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りょうり





 材料を煮込む間、暇だからと数分だけ部屋へ戻ることにした。

ぼんやりした手が、引き出しに伸びる。

電池が切れたままの育成ゲームに触れる。


「……」


二次限空間と現実の間に存在する、儚い命。

電池を入れれば生まれ変わり生き続ける存在。


「なっちゃん」


心が停止したままだった。

 停止したまま、知らない荒しとわざわざ向き合うのも大変だし、とりあえずは収まるまで簡易な鍵としてパスワードを設置しておいた。

この鍵は、昔からあれを読んでくれた人の心にある鍵だ。



『夕飯を煮込んで居ますね?』

 突然、知らない声がした。

隣にある母さんの部屋のテレビが急についたのだが、母さんはまだ居ない。


『おっ! これは、たまごやきだー』


ガヤガヤ、芸人の声。


「え……」

『へぇッ まやぞんさん、玉子焼きお好きなんですか?』


『はいー! まやぞんは一日三食くらい玉子焼き食べますよ』


……うるさい。


うるさい。


『まやぞんの一日に密着して――』


『ガヤだったんですが、急にメジャーになりたいなあと思いまして!!』


うるさい。うるさい。うるさい。

『早く学校いきなさいっ!』


『えー、いやだぁ~!』


ドッと笑う会場が映る。

うるさい。うるさい。うるさい。いじられ続ける芸人に嫌気がして、消せばいいのに何かから逃げるようにチャンネルを変えた。


『国民的アニメの『ビッグもも子ちゃんの作者が本日未明――――』

『パンケーキ食べたい』

『――で知られる作家のサルキックさんが――――』



最近作家がよく死ぬ気がする。

×××さんといつか話したこと。

作家の後ろ楯になる何かが芸能人にも居るだろうってこと。

資金があるから、ニュースや政治も操れる。

 いちいち驚けなくなってきたけれど、俺がBPOだったらかなり審議されそうになってきたな。テレビを観てて、今さら、結局は好物のカレーをつくってしまっていたことに気がついた。


 携帯を持って台所に戻ると、椅子に座って電話をかけた。

なんとなく。

しばらくすることなく、それは繋がった。


『はい』


「……あの」


『秋、どうかしたか?』


「すずしろ、」


『なっちゃんでいいのに』



なっちゃん、なんて、俺、気軽に呼んでたっけ?

ずきっ、と後頭部が、少し痛んだ。

違和感というか、そんなのがある気がした。


「っ、あの」

さっき、ふいに呼んだ名前。

なっちゃん、と呟いた。

だけど、だけど……

いざ話そうとすると、その呼び方がなんだか不思議だった。


「え? ……え? あの、すずしろ、」


『そうだけど?』


彼の方は戸惑う俺に対し、とても真面目に聞き返す。


「な、っちゃ、ん?」


そんな呼びかただった?


「あ、あの……、」


何度もそれについて問いただしたって、不審がられるだけだ。だけど思い出せなかった。

どんな仲だったのだろうか。


『調子はどうだ?』


「うん、い、いいよ……」


なぜだかとても心細くなった気がした。そうだ結局×××のことは、話さなかったな。

×××?


「え――――」


誰。

『あ。そういえばさ、河辺がお前を気にしてたぞ』


「……そうなんだ」


『お前とは同性だから結婚を反対される。


だから、異性である姉を紹介してもらったんだとさ。

姉と付き合えば家族にはなれるから、それで家族ぐるみで、どうにかできるからって。

幸せはそれからでって、ちゃんと自分なりに考えたと。


お前が学校来ないから代わりに伝えてほしいって』



「そう……」


伝えて何か変わると思ったのだろうか?

いつまでこの『檻』に付き合わせる気なんだろう。

好かれることはある意味牢獄みたいだ。



『あいつさ、何があったか知らないけど、どこまでもプライド高いよな』


家族に囲いこまれても良いことなんかない。

バカ姉がわざわざあてつけに来るきっかけを増やした。


それは彼が、自分が舐められるのが嫌だから?


『最初はお前を異性だって言って、周りの人に紹介してたんだけど、すぐバレたから、仕方ないことらしい』


そしてバカ姉と二人で嫌がらせを始めた……

呆れるような動機だ。


『ちゃんと聞いてなかったかもしれないから、

改めて語れば、また好きになって貰えるとさ』


「そんな要素、あった?」


『……』

それから昔トレーディングカードがはやったよなとか、他愛のない話をした。

久々に、息抜きが出来た気がした。

『そういやカンベのSNS、見てる?』


「え?見てない」


『お好み焼きを食べたよ、妻と買い物デート』


『妻がくれたケーキ』


『いつもありがとう、アキ』



すずしろ、がそんな言葉たちを読み上げる。


「カンベのだよな、それ」


妻って、まさか、姉か。


『いや、それが、ずいぶん前から。お前と付き合いがあるとこから』


……誰だ、妻。

って、あれ? すずしろに、この話をしてたっけ。

×××も、誰だっけ。

ずき、ずき、とまた頭が痛んだ。

そのSNSを見てみると、なっちゃんという人も出ていたし、他の知り合いも出ていた。


『これは、俺じゃないぞ』


「うん」


遡ると、ますますカオスだった。


――綺羅ちゃんおはようー


――ネネさん、こんにちは。


「綺羅まで出てる」



少し、ぞっとする。

その『綺羅』はキャバ嬢みたいな人だった。

あいつとは違う。

 昔、著者名に検索をかけたらすぐ見つかった作品の内容を思い出す。

明らかに他人のトラウマなどをなぞって、付け足したようなものを、美化させて出来る作品。あいつの作風が何によって出来ているか。他人の不幸だ。

陰湿な記録がさも綺麗事になって、ハッピーエンド、になっている。

――一度その事実を知ったら、コメントが気味が悪いものにしか見えなかった。

 文字列から離れたくて顔を覆って座り込んだ。

よろけて、思わず手が床についたら何かが当たった。


 床に置いたままになったスケッチブックだ。


「……」


開いてみると昔の自分が描いた、雑だけど、なんだか楽しそうな絵がならんでいる。

こんなに、楽しそうなときがあったんだ。


「……」


 近くにある鉛筆を手にして、目の前にあるペン立てを描く。無心で。要らない情報全てを拒絶して。

此処にあるのは、自分の世界。俺が、見ている世界だけでいい。


いつのまにか電話を切っていて、そのまま、六、七時間くらい過ぎていた。

それから集中している間がふと途切れる。

肩が凝ったなとか、そんなこと。


なっちゃんと話をして、また、わからないことが出てきていたことが浮かんだ。

まずひとつはあのときのなっちゃんの部屋の『本棚』。


妖精が出てくる話、

料理の本。俺がノートに使っていた仮名そのものが数多く主人公として出る話。本のなかには俺の名前そっくりな、ペンネームまであった。6割、いや8割くらいが気分が悪くなる棚だった。あいつに晒されたことを永遠に世間に刻むような名前は悲しくなる。

一番信じていた彼がこんな棚を作っていることに裏切られた気持ちでいっぱいだった。

俺が傷つくものを、あんなに、ひとまとめで並べてあるなんて……

俺のトラウマをフィクションに混ぜたとはいえ、あんな風に知られていることが残酷でたまらなくて。



 それから、木瀬野さんといたとき。

百貨店のそばを通ったらドラマの『ポスター』が沢山はってあった。俺の体験をもとにした、あの小説のポスターや、その作品に影響を受けたっていう違う映画のポスターが並んでいる。 木瀬野さんが渡してくれたハンカチで、俺は腕をぐるぐる巻かれた。



「……木瀬野、さん?」


なんだろう、どこかで、どこかでその名前を聞いた気がする。身体が『思い出したくない』と言っているようだった。

もしかしてブックマークに居た人だろうかと無意識に携帯をいじる。

 指が当たって投稿アプリを開いてしまった。

TOPにある運営からのお知らせが更新されていた。

『いくらかの端末で見られない不具合が起きています』

なにか引っ掛かる気がした。

でもそれだけで何か言えるわけじゃなかった。



 そんな感じでその日の一日は大半終わった。スケッチブックを開いたり、音楽を聴いたりして、一日の終わりに書いていたブログを書かなかった。




次の日も書かなかった。

どことない罪悪感のようなものがまとわりつくのが、更に心を重くする。

なんだか、怠い……

なんで一日書かないだけで、怠いんだろう。

でも、更新のボタンを押す気力がわかない。

 進もうとすると身体が、ぺたりと床に座り込んでしまって、意識はぼんやりしていた。


 その日の運営のお知らせは、「Twitter連携が壊れた」

だった。検索が急に出来なくなったらしい。


「もう! 放っておいてくれ!」


 誰にともなく口に出す。

声は掠れていた。

まるで、自分が管理されているみたいだ。


朝8時。

 窓の外は雨で、朝から布団の上に座り込んだまま画面を見ていた。身体が重い。

母も出掛けたし部屋に誰も居ないのもあって、こんなだらしないことをしてても特に咎められはしなかった。


「雨ですよ」


なっちゃんにメールを連投する。

「つまらない」

「暇です」

「おはようございます」

「昨日いつのまにか切ってた」


 こんなことをしてももやもやは収まらず、携帯を放って布団に仰向けになる。

少しして返信が来た。


「どうしたw」


返信しなかった。

外では、子どもが騒いでいる声。雨ではあるが、お散歩だろうか。父親かおじさんか知らないが、男性と二人の声がした。

キャッチボールが出来ないことを嘆いていた。

そういえば冷たいタイプの俺にキャッチボールだの言う意味がわからん奴が居たっけ……


 そのときの俺は無視して携帯で空の写真を撮っていた。

謎のハエみたいなのとよく上空で会うし、写真にうつるときがあるので(どうせヘリかなんかだが)それに会うのが日課みたいなもんだった。

謎の飛行物。



「楽しかったね、買い物デート」

「俺、きみみたいなのと付き合えて、ラッキーっていうか」






「あれ。あいつ、太田って、言ってなかったか?」


……名前が、変わっているのか?


珍しくはない。

親の離婚か結婚、本人の希望、犯罪者や被害者どちらかの保護。カンベであり、太田である可能性もあるんだろうか。


「うーん……」


再び携帯を開くと、またメールが入っていた。


「なあ、お前の母さん、元気か?」


なんで、なっちゃんが俺の母さんを気にかけるんだか。

不思議な内容だ。


「元気」


少し不審に思いながらも返信する。もう登校の時間だ、いや、着いてるのか。授業は大丈夫かなんて思いつつも、怒られるのはこちらではない。


「確か、今――歳くらいだよな?」


彼がなんで、母さんの歳なんか気にするんだろう、これはデジャヴというのか。


「母さんに走るのだけはやめてくれよ」

「いや、聞いただけで、そういうわけじゃないんだけど」


なんだかすっきりしない返事が来た。気持ちが、悪い。

気持ちが悪い。

違和感が拭えなかった。

――――さんのときだってそうだ。

誰に会っても、誰と話したって『そう』だ。


「なっちゃん、小説とか読む?」

まったく関係ない風に、極めて冷静に、違う話題を、返す。


「あぁ好きだけど」


そうして、やりとり。


「カンベなんとかとかさ、 マイとかそういう作者知ってるよね、棚に並べてたよね、俺見てたから知ってる」


「なに、どういうこと」


聞きたいのは、こっちだと思った。

母さんを、どうする気なのだろう。

頭を過ぎるのは、今までろくに関わりなかったバカ姉が、あれから急にカンベに呼び出されるようになりあちこち出没しだして、そして彼と付き合いだしたこと。

母さんも少し様子がおかしい気がするときがある。


今までの流れがあったうえで、なっちゃんがわざわざ、母さんの様子を聞き出すなんて、タイミングが出来すぎていて、

単なる気まぐれとは思えなかった。


周りが変わっていく。

なんのために?

バカ姉のときは、無理矢理血縁関係を持とうとしてのことだった。

母もだろうか?

まさか、母には、父が居る。


待てよ、俺とカンベを混同する人が居ることを思い出すと、あのSNSを、俺だと思っている人も居るだろう。


「――まさか、『探り』?」


俺に成り済ますためか、カンベを動かすためか。どちらにしろ、身辺を探ってネタにしようというのはあり得なくない。

考えていたら下の階で、ガコッと鈍い音が聞こえたので、手紙でもポストに入ってるなと、外に向かった。



 手紙でなく新聞だった。

そこの一面に、長年作家をしており今はすっかり『母さんと同じくらいの年齢』になっている人が載っていた。

母さんにどことなく似ている。

今度その人の新刊が発売されるらしい。

なんとなく、勘だけれど、また誰かが似たようなことをしているんじゃないかと思った。俺の代わりに何らかの形で母さんを取り込む気じゃないだろうか。カンベがバカ姉に執着して、俺との関係に失敗したように、次は……


返信をやめて携帯のモードを切り替えて、さっき見た作家を検索する。

賞関連のサイトがあってプロフィールの下に、俺の書いたのと似たような内容をモチーフにした本が、新刊として堂々と宣伝されていた。

主に若者のいるアプリやサイトばかり見ていたけれど、年配者からも目をつけられているのか。


「これ、いつ終わるのかな」


覚悟して書き始めたものだ。

今度こそ奪われないように、と誰かに見えるように続けたりした。それなのにそれすらも関係なく奪っていくのか。

戦おうと思ったのに、あの地獄の街から、抜け出すために。

精神的虐待を商売と履き違える人たちから、逃げ出すために。



安心して、外を歩けるように


「ただいまー」


なりたかった。



ガチャッ、と音がして、誰かが歩いてくる音。ずしずしと、足音がキッチンへと向かう。


「ふうー、カレーはやっぱりレトルトだね」


「あ、ずる休みだー! ただいま、ず・る・休・み」


台所に向かって見るとバカ姉が居て、こっちを指差してニヤニヤした。


「……」


「ずる休みクン、誰のおかげで、町が平和なんだと思う? んん?」


買い物袋からレトルトカレーを出しながらバカ姉は意味不明なことを言い出した。


「良いよね、言うだけで何もしない怠けは。悪魔は」



「なんの話か知らないけど、他人に悪魔とか言うな」



「あ・く・ま、だから、ズルしてるんでしょう?」



意味がわからない。

いきなり帰ってきていきなり、何を言ってるんだ?

手元を見ると携帯を操作していた。ラインか何か見ているようだ


「おい、あくま! この動画見てうける!」

呆然と立っていると、バカ姉はすかさずYOUTubeを開いて画面を示してきた。画面の中では、賭け事に命を懸ける主人公のアニメのシーンが流れていた。耳に、外れない金具を取り付けられている。それからその後主人公が逃げ切るべく耳を切り落とす場面を嬉々として流していた。

血が、だらだら流れて、黒兎みたいだ。


「いやー、逃げ切るために、こんなことして、ねぇ?」


クスクス、笑っている。

誰を、何を笑うんだろう。

やがてはテーブルの上に携帯を置き流しっぱなしで、カレーの袋を鍋に入れて温め始める。

バカ姉は、帰ってくるたびにこちらにしつこく絡む、気がする。

カンベが現れてからそれは、やけに酷くなった。

理由は、あの目を見れば一目瞭然で――


カンベが俺のことを好きだから。

それなのに、代替品のようにバカ姉と付き合っていることを自覚しているから。


姉は、カンベなんとかのことが好きだから。


俺が憎いから。


「そういや、これ教えてくれたトモダチとね、また遊びに行くんだぁ!」


うふふふと姉は笑い、わざわざどうでもいい情報を聞かせる。部屋中にカレーのにおいがする。


「で、悪魔は、今日も、怠け?」


悪魔、を強く言いながら彼女は見えない圧をかけてくる。


「あ、私は今度ね、また遊園地とか行くんだぁー。映画もいいなぁ。

あんたも、少しは、アクティブになった方がいいよ?」


どうでもいい。どうでもいい。映画や遊園地なんか行ったら、どうせ見たくないものを見るだけだ。見たくない群れを見るだけだ。広告や音声が流れ込んでくるだけだ。

侵食されたくはない。


「あ、あの人ね、

あんたがずぅーーーっと、無視してるから、心配してたよ?

傷ついたんだって! カワイソー、なんで無視なんかしたの?なんで、行ってあげなかったの?本当、人付き合いなんか向かないよね、ねぇ、最低なことしてるのわかるよね?


この、ひとでなし!」



俺は。ただ、部屋を出た。





アプリに載せた、最後の方の話。

描いてあったのはちょうど人じゃないかもしれない、悪魔かもしれないという内容だった。

他人事のように、どこかうわ言みたいに、ただ書いていた。

それを、そのことを、まさか把握した上で――?


寒気がする。悪寒が走る。

言って良いことと悪いことがある。

その話題に繊細になっているからこそその話題を描くことくらい、それにより過敏になることくらい、誰だって、わかるはずだ。


カンベなら、尚更に。



 それすら気にならないほど、『友達』に焦がれているんだ……

俺を憎んでいる。





部屋を出て、出たからといってどうしていいかわからなかった。カンベにメールを打った。


DVとか、同じ空間に居ながら、その相手が、辛いことを強いてきたら、どう思うか。


お前に好意的なせいだ。

その責任で、どうにかしてもらえないか。



俺のことは本当に、好きなのだろうか。こんな状態のバカ姉を放置するほど、実は、大した感覚なんか、ないんじゃないか。


―――人でなし!


――悪魔!




脳裏に、言葉が過る。

痛い。痛い。

バカ姉を利用しておきながら、その弊害に対して。

彼はきっと、なにか、わずかでいい、誠意みたいなものを――きっと。








それから少しして。


アプリの中の掲示板に、


『出会い系女と俺のやりとりwww』


が立ち始めた。

>嫌がらせ続いてるんだけど


>よかったね。

お前が悪いとか考えないの?


>悪くない。

限界だよ。

こんな話ができるような友達は居ないし、お前のせいだ。


>うざい、だからお前はだめなんだよ。


>居ないときに私物を漁っていたり、いろいろと、カンベに関することで、執着してる。

しなくても直接行くから、やめさせてくれない。


>で?


>何処か、行ったらいいなら、次はちゃんと向かうようにするから


>きもい


>姉がいない時間でいい、一度話せませんか。



>やだよ


>好きなのに


>俺のタイプじゃない。


>さみしいー


>きも



出会い系のフリだけあって、

いくらか改竄と虚偽が混ざっていたけれど、俺を否定して逃避する方を選んだらしい。

そんなに人気はないカテゴリだが、新着にのっていたので目についた。

どうしたものかと思いつつも自分の部屋に行き名誉毀損にあたらないのかとカンベに聞いてみる。30分たっても1時間たっても、一日経っても返事はなかった。

次の日にやりとりが続きとなってすぐに上がった。

考えは以下のようだった。


「俺有名人www対してアレには価値なし」


その通りだと思った。


どんな手口であれ、手段であれ、地位を得て、成績を得さえすれば庇ってもらえる。

こちらが名誉毀損と逆に訴えられるかもしれないくらいだ。

価値が無い。立場が違う。

『何様』かと問われるほどの格差が存在する。


守る価値のない相手など、味方されないのだ。



無力を、思い知る。


無力だな、と思った。

 誰も居ないのだろうか。

何処にも居ないかもしれない。どうでもいい。よくは、ないか。

というか。

別れた、はずなのに。

たしか、そんなこと、以前、きっちり、聞いた気がするのに。

「大体、証拠が出せないだろ!

出してみろよ、覆しようがないやつwww」


彼はそうも続けた。

わかってて言っている。

しかしどうしたところで、例えば証拠だと言って何か出したところで、それでも、結局立場が違う。


 元々のノートを直接出す気は起きなかった。

なんで巻き込まれただけで、宝物を、現物を晒され失わなくてはならないんだろう?

大事なものを、プライバシーを含めて失ってまで、得るほど価値がある相手じゃないのに。



例えば強姦、例えば下着泥棒の話を思い出す。

言える人と、言えない人がいる。警察は大抵が男性だ。

他人に……罪を、暴くために本来暴かなくていいはずのものまで、奪わせる。

そうしないと、捕まらない。

そんな、そんな酷いことは、当たり前のように存在する。


「どう、しよう」


壁にもたれたまま、考える。

どうしよう、どうにかならないか。まず、信用がない。

プロですらないし、万一なろうとしたって、押さえつけるだろう。


部屋の外から、姉の笑い声がする。

カレンダーを見ると、運悪く祝日だった。


「まやぞんだぁー! うわー!

まやぞんと、レーザーの直接対決ー! あっはははははは!」


《さて、今回のモニタリング対決は――出会い系、デスマッチ! 正体を知られず出会い系を通して……》



バラエティのナレーションが響いてくる。

「…………」


 鞄を肩にかけて、玄関からドアを開ける。

右、左、と確認。

まだ、誰もいない。

メールが届く。Googleplayでどうとか、GPSを活用して、レアキャラゲット!とかの宣伝メール。

後ろから、姉の笑い声。


「ギャハハハ! バカ女すぎる! ギャハハハハハ! そこでパンケーキはないだろ!!」


《――名誉毀損と言い出した!

このピンチ、どう切り抜けるまやぞん!》



 家に居たくなくて外に出た。でも居場所なんかなかった。

どこにもない。

 誰かを頼るわけにもいかない。震える足を、無理矢理動かす。

バカ姉は定期的にカンベの家に遊びに行くとも聞いたことがある。最近は、入り浸りだ。



俺は、ただ、恐ろしい空間に、孤独に存在し続ける。

どこにいったって同じ。


後ろから、三人の男が自転車を引きながらついてきた。


「まやぞん、どうするっ!?」


「パンケーキはないですわー!」

「おい、後ろ、後ろー!」


気配が、そう思うだけで、足音が、ざりざりと砂を引きずりながらアスファルトに掠れるのが、わかるだけで、振り向いてはない。けれどわかる。


「こっち見てー!」


三人。

茶化すように、声を上げている。

朝の町は穏やかで、綺麗に晴れているのに、見上げる気にもならず、俯いたまま、ふらふらと道なりに進む。

ああ自由になりたい。

カンベたちの目につきさえしなきゃ、なんだっていい。

遠くに行きたい。

どこかに、安心して、存在したい。



バイトか何かして、どこかにアパートでも借りて……

あぁ、だめだ、連帯保証人なんか。母は、捕らわれているのに。

問われないところを見つけたって敷金とかなんとか、最初にまとまった予算がなければならない。支払い能力、最低は三ヶ月分……


親戚とは仲が悪くあまり、世話になりたくなかった。

事情を話すわけもない。

それにいくらかの親戚の会社は確か……カンベのところと繋がりが、あったような。

アンチのグループなどをいろいろ巡って、朧気に得た知識だけどだとしたら、余計に無理だ。最初の約束の通り、この点は自殺さえすれば、解決する。だけど、それさえ隠蔽されては死になんの意味もない。今のままじゃ、そうなってしまう。



俯いて、三人から逃げるように走る。なるべく細い路地を選んで、ひたすら走った。


もう俺を殺してくれ。



「辛い顔してるね」



行き止まり――

に、人が居た。顔立ちでは一瞬性別が判断できなかったが……たぶん、男か。

「辛かった、よね」


同い年……だろうか、にしてはやけに、達観したような目をしている。

何か、とんでもない闇の正体を知ってしまったかのような。

フードを剥がし、彼はニッと笑った。


「バラエティになり、賭け事になり、映画になり漫画になり小説化される、有名人さん」


「なっ」


なんで。

そんなの誰にも、言ってない。植え込みにぶつかるのもいとわずに、背中が壁まで下がる。


「っと。こういう会いかたは、止められてんだっけ、またペナルティ食らっちまうや」


薄い色をした頭をぐしぐしと擦りつつも彼は俺から目を逸らさない。


「お、受信受信」


彼は、なんなんだろう。

上着のポケットから携帯を取り出すと、なにか確認している。

「はいはい、わかってるって、なあ、コンクリって、知ってる?」

「え?」


「知らんなら、いいや。ちょっと《あの三人》を追っかけてたんだよな。そしたら、なんと、標的の標的がこっちに来たもんで」

「……刑事か、何か、」


声が、震える。

うまく出せない。

忘れていた。家のなかでなら、普通に話していたし、独り言は話していたし。治ったとばかり。喉から悲鳴みたいな音がして、こほこほ、と咳き込む。


「あー、いっていって無理に喋んなくて、こっちは見りゃわかんだからさ」


不思議な人だ。

不思議な。心に、なんの抵抗もなく、踏み入ってくるのに、まるで違和感がない。


「別に刑事じゃないよ、俺は。

ワケあって声が出せない、出せない悲鳴を、聞いて回ってるんだ」


声が、出せない悲鳴?


