4 吟遊詩人アラン
家に帰って、じっとビー玉を見たけど動く気がしない。
「空気が流れるんなら、手で行って来いってやると、向こうに行って戻ってきたりして」
ひょいっと手を振ると、ビー玉が行って戻ってきた。
「いおっ、動いた」
動くと、今度は、何度やっても動く。これは、重力魔法じゃないと思う。これで、ボウのところに行ける。
「おい、夜のレストランを手伝え。明日のランチもだ」
「おれ。ボウのところに行きたいのに」
「行くのは構わんが、ミートパイは無理だぞ」
「わかったよ」
うちも、たまに忙しくなる。
「明日は、ランチでアランが語ってくれるって」
「本当、母さん!」
この世界は、娯楽がほとんどない。アランの語りは、おれの唯一の楽しみだ。これで歌があったらなと思うのだが、音楽は、娯楽以上に、ものすごく遅れている。
翌日のランチにアランがやってきた。客入りは、夜と変わらないぐらい十分だ。演目は、「竜と姫の恋」。
その昔、竜が姫様をさらった。姫様は、最初竜を怖がっていたが、竜は、竜人になることができて、人と同じように話してくれる。いつしか、姫も竜のことが好きになったのだけれど、王様の命令で姫を救出するために勇者のパーティが送り込まれた。勇者は、見事竜を討伐して姫を救い出した。しかし姫は、悲しみに暮れる日々を送ることになる。
「なんだか、悲しい話ね」
「そうですねって、なんで、ここにエマ様がいるの」
「今日は、リュウトの様子を見に来ただけよ」
「私は、エマ様の侍女のサリーです。この方は護衛騎士のドノバン様です」
「やあリュウト殿、会いたかったですぞ」
「なんで騎士様が?」
「君とわしは、同僚じゃあないか。当たり前だろ」
「まだ3年先の話ですよね。おれ、この間、冒険者ギルドで登録したばっかです」
「なんだリュウトは知らないのか。聖女は、予見というのを持っているんだ。会えば、その人のことがわかる」
「リュウトは、立派な護衛になるわ」
「はー、そうなんですか」
それにしても、こりゃ、上客だよな。ちょっとサービスしよ。
「母さん、この席にミートパイとレモンジュース」
母さんが、こそっと言ってきた。
「いいのかいミートパイ。あんたのお昼だろ」
「いいから渡して、上客なんだ」
こそこそしゃべった後、3人に満面の笑みで振り返ってサービスした。
「このミートパイは、うちの裏メニューなんですよ。あと、レモンジュースは、冷やすともっとおいしくなります」
そう言って目の前で冷やして見せた。
「おいしい。ハニーレモンと違うのね」
貴族は、高級品のはちみつでレモネードを作る。
「これは、おれが市場で見つけたレモングラスっていうハーブと、サトウキビで生成した砂糖で作っています」
「すっきりしてますