9 エルフのエアー弾
カーラがボウの家にきて数週間。おれは、落ち込んでいた。蝋燭の火が消えない。消える気配さえない。ボウのところに、たまにミートパイを持ってはいくが、直ぐ帰った。
カーラは、窓際の机に寝そべってボーっとしている。ボウは、書斎から本を持ってきて読んでいる。
カーラは、ボウに連れられて薬師ギルドに登録した。現在、見よう見まねで、ボーションを作るまでになった。でも、リュウトが遊びに来ないので気合が入らない。
「カーラ、いつまでボーっとしているんだい。やっと、ギルドに納品できるようになったんだろ。ポーションをもっと作りなよ」
「うん…、リュートお兄ちゃん来ないね」
「じゃあこっちから会いに行くかい」
「お店に行っても、いないもん」
「ミートパイが食べれるさ」
「ボウは、心配じゃあないの」
「心配してどうにかなるもんじゃないだろ。放っときゃいいのさ」
「冷た過ぎ。ボウも会いたいくせに」
ドンドン、「こんちわー」
「お兄ちゃんだ」
「噂をすればだね」
「こんちわー、ベアーの方から来ました」
ズバン「今日こそ、蝋燭の灯を消すんだよね」
「ボウ!」
「いててて、急におなかが。はいこれ、ミートパイ。それじゃあ」
「待ちな、仕方がない子だね。ヒントを教えてあげるから、入んな。大サービスだからね」
「本当!」
「お腹は、もういいのかい」
「今な治った」
「調子いいね」
「カーラ、机を空けてやりな」
「うん」
「カーラは何してたんだ」
「ポーション作り。薬師ギルドの人に、よくできているって褒められたんだよ」
「天才だ」
「リュウトも覚えるかい。食いっぱぐれることがなくなるよ。手に職をつけな」
「冒険したいからやめとく」
「私が食べさせてあげるから大丈夫だよ」
「ありがとうな」
「なさけないねぇ」
カーラが、蝋燭に火を点けた。
「風の糸もちょっとは見えるんだろ」
「ちょっとね」
「ものすごーく、ゆっくりやってあげるから、よく見るんだよ。まず空気を圧縮する」
「それはできる」
「次に、この空気の塊から一部をみょーんと伸ばす。これは、風の糸と同じものだよ。これを空気の塊に巻く。飛ばしたい方向の逆に穴を空けると」
ズドン
「空気の塊が飛んで、蝋燭の炎が消える」
「ボウ、これってエルフのエアー弾だね」
「そうだね。そういや、カーラもやれるね。7歳でもできるんだ。だろ、リュウト」
「お、おう」
「いいかいもう一度やるよ。
空気を圧縮して空気の塊を作る
塊の一部をミョーンと伸ばして、それを空気の塊に巻く
飛ばしたい方向の逆を解いて穴を空けると
ズドン
空気の塊が飛んで、蝋燭の炎が消える」
「そうか、空気の糸は、圧縮して作るのか」
「圧縮しようが空気だからね。流すことができる」
「解った気がするよ」
「今のを一瞬でやるんだ。空気の毛玉を厚くするほど遠くに飛ばせるよ。だから、空気の糸が一瞬で巻けるように何万回も練習するのさ。これを一度に6弾は作れないとね」
「頑張って、お兄ちゃん」
「今からハードルを上げないでよ」
「悪いけど練習は、外でやっておくれ。リュウトの空気玉は、私やカーラから見たら強すぎるんだ。ここで暴発したら、家の中がめちゃめちゃになる。さあさ、出てった出てった」
「そんな、試させてよ」
「だから、危ないって言ってるだろ」
「がんばってー」
ズボンと扉を閉められた。
「こりゃ、河原で練習するしかないな」
「ボウ、蝋燭の灯を消すって、そんなに難しいの?」
「そんなわけないだろ。空気玉を作って、ちょっと圧力を加えたら、いい具合に破裂して蝋燭の灯ぐらい消せる。それを小難しく考えて。カーラが、空気の糸なんか見せるからだろ」
「私は、遊んでいただけだもん。ボウが折れて教えたんでしょ」
「難儀な性格だよ。リュウトは」
「お兄ちゃん、今度は、いつ来るの?」
「さー?。並大抵のことじゃないからね」
いつもの河原にやってきた。サム達は道場が忙しくて、最近来ていない。一人で練習を始めた。
おれは、空気がよく見えない。だから、空気玉を作るときも、見えるまで頑張る。それに力を使い過ぎて、空気玉が伸びるなんて、思いもしなかった。
「空気を圧縮圧縮。それをミョーンと伸ばす」
ミョーン
「あっ、伸びる」
ボワン
空気玉が破裂した。
「これ、部屋の中だと危ないな。圧縮と流れをいっぺんにやらないといけないんだ。今のは全部伸ばしちゃったからな。もう一度」
「空気を圧縮圧縮」
ミョーン
「巻けないことはないけど、一本だと、永遠と巻いてないといけないじゃないか。それに一本だけだと糸じゃあないし。二本を螺旋にして絡めて見るか」
前世の知識で、これは簡単だった。螺旋状の糸は、遺伝子構造と同じだ。おれは前世で改造人間の実験体だった。こういうのはとてもイメージしやすい。
「だー、やっぱり糸1本じゃあ、らちが明かない」
でも、ほかに手がないので、これを永遠とやる。
20分かけて、やっと空気玉を全部巻けて空気の毛玉ができた。
