「やっほっ!」


出入り口の方から声がして、見ると綺羅が立っていた。

相変わらずふわふわした髪型をしている。

一部の生徒がやや嬉しそうにした。

彼女は人気があるのだ。本人に自覚はないらしいが。


「……なにしにきたの、綺羅サン」


「この前集めた貝殻でつくるランプシェードとかのために、ホームセンターいくんだけど、行くよね?」


行く? ではなくて行くよねなあたり、選択肢はないらしい。


「ごめんっ」


またもや俺は謝った。

顔の前に両手をぱしんと合わせる。


「今日は無理。用事あるんだ」


なっちゃんまでもが「え、何なに」と聞いてきたけれど、深くは答えなかった。









いつもみたいに図書館に入り浸っていると、お気に入りの席に、見慣れない男の子を見つけた。最初は邪魔だなと思っていたから声をかけようと思った。

 彼が読んでいる本は、どれも死後だとか、死体についてといったもので左腕には、新しくついたらしい切り傷が沢山ついていた。



死にたいのだろうか。

そうではなくとも生きるのが苦しいのかもしれない。


傷はそんなに深いものじゃないけれど、彼が壊れ始めたヒビのようなものなのか、はたまた衝動的なもの、どちらかによってそうしたんだと思う。


 繊細そうだから慎重に声をかける。

その本いいですよね、といった感じに。

実際、そういう本は僕もよく読んでいるから嘘でもない。


 小柄で可愛い顔の子。隣に座ればもしかしたらどこかにいってくれるかもしれないなという気持ちで座ってみた。


僕は一人が好きだ。

一人で考えている時間が好きなのだ。

けれど不思議と彼はどかなくて、そして僕と会話をする。

こんなことははじめて。


ミスをした。

彼の前で保険証を見せてしまったなんて。慌てて拾うと、僕より焦ったからなんだかおかしくなった。

きっと彼は、いい子だ。なのに、何かとても苦しいことを抱えている。


死ぬ予定かと聞くと、本当に死ぬ予定みたいだ。

初対面のはずなのに、こんなに警戒心がなくなった他人は、初めてだし、僕相手に死ぬ予定を話す彼も、なんだか滑稽で、愛しい。


 僕は、咄嗟に、もっと話をしたいと思って小芝居っぽく話してみた。

あんなに見ず知らずの僕に優しく接してくれた子は見たことがない。

 秋弥という名前らしい。彼のどこか寂しそうで、でも柔らかいような雰囲気と合っていると思う。

短くしていたのにしばらく放っていて伸び始めたような髪型が、小さな顔を隠すようでいて、その奥にある、意思のはっきりしたような瞳を大事に守っているみたいで。

 なんとなく彼から目が離せなかった。






出掛ける準備をしようと家に帰る。


部屋に行こうとして姉とすれ違った。


なにやら今からUSJに行くらしい。俺が固まっている横をすり抜けながら「あんたって負担かけるだけで、なーんにも、しないよね。


出来ないから周りにばかり世話をやかせるんだよ、あ、また部屋散らかってなぁい?」


とか、いろいろ言い、スマホを操作して外に出ていく。


薄々気が付いていたけれど河辺を、俺への劣等感に勝つための唯一の道に利用しているんだろう。 小、中、といじめられて俺を罵倒する生活をしていた姉にとっては、俺は格下であるべき存在なのだ。


だから、奪えるものはなんでも奪い、邪魔できることはなんでも邪魔するつもりなんじゃないか。

考えてみたけれどばかばかしいとあきれた。そんなことしたって過去が変わることはない。



まぁ、俺はどうせ。

こんな、今の体調で遊園地なんか行けるわけがないし、それどころか自分のことでいっぱいで、楽しむこともままならない。

羨ましいともいえなかった。


二階に上がると鞄を置いてから制服を脱いだ。聞いていないけれど私服の方がきっといいと思ったから着替えることにした。

 着替えながら壁にかけているカレンダーを見ると、しるしをつけたところ……買いたかった漫画の発売日が、もう1週間は過ぎている。


いつもすぐに買いに行っていたのに、今俺は本屋に行きたくない。

 図書館さえまずかったのだから、買い物に行くには体調がいいときにすべきだろうと判断した。

それに今は、用事が先じゃないか。適当なシャツを着てジーンズを履いて少し髪を撫で付ける。


しるしを見るとやっぱり気になって、少し未練がましく、誰かが買っといてくれねぇかな、なんて思ったりもした。

 知り合いに合うとおかしくなりそうで、

 家にいてもおかしくなりそうで、


これが孤独っていうのだろうか。


ふとそんなことを考えて、胸がしめつけられる。俺はどこにもいけない。どこへもいけないんだろうか。

「あ、お土産、何がいい?」


鞄を持って一階に降りると、台所にいる姉から聞かれた。

最近はよく河辺の家に入り浸っているらしく、よく、そこと、この家、交互にやって来る。


まぁ、そんなことはどうでもいいけれど。


「別にいらねぇよ」


ボールペンに可愛い絵がついたって結局はペンだし、キーホルダーだって別にほしくないと思った。そんなに憧れがあるわけではないし……


「お土産代なら気にしなくていいよ。母さんからちゃんともらってるし。

お金渡してくれるんなら、それ買う」


俺はなんだかため息をつきそうになった。

理由はわからないが、憂鬱だった。


「あの。そうまでして、高い土産なんか買ってきてくれなくたっていい。お金、もったいないでしょ」

「欲しいものあるでしょ? 無いなら、適当なのになっちゃうよ」


勝手にしろよと言いたいが、機嫌をそこねそうだ。

家族想いを演出しつつ、ショッピングの理由にするのに必要な流れなのかもしれない。

または、相手がそうだった場合時間が余るし。


姉のためだと思い、なんか食いもんでいいよと言った。










言われた場所まで歩いて行くと、そこには古い診療所が建っていた。


「合ってるのかな、ここで」

周りは人の気配がないから不安になってくる。


久々に遠出が出来た自分のことを、せめて褒めてやりたいくらいだけれど外にいるといろんなことが過ってパニックになりそうだった。


電話をかけて、着きましたと告げた。

 そういえば河辺の番号は知らなかった気がするなと思う。


俺は鈍いから、抽象的な表現で連絡を取り合うのは嫌いだ。言いたいことがあるなら直接言えばいいのに、ちまちまと文通しているのも、ばからしかった。



 好きな人になら、傷つくことさえ幸せだという言葉があった気がする。けれど、直接話して傷つくかもしれなくても行動出来ないなんて、やっぱり好きでもなんでもないのだ。



漫画の発売日以上に未練が見当たらない。

 なんだか気持ちがまとまったな、といい気分でいたら、電話が繋がった。

「はい」


木瀬野さんの明るい声。

「あ、こんにちは」


俺が言うと、彼はこんにちはと楽しそうに返事をした。


「今、着いたんですけど、ここは、診療所?」


「ふふ。そうなんだ。祖父のやってたとこなんだけど、僕の家」


家……

びっくりしていると、彼は、くすくすと笑った。

「待ってて」


そういって通話が切れてすぐに、その建物から人が現れて手を振った。


「おーい秋弥くん」


「あ、はい」


なんだか焦りながら返事をする。それから、駆け寄っていった。

「よく来られたね」


ぎゅーっと抱き締められて、溶けてしまいそうな気がした。

中に入っててと言われて、短い階段を上り、診療所の裏側にある引き戸をカラカラと開けた。


「わ、ぁ……」


開いた先は通路。

そして右側の小さな窓からは海が見えていた。

暮れかけている空と船がどこかに向かっていくのが見える。


「きれいでしょ、それ」


何を答えていいかわからなくて、ただ頷く。


嬉しいな、というくらいしか感情が浮かばなくて、咄嗟に、なにがどう嬉しいのか海が嬉しいのか木瀬野さんが嬉しいのかうまく言い表せなかったから。


「僕もたまに、そこから見ているんだ」


「俺があの船だったら、木瀬野さんが見つけてくれそうですね」


思わず言うと、彼は楽しそうに笑った。


「船に、なりたいの?」


星になりたいかな。

なんて言ってもロマンチックじゃない気がしたから、黙って口をつぐんでいた。

「思うんだけど」


廊下を歩いていると、ふとトーンを下げた声が切り出して、俺は固まった。

「きみって、あんまり他人に見分けがつかないとか?」


なぜそんなことを聞くのだろうという意味を込めて彼を見上げる。


「いや。さわったりしてもあまりにも抵抗しないからさ、誰にでもそうなのかなって」


木瀬野さんの言葉が冷たいものに感じられてなんだかムッとした。


「見分けは、つきますよ。」

心が痛い。何に対してなのかずきずきと悲鳴をあげるみたいだった。


「でも、抱き締めるだけで命を取られるわけでも、襲われるわけでもないと判断出来たから、安心したんです」


スキンシップで、そんなに逐一判断が必要なのかと思うかもしれない。

仲がいいなら、いきなり襲うはずもないのだから、普通にじゃれるだけだと思われるかもしれない。


「俺には、他人にはちょっとのことでも、判断が付かないから」

抵抗すれば酷くなる。



それを幼い頃に学んだ子は自衛手段として硬直してしまうようになるときがある。


「きみは、怖くても安全だから抵抗しないだけ、いや……どうしても自分の意思では出来なかったということか」


ひとつずつの判断が出来ないなら、全て受け入れて、全部から学ぶしかない。


木瀬野さんがしばらくぶつぶつと一人でしゃべったあと、はっとしたようになって、俺に言った。

「疑うようなことを言ってごめん。少し妬いたんだ」

「妬くって何にですか?」

よくわからなくて、じっとその顔を見つめると、つんつんと頬をつつかれた。


「クラスとかでも、誰にでもそうなのかなって思って」


「……抱きつかれたりはしますけど。それ以上はないです。まず俺が怖いし」


あのね、と木瀬野さんが、まっすぐ俺に向き合って口を開いた。


「些細なふれあいでも、勘違いしちゃう人ってわりといるから。ただ撫でられるだけだなとか、そういう判断が出来たとしても、その……」


だんだん、彼の顔が赤くなっていくのが面白くて俺はじっと見てしまう。

「あぁー、もう!

世の中、汚れた発想しかもってないやつが多いんだよ。

頭と下半身が繋がってるタイプからしたら、きみがそういう風にほんわかとしてると、勘違いするよ」


「やだな、男同士で、

皆が逐一勘違いしてたら友情なんか成りたたないじゃないですかー、

いても一部のやつだけですから」


なにかの冗談だろうと俺は笑った。しかし、木瀬野さんの目は真剣だった。

また階段をのぼって、通された部屋は、小さなリビングみたいなスペースだった。

 テーブルがあって、本棚にはなんだか難しそうなタイトルの本がぎっしりある。

壁には海外のお土産みたいなお面や、スノーボウル、誰かの手形が飾ってあり、おしゃれなパッチワークがしてあるレースのカーテンがかかっていてなんだか、別の国の空間みたいな感じもした。

「お茶とか飲む?」


絨毯の上のクッションに座っていると、聞かれて俺はお構い無くと言った。

「冷凍のピザしかないけど、もう少しまってね」


木瀬野さんは、マイペースにもてなそうとしてくれていてなんだかとても嬉しい。


「ありがとうございます」


本棚は、俺が知ってる内容のがなくて、ずいぶん昔の作品ばかりだったからだろう、拒絶反応が起きることはなくて、久しぶりに、背表紙を見てわくわくする経験が出来た。俺に対する意思のこもった本はここには存在しないことが昔なのに、新しいもののような発見がある。