「アンタも、思うだろ?

痴漢に強姦、下着ドロ。

警察に一部始終話せないから解決しないこともあるわけだよ、世の中はな」


なにも、言わないで居るうちに、彼はこちらに近づいてくる。

「手、出して」


「手?」


指が、微かに、触れる。


「あぁ……なるほどなるほど、やっぱりそうか、大変だな、いやはや」


勝手に納得しないでください。あなたは、刑事じゃないなら誰なんです?

心のなかで、言ってみる。


「ときに占い師、ときにハッカーにしてときに予言を実行するってとこかな」


「はぁ」


「おっと、信じてないな?

国は昔っから、こういう曖昧でおぼろげなけれど明確にそんざいする非科学をどこかしら頼って来たんだぜ。なかには王になった血族だってある」


……変な、人。

不思議な気持ちになる人だ。

自分を知りつつも知らない他人。

理解者でありつつ非理解者でもある、自分の一部のようで他人のような、変な人だ。

怖いとはなぜか思わなかった。

「俺のこと、と何か、関係が、あるんです? さっきの人たちとか」



「あー、話すとダルいんだが、俺はあんたの事情は、把握してるよ。

いやあどっかがあまりに圧力かけるからさ、

さすがにもう俺らの勢力――あ暴力とかじゃないぞ、俺らが、やれやれー、と動くしかなくなってしまった。

大したもんだよ。なかなか一般人は、コッチにお目にかかれないんだぜ」


「……把握、って」


俺は、まだ、具体的なことは、誰にも、そこまではっきり語りはしてないんですが。


「まぁ、ほら俺、霊感あっから」

「…………」


ノリ、軽っ。


「少し相手に触れりゃ、わかるときはわかる。念が強ければ強いほどな。

当たるも当たらぬも八卦だよ、要は」


「………………」


「まあ、見えないやつもいるんだが、アンタについちゃ心配なさそうなくらい、ビシビシ伝わる。

たまに居るんだよ、そういうやつは」


「町中、世界中、世間中、てのはちいとやりすぎだし、惨すぎる、俺らは、基本暴力にゃ関わらんようにしてんだが……と、しゃべりすぎたかな。

 んなわけで、俺はさ。


あんたなら軽蔑しないと口外できないと信頼した上で言うが、



読もうと思えば心が読める……

相手も居る! ただしわからんやつはわからん!」


「なる、ほど……そう、ですか」

久々に、数日、頻繁にしゃべって居たからなのだろう。

会話の反動で一気に咳き込む。

「内緒だぞ?」


彼が念を押す。

どうせ口外する相手なんか、居ない。頷いた。


「じゃ、情報収集で俺の悲鳴を、聞きに、来たんですね、なんか、わからないけど」


「そういうコト。立ち話もなんだし少し、店かなんかで話でもしない? まあこんくらいは経費になるだろうし、ならんくても俺が出しとくしさ」



 彼ら、が動くとどうなって何が起きるのだろうか。生きてるか死んでるかわからない俺には、もう、なんだって良い気がした。

「行き、ます」


ああ、こんなにも、簡単なことなのかとふと思った。

簡単なこと。

ただ、動いて、動く。

カンベと遊ぶことは無かったのが不思議なくらい。


「そうこなくちゃ」

彼はニッと笑った。



その日は、久しぶりに自由を、自分自身の存在を感じた。

遠回りでない、当たり前を、選びとった気がした。




 どこ行くんだろう。

徒歩で二人。後ろをついていく。

三人組はいつのまにか見えなくなっている。


「奴ら。俺らが正しいとすりゃ、占い師が洗脳か、ああいうエセ能力者の記事をまた出すだろうな~」


ぶつぶつと、彼は、視線の先で独り言を言う。


「印象操作の年になりそうだぜ、全く」

ついたのは小さなビルの下にある喫茶店。

彼はなんの躊躇いもなく慣れた感じでドアを開いている。

常連なのだろうか。


 バカ姉の記憶を読んで貰えたらいいのだが……となんとなく思った。恋だけで、変わったというより裏になにかがあるような気がする。

有料とかだろうしそうじゃないとしたら、別の対価が発生するだろう。こういうのは、身体を使うわけだからあまり、無茶を言うわけにいかない。


「いらっしゃいませー」


白いエプロンをつけた女性店員が、俺らを見て頭をさげてくる。通された席で向かい合って、座った途端だった。


「そいつ、なんだけどさ」


と彼は、前置きなしに言った。

「洗脳されてるっぽい」


「え?」


「『全部自分のせいにされお前が陥れようとしている』

という妄想のせいで、そうなってるみたいだ……と、これはサービスだ。俺を信用してもらうかはまあ、好きにしてくれ」



意外な、話だった。

自分のせい?

だいたい、自分のせいにされてそれで、罰せられるわけでもなかろうに。

ヤクザとかじゃないんだから……

「なぜ、そんな洗脳を受けている、と」


バカ姉は近くに居なかったし、俺はそんな話すらしてないのに、何からわかるというのだろう。と思いつつもそれはあり得なくはなかった。


「俺の持つ情報と、アンタの情報を複合して考えたら、そうなるっていうかな……ここじゃ、ちょっと深くは話せないけど、


どうも『構ってほしい』が

発端みたいだな、アンタに」



バカ姉を見ると吐き気寒気がする理由。昔のトラウマにすらなった理由。

あいつは、俺のことを――

家庭内ストーキングしていた。そしてそれは発達しょうがいから来る愛着みたいなものだと判明した。

何度嫌がろうと、気持ちを理解してくれることはなかったし、周りは『単なる』『仲が良い』と誤解し、地獄を見たことすらある。


だから、今まで壁をつくって必死に切り離して、きたのに。


「一部だけ提示してやるよ。


昔、こども相談の人が電話かけたんだよな、その虐待のとき」


ああ……

あったなと、渡されたメニューを読みつつ、頷く。



「暴力を振るったか、と聞かれたときに

『そりゃあもうやりました』と、そいつは答えたらしいぜ。おかしいだろ?