「この一部を解いて穴を空ける」
ボン
「うわー、爆発した。こりゃ、本当に危ない」
最初は、空気の毛玉を永遠と巻いては暴発していた。
それで、空気玉自体を螺旋にしちゃえば、一瞬で暴発玉ができるんじゃないかと気づいた。
螺旋玉は、おれの予想通り暴発した。空気玉の中の螺旋流が強いほど威力が上がる。でも、これ、あたりまえだけど、飛んでくれない。それで、遠くで螺旋玉を作るようにした。もともと暴発が怖いので、手元では作っていなかった。それを自分が出したいところで出せるようになる。
「だーー、これ、飛ばないじゃん」(ゆっくり流すことはできるけど、それがナニ)
・・・初心に帰る
初心に戻ってみて、腕が上がっていることに気づいた。空気の糸を1本ではなく無数に空気玉から出せるようになる。螺旋玉の修業は無駄ではなかった。これができるようになって、急にエアー弾が安定した。一部に穴を空けるのも、多数出現させた空気の糸の一つを消すだけでいい。後は巻き方をいろいろ試すだけになった。
狙いがものすごく精密になったある日、ミートパイを持ってボウの家に向かった。あれから、2か月が経っていた。
「こんちわー、ベアーの方から来ました」
「ボウは、出ちゃダメ。私が出る」
ズボン「リュート兄ちゃん」
「カーラ、ミートパイ持ってきたぞ。ボウは、居る?」
「居るよ」
「今日こそ、蝋燭の灯を消しに来たんだろうね」
「あたり。蝋燭持参だよ」
そう言って、机の上に蝋燭を6本立てた。
「1本でいいだろ」
「ボウが、一度に6弾作れって言ったんだろ」
「6弾作れるようになったの」
「やるよ」
ボッ
6本のろうそくの灯りが、一度に消えた。
「すごい」
「今のは、エアー弾じゃないだろ」
「エアー弾だと時間がかかるんだ」
「いいから、やってみな」
おれは、指2本を拳銃に見立てて、立て続けに6発撃った。
ボボボボボボッ
「すごいね。今のをやろうと思ったら、周りの空気を集めるだけじゃあ無理だ。リュウトは、空気を出せるようになったんだね」
「うん」
「指をあの形にするのが、やりやすいのかい」
「そうなんだ。指から、おなら?」
「ひどい表現だね。今日は祝いだ。夕飯を食べていきな。その後で次の段階だ。リュウトは水中で息ができるようになるよ」
「ありがとう」
「リュウト兄ちゃん」
カーラが飛びついてきた。
「ハハハ、やったよ」
「すごかった。すごく速かった」
「ハハハ」
なんだか泣けてきた。
4月にエビデンス教会に行って、フリーだと言われてから4か月が経っていた。この2か月が、一番つらかった。
食事中に次の目標が決まった。
「リュウトもこれで、アルテミスに行けるようになったね」
「まだ水中で息ができないよ」
「リュウト兄ちゃん、あそこに潜るの?」
「ああ、そのために、風魔法の修業をしてたんだ」
「私も行きたかったな」
「もしかして、カーラは、泳げないのかい」
「森育ちだもん」
「じゃあ、特訓だね。海水浴に行くだろ」
「…、怖いけど行く。お兄ちゃんは?」
「付き合うよ、っていうか、おれも修行だよ」
「大丈夫、鼻先や口元のほうが空気を出しやすいのよ。もともと、空気を吸う器官だからね。指のほうがよっぽど難しいのさ。水中で息ができるようになったら、カーラに泳ぎを教えておくれ」
「そうなんだ」
「やった」
「それでどうする。アルテミスに行くなら付き合うよ」
「私は?」
「泳げるようになってから言いな」
「神殿を見たいけど、ダメなんでしょ」
「私とリアのコンビでも、入り口を見ることしかできなかったんだ。まだまだ厳しいね。海露石の大きいのがありゃあ何とかなるんだが。リュウトは水魔法もいけるんだろ」
「生活魔法だけど、水を出せるよ」
「そりゃ有望だね」
「一つ聞きたいんだけど、速く泳ぐことができたら。モササを撒けるかな」
モササは、ワニのような海中魔獣。アルテミス神殿付近を住処にしている。
「面白い発想だね。相当修業しなくっちゃいけないけど、できるかもしれないね」
「それって、「身体強化魔法」」
「身体強化魔法?」
「体を強化する魔法さ。私はできない。あれは、元々聖拳士の技だったんだ。だから、魔法使いは、覚えにくい技なのさ。リュウトは、魔法使いという枠にはとらわれていないから、やれるかもしれないね」
「身体強化って何属性?」
「水だね」
「やれそう。ボウ、教えてよ」
「さっき言っただろ、魔法使いは、体を鍛える技が苦手なんだ。私はできない。でも、できる子を紹介することはできるよ」
「本当!、紹介して」
「そうだね。エルフのエアー弾ができた褒美にするよ。その子は、王都にいるんだ。でも、修行するのに、1年ぐらいかかるんじゃないかねぇ」
「えー、やだ」
「カーラは、その間に泳げるようになりな」
「えー」
身体強化魔法は、おれが、一番覚えたかった魔法だ。
「お願いします」
「やる気があってよろしい」
次の目標が見つかった。