 しばらく部屋を見ていたら、木瀬野さんが戻ってきた。

「なにか面白いものあった?」


木瀬野さんは、ピザがのった皿と冷たいお茶のグラスを目の前に並べながらにこにこしている。


「いろんな本がありますね」

「読んでいいよ」


本を読みたいと感じるのは久しぶりで、俺は喜んで手を伸ばした。

咄嗟に手にしたのはなにかの戦記らしい、知らない漫画だった。


『戦いが常というなら、私たちの出会いもまた、流れのひとつに過ぎぬ』

『そのように、一喜一憂する必要なぞない。

戦の世はまだ明けておらんのだから。少し明日に感謝し、それからは冷徹に戻り、私もを忘れるべきじゃ』


争いの世のなか、逐一他人で心を乱すのは、強さには良くないことだと説得する女性と解さない男性のシーンに見入っていたら横から声がした。


「ふふ、冷めるよ?」


「いただきます」


慌ててピザにかじりつくと、今度は唇が熱くて、ひゃあ、と涙目で皿に戻す。

「あー、さすがにいきなり食べたら熱いよ、平気?」

木瀬野さんが、のぞきこんできた。

それから、俺の腕を見ていることに気がついた。

「あ、これは、気にしないでください」


小さい頃から、転んだり擦りむいたりしていたし、姉にも殴られたりしていたから、血を流すことになんにも思わない。

この程度を、怪我だとさえ思わないのだから。


「目立つことして、ごめんなさい」

こういうことをしたら、すぐに「同情して欲しいんでしょ」と言い出す人がいることを知っている。


でも俺は同情されたくないし、そういうものはわりと、相手の思い込みなのだ。


こちらからすれば、

ただ自分が楽になることをしただけ。

それを、他人からあわれんだり責めたり否定してほしくはないじゃないか。


いじめられたくらいで、と思っていた自分が、自分で怪我をしたくらいで迷惑をかけたくはない。

 それじゃあ姉と同類だ。

自分を憐れむために、自分より弱い相手にまで手を出した姉と、同じになってしまうし、それだったらまだ、一人で泣いている方がマシだと思えた。


いじめられたって、頭が悪くたって、世の中はどうせ自己責任で。

他人に当たっても偉くも天才にもなれるわけじゃないことくらい、知っているのに。


「学習能力、ないですよね」


「いや、今は繰り返していなくて良かったと思った。

本来なら関係がないはずの事件に、無理矢理巻き込まれたんだから、仕方がないよ。

しかも、あんな犯罪の形で」


「だけど、俺は」


「それより、すんなり家に入れる河辺の身元を心配した方がいい。もしかしたら、盗みとか、違うものも絡んでいるかもしれない」

そういえば母さんが、前から悩んでいた、物を壊されたり盗まれたりすることを思い出した。


「あれにも、河辺が絡んでいるかもしれないんですか」


「あり得なくはないよ」


やけに怖い顔で木瀬野さんが言った。


確かに一番身近なやつだ。しかも、家を知っていて、部屋から勝手にノートを読んだ上に投稿したのだ。他のことをしていても不思議じゃなかったりする。


それに俺の家に入り慣れてるって、気持ち悪い。

「やっぱり俺、学習能力ないかも」


急に、河辺のことが、より不快に思えてきた。

何度も侵入を許しているみたいじゃないか。


万が一そうだったら返すように言ったら、なにかかわるのだろうか……


「気をつけてね」

ぼーっとした頭が、いつかしていた会話を思い出した。

「好きなやつとかを、


困らせたらどこまで許してくれるか見たくねぇか」


 困ってるとこをあえて助けずに見てにやにやしたい、そんな話をしている河辺のことを思い出す。

正直俺は、そうは思っていなかった。

けど、頑なに電話番号だけは教えようとしなかったのを思い出して「見たい」と思わなくもなくて。


好きだったのかどうかよりも、

ただ衝動的に「見たい」と思った俺は、ちょっと待っててくださいと言って河辺にその場からメールを何度も送ってみた。


困るだろう。

困って、困るのだろう。


姉にだけは教える理由よりも、俺には言えないことに悩む姿を、にやにやしながら眺めてみていればあのとき彼が言ったことがわかる。


数分待っていた。


俺が苦しくて出たくても出られないとき、彼はにやにやと楽しんでいたのなら、それが楽しみなら、それもまあいいかと、思うことにしていたし。

返信が来た。

返事は「そうやって煽るの楽しいの?」



……携帯を閉じた。



「木瀬野さん、俺、家出してみたかったんです」

木瀬野さんは、うん、と優しく頷いた。


「もう、未練ないなってくらいに、いろんなこと、したくて……だから嬉しいです」


ここに来た目的は明確には家出ではなかった。

けれど、嬉しいのは本当だ。


 少し眠くなっていたのもあり、そのあと少しテーブルに突っ伏してうとうとしていた。

ピザも食べたからかリラックスしてしまうし、なんだかここは落ち着く。


 木瀬野さんが少し席を立ってから、どこかから沢山スケッチブックを抱えて戻ってきた。

それは今日の目的だったりする。


「わあ、ありがとうございます!」


「あんまりちゃんと見られるもの、無いけどね」


部活にも役立つかもしれない、と小さな工具箱に沢山入ったビーズやシーグラスも見せてくれた。 きっかけというのは、

俺たちが出会って沢山話をしたときに、偶然部活の話になったこと。


「もう、描かないんですか」

木瀬野さんは、寂しそうに笑った。

スケッチブックの一番近くに手にとったのを開く。中は彼の性格の現れるような繊細なスケッチがあった。


「忙しくて、やめてしまったから。僕はそんなのばかりだったな。


必死に勉強したことも、周りから反対されて一度それを貫けなかった。今も、後悔している」


木瀬野さんのことを知りたいという俺の願いは、こうして少し叶った。

なのになんだか、楽しいより先に胸が苦しくなる感じだ。ノートのことを思い出す。

今は調子がいいと思ってもなるべく記録を付けていない。そこに書くこと自体が思い出してストレスになってしまうから無理はしなかった。


でも、知らない環境が、不安だったのかもしれなくて、ぼーっと二人で本を読んだりスケッチブックを見ていた合間合間で、なっちゃんや河辺のことが頭に過った。


気にしないようにと意識しても、

今度は姉を思い出す。

「いなくなれ」 と、何度も俺に叫んでいた。



スケッチブックを広げてノートを思い出したことに気がついた俺は、慌ててそこから離れた。

自分から言っておいて、なにをしているんだという気になって、申し訳なくて、泣きたくなってくる。

紙の束を開いて閉じるだけの動作が、俺を苛んでいるみたいだ。自分の人生が全部空虚な作り物だったような途方もない気分がまたおそってきた。

怖くて木瀬野さんにしがみつくと、どうかしたの?と言いながら抱き返してくれた。


「……少し」


「はい?」


「少しこうしてて欲しい、です」


木瀬野さんの腕の中は力強くて、でも優しい。

恋人でもないのに。


その言葉を、ひたすら頭の中で繰り返す。


 恋人でもないのに。


 でも、俺はたぶん、一番大事な人がいたなら、そいつには弱いところを見せられないと思う。

弱いところを見せないと、相手は信じてくれない、好きになってくれない。信頼しないだろう。



 俺と木瀬野さんがこうしていたら、きっと恋人みたいに見える。

頭のなかが、整理できない。


怖いだけなんだ。

わけがわからなくて、好きな人に見せられない弱さを見せているだけ。


俺はとてつもなく、弱くてちょっとしたことで何もわからなくなって怯えてしまうから。


「ごめんなさい……」


何に対してなのかわからないけど泣きたくなった。とても悲しい。


「ごめんなさい、俺」


木瀬野さんは、わかってるよという風に俺を抱き締めて、そのまま顔が見えない状態で呟く。

近すぎなくて遠くなくて、他人よりは少し踏み込んだような、ちょうどいい距離の誰かが居てくれないと、もうまともに自我を保つことが出来なくて、ただ怖い。


「利用している、なんて、思わないで」


木瀬野さんは、そんなことを言った。


「カウンセラーになりたかったときもあるからさ。そう、治療の一貫みたいに、僕といるときは、カウンセリングだって、思ってよ」


おどけたように言われて、必死に笑顔を作った俺は、なんとか泣かないでその優しさにこたえた。

嬉しかったから。


「なりたいもの、いっぱいあるんですね」


いいなぁ。


夜は鍋をごちそうになってから、泊まっていけばいいという誘いを断って、家に帰ることにした。

誰と居ても苦しかったのはきっと、「他の人はこんな目に合ってない」

という負い目があるからだ。


木瀬野さんと会話していても、だんだん辛くなり、どことなくイライラし始めた俺は最低だと思う。

ただ、それを出さないように頑張ったのは、傷つけたくないからだし、それだけは自分でも褒めてやりたい。


 こんな調子じゃ、誰と居ることもできそうにない。

たまらなく自己嫌悪に陥ると、消えてなくなってしまいたいようだった。 姉のように泣いて叫べたらいいのにと思うことがある。

旅行を楽しいと思うタイプの人間だったらいいのにと思うときもある。


きっとディズニーランドに行こうとUSJに行こうと今の俺は、崩れ落ちておかしくなってしまうだろう。


ジェットコースターに乗ってる途中で、降りて帰りたいと泣き出すかもしれない。さすがにないかもしれないが、笑えない冗談ではあった。


端的に言うなら、いても迷惑。

元気なときの俺だったら、なっちゃんから好きだと言われたって普通にありがたがったかもしれない。

河辺になにか言われようが適当にあはははと笑っておしまいだったかもしれない。

こんなに悩んだことが、いくつあったというのだろう。

自分自身がわからないと、こんなにも苦しいんだなという驚きと、それをどうやって知ろうかという模索の間で、生涯消えることのない不安や孤独感について考える。


やさしくなれない、明るくなれない、温厚になれない俺には、

いったいなんの価値があるというのだ。


「まっ、価値なんか知らないけどさ」


 道端に置いてある、居酒屋のたぬきの置物の頭を撫でて、暗い夜道を歩く。

横目に、夜の海が見える。

誰かの笑い声がする。

楽しそうだ。

 俺も、酒でも飲んでみようかなと考えたけど、まだ身体が成長する望みがある以上、飲むのはやめた。

なにもかも気にしなくていいような、夢中になれる物がほしかった。

次の日は休みだったので、家に居た。


起きて着替えたあと、ふと、飯を作る気になった。夢中になるものがぱっと浮かばないから沢山趣味を持っておけばよかったなと少し後悔したけど、料理も試してみていいかもしれないと感じたから。


ソースをぐつぐつ煮込んで、時間をかけてグラタンを作る。

なかなか楽しかったけど真夏に冷房がない部屋で熱々をつくったので、出来たときには食う気がしなかった。


部屋で昔読んでいた小説を開いてみたが一気に吐き気が込み上げて、身体が強張った。

グラタン作りもあって、熱中症と、本を開いた恐怖が一緒にやってきて、洗面所で吐いた。


「俺は、なにを、してるんでしょうか……」



自力でなにひとつできないような、いやな気持ちに苛まれて何もかも嫌になる。


昔好きだったアーティストの曲を無理矢理流したらただうるさかった。

明るい言葉で、説教されてるみたいに感じて、なんでそんなこと言われなきゃならないんだと思った自分が不快だった。


そのあと、部屋を掃除した。物が倒れたりして余計いらいらした。


あぁ、何をやっても、楽しくない。

 冷静になれていないのだとわかっている。ノートに書く習慣を減らしただけで、自分がどんな風に生活してきたのかも、まともに考えられなくなっている。

習慣が無くなった人間がリズムを崩すというのは、よくあることらしい。

例えば兵役から帰った人。退職したサラリーマンやOLやいろんな職業の人……


仕事、が作っていたリズムのために、寝て起きていたのにそれがなくなることでおかしくなってしまうことが、燃え付き症候群とか言われているようだった。



暑いんだか寒いんだか、眠いんだか眠くないんだか、頭が働こうとしなくて、俺はガクガクと震えながら手当たりしだい、物を床に投げた。


わけがわからない。

なんにもわからない。


 そのタイミングで携帯にメールが来た。河辺からで、動画と写真が添付されていた。


俺が叫んで物を投げるようなのを盗撮した内容。それとゴリラの画像が比較するようにならんでついている。こんなの送ってきて、どうするんだろうか。

 窓から画質の良いレンズで撮っているらしくて、まるでスパイ映画かなにかみたいだ。


「あはははは! あはははっ!」


ドアの前で、河辺の声がした。気のせいか姉の声もした気がする。

慌てて外に出ると、外に河辺はいなくて、代わりに怖そうな黒い服の男が立っていた。

そして、にやー、っとこちらを見て笑っていた。

黒い人は遠くにも数人いたのが見えて、俺は近くで葬式でもしてたんだろうかと純粋に考える。

こういうときは親指を隠すんだった気がする。



ドアを慌てて閉めた後で、何か楽しかったことは無かったかなと考えた。

ぼーっと、木瀬野さんにメールを打った。


「寂しいです。理由はわからないけど」


無気力でもない、でも、楽しいとか嬉しいとかが何をしても見つからない。


それが気持ちが悪くて、でも何をしたら楽しいかわからないから寂しくてなにが理由なんだろうと、怖かった。



すぐ返事が来て、焦った手で慌てて開いた。


「僕は、そばにいるよ」


優しい言葉。

河辺のときと変わらないようなことをしてることに、あとで気がついた。


前はそれでも気が紛れたんだ。

なのに今は違ってて言葉だけ、もらってもやっぱりダメだ。考えるほど余計に悲しくて怖くて寂しくなってしまうことに気が付く。涙がぼろぼろと溢れる。胸が痛い。近くにあったハサミで、腕を強く引っ掻いた。