そんな開き直り、ないだろ、我が身が大事かという面でも、

アンタが嫌いかという面でもおかしいんだよな」

「犯人が、あなたが殺しましたか、ときかれて『ああ、いい気分だよ!』というのはサイコパスか精神的に自棄になってるかだ」

「それは……」


 何か言おうとしたとき、店員がやってきた。

俺と彼を交互に見つつ、ぺこっと頭を下げて水の入ったグラスを置いていく。


背中を見送りながら、考える。『なんかわからないが自分を貶めたいらしい』という感覚、

『構ってほしい』という感覚がそうさせているのか。


「例の作家のことについても、そうだ。自分の価値がなくなってしまうこと、アンタから現実で相手にされないことが、より反発心になってる感じか?


目の前でレトルトカレーを食べて、笑えば自分を見てもらえるとすら思ってるな、ありゃ」


まるで見てきたみたいなことを言うんですね、と言いたくなるような、気分になった。

でも、なんにしろ、一番最悪なのはその作家なんだ。

昔、そういえばクラスにも居たっけ。

なんていうか、弱いやつが。


普通泣きもしないようなことで泣いて、いちいち怒らなくていいことにやけに怒る。

何か指摘されたら、周りは自分を陥れる気だからもう無理だ死ぬと、極端なことを言い出す。その手の、問題か。


「そこに付け入るやつが居て、さらに洗脳してるってとこだな。案外扇動してたりして。

駒としちゃ、便利そうじゃん?」

「……ですか、そうかもですね」

 話を聞いてもらって、なんだか、少し、ほっとするような部分があった。

やっぱり、すごい人なのだ。

パニックになっていた気持ちが少し冷静に変わる。


 まずその扇動がどうにかならなければバカ姉はあのまま暴走するのか。

俺が相手をするなんてのは、出来るだけ却下したい。

子どもじゃあるまいし。

いつまでも姉守りなんかしてられない。

何よりも、ノートのこと自体に、関わってほしくなかった。

つきまとわれる日々から、空間的に切り離すことで、平静を保った時間を、わざわざ差し出したくはない。


「あ……っと、自分の話ばっかしてて、すみません」


ハッ、と我に返る。

そうだ、情報提供だ。

完全に、友達と話すみたいになっていた。


「俺が振った話だし、いーよ、固くならなくて」


彼はそう笑い、俺の手からメニューをひょいっと抜き出す。


「さーて。ご注文するか、せっかく来たんだから」


喫茶店とは言え、メニューにはケーキやコーヒー以外もあった。

学校帰りの女子みたいに甘くて一口二口で終わるものを頼む、可愛げは今の俺になく……

むしろ今は塩気やボリュームが欲しいのが素直なところだった。


「あの。スイーツじゃなくていいですか?」


というと彼は愉快そうに笑った。

「あははは! いーよ、いいぜ、そういうとこ! ウケた」


「はぁ……」


「好きにしなって。ただし三品までな」


 オムライスセットを頼んだ。彼は、ハンバーグセットを頼んでいた。

 来るまでの間、彼の話を聞いた。


 この店はそれなりに来るところで、知り合いのところらしいとか、なんだかんだで、スイーツよりもふっくら炊けたご飯が一番うまい、とか。


「今は年に何回か倒れるくらいだが、昔はそれなりに虚弱だったんだぜ!」


「へぇ……想像できますね」


「出来るのか。できないってよく言われるんだけどな」


「悲鳴を、情報を、集めたあと……どうするんですか?」


「警察とか探偵に渡すこともあれば、おにぎりを作るだけのときもあるかな。なんかのために」


「なるほど」


 彼はこの事件が暴力関係によるものというのは既に知ってるみたいだし……そういう勢力をよく思わない相手から依頼されたり、需要というのはありそうだ。


メニューが来るまで、そわそわ、落ち着かなかった。彼の方はそうは見えなかった。


「でも、どうして、俺を励ましたりも、してくれるんです」


「ダブるからかな」


「……なにかと、重なる?」


彼はどこか、悲しそうだった。

「心、精神の具現化されたもの、強引に利用されて、それをさらに利用されて、さらにさらに利用される、それは、禁忌だ。

俺にとっての禁忌。

忌ましめて戒めないと、自分でもワケがわからなくなる。


だから、それを、知らん誰かから見せられているこの状態が――自分がやってないのに、無意識にあるような、そういうエゴみたいな、汚い、存在が俺も落ち着かない……わかりやすくいうと心を読むっていうのは、最高であり最悪だ。

一番最悪なことに近頃は、

読んでもないのに、違法な力で似たような真似をする輩がいる」


 あいつが読み上げた俺の心なんだから、もう、あいつをその心にすることで同一にさせてしまえばいいと、そうすれば、きっと、あれを読み上げて楽しみにしたくらいたいしたことじゃなかったと思えるだろうと、思っても、思おうとしてもだめで、書いても楽にならない。

そのことが俺を何より苦しめる。消えない。勝手に意思が走る。意識が、勝手に歪む。


「違法なやり方でそういうことをするやつは、なんていうか傷口を広げて――広げるだけ広げて収拾がつかないレベルにして帰るんだ。

俺らみたいに跡がなるべく残らず個人的に把握してそれで終わりとはいかない、

そういうやつに、傷口が無限に広げられてどうにもならなくなった人間ほど、見てられないものはない。沢山、見たが――あれと同じにされるのは、我慢ならない」



生きる意味、生きたいという感覚、存在している実感、心を所有する理由、心が必要ない気がしてくる、その状態の心を奪われた場合渡すことになる場合、奪われた心は、他人に持たせるにはあまりに質量がなく傷つきやすく、暴れて暴れるだけの役にたたないもので、それは、もはや他人なんかに所有する暇すら与えない。


「……出来なくは、ないんですね」


「あぁ。たぶん、出来なくはないさ。でも、極力やりたくない、ああいうのは下手に手を出すと癖になっちまうからな」


そのとき、ちょうどメニューが運ばれてきた。

写真で見た通りの盛り付けがされていてまだあたたかく、いいにおいがした。


「いただきます」


スプーンを手にし、食事を始める。彼は目の前でちょっとごめん、と携帯をいじり始めた。着信があったらしい。以下は、彼が相手となにか話してる内容だ。


「あ、おまっ、なにしてたんだ、連絡くらい――


あぁ、二日後? わかった、火災、場所は……はぁ、ビルなんかいっぱいあるぞ……

立て込んでるのはわかってるよ、電車? 電車の方は、まだ、うん……わかった、ああ、はい

、もう駅はヤダわ……はぁ、でも俺らが下手に出れないだろ、それ、ああ、こっちは大体……そう、それそれ!