だらーっと血が流れてきて、案外深くしたことに気がついたけど別にどうでもいい。


二階の窓を開けて、下を眺めてみる。

車が下の道路を走っている。


……この高さじゃ、せいぜい骨折か。

うまくいかなかったときを考えて飛び降りるのはやめた。


腕がヒリヒリしていることがなんだか急に恥ずかしく感じてきて慌ててテープを貼ってから、ただぼーっと床に座るだけで三時間くらい過ごして、眠くなったら少し寝る。

すごく時間を浪費して、変な罪悪感にとらわれる。

自分がいったいなんだったか思い出せない。


寝ていたら、時々声がした。

人が暴れまわる音がした。

『秋のことが好きだから、こうするんだ!!』わかってくれ、と誰かが俺に馬乗りになって首を締め上げている。

冷や汗をかきながら目を覚まして、グラタンを食べた。

少し涼しくなってから改めて食べたら、普通に美味しい。


二回、三回、それ以上はやめたけど木瀬野さんにメールを打った。


「寂しいです」と、書いて消してから「夏にグラタンも美味しいですね」と書き直す。


重いかもしれない。

気持ち悪いかもしれない。何を書いてもなんだかそんな気がしたけど書いた。

その次は「この前は、ありがとうございました。また機会があったらお願いします」


そのあと、また、じっと床にすわっていた。

不安になったときは、目を閉じて寝ようとした。そしたら怖いものを見そうになった。

自分の動画は消した。


「暇だなぁ」


誰にともなく呟いて、それからまた泣きたくなるけれど、死ぬと決めたんだから嘆いてばかりもいられないんだと思い直す。

攻撃したり、脅したりしたってどうせ死ぬから。






次の日はいい天気だったので、普通に学校に出掛けた。

不思議と、昨日より気分はよかったからか、教室に入ってもにこにこしていられた。


「あははははは! っはは、ははははは!」


「おはよう」


席に着いていたら横から、なっちゃんが話しかけてきた。


「あははっ、あは、あはははははは!」


俺は、おはようと返した。

そういえば、この前俺に頼みたかったのってなんだっけ。

今なら暇だからいいよ?

「あははははは!」


「なにか、愉快なことでもあったのか?」


なっちゃんは、怪訝そうな顔を浮かべた。

え、なんでそんな顔するんだよ?


「せっかく話を聞くっていうのに、嬉しくないのか」

「話? えっと、まって、お前が何の話をしているんだか、俺わからないんだけど」


「あはははははっ! あははは!」


またまた、そんな、嘘ばっかり。

「大体、なんで、そんなに傷だらけなんだよ?」


なっちゃんが俺の腕を掴んだが不快だったので振りほどく。

別にこんなのたいしたことがないじゃないか。

心配しすぎだ。


「なぁ、この前から、お前やっぱりおかしいぞ」


「俺は、笑えるよ。笑って欲しいでしょ。笑えるよ、元気なんだよ。ほら、ほら」


 なっちゃんのために、必死に笑う。

心配をかけないで済むくらいには俺は回復していた。今日なら遊びに行っても平気かもしれない。

「笑ってくれないかって感じの顔してたじゃない。あははっ! あはははっ」

何だかわからないけど、心のそこから、笑顔が湧き出るようだった。

こんなに明るい気持ちになったことは、かつてない。


なっちゃんと楽しく話をしていたら、知らない男子が教室に来た。

「おい、お前」


「なに」


振り向いたら耳元で低い声で囁かれる。


「そうやっていれば、同情してもらえると思うわけ。自分ばかり可愛いんだよ、お前は」


なっちゃんが、こいつなんて言ったんだ? という顔をした。


俺はわけがわからないからにこにこしていた。4限の体育の時間に、着替えが少し遅れてしまい、昇降口で靴をはきかえるのが一人だった。


チャイムがなるまでにさっさと外に出よう、と下駄箱に手を伸ばしたら、中に紙が入っていたのに気がつく。


まさかラブレターなわけはないけど、と、開いてみる。

ゴリラのイラストがあって、浮気野郎、クズ、 などが書いてあった。


ただ、振り回されるうちに、状況に姉が絡んできていてなんか気がついたら一人になっただけだというのに。


 そんなに熱心に誰かといた覚えはなかったからかなんだか心外だった。俺は結局自分のことでいっぱいだっただけだ。

浮気ってなんだよ。


意味がわからん。

ずっと独りでいたし、独りよがりだ。

どうせならそう言えばいい。


一人でその場に立ったまま、紙を握りしめていると後ろから声がした。

振り向くと、なっちゃんが居た。


「どうか、した?」


慌てて紙をかくして聞いてみる。

なっちゃんは、じとっとした目で俺を見ていた。

「腕掴んだとき、熱かった。たぶん熱があると思う」

「熱なきゃ、死んじゃう」


俺はジョークを言ったが、なっちゃんは笑いもせずに腕を引いて、さっきまで来た道を引き返していく。

「なっちゃん、待って」


慌てて追い付こうと早足になり、転びかける。

なっちゃんは振り向きざまに抱きとめてくれた。

「わっ!」


「平気か」


「ん、平気」


「……その紙、見えた」


まさか、あの浮気がどうとかが見られているのか?


なっちゃんは俺を抱き締めて、やっぱ熱あるぞお前、と言ったあとで驚くことを言った。


「河辺ってやつ、結構夜に遊んでるみたいだな?」


なっちゃんが、いじわるな顔でにやりと笑う。

嫌悪が現れていた。


「は?」


「塾帰りに見たやつがちらほら居るんだって密かな噂になってる。

、噴水のそばの公園、

ガラの悪いやつが集まるだろ?」


そうなのか。確かに、前に夜帰り遅くなったときに、怖そうな若者たちを見た気もする。ああいう風に、夜中に遊んでるのだろうか。


「お前も、もしかしてそうやって捨てられたんじゃないのか……確かにあいつ、顔は、悪いわけじゃないし」


ぶつぶつと言っているなっちゃん。俺ははじめて聞いたことと、手紙の内容をなっちゃんがどう結びつけているのか気になった。


「俺が浮気したわけじゃない。いろいろあって、どうしようもなかったうちに、別れたんだ」


「女か男か、お前に妬くようなやつを、河辺が作ってて、そいつがそうやって嫌がらせしてんじゃないか」


「うーん」


わからないけど、単なる噂だけで河辺が夜に遊んでいると決めるのはよくないだろうし。

手を引かれて保健室に行く。誰もいなくて二人きりだった。


「あぁ、先生、今、出てんのか」


養護教諭の在室かどうかを知らせるドアの札には外出、と書かれていた。

「ま、熱計るくらいいいだろ」


なっちゃんは判断して俺を椅子に座らせる。

なんだか、確かに頭がぼーっとしてきた……

動かずにいると、シャツのボタンが三つくらいはずされていた。


「……わ」


なっちゃんがどアップで、つまり目の前。

なんだこれ、恥ずかしい!!


熱が上がりそうだ。

ここまでされて、照れる場合じゃないか。


「体温計挟むから、腕あげて」


「自分でやります……」


なっちゃんは、無視して俺の腕をあげさせて、体温計を当てた。

なんだかドキドキする。

「なっちゃん」


「なに」


呼んだらすぐ返事があって、目の前に居て。

幸せだと、思った。

「なっちゃん」


俺はなっちゃんの両肩をぐっと掴んで顔を近づけようとした。

寂しかったのだと思う。熱が無かったらどうしていたのか、わからない。

「秋?」


なっちゃんが、戸惑ったような照れたような顔をしてて、それを見てなぜか急に我に返った。


「ごめ、ん……心配かけてごめん」


胸が痛くて、悲しくておかしくなりそう。

涙が止まらなくなる。

体温計を挟んで熱を計ったら37.5度だった。


「やっぱ熱いわ、お前。帰る? せめて担任にでも告げてくるけど」


なっちゃんが心配そうな顔をして、出ていく。俺は、その間に帰ることにした。なっちゃんにも顔を合わせられなかったから。







家に帰ると、母が叫んで暴れていた。


 それだけで、直感的に何があったかわかった俺は慌てて部屋に向かったら、姉とすれ違った。

「おかえりー」


「ただいま」


上の空な挨拶をして机へと駆け寄る間に姉は外に出掛けた。今日はラーメンを食べにいくみたいだ。

 駆け寄った机には、俺のノートが数ミリ移動した場所におかれていて、俺は気が動転しかけた。下からは、母の暴れる声がしている。



あのバカ姉!!


ただでさえバカ姉だった。あいつに見栄を張る母は、あいつがいないときにだけ感情を爆発させることがあって、だから知られないようにと努めて、家じゃ、なんにもないようにしてた。


俺のノートのことをぺらぺら話したんだ!


バカ!!

自分のことしか考えないやつだったけど、なんで勝手に見てたんだ。


それに、万が一、俺に同情して話したという可能性があったところで、

母の精神状態により負担をかけることの方が俺には許せない。


盗難に続いて、俺のノートが盗作みたいになったら、余計に過敏になるに決まってるだろ。バカか。


 末っ子だった俺は、いつも二人の先回りをする癖がついていた。

捨てられた俺にだけ、違う血が混じってるから。

なんとかやってこられたのは、裏で俺が気を遣っていたからでもあると思う。


 こんな風に、無駄な心配をかけないだとか。

行動パターンを覚えて些細なことに気を配って……あぁ、でも、今回は失敗だ。


ほぼ外に出掛けてる姉が、どんなタイミングで帰るか見通さなかった俺のせいなのかもしれない。

イライラしても仕方がないのに、余計なことすんなよと責めたくなる。

姉はどうせ、外に出ていくだけだ。お気楽なもんだ。

「泥棒! 泥棒なの! また盗まれたっていうの? あぁ、もう、いや!」


張り上げられる声が二階にまで、がんがん響いてくる。


「あんたのせい! あんたのせいでしょ、あんたが見てないのも悪いんでしょ! 秋弥! 秋弥も泥棒みたいなもんなのよ!」

姉のせいで、いや、俺のせいか。

頭がぼんやりしていなかったら俺だって叫んだかもしれないのに。


このまま家庭が崩壊したときは、姉のせいにしておこうかと思うくらいには、なんで話したんだという悲しみしかなかった。

俺には逃げ場がない。


「秋弥が悪いんだから、秋弥なんかいなかったらよかったのよ! あぁ!」


母は、数分騒ぐと落ち着いて静かになる。だからしばらく耐えるしかない。

俺は自分の心が苦しくて精一杯なのに、バカ姉に二回も、追い討ちをかけられた。

……いや、二回どころじゃないか。

 昔からそう、俺以外には、穏やかで優しい姉。だからあのノートも、俺の捌け口だったんだから。

昔もそういったことがあったとき母はずっと叫んでいた。

姉も、機嫌が悪くなると同じように叫んでいた。

怒ると止まらない二人が、ただ俺には不思議で仕方がなかったのだ。

昔からそう、怒り方が俺だけ遺伝してないと思ったし、友達にも言われていたっけ。

秋弥だけは穏やかだよね、と。



 熱があがりそうだから、どうにかベッドに入って横たわったら、涙が一筋流れた。


また、腕かどこかを切ってみようかな……

そんなことを考える。

でも身体が、熱くてだるくて、それさえ億劫だ。

木瀬野さんに、メールを送ってみた。


「元気ですか」


 木瀬野さんは何をしてるだろうか。なっちゃんにも紹介したいな。

でも、やめようかな。

二人が仲良くなったら寂しいし。

それに俺が、死にたいのは、木瀬野さんしかしらない。








(清白菜)


 放課後、秋弥を気にしつつも、仲の良い親戚の娘さんを小学校まで迎えにいった。

たまに、こうして頼まれる。

職員室を訪ねようと、昇降口で靴を脱いでいたら、壁に貼られた先生の似顔絵たちの中にある名前を見つけた。

渦緒縁……うずおゆかりと読むらしい。とわかったのは確か、当時秋弥が通っていた小学校での担任の名前だからだ。


俺は中学は同じだが小学校は違う。

引っ越してきた。

だからこそ興味があって昔の秋弥の話もいっぱい聞いたことがある。ありすぎる。


秋弥の話していた縁先生は、優しくて丁寧だが、控え目なところがあるせいで教室の生徒たちと打ち解けるのに苦労していた、とかで……


でもよく、休みがちな秋弥を心配して家庭訪問に来てくれたらしい。

あ、そういやあいつ、また寝込んでるし……

「あ、なっちゃん!」


しばらく立っていたら、元気な声がして、廊下の奥から女の子が走ってきた。


「紅、元気にしてたか?」

髪を二つ結びにした紅は、まんまるな顔をにっこりと笑顔いっぱいにして頷く。


「さっき、縁先生とね、お話してた」


「担任?」


「そうだよ! なんかね、大変なんだって。

ちょっと、病気の子がいて、それで倒れたから、今日も授業抜けて付き添いにいってた。

私も、その子が心配だから行きたいって言ったら紅ちゃんは優しいねって」

ずるいー、誉めなくていいから行きたい!

と紅は駄々を捏ねている。

たぶん、生徒にも教えられない状態なのだろう。なんだか小さい秋弥みたいだなぁと、紅の頭を撫でた。


末っ子や、周りに年上しかいない子というのは、褒める=ごまかされる、 というのに敏感なのだ。


だからこれで余計怒らせてしまって、

「もうっ、帰るよ! バーカ!」

とか、言い出した。


俺を引っ張りつつ帰る紅。犬の気持ちになりつつ、その後を苦笑しながらついていった。









チャイムの音がして、慌てて起き上がる。

玄関に向かって歩く足取りは重くて、ドアまでが遠い距離に感じた。


「……はい」


「あの、俺。スズシロ」


「なっちゃん」


あんなこと。

つまり保健室で二人きりだったことで脳裏がいっぱいになる。


「なんの、用だ」


ドアを閉めたまま言う。冷たい声を出したつもりだが、内心はかなりはしゃいでいたりして。


「荷物、おきっぱなしで帰るなよ……」


あぁ。

そんなの別にいいのに。思いながらも、なっちゃんが俺に会う口実にしてくれたことが嬉しい。


「開ける」


ドアを開けたら、いつもと変わらないなっちゃんが居た。

母さんが戸を閉めて、親戚に愚痴を電話している部屋の横を慎重に通りながら、2階にあがった。

「いいの?」

と聞かれたから、いいよと言った。俺も寂しいし。


「今日、縁センセと会った」

「マジで。変わってないだろうなぁ……」


「あぁ、たぶん」


今でも、俺みたいなやつを気にかけたりしているのかもしれない先生のことを、思い出してみる。正直あまり先生らしくなかった。

けど、それが親近感があった気がする。


 部屋には、今となると少し懐かしいようなゲームソフトが詰んであった。眠れないから、いろいろやった結果、

架空世界での簡単な作業なら、少し、気が紛れることをしって引っ張り出した。


「お前って、その手のゲーム嫌いじゃないのか?」


育成している丸いやつとは、また違う、冒険に出たり戦ったりする内容だから、なっちゃんが驚いていた。


「嫌いだった」

ガキのときの時代は、ちょうど携帯ゲーム機が普及しだした頃。

依存、ゲーム脳などが話題になって、教育委員やら学校やらで騒いだりもあった。


「姉が、依存症だったからな」


懐かしい気がするし、他人事な気もするし、だった、で済ませたい気がした。


「パチスロ行くのしか楽しみがないやつみたいな、ずっと、そればかりになって、母さんとかもキレるし、面倒ったら」


「いたわ、そういうの」


俺、はまるの怖くて買わなかったもん、となっちゃんが笑う。

今は携帯でもアプリが出来るし、ゲームは多くの誰かの生活の一部みたいなものになってるから怖い。


「バカ姉が暴力に憧れだしたのも、ゲームにはまり始めた頃からだった」


ゲームに罪はないと思ってはいる。

ただ、他に楽しみがなくて逃避したいやつがはまった結果なんだと思う。

「だから、俺をよく、敵に見立てて剣のおもちゃとかで叩いたりしてたよ。敵は倒すものだ、みたいな感じで。

家にいる俺の存在は、学校から帰宅したあとにやるゲームで見ているモンスターであって、学校にいない間は風景がゲーム画面の一部みたいな感じだったのかもな」


きっと、いじめられていた自分と勇者を重ね合わせたんだろうけど。


 そんなにまではまらせたものが、俺にも理解できたら少しはマシな気分になるだろうかと、姉がやらなくなったのとかやったり、少し買ってみたりしたら確かに結構楽しくて、暴力に走るほどじゃないにしても気は紛れた。

「だからなんかさ、思い出に、一番強く残ってんのかもなぁー」


 ひとつ、パッケージを手にとってひらりと振ってみる。今じゃほぼつかなくなった、紙の説明書も含めて、俺には大事なもののひとつだった。

悲しくて、でも憎めない思い出なんだ。


「アニメや漫画より、俺には、衝撃的なものだったわ」


なっちゃんは、俺がやりかけていた本体を手にして「お。これ知ってる」とはしゃいでいる。


その背中に、ぎゅっと引っ付く。


汗のにおいがして、萎えて離れた。


「あんまり、いいにおいじゃない」


「当たり前だろっ、ほら、嗅げ」

なっちゃんがわざわざからかってきて、俺は必死に顔を背けた。


「やだー、やだ変態!」


ハハハハ、と笑ったなっちゃんの口を手のひらで塞ぐ。


「夜中だぞ、静かにしろ」

「すみません」


そのあと二人で、ケーブルで繋いだ二つの本体でモンスターを戦わせた。


今じゃ、ほぼコードレスだけど、俺はこういうのも好きだったりする。

遮断されないように、距離が必然的に近い。

鼓動が伝わらないように画面を見続ける。


「なぁ、このケーブルさ」

ふと、なっちゃんが、鋭く聞いたから、思わず本体を落としそうになる。わかってる。何が言いたいか、わかっている。


もう向き合うことのない、束の間の時間のシンボル。

なっちゃんがやばい、お前熱あるんだったな、と言ったとき、俺は急に思い出した。

 あぁ……忘れてたというか、はしゃいじまったというかな。


「悪い、パジャマ着てないし普通にしてたし、つい」

俺はよほどじゃないと、顔色が変わらないらしいので無理もなかった。


「いや、ごめん、おとなしく寝てなくて」


30分くらい普通に遊んでた。


「気分はどう?」


なっちゃんが聞いてくる。細い首筋とか、シュッとした顔つきとかと、ギャップみたいに、少し潤んだ心配そうな目をしているから、少しどぎまぎしてしまうのだ。


「へーき」


「熱は?」


「おでこをさわってみたりしないんだ」


「なんか触れるだけでやばそうだから無理」


意味がわからねぇ。

そういえば、なっちゃんは俺が好きだったっけ。あまり、実感ないけど。

「その本体さ、俺と姉の」

唐突に場を持たせたくて言う。静かになるのがなんか怖くて。


「対戦するって言われたときだけは殴ったりもされなくて、普通に、どこにでもいるきょうだいみたいに勝負してた。

俺が負けてたけど」



学校とか忙しくなると、ずっとゲームし続けるわけにもいかない。

だから、束の間だった。あのケーブルは、辛うじて存在していた、コミュニケーション的な何かだったんだろう。


ノートが今より、薄かった頃の。

ノートのことを思い出したら、また、なんだか泣きそうになった。

何に対してなのか、悲しさと悔しさと怖さと、苛立ちで、どうにかなりそうだ。


布団に入ったあとで、なっちゃんの方に手を伸ばす。

「なっちゃん」


天井に吊るされた電灯が太陽みたいでなんだか、暖かい島にいるみたいだとわけのわからないことを思ったりしながら、伸ばした手を掴む感触に、嬉しくなる。


「なに?」


なっちゃんが、俺の手を握りながら横からささやいてくる。


「寂しいから、泊まってけよ」


「やだよ、なんか如何わしいことしてると誤解されるだろ、お母様がいるのに。しかもお前熱あるし」

「荷物、ありがと」


「おう……」


照れるなっちゃんは、やっぱり俺が好きなやつだ。


「心配させたいわけじゃないんだ。いろいろあって、自分でもどういえばいいんだか」


「お前、死のうとしてる?」

「え?」


唐突に聞かれて、思考が停止しそうになる。


「こんな、腕に傷つくって自分でやったとか言うし、

最近はずっとぼんやりしてっし、たまに窓の外に身を乗り出してる。

あれで、わからないと思ったか」


「……」


「何が辛いんだ? 俺には、できること」


無いよ、なんにもない。そう言いたかった。

突き放したかった。


身体がゆっくりと微睡み始めていた俺は、何も言わず、眠っていた。


次の日は快晴で、だけど俺はだるくて動けなかったし、なっちゃんは、帰っていた。


 やりたいこと1。駅前にある異国っぽい微妙に怪しげな雰囲気のレストランに入って、フツーに食事して帰る、は、残念ながら中止だった。店がなくなってたのだ。

 朝起きて、布団の中で改めてプランを練り直す俺に、木瀬野さんは、電話の向こうから心配そうな声をかけてくれていた。


「あ、あと女装してみたいです。前に似合うってなっちゃんに言われたんで」

写メってやろうかと得意気に話すと、通話口からは、楽しそうな、でも少しあきれてるような声がした。


「僕、きみのそういう謎のチャレンジ精神、好きだよ?」


「なんかバカにしてません」

「してないしてない」



あと、何がやりたいだろう。

考えたらいっぱいある。でも、数えたらあんまりない、そんな気がして、数字をつけるのはなんだか寂しい気分もあった。

「なっちゃんと、遠くに遊びに行くのもやってないな」


「それは、二人で考えてね」

「もちろんですよ。あ、木瀬野さんも行きましょう」

「僕は、うん……そう、だね」


なんだか歯切れが悪い返事が来た。

「他には」


聞かれて、とっさに言えなくて別のことを言った。前からこれも思ってた。

「あ。それから『秋弥くん』じゃ、読みにくいから、もっとフランクに呼んでもらえませんか」


「トッシー、とか、どう?」


「としやだけに? いいですね。ありがとうございます」


「昨日、なにか、あった?」


急に、変化球が来て俺は黙ってしまった。


「あの」


あったのか、なかったのか。

どう表していいのかわからない。



「秋弥くん?」


結局変えてない呼び方だったけど、まぁ、急に変わらないか。


「ひどいのは、カンベなのに、なんで俺がこんなことしてるんだろうって、たまに、わかんなくなるんです。


それで、喪失感とかが一気に来るのと一緒に、すごく悲しくて」


素直な気持ちを吐き出すと、木瀬野さんが小さく息をはいた。


「南の島とか、どう?」


「え?」


「一緒に行くの。みんなで」

きっとこことはちがう海が、よく見えそうだ。


「うみの、なかの……魚とか、興味はあります」

ふと昔、綺羅が沖縄のパイナップル園のお土産をくれたのを思い出した。『私今度こそ、人間関係をうまくやるから! だから、ハイ』という決意とともにくれた。


パイナップルと人間関係になにか関連があるのかは知らん。

『花言葉は完全無欠だから!』 といってたな……

「南の島にありますかね。パインって」


「中南米に2000種が分布してるらしいから」


急に、どうしたの?