……あいつらまたんなことしてんのか」



しばらくして通話を切った彼が、やれやれという感じでこちらを向く。

俺は半分くらいオムライスを食べていた。久々に、美味しいものをしっかり食べた気がした。彼が「やっと食える。いただきます」と箸をつけだした間、俺は考える。


火災?

二日後?



「二日後に、都会かどっかで火災が起きるみたいなんだが、ビルなんかいっぱいあるし、火事なんか珍しくないから、正直重要度がよくわからなくてな……

その次の電車か駅方面に何かする予定な方は、まだ、実行してないみたいだし、起こらないかもしれないけど……つーかこのままネタになるかもしれないしな」


「なんかやばい話じゃないんですか、聞いていいんでしょうか」


オムライスの続きを食べながら、呟いていると彼はいいよと言った。


「不安を煽るような口外はだめだけどな、世間話になっちまう方が手が回りづらいだろ。

回るな、ってね。

なんであれ、駅とかの絡みはやなんだよな……トラウマかなぁ」

なんだか不思議な気持ちになった。

胸が痛い。

どうしてだろう。

こんな、当たり前のように接する人が、恋人や家族みたいな重たさじゃなく、他人と、当たり前のなかに居ると言う光景――もう随分と存在していない。


ばたん、とドアが開いた。


「にい、居たっ!」


涙を目にいっぱいためた、女の子だった。って――綺羅?


「どうしよう、どうしよう!」


バタバタ走ってきて、彼、のところに一直線だ。


「火事……あの火事、あたしのせいかも……」


パニックになっている彼女がぐすぐすと涙ぐむ。


「え、待て、落ち着けよ」


彼はなれているのか、平然としていた。


「どうしたんだよ、京」


――京?


店員は一瞬ちらりとこちらを見た気がしたが、すぐに、他の仕事に向かい出した。気のせいか、既に客は俺ら以外いない、ような。人払いなんて、まさか考えすぎ、だろうか。


「兄が懲りずに悪いことしてて、ほら、あの半グレ集団――だからね、やめてもらいたくて、おとなしくさせるのに、ちょっと力を使ったの。


『彼ら』

放火に見せかけて、よく見せしめするでしょう?」

「昨日、京の兄の、家の近く燃えた……」


 彼女は、泣き出しそうな声で、持っている携帯の画面を見せてくる。○○県の一部地域にある建物で火災が起きているニュースだった。

俺は最近あまりテレビを見ない。あんなことになっているから。だから、細かい事件は、よくは知らなかった。


「あたしのせい、かな」


俯いた彼女。

俺には目もくれていない。


ばーか、と彼は言った。


「火を付けたやつが悪いに決まってんだろ。またしても例の、印象操作だ。

あいつらのせいで俺ら、人生で一度は必ずシニガミって呼ばれたことがあるんだよ」


「止められるよね?」


「あぁ。止めるよ。お前も居るし、俺も居るし、あいつらも居る――さっき、色から電話があったんだが、調べてきてくれないか?」


「わかった!」


彼が何やらメモを渡すと彼女は強く頷いてそれを受けとり、そして一瞬、こっちと、目が合った。


「あ。秋君……そっか、そうだよね、あんなことに、なってんだもんね」


どうすれば、いいのだろう、綺羅は何をどこまで知ってるんだそれに今の感じだと……彼と知り合い?


「学校、どう?」


「今度アーチェリー部が建つんだって」


綺羅は困ったようにふにゃりと笑いながら言う。


「最近、アーチェリーが流行っているみたいなの」

「アーチェリーって、洋式の、弓みたいなやつか……」


数年前、アーチェリーによる障害殺傷事件のニュースがあったのを思い出した。あんなので人が死ぬとかするのだろうかと、不思議に思った。


「なんかね、PTAとかが時代はグローバルとか言ってるらしいよ」

「そうなんだ」



「あ。アーチェリー部というと

隣の高校にも既にあるんだよ。今現役だと山形県の鶴岡とかが話題になるらしいね。

この街みたいな田舎とかでも変におしゃれってか、ぽつぽつとアーチェリー部とかそういうのには積極的に入れるみたい、予算とかどうなんだろね?

今校庭の一部がジュラル星人みたいになってんのよ、すごいんだから」


「それは見たいね」


と、返したが、当分通えそうな気がしない。


「そういえばさ、

高校にしろ中学にしろ、少し不思議な風習とか、いきなりこういう変更だとかがたまに入るんだよね。

校門の前で宗教の勧誘が来ていたときも一度や二度じゃないし、変な人が彷徨いたり、急に学園祭の内容が変わったり、いきなり先生が休んだり、昔はいろいろあったものだー」


そういえば小学生のときは関係ないことと思ってたけれど、高校はそういうのに、顕著な気がすると思った。


「なんかね、ウチに、大物のとこの子息が入学するようになってから、その流れだってウワサだよ」


あぁ……カンベか。

と思った。言わなかった。

のだが、はっ!