と聞かれて、完全無欠になりたくてと言うと笑われた。


「今度こそ頑張ろう、ってとき、そういう柄を身に付けるおまじないです」


「完全無欠のパイナップル柄?」


ふふふ、と木瀬野さんが笑う。

通話を終えたあとで、昼間はこれからどうしようか考えながら、ぼんやりしていた。


物じゃない、と訴えた俺と物だといわれたことの二つの中で、でも俺は物になりたいなんて考えたりしてたけど……


 結局なっちゃんにもなにも聞いてないのは、俺自身がわからなくなっているからだ。


木瀬野さんと居れば『考えないで済む』から、

まだ生きてていいような気分になる。


でも、それが『正しい』のかはわからないし、怖かった。


癒されてはいけないのだ。揺らぐことがあったらいけない。

やっぱりやめるなんて言ったら協力してくれてる木瀬野さんへの裏切りだし、だからってノートのことを話して楽になりたいとは思わない。

たぶん、話せば余計に脳内に刻まれて辛くなると思う。


昔からそうだった。

話して楽になったのは、勘違いに関する話だけで、明らかな現実は、話せば話すほど積もっていって目に映る世界中に蓄積される。


俺だけに見えるその雪が積もった世界のなかで呼吸をして生きていく毎日なんて考えたら、苦しくて、胸が痛くて、とてもじゃないが、生きられない。

木瀬野さんは、見ず知らずの他人だから話せた。

 だけど、なっちゃんにまで、そんなことを言うくらいなら、俺は生きていけないのだ。

それなら何も知らないようにして笑ってて欲しい。

熱を計ろうか迷ってやめて、制服に着替えることにした。


俺はただ、何事もないように学校にいってどうでもいい日々を過ごして、流れていく季節を感じて、歳をとるなぁと感じてなっちゃんとふざけたりするんだ。

それだけでいい。


ノートがどうとか、俺が死ぬ前に南の島がどうとか、なっちゃんとそんな話をすれば、きっとより、理解してしまうことになる。


俺は、逃避してるだけだってこと。



だからこそ、いじめられようが、熱があろうが、今は無理矢理にでも登校している。

したいわけじゃないのに、他のことに頭を使いたくないから。


なっちゃんに、もう平気か? なんて聞かれたらきっと、俺はいつもみたいに笑うから。










15時。

今日の授業なら、もう職員会議により、終わってる時間だ。

 下駄箱を通り抜け、廊下に出るとなんだかわくわくした気持ちになって、なっちゃんにおはようと言ってもらえる気がして教室まで向かった。

そしていつもの席に、見知った背中を見かけたので、他の帰りかけのやつらをくぐりぬけた俺は、

思いきって「おはよ」と挨拶した。


もう平気なのか?と喜んでほしかったから。

振り向いたなっちゃんからは「帰れよ」と言われて頭がまっしろだった。


「え?」


「俺には言えないんだろう。何も」


ずきっ、と胸が痛んだ。

でも、言ったら俺が辛くなる。


「なんで、言わないんだ。あんなに熱出して、それにちゃんと食べてないんじゃないか。怪我だって……そんなに、俺は」


周りの目が、ちらちらと、俺となっちゃんに向いたから、俺は慌てて彼を連れ出していつもの屋上のそばまでひっぱってきてから、必死に言う。


「違う、俺がただ、知ってほしくないんだ、何も」


「なんで、だよ。そんなに教えたくないことって、せめて、どういう種類なのかくらい」


「それも、言いたくない」


帰った。

この世界に、支えになるものはない。

 俺がなっちゃんと居るにはなっちゃんにも何か言わないといけなくなることだけをただ、痛感した。

そしてそれは俺には出来ないこと。



 記憶が残りやすいほうだった俺は、人に、ある話をしたらずっと気に病んでしまう。


他人に自分の記憶や思い出が混ざり残留し続けていることが。



それを踏まえた会話をされることがただただ残酷でしかなかった。



自分が忘れようとしたって、何度でもあちこちで思い出すことになるだろう。



母さんにまでチクられて。どう相手が受け入れようが関係ない。


俺の記憶の断片にさえ、ならないでくれればよかった。

そうすれば俺は、あの雪を見ないで済む。


現実の世界に降り積もり続ける記憶の欠片を、世界と自分を繋ぎ続ける、うまく言えないが、そういう物質みたいなものを、増やさずにすんだから。


それはあちこちに散らばっている。


ある人が歩いてきたら、俺の意識は『こいつも俺の記憶になる欠片を持ってる』と、認識する。

『この場所も』『この色も』


 それがどんどん積み重なる。

個人の感情なんか、それに比べたらゴミみたいにたいしたことないもの。

母さんも、姉も、なっちゃんも、河辺も。

だからこそ、そこにいても俺から心を奪うだけの存在になった。

ただなにも知らず、なにも話さず、なにもせずに笑ってくれることだけが俺の救いだった。


なにもしないで欲しい、なにも、話そうとしないで欲しい。


そう、もっと必死に懇願すれば良かったかもしれない。


バカ姉が何か余計な話をしたことさえ些細なことにさえ見える。

あいつは、俺の背中を押す役目だっただけなんだ。もう決意が鈍らないように。

 わかっていても、それは突き刺さる真実で、いよいよ死ぬしかないんだ、と身に染みてわかる現実だ。

河辺がどう謝ったって、それさえもが些細な、どうでもいいものに思えてしまうかもしれない。

木瀬野さんは知らないでくれればいい。

見ず知らずの、全くの他人で、俺の口から話したからこそ知ってるんだから。


もし、そうじゃなかったら?


考えたら怖くなる。

勝手にどこか拡散されて先にしっていたんだったら?



いやだ、という思いで頭がいっぱいになる。

俺が知らないところで、勝手に知ってる木瀬野さんを考えたら、いてもいられない。


「あああああ、裏切り者、裏切るな、うらぎるなー!」


自分が何をしてるかわからないまま、部屋に戻って、部屋中のものを倒した。


「言ってない! 俺の口からいってないことを、なんで話すんだよ、裏切り者! 酷い! 信じてたのになんでそんなことするんだ、なんで聞いてるんだよ、知ってたらなんだよ!

知らないと信じてるから関わっていいと思ったのに、なんでそんなひどいことするんだ!」

 近くにあったハサミで、がり、がりっと腕を切る。切るというよりは、もう彫る感じに近かった。

少し落ち着きを戻した夜中、母さんが窓の外に置いてた花を部屋に戻しにいくと、黒い服の男がさっと走っていった。木瀬野さんの、白い服を対照的に思い出してしまう。


洗濯物を干しているその横を潜り抜けて、俺は次に河辺のことを考えた。

あんなに俺に執着してるのはなぜだろう。

好きだから?

いや、たぶんそんなもんじゃない。

だったら、単純過ぎる。


(……いつから?)



 遠くの方で、「サワさん!」とかいう声が聞こえた。奥さま方が会話しあっている。

 飛んでくる単語は、危ない感じの婦人雑誌みたいな内容で、それは俺には少しエグかったが、おばさんって、わりとこんなもんなんだろうか。

下世話というか、男、女! そして、やることはひとつ、みたいな、今となっては少し時代を感じてしまう。話し方がテレビで見たなんとかって芸能人に似ているななんてぼーっと思った。



 部屋に戻って、布団に入って目を閉じたってのに、驚くくらいに眠れない。

寝なきゃと思うほど身体は重いし、気分は悪いしイライラする。

たまに夜中に『ああああー!!』

という、幻聴が聞こえる。

これはヒステリーを起こしているときの姉のもので、なんというのか、俺なんか比じゃないくらいに、凄まじく、毎日暴れるときがあった。


しかし、そのときの記憶が無くて怒っている自覚さえないのだから、あとで聞いてもけろりとしていてお酒を飲んだわけじゃないのにアルコール依存した人みたいになる。

前に木瀬野さんに聞いてみたら、そういう病気もあるみたいだ。

けど、母さんに聞いたら違うわよ~ と言っていた。

そういうときは、

決まって「秋弥のせいだ」「秋弥が怒らせたんでしょ」と返されてしまう。


俺はあそこまで怒ることなんか滅多にないのに。


―――――――


これを読む頃、なっちゃんには少しでも理解してもらえているでしょうか。


俺は、生きようとしていたんだ。


だから、助けてって、書いたんだ。


――――――――――


発売されただろ?


違う人の名で。


その人の人生を、そいつが生きることなんかできないのに、あいつは、俺の悲鳴を笑ってそのまま使っちまったんだ。


――――――――――


捨てるなら、寄越せって。


あいつが捨ててきた時間が、俺は一番勿体ないと思うがな。

奪うから、振り返らないのか。


―――――――――


それで苦痛が倍になってしまって俺は生きるのが難しくなった。

どこにも居られないんだ。

―――――――――

繋がりを求めるなら、この地球から俺を出してからにしてくれ。

なんちゃって。


なっちゃん、ありがとう。

でも、なっちゃんが優しくない性格だったら、きっと隣に居るの楽だっただろうな。


――――――――――


俺は、なにもできない状態の愛はただの苦痛と変わらないと思う。

充分だ。要らないんだ。

たまに、苦しめるためにやってるんじゃないかとさえ思うよ。


そういうときは目に見えるものしか、信じられないからさ、言葉の些細な変化より、形。


これを読むとき死んでたら墓前に花を手向けるとかでもいい。

運悪く入院してたら、果物かなんか置いてくれ。

(強制じゃないぞ)


――――――――


言葉じゃないものでしか伝わらないことってあるんだよ。

だから、もし、俺がまだ、

迷ったときは、

それをください。


―――――――――










Side ??


 あいつにむかつくのは、ずっと前からだった。俺が出来なかったことを簡単にやってのけるから腹が立つ。


正直、俺が出来るようなことしか、周りは出来ちゃいけないと思うのだ。みんな平等、御揃い。


努力、というものを、思えばしたことがない。

 学校ですらも、少し無視されただけで、心が悲しくて行くことができなくなった。

勉強もわからない。

友達って、適当にしてりゃできるんじゃないの?

俺にはわからないことしかない。


せめて勉強だけでもと、塾に通った。

塾に通ってまで得た成績が、この前あいつ……秋弥の部屋にあったテストにさえ負けたことがあった。


俺のすべて。

なんにもない俺のすべてさえも、あいつは奪う。あいつと比べ、自分の方が勝っている間だけ、俺は自分を実感するのに、

 秋弥はまったくどうでもよさそうにそんな俺を否定する。










朝まで眠れなくて、ぼーっとしたまま制服を着た。


こんなときに限って体温は低いだけで、熱はなかったから登校しないとならない。

体温が低いとそれはそれで辛いんだが、それで欠席したら半月くらい休みそうだ。

 木瀬野さんからもらったシーグラスとかを小さなケースに詰めて鞄のなかにしまう。


朝飯、どうしようか。

考えながらなっちゃんに久々に電話をかけた。

「はい……」


「なっちゃん?」


「あ。秋弥か」


「迎えに来てー」


「用件が唐突だな!」


 なっちゃんは、なんか機嫌が良さそうだった。俺とは対照的に。心配をかけたことについて語らなくて済むならこんなにいい相手はいないのに。部屋の、あの本棚からしても知ってもおかしくないと思うから、その真実を確かめてしまったとき、俺は、もうこいつには付き合えない気がする。

「昨日は、悪かったな」



会うなりなっちゃんが謝ったから、俺はどうしていいかわからなかった。空はいい天気だった。


「話したくないようなことなんだろうと、俺なりに、解釈した。聞き出せないことだってあるのにな。お前のことならなんでも知りたいなんて、


思い上がってたよ」



なんとなくそのときの、残念そうな表情を見て俺は苛立って、わかって欲しいのに、まだわかってないだろという苛立ちしか沸かなかった。


「この前できなかったことしようぜ」


頭にあるのは腹が立つというそれだけ。

腕を引いて、少し死角になる路地までなっちゃんを引き込む。


「おい、学校は」


驚いたような、楽しげな、のんきな声。

壁に強引に押し付けて自分の口でなっちゃんの言葉を塞いだ。

黙れ。黙れ。

俺は別にそんなわかったようなことなにも聞きたくないよ。


「ん……っう……」


なっちゃんがうめきながらも俺の背中に手を回した。なんか苦しそうだ。そのまま角度を変えながら執拗に啄んでやる。


「秋っ」


合間で、掠れた声が名前を読んでくるのを無視して、意識が遠退くまで口を塞ぐ。


コイツ、何もしゃべらなきゃいいのに。

 想定外だったのはなっちゃんが少なからず、その身体に興奮を露にしていたこと。

ふと口を離したときに見えてしまった。


むかつく……


何にかもわからない、それに余計に腹が立つ。

なんで、喜んでんだ。

奥まで突っ込んでおけば黙るんじゃないかと舌を捩じ込む。なっちゃんは涙目になりながらもやはり、感じていて、蒸気した頬で、もっと……と囁いた。


「なっちゃんが、俺を煽るから悪いんだ」

「なに、それ……」


なっちゃんは、酸素がまわってなさそうな声で聞き返してきた。


「俺にも、わかんね」


イライラしてる。


苛立ち、激しい虚無感。俺は物じゃないし素材でもない。

どこにでもいる人間の一人なんだ。

今のこいつの方がよっぽど、物みたいにボンヤリしてやがるじゃないか。


そんな、優越感と背徳感、それに安心感に浸る。俺は人間で、別に身も心も綺麗なんかじゃなくていいからただ、周りに馴染みたい。


寂しい、というのはこういうことかもしれない。

服の下に手を入れて、ちいさな首を、右左に捏ね回す。


「やぁっ……だめ、それ」

途端になっちゃんが女の人みたいな声を出す。

遠くでカラスがなく声がしていた。

間抜けだなと思った。

いろんなことがバカみたい。

「は、っ、はぁ」


泣きそうななっちゃんの口を俺で塞ぎながら、優しく前を引っ掻いた。




 一度家に帰宅してから彼に新品の肌着を着させる。

俺を嫌いになって近寄らないようになって欲しいから、嫌われる言葉を必死に探していた。


「単なるスキンシップだろ? 早すぎない」


冷たく言ったけど、なっちゃんははにかんだ。


「ごめん、興奮した……

秋弥、あんがいSっ気あるな!」


なんでそこ、なっちゃんが謝るの。


「なっちゃんはわりとMっ気あるよな」

「俺たち、恋人って思って、いいんだよな」


 なっちゃんは、俺が口を塞ぎたくなることよりもそれを好意的に捉えている。

なんだか脱力した気分になった。

まぁ、実際、見たくもない相手ならあんな行為で黙らせたりしないはずだ。


 するりっと手を伸ばして、何かを心で詫びる代わりになっちゃんに甘えて、フォローしておく。

「いいよ。すげえ可愛かった。またしても、いい?」


別に嘘ではない。


なっちゃんは顔を赤くして俯く。


「これから学校あんのに……朝からあんな刺激されたら、思い出すだろ」


あ。そうか。

それで我に返る。


「まだ学校あったんだった、悪い」


 急いで外に出て、俺らはまた通学路に向かう。

「思い出すなら休みの時間にでも俺を呼べばいい。それとも、もうダメってくらいまでしとくか」


なっちゃんが恥ずかしそうな顔のまま、聞き取れないくらい小さく呟く。

「俺が……秋弥を襲う予定だったのに」


は?

今なんて。

俺たちは、改めて通学路を歩いた。

歩きながら話す。



「秋弥を組み敷いて、鳴かせたい」


「……。おう」


返事に時間がかかった。

「ほら、俺、がさつで、可愛いとこないし」


「前髪がいつも隠しがちだけどつぶらな目とか、その細い腰とか、えろい声とか。同性でも抱きたくなるって密かにみんな話してる」


複雑な気分だな。

つーかそんな声出してねえ!!


悩みながら俺は言う。


「あー……じゃあ、


なっちゃんが

『男前! 抱いて!』ってもし俺に思わせられたら、好きなようにしていいよ。恋人だからな」


でも、さっきの、なっちゃんの声が脳内で再生される。結構、いけるもんだな。


「何にそう感じるんだろう」

なっちゃんが、真面目に悩み始めた。

え……まじで。


「なっちゃんに抱かれる前に、俺が一度最後までしてしまおうかなぁ。

あんな声出して、説得力がない」


「んなこと……」



しばらくなっちゃんが恥ずかしそうにしてるうちに、学校に着いた。

時間は、比較的穏やかに流れていた。

もしもなっちゃんが心配そうな顔をしたら適当に口を塞いで黙らせる予定だけれど、もしそれでもだめなときを考えたら、一日憂鬱で、あまり身が入らない。


放課後、少し遅く部活に行くと、みんなそれぞれの製作に取りかかっていた。


「おー、来たか秋弥」


先輩が声をかけてくれる。俺は持ってきた素材を机に置いた。


普段あまり出ない椎名って男も参加していた。彼は嫌そうにこちらを一瞥したあと、また隅の方で絵を描いている。

制服の上から黒いパーカーを着ている。


(黒服……か)


『やくざみたいだよね』

木瀬野さんの言葉が、関係ないはずなのにふと頭に過る。

 俺も自分のことをしよう、と適当な席に座りスケッチブックを開いた。

けど、だめだ。

ラフを描くどころじゃない……

 綴じてある紙を開いてめくって、そこに自分のことを書くという行為そのものが、やはり俺を苛むようだ。


席から立ち上がると、激しい動悸に見舞われてふらつきながらたちあがった。



「今日は帰ります」

部長に小さな声で告げる。走って、部室を出る。好きだったことが、なにひとつ、やりたいと感じない。

廊下にも、なにやらポスターが貼られていた。

なんのポスターかは知らない。

なるべくなにも見たくなくて、はやく帰りたい。

なっちゃんを心配させたら余計に面倒だと感じて腕を切るのは最近我慢している。


だけど、じゃあ、何に吐き出せばいい?

木瀬野さんにしかこんなの言いたくないし、ノートを新たに作る気にもならない。


河辺の呆れる私怨に、尚更に腹が立つ。

俺の人生を壊していくようなものを食べ、太るように生きていくのだろうか。

 なぜ、何もかもが少しずつずれてしまうのだろう。


「ねぇ、新作のさ……」


「あぁ、やばいよね!」


誰かが何かの話をして俺とすれ違っていく。

ちらっと横目で見たら二人が手にしている漫画のことのようだった。

背表紙に描かれた名前は木瀬野。


なんか、あの人みたいな名前だなとぼんやりと思う。


「ノートが、どうなっていくかだよね」


廊下で話す女子の一人が言い、もう一人も持論を述べ……



どくん、と心臓が音を立てる。

いやだ……いやだ。


「この話の――」


やめろ、やめてください。

耳を塞ぎたいのに、聞こうとしてしまう俺はバカなんだと思う。


「『君のために描いた』っていう君って、誰だろ?」

あの話をしない。

それが、一番俺のため。

「ねー、幸せだよね」


消えない。

消えなくなる思い出。

俺が、沢山、拡散される。

「ああああああああああああ!」


突然叫んだ俺に、二人はぎょっとして逃げていく。俺はわけがわからないまま笑った。


「ははっ、あははははっ!」

あぁ、腕を切りたいな。首を絞めてもいい。


 二人がいなくなってからその漫画の作者について携帯で調べたら、木瀬野さんの教えてくれたプロフィールに近かった。

 俺が日々を書いてるんじゃなく、あちこちに、違うやつに書かれてるんだという状況自体が、俺のノートの真逆のことをしてるその行為が、俺のためであるはずはない。

やめて、もう俺を理由になにかをするようなことを、しないでくれ。


もしかすると会話のひとつひとつが、全部ネタ集めだったんだろうか。

正しいことを確かめるのも嫌だ。

口に出すこと自体が嫌だ。


知っていたんだ……

知ってて、さらに

『俺がそいつだ』と、知ってしまったんだ。

木瀬野さんを信じたいのに、同時に悲しみと憎しみでいっぱいになる。


直接言えもしない言葉を、他所で語って、なんになるんだ?

今まで深く考えもしなかったけど、俺は、周りのやつのことを何もしらないんだなと、知らされる思いだった。


いや……他人に興味を持とうとしなかったのか。

鞄を抱えたまま逃げるように外に出て、誰を、何を信じていいかわからない上に、


誰にも告げることの出来ない感情と戦う。

心配をかけたくないとは言え、他の発散方法が思い付かない。

どうせ、怪我したっていえばバレない。


誰も見てないだろう校舎裏の場所を探してから、ポケットから出した鋏でそっと手首に近いとこを切った。


まっすぐな切り込みにしないのは、故意じゃないと思わせたいから。

これは怪我なんだ。

心の。


「あ、秋弥」


後ろから声がして振り向くと、なっちゃんが居た。運が悪い。

慌てて涙をぬぐい、手をブレザーに引っ込めてごまかす。


「な、に」


「触って?」


甘えたように抱きついてきたなっちゃんの額に軽く口付ける。


「下も?」

囁くと、周りをきょろきょろ気にしてからなっちゃんが照れたように言った。


「下も」


 少し屈んで、ワイシャツの上から乳首に噛みつく。

「あぁ、ん……」という声とともに腰が揺れる。


「弱いんだ、ここ」


「うん。あっ、きもちい」

俺の頭を抱き抱えるみたいになっちゃんがしがみつく。やさしく舐めていると彼の肩がびくっと震えた。


「やぁんっ」


「女の人みたいな声」


「秋弥っ、はぁ、はぁっ……」

あぁ、やばい、結構そそる。


この状態で誰かが、俺を殺したら、世界は何か変わるのかななんて頭の隅では考えている。


なぁ、なっちゃん。


なっちゃんは、俺が物に見える?

歩く『ノート』に見える?

俺の心の中は、誰にも描けない。

そうじゃなかったら、俺が俺である必要はない。 血が足りないのか、だんだん頭がぼーっとしてきていた。


なんだか袖が濡れてると気づく。少しだけ、生ぬるい感覚がある。


「あ……」


なっちゃんの目がそっちに向く。

俺の赤く染まった袖。


「ははっ。怪我、してたの忘れてた」


すこし、落ち着いてから思い直す。

それでも河辺と木瀬野さんは違うじゃないか。

あんな風に私怨と嫉妬を俺ににじませたりしなかった。


そう、だよな?


俺が好きな、あのままの彼かもしれないし。

そもそも別人ってのも考えられるワケで……


「秋弥?」


なっちゃんが、ばっ、と手を引っ込めた俺を不思議そうに見た。

まだ興奮してるのがわかる。

けどそれ以上に俺を心配していて、はだけた服を着直して近づいてきた。

「なにかあったんだな」


あったのか?

とは、もう聞かなかった。

とりあえず中を確かめてから考えようと思って、それから、なっちゃんに抱きついた。


「どうした?」


「なんでも、ないよ」


背中をさすられて、心地よくて目を閉じる。

なっちゃん。

俺は、誰なんだろう。

この気持ちはなんなのだろう。

どうしたら、いい?