と振り向くと彼が、ふうん、と頷いていた。しまった。まあ、口固そうだからいいか。

「河辺って、実はアーチェリーとか興味あるらしくてさ、やけに最近、挙動が変わってンのよ」


彼女は知ってか知らずか、そんなことを陽気に語る。


「案外、アーチェリーを通して社交的な性格になるかも知れないわね!」


陽気、なんだけど、少し心配になった。空元気というのか。


アーチェリー、河辺、カンベ、、太田――頭の中が、ぐるぐる回る。


「だとすれば、気になるな、試合出るなら見てみたい気もする」


「身体は、大丈夫?」


話を、合わせていようとした矢先。

彼女は唐突に、切り込んできた。素直に首を、横に振る。

咳がついてくる。

しつこく、こほこほとむせた。しばらく話せる、しばらく話すと、しばらく咳になる。

その繰り返しだ。


「京、あまり無駄に会話させるなよ」

彼が、しばらく見ていてから間に入る。綺羅の方に手を向けて、俺に紹介した。


「こいつ、京って、名乗ってるんだよ。ウチではな」

「ん。そーゆことだから、内緒ね。あっ、調査!」


綺羅――京、は手を合わせて俺を拝んだあと、バタバタと、外へ向かっていった。


「気をつけろよー」


彼がひらひら手を振り、ハンバーグを食べるのを再開する。


「んまー! このソース! 焦げ具合! あふれる汁!」


「……」


美味しそうに食べるなあ、と眺めていたら、やらんぞと言われた。

なんとなく察するに、彼も、綺羅(京)も、どこかに勤めているのか。それは恐らくそういう特殊な、ところ……


「いや、大丈夫です、それで、ええと、俺はなんの情報を。つけてきた三人についても、恐らくは『彼らが居るどこか』から来てることしか、わかりません」

「ま、大体、そうだろうよ。」


彼はゆるやかに頷く。


「そういや、コンクリって、なんですか?」


「コンクリってのは、昔あった凶悪事件の通称で――

政治家の関係の娘が殺害されるんだ、詳しくは言わないが逮捕された三人が釈放後も近隣の住民を後ろから付けてきたり寄声をあげたといわれる」


「そんな凶悪事件と、俺の背後が、似てるって、言うんですか」


「確証はないけど、政治関係は動いてるみたいだ」


「……まあ、そうですよね」


テレビや新聞があんな風に乗っ取られてて、政治と絡まない方が難しいだろう。



「やけに目の前でカンベの小説読んでたり、やけに人が押し掛けただろう? 疑問に思わなかったか」


「思い、ましたよ、そりゃ」


タイミングが良すぎる。

あまりにも、あからさまな読者が、俺の近くを、うろつきすぎだとは思っていた。


「カンベなんとかってどっかすごいとこの息子なんだろ?

その会社が反社会性力とも繋がりがあるのは、不自然じゃない」

「……ヤクザ、ですか」


オムライスを平らげ、手を合わせる。彼もハンバーグを平らげて箸をおいた。


「そういうこと。

んで。普段は暴力には俺らは関わらないことにしてる、敷居が違うからな。


――でもその暴力が、あまりにも、こっちまで巻き込んでると来た。あの火事だって、昔あった占い師の事件だって、他、いろいろ。

ああいうやつらは霊感商法にも手をだしてるからな」


とうとう能力者側にまで火の粉が飛んできたので、黙ってられないという話なようだった。「んなわけで……アンタはこれから俺らの協力者だ!」


ニッ、と、彼は笑う。俺は頷いた。


「いいですよ」


他に行くところもないし。


「じゃ、ちょっと待ってくれ」


と彼は、急に真剣な声で言い、目を閉じる。そしてなにかぶつぶつと言い、しばらくして

「よし、大丈夫だ」と、席を立った。

……なんだろう?



「まあ今日のとこは、解散、送るよ」


「ごちそうになったり、ありがとうございました」


ぺこぺこと頭を下げる。

彼はいいって、と、俺を撫でた。撫で……?


「あ、わりい、つい」


「いや、いいですよ」



そうだ、帰ったら、なっちゃんと話そうかな。他愛のない、どうでもいい話をしよう。

それから、本棚のこととか――聞けるよなきっと。


なんだか少し前向きになって、外に出るドアを開けた。

彼はちらりとこっちを見た、気がする。うわ、読まれたかな。まあ、いいや。



外に出た。

帰りに歩きながら、携帯を開いた。

思い出すのは彼の部屋。

 妖精が出てくる話、

料理の本。俺がノートに使っていた仮名そのものが数多く主人公として出る話。本のなかには俺の名前そっくりな、ペンネームまであった。


なっちゃんが間接的に知っている、嘘を交えた一部分。

あのコレクションは、ひどい。

本棚について問いただせないのは、俺と直接結びつけて欲しくないから。

勘ぐられるのは嫌だ。


「なんで、あんな物を書くんだ、作家って最低なんだな」



 なんて呟いてみても、ひたすらに気分は悲しいだけだ。

……でも、わかってくれる人が居る。

何も言わなくても、動いている。変な、感じ。

不思議だ。

『彼』は、どういう生き方をしてきたのだろう。


読まれてしまうから、嘘すらつけない、それは、なんだか、嫌なようで、どこか、落ち着くような、変な感じだ。


(あの痛みを知っていてくれて、その上で俺から逃げなかった……)



うん。

まず、できることがあったら、協力しよう。

なっちゃんのことも、もしかしたら、何かの手がかりかもしれないし。

 それを知り、俺が傷つくとしても、それで何かが変わるかもしれないし。



メールを打った。




「お元気ですか?」













???:



「ただいまー」


とアパートに戻ってくると、

彼、がじろりと俺を睨んでいた。こ、こわっ……!


すらりとした容姿。白い肌。

人形みたいに整った顔立ち。

そして黒髪。

白雪姫かなんかみたいな儚い――男性。



「どうした色ちゃん」


狭い部屋、こういうときに困る。気配が近すぎるというか。


「除霊とかお祓い屋と間違われる電話が、何件も、今日、5件くらい来たんだが」


「ああ、区別がつかないやつっているよなー」


「お前も、安易に、霊感とかなんとか言わない! 知覚とはまた少し分類が違うだろうが」


「だってぇー、ああいうと手っ取り早いもん」


 まあ確かに神仏が乗り移っているわけではない、それに俺は祓いなんかしたりしない。

のだが、『ああいう会社』を、霊媒師とかと『同業』だと無闇に混同する輩はいるわけなのでこういった自体はまれに起きる。

今日は、普通の少年だったし、手っ取り早いからそう答えてもまあ、問題ないはずだが。


「いやーあんまり、超能力、みたいな感じでは言いたくないんだよな。この国は、霊とか神とか言った方が話が通じやすいし、理解してもらうにゃわかりやすいんだって。霊感を持つやつもそれなりに居るし」


「……まあ、いい。断って置いたが、普通の調査をする普通のトコって言えばいいんじゃないか」

「売りがなくなるだろそれは」



「で」


と、彼は、靴を脱ぐ俺の後ろに立ち。腰に手を当てた。


「今日は、情報収集?」


「そうそう、例の子に会ってきたよ」


「惚れた?」


「ばーか」


少し心配そうな彼を抱き締める。


「お前がこんなにかわいいのに。それに、そんなに俺、惚れっぽくないもん」


「どうだか」


腕に収まっている彼はクスクス笑った。



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