とりとめない、答えがないことを、沢山考える。

「今日は甘えただな」


「なっちゃんは変態だね」

足を踏まれた。

何も考えたくないから強引に口を塞いでやった。


なっちゃんがゲテモノでも食べたのか俺の味覚が固まったのか変な味だった。


「んっ……ふ、ぁ」


可愛い声がしてる。

俺はなぜか、喉の奥があつくて、目がつんとしていて胸が痛くて、苦しい。

からい味の水が、頬から伝う。


気がつけば泣いていた。嗚咽は隠し通せるはずもなくてなっちゃんにもすぐ伝わる。

たった零れた感情の一部だけだけど。



それだけでもなんだか悔しくて、それ以上に苦しくて……計ってないけれど、1時間近くずっと泣き続けていた気がする。


 なっちゃんはそんな俺をぎゅっと抱き締めて、頬や顔中に何度もキスしてくれた。


「泣いてるのも可愛い」


なんて言っていた。


俺は、今、未練を無くすために生きてる。

だったら悲しんだりしなくてもいいはずだ。

なんでこんな気持ちになるんだ。

いつもみたいに笑えなくなった自分は、不快だった。


 家に帰ってからは、ろくに着替えずに疲れた体を布団に投げ出して眠る。

もう泣きたくないというくらい泣いたから目が重くて、鼻もつんとして声も少し掠れ気味。可愛い、とは思わんが。微睡むのもわずかで、布団に横になるうちにすぐ眠った。




 寝てたはずなのに俺は図書館で、木瀬野さんに会っていた。

いつも座る席に先に居た。

俺が近くに行き思ったことを話すと、態度が穏やかなまま一変した。


「なんだ、知ってたんだね。

あーあ。利用価値が、無くなっちゃった」


ドクン、と心臓が跳ねる。


「秋弥くんと、カンベってのネタが別人なら良かったのに。一緒だなんてね。どちらも失うとか、困るなぁ」



だけど、だけど、あんなにいつも、優しいのに、信じられない。



「別人だと思ってた。

なんの変鉄もない、その辺にいる学生だと思ったから、優しくしたんだ。 このこと知ってたんなら関わったりしない」


 遠い存在になったような、そんな声が反響する。彼の顔がぼやけて、よく見えない。





ごめんなさい。


何の価値もない学生じゃなくて、だから、木瀬野さんの優しさも無駄になって……


 言葉だけが浮かんできて目が覚める。



あきらかな夢なのに、なんかリアルだな。


時計を見たら朝の四時だから、まだ学校に間に合うし二度寝して、


朝6時に電話をかけた。木瀬野さんから、心配されないように。



思えば恐れているのは、それだけだ。


誰かから心配されないこと。

何があったかと、聞き出そうとされないこと。

助けたいだなんて言われても、話してしまっただけで俺は苦しむ。



河辺side


 あいつの家が仕事と学校に行ったのを見て、また秋弥の家まで来てしまった。

平均的な外出時間も把握しているし、もう習慣になっているもんだから仕方がない。


事実を言えばもっと傷つくからと言わないでいるが、ずっと昔から俺はあいつの家を物色したり悪い噂を流したりしてる。

そう『父親』と仲がいいから。

ごめん、嫌いな訳じゃないが愛していたって秘密はあるのだ。


あいつのノートに目をつけてからまた、新しいノートはないかと探したが今回は見つからなかった。落胆していると、車が停まる音が急に聞こえた。



「嘘だろ大家さん、この時間ならいないからって言ったのに!」



慌てて撤収するため立ち上がる。


窓際にあったカメラは、既にカードを引き抜いて携帯から繋いだノートパソコンで中身を上書きしたし、ぬかりはないが……


ここに俺が居たらさすがに現行犯だ。

慌てて立ち上がると、電話して近くまで来てくれた悪友の巣旗みなみに手伝ってもらって、ベランダ伝いに外に出た。

どうしてもというときは近くにあるタオルなんかでカメラを塞いで暗くして立ち去っているんだが、今回はそこまでじゃない。


「おつかれ」


「おつー」


挨拶を交わし合う。


「全くもう、ベランダが隣だったからって……」


彼女はベランダの仕切りになっていた薄い壁の部分を移動しなおしながら、やってきた河辺を迎え入れた。


「でももうこれからは、私も手伝わない。今度からは完全に出掛けたときしか入れないわよ?」




それから数日後に、巣旗は引っ越してしまった。理由は「噂が広まらないうちに逃げたいじゃない!」とのこと。


「よく言うよ。部屋にあったレースのクロスを欲しがってたから横から渡してやったのに」


口止め料だけもらって逃げやがったか。

まぁいい。あいつもあいつの家族もいない日があるはずだ。







(秋弥)



「サトーさんの言葉は、聞かないで」

電話をかけて、まず言われたのがその言葉だった。俺はなんのことかわからずにぽかんとしていた。


心配されるだろうか、挨拶しなきゃとあれこれ頭を悩ませてた俺にたいして、木瀬野さんはなにかに慌てたように一方的に話し始めていた。


「ごめんね、急に。

クラスに、サトウって子いるんじゃないかな……」

 びっくりはしたが緊迫した空気を出すときに、彼がなんの話題をするか俺は覚えている。


「やくざの話、ですか?」

俺はよく知らない。

社会のルールも、危ないことも、フィクションみたいに、周りよりもあまり触れていないと思う。

「聞かないって何をですか」

木瀬野さんに聞きたいことが沢山あったのに、全部後回しになったと思いつつも、気になりはした。クラスには居た気がしないから、もしかしたら学校の生徒の誰かなのかもしれない。


「サトウさん、きみのお父さんのことが大好きなんだよ」


生まれたときから全く会ったり話したこともない父親の話をされてもピンと来ない。


「ピンと来ませんが、なぜ知ってるんですか」


いろんな不安で頭が混乱していた。胸が痛い。

声を出してないと泣きそうになる。


なんでいきなりそんな話をするんだよ。


おはようを言いたいのに。



「図書館に居たときにね、たまたますれ違った子がいたんだけど


黒っぽい服の男の子と一緒に、楽しそうに話しててね」


 つまりきみのこと嫌いみたいで……お父さんを批難するみたいだ、って腹を立ててる。と、教えてくれた。

信じてもいいのだろうかと迷ったけれど、そういや図書館に二人で行った日も俺とカンベを間違えるやつがいたなと思うと、用心くらいしておこうと思う。

まぁなにか関わって来ないなら害はない、はずだから。それから、結局たいしたことも聞けないまま、登校する時間になってしまって学校にいった。


 学校にいる間は携帯にイヤホンを繋いで音楽を聞いている。

引き出しに隠しながら。

 たまに、近くの席のやつがちらっとこっちを見たりしたけど何も言われなかった。

まぁ、窓の外からは、丸見えなんだろうけど。


なんだか、どうでもいいようなよくないような……へんな気分だ。


でも、外に出ている間ずっと耳を楽しい曲でふさいでおけば、何を言われてようと気にならないことに俺は気がついたのだ。

もしなにかあっても、これでごまかしながら過ごしていけば、だんだんイヤホンもいらなくなって立ち直れるかもしれない。

わずかな希望が見えている。

俺にはそういうところがあって、もしずっと部屋に居ろと言われてもいつかだんだん飽きてくる。

ずっと悲しみ続けたりしないかもしれない。

少なくとも、仮想の中には誰もいないのだから。

この方法は正解だった。

俺はいろんなことがあってもどうにかこれで放課後まで持ちこたえた。

明日もこうやって、現実から少し目をそらしつつ、慣れていけばいいと安心した。



1週間くらい、それは続いた。


苦しいときもとりあえず音楽を流しておいた。

嫌な気分からもシャットダウンすることができる。

パソコンが苦手だからプレーヤーは持ってないけれど、聴くくらい携帯からも出来るのだ。

 聴いてるとなぜか一度自分のなかにとじ込もって、そこから、また新しく始められるような気がしてくる。


そういえば自閉症かなにかの子どもの音楽療法があった気がする……

数日後の朝、その日は久しぶりにいい天気だった。

 まだHRまで早いからずっと適当にクラシックとかをかけていたら、

ガタイの良さそうな、顔だけは幼い感じの男が、俺の机までやってきた。

「何聴いてるのー?」


お前に関係ないだろ、とボリュームを少しあげて目を閉じて寝たふりをした。

 知らないやつだったから隣のクラスとかだろうか。どうでもいいか。


「なあってば!」


ぶちっ、とイヤホンをコードごと耳から引き抜かれた。音声はすぐオフにしておいたけれど、耳に残る衝撃も、いきなり遮断される世界も不安になるだけでしかない。


「そんなもん聴いてないで俺と話せよ」


前情報がないけど、これが、サトウだろうか。なんの用だろう。


「なんで邪魔すんだよ」


怖いとか不安だとか、見たくない現実が、一気に目の前に押し寄せてくる。

 悩みがあっても考えないようにするのが苦手な俺が、唯一、希望を見いだせた行為が理不尽に中断されるとどうしても腹はたつ。


「お前、カンベだろ。うちのクラスで、流行ってんだけどさ」


「違げーよ。そんな有名人なわけないだろ」


大体なんで、あれがそれほどまでの話題になるんだ。それが一番不可解だ。

あれってのは、俺のノートを羅列した部分。

「俺には、お前と話すことないけど」


仕方なく携帯を仕舞い、素直に言うと、そいつはなんだよ、という焦ったような顔をした。

なんだよ、はこっちだ。

1限も、そのあとの休み時間もずっと適当な曲を聴いていた。

同じ毎日なのに、聴いてる間は苦しいと感じる現実が嘘みたいに、やわらぐ気がする。


ブチッ。


またあの衝撃がきて、耳からイヤホンが引き抜かれ、曲が強制中断させられた。


「また来ましたよー!」


「来るな。永遠に来るな」


携帯が使えない……

いや、使えないという言い方はデマになるか。

だけど、ここじゃ思ったように使えないな。


「なぁなぁお前、父親を裏切ったんだろ? 家族がアルコール依存してるんだろ」


「じゃあうちの親のこと知ってる?」


「知らん」


呆れた。

まさかこいつ、カンベの斜め過ぎる脚色をつけた内容、鵜呑みにしてるんじゃないだろうな。


「はぁ。……んなら、適当なことを言うなよ」


それだけ言うと、急ぎ足で教室から抜け出す。なっちゃんは、HRと1限には居たのに、今はいなかったから探すのもいいと思った。職員室のそばを通りすぎてグラウンドに向かおうとしてたら、気になる声がした。


テレビをつけてるらしい。

 ニュースかなにかの音が流れている。


内容は、彼女のスマホを、彼氏がアプリで監視していたというものだった。条件があれば他人にも携帯を操作できるらしい。


ふーん……

怖いこともあるものだ。と俺はまとめてから外へと走った。

あまり誰もいない廊下は適度にざわめいていて落ち着く。


少しして、見知った背中を見つけた。


「なっちゃん!」


背中にとびつこうとした。

でもゾクリと背筋が粟立ったのがわかる。


クラスに、俺のノートの内容をばらまかれてるんだから。

なっちゃんはあんなに、関連する本を本棚に並べてるんだから。朝会ったやつのことがぐるぐると頭の中に沸き上がる。


あぁ、だめだ。

なんか曲でも聴こう。

いい感じにうるさいやつを……


携帯に繋いだままのイヤホンをポケットから取り出す。つかない。

いつまでもなにも流れない。


おかしいなと、画面を確認したが電源が切れている。

電池切れだろうか?

まだ買ったばかりなのに早くも不良品をつかまされたなんてことは……


いや、電池が長持ちするのが売りな機種でそんなまさか。


電源を入れ直すと、なぜか0パーセントになっていた。

さすがにその減りかたを今までしたことがない。育成ゲームも昨日電池が切れてしまっていたからもってない。


音楽も聴けなくなってしまった。


俺は人同士の対話のみで……


地獄だけを味わいながら、誰かに焼き付いてる記憶を恐れて、一人一人の他人に確認することに怯えながら今日から過ごさなきゃならないんだろうか。


このまま、なおらなかったら……



町中に溢れたポスターや、他人の会話をやり過ごすことも出来ないから、買いにいく気もしないまま逃避さえできないで、生きていくんだろうか。

こんな心理状態でも、あらゆるものを直視したまま歩いていけるだろうか?

 腕を切る回数を減らして最近のを除いたら傷が見違えるくらいにはきれいになっていたのに、また他の発散方法が無くなった気がしてパニックになった。



過去に触れるようなものを、無意識に探していた。


それには『今』が入って来ないからだ。

過去に流行った本の扱いは、今ではまるで、誰かの目につかないように隠された貯蔵食料みたいに眠っている。

それでも、本物が一番だと俺は思っている。


『その前』では、やはり霞んでしまうような気がするから。



 小さい頃に少しだけ触ったピアノのことを思い出した。

それから……


携帯を構えなくなり、俺はそっと目を閉じて机に突っ伏す、のも耐えきれず4限の休み時間は、弁当を片手に教室を抜けた。


廊下を歩く途中で、トイレから帰ったらしいなっちゃんと出会った。


「なっちゃん、おはよう」

一応は、挨拶をする。

なにか言いかけて、携帯が着信で光っていたので慌てて開いたら、母からメールがぎっしり来ていた。


あんたのせい


あんたのせい


あんたのせい


あんたのせいだ


あんたのせいだ


あんたのせいだ


あんたのせいだ


あんたのせいだ


「……」


「どうかした?」


俺は、なんでもないと返す。母も姉もなにかあると俺のせいにしてしまう。こんなに全部うまくいかないなら、生まれてすぐくらいに誰か殺してくれたらよかったのに。


 母はヒステリーになってからは友人がいない。だからジェネレーションギャップでいまいち共感が大変な愚痴を子どもに聞かせる。

全力で聞くのはたまに疲れ、重たくなったりする。同年代の友達を作るか、ストレス発散出来る趣味を作るかしたらいいのに。

姉が家から抜けて、友達や河辺と遊ぶことにこだわるようになったのもそれが理由のひとつでもある気がした。


 母さんの『友達』を押し付けてしまう気なのかもしれない。

俺が居なくなったら誰もいなくなることを知っているから。


そう。

俺は『居なくなる』


バカ姉が余計なことを話さなかったら良かったのにと思ってしまうのは、それもある。

何が解決できるわけでもない相手に余計な負担だけ増やして、重荷にさせてしまっても意味はない。


「なっちゃん」


なっちゃんに抱きついて、俺は言う。


「なっちゃんは……」


何を言いたかっただろう。なにか言いたかった。

俺を裏切らないよねとかあの本棚は、じゃあ何なのか、とか。

河辺の仲間の、『本』の方が俺のノートよりもずっと大事なんだろう。

本当の事を知ればきっと俺を嫌う側に回るはずだとか。


そもそも、信じるわけがない。


だって誰にもそんな暗い話は、わざわざ話したことがないからだ。

聞いたことないからあいつじゃないなと思うのは何ら不思議じゃない。

いろいろと考えて、言えたのはひとつだけ。


「今日、お昼なににした?」

しばらく飯の話をしたあとで、少しだけ構ってやった。

なっちゃんが敏感な、胸にある二つの首を刺激するようにして抱きつくと白いシャツで擦れたのかあっ、と小さな声がしていたのを無視して身体をすり寄せた。


「やばい」


「何が」


「ハグなのに、んっ……」

「なっちゃん、なに一人で喘いでんの」


揺するフリをしながら小さく曲げた腕の隙間でそこを挟んだら、俺の肩に顔を埋めた。


「こ、の!」


耳まで真っ赤になって耐えている。

俺は、なんだか変な気持ちでそれを眺めている。

もしも、いつか彼が俺を裏切るとして。


このまま俺を愛させて、はまらせておけば、心の葛藤をさせるくらいまでなるのかもしれない。

痛みを刻めるかもしれない。






喜ぶべきシチュエーションだったのにそのときの俺は、驚くくらい何も、感じなくて。

悲しくなった。



今、幸せなんだろうか。


なっちゃんとももっと関われて木瀬野さんも、優しくて。

なのに満たされない。


何か、確かめればいい。けれど確かめてしまったらそれはそれで、俺は終わってしまうと思えて、誰にも、何も、言う気にはならない。


木瀬野さんがひどいはずがないと信じていたって「いつでもネタにできる立場」かもしれないことは変わらなくて……


首輪で繋がれた犬のような気持ちになる。

生殺は、彼が世間に向ける言葉が決めるかのような。


そう、河辺と、変わらない。





 昼休み、ベランダでおにぎりを食べていた俺たち。なっちゃんが、パンを買い足しに行った間に、俺は木瀬野さんからの携帯の履歴を全て消した。一応、連絡先を書いた紙だけは鞄の奥底にいれた。

だけど、もう使わないかもしれない。

 少しして戻ってきたなっちゃんに手を振りながら俺はただ、考えている。

幸せが、わからなくなった。それは出来事のせいじゃなく俺のなかの嬉しいとか悲しいとかがなくなったからわからない。何も感じない。全部、作り物みたいで。俺はおとぎ話の住人なのだろうかと、バカらしいことを考える。


なっちゃんも、触れたら溶けていくのかもしれない。


何が正しく誰が正しくて、俺は誰で俺はなにを思っていて、いったいどうしたらいいのか、何が俺の生き甲斐なのか、俺が生きてる意味は?


というか、俺は、本当にまだ生きてるんだろうか……


もしかしたら冥界かに何かにいるかもしれないじゃないか。

違うとは言い切れない。

「来るな! 来るなー!」

俺は叫んだ。近くにあったスリッパを手にして振り回す。

なっちゃんがどこにいるのかわからない。


教室にいた鵜潮が俺たちを見ていた。

相撲部にいるだけあっていいガタイをしている彼が、のんびりした足取りで「けんかはだめだよー」と言いに来る。


喧嘩などしてない。

なっちゃんは、居ないんだから。

俺は、居ないんだから。


俺の手が、なにかに引っ張られてベランダから教室に戻っていく。


身体が廊下に向かっていく。


なにこれ、新手のアトラクション?

なんか身体が勝手に歩くんだけど。

わー、おもしれぇ。


「アッハハハハ、ハハハハ!!」


ゲタゲタと笑いながら、スリッパでそこら中を叩くうちに、教室から出ていく。


ざわり、と何か空気が変わった気がした。

どうでもいいや。


もしかすると、幻覚と関わりを持っているだけかも。


なっちゃんなんていない。

誰もいないかもしれない。

「アハハハハ! アハハハハ!」


何がかわからないが、おかしい。

笑えて仕方なくて、なんでこんなに笑えるんだろうと不思議でしょうがない。


「おい       っ」


誰かが何か言う気がする。けどなにも伝わらない。理解できない。


「アハハハハハハ! ハハハハ!」


ガツン、と腕があたり、廊下の小さな窓の部分のガラスが飛び散った。

肘から血がだらだらと流れていく。


あー、弁償かなぁ!

バイトかなにかしよう。

どこかで冷静に感じつつも、腕が痛みを感じない。


すぐに先生がやってきた。隣のクラスのやさしそーな女の先生。

俺らの間でも密かな人気があったりする人だ。


「なにをしてるんですか。あぁ! 大丈夫!?」


小さな顔が驚きに満ち、まんまるの目が見開かれる。膝丈のスカートから長い足が見えている。

遠くから歩いて来ても目だった。


「秋弥くん、何があったの」


なっちゃんと、俺に、努めて冷静に質問してる先生を見ながら、俺は「いくらですか?」と聞いた。

それから何日経っても、家に請求書は来なかった。知らないうちに来てたのだろうか。


母さんに聞いても、気にしなくていいよというだけ。

俺は、破片が腕に刺さってないか入念に調べられてから返された。


もっと理由を聞けばいいのに。

もっと、俺を責めたらいいのに。

誰か、刺してくれれば、こんな思いをせずにすんだのに。



ストレスでおかしくなったんで、もう無理です、って学校やめてきてもいいくらいだったから、もしかしてチャンスかと思ったのに。


どうして、俺を、生かしも殺しもしないんだ。



「嫌だぁー!

こんな状態で生きたくない! こんな、こんな状態で、なんで生きなきゃならないんだ、なんで、はやく決行すればいいだろ! 俺はなんでまだ生きてるんだ! 死ねよ!死ね! 死ねー!」

ちょうど、つけられていたテレビの向こうで、タレントの女の人が「死ね!」と言っていた。

あれは、俺に向けた言葉だ。

やっぱり死ぬべき。

芸能人にまで言われるくらいだ。


今まであんなことを言われた人はそんなに、いないだろう。


俺は、画面の向こうから直々に指定されたんだ。

自殺者としても、そういない、格が違うと自慢できるかもしれない。


誰も止められやしない。



しばらく洗濯をしていた母さんが、ふとこちらに気がついて俺を見た。


「どうしたの」



 俺はなにも言わずに二階に戻ってから、ノートの破ったページに、手紙を書いた。

母さんへ、バカ姉は飛ばして……なっちゃんへ、それから、木瀬野さんへ。


ピンポン、と音がして下に降りると玄関の前に人が居た。

なっちゃんかなと思ったのに、なぜか鵜潮だった。


俺は何も言わず戸を開けた。

鵜潮は「ちょっと上がらせてね」といい、のしのしと俺の部屋に向かおうとする。

「待てよ、なに、なにしに来たんだ?」



「いや、保育園以来だよな、遊ぶのー」



今は放課後で、時間はまだ16時くらいだったから、遊ぶには余裕があったけれど、そんな約束はしてない。


鵜潮はなぜか、手にスマホを持っていて、それをあちこちに向けて居た。

「ポケモンが居る気がするー」


スマホを向けてる人に、もし盗撮者が居ても、これじゃあばれにくいだろうなという気分になる。


鵜潮は、ひとしきり部屋を荒らしてから、またのしのしと足を踏み鳴らして帰ろうとする。

帰り際に、強い口調になって彼は言った。


「きみって、掃除ひとつ出来ないんだね。部屋の隅にほこりはあるし、机も少し汚いし、靴下が脱いだままだし。


なんでなっちゃんと付き合ってるの」


姑かお前は。

いきなり上がり込んで部屋を見回って言われても、俺は毎日毎日隅々まで片付けられる余裕はねぇよ。


というか。


「なんで、そんな話」


「決まってるだろ、好きだったから。だから後をつけてたら知ったんだ」



「そう、なんだ」



深く聞くのはやめよう。


「告白かなにかしたら?」


「簡単に言うな!」


鵜潮が顔を真っ赤にした。


俺には、あのノートを奪われるよりは、簡単に思えたんだ。

自我がなくなるわけじゃない。

「いままで、どんな想いでっ……! お前みたいなのがタイプだと知ったときも頑張ってきたのに」


「あー、だからか。

昔から、お前が俺と似たようなものをもち始めるの。筆箱とか、あ、昼に気に入って買ってた惣菜パンとか。すぐ真似してたよな」


なっちゃんのためなのか…… なんだか歪んでるな。

「あれは、俺のオリジナルだ!」


「あそ。じゃあ、どうして好きなんだ」


「え……」


「そんときの筆箱をなぜ買った? 他にも沢山あったからな。わざわざあれにした理由は?」


鵜潮は黙った。

自分について聞かれるとまるで何も答えられないからだ。

ため息をついて俺は言う。


「あのさ、俺に似せたって俺にはならないから。なっちゃんも、そういうのわかると思う。

俺が、好きってことは、

俺自身が自分で築いていきた過程全てをひっくるめた今があって、だからその性格があるから言うんだよ。


『見た目があって、そういう物を持ってるやつなら誰でも良い』

わけじゃない、と、思う……」


自信がなくなってきた。いろんなものに。

「なんかお前勘違いしてる。


それに、それって、相手も軽んじてるようなもんだよ。俺みたいなのなら誰でもいいだろうみたいなこと思ってるんなら自分が一番周りを見下している。


それを傲慢だと言われても仕方ない」



俺は、何を真面目に話してるんだろう。


「もう気が済んだなら帰れよ」



ぐいぐいと背中を押してドアまでおいやると、一階に行き、外に放り出した。


 俺はすでに木瀬野さんにも、なっちゃんにも、会ってもなにか感じなくなっていた。

誰の何が悪いとかじゃなくて、俺自身が、生きるのが限界になりかけているからだ。

なのに、あんな風な説得をしていいのかな。

夜中までの時間に何をしていいかわからずに、ベッドに身体を投げ出す。

ふと思い直して、腕を見ると、あとが残りにくい深さにしていただけあって、ほぼ綺麗にあとが消えていた。


けれど、どうにかして発散したい気持ちと相まって、跡が無いことは、それが否定されたみたいな気分になった。


つらい、苦しい、きもちわるい。

自分が生きることじゃなくて、周りが俺に関わろうと生きてることがつらいと気がつく。


「絶対にネタにしないから」

と、木瀬野さんが誓ってくれるとは思えない。


「河辺がネタにしたんだから」と、知らない女優とかが言い出すだろう。

違う誰かだってそうだ。一番信用がならない。


特に、作家を名乗るような友人は作らない方が懸命だった。

木瀬野さんが言っていたやくざがなにかは知らないけど、あぶないものなら、みんなまとめて潰れればいい。


なんで俺はこんな目にあってもなお、楽しいこともないのに、死ぬのをしぶっていたんだろう。


 人に聞いたところでは殺せと言うと殺さない性格の悪い人たちらしいから、生きるふりをした方がいいらしい。案外、笑って、もう平気だよという顔をすれば、妬んで殺しに来てもらえるかもしれない。

 なっちゃんにも誰にも会いたくなかったけれど、俺が幸せなふりをすれば……

鵜潮みたいなのがまた来て、首とか絞めに来るかもしれないじゃないか?


寝転がりながら、殺されることをイメージしてみる。


困ることに、俺にはほぼ財産もないし、利用価値もほとんどない。

誰かが欲しがるようなものというなら、臓器くらいしかなかった。


それでもたしか数百万単位だ。


庶民には大金だとしても、そうじゃない人にはたいした額じゃないな……

自分の価値がやけにちっぽけでいやになったぶんにやにやした。


「つまり、札束が、人ってことだろ?」


 ノートの厚さよりは、紙としては厚いかも。人生の厚さとしては、河辺がかなわない。勝ちみたいなもんだ。

札束になって、いろんな人に回っていって……なっちゃんのとこにも戻ったりするのだろうか。ほほえましくて、口許に笑みがこぼれる。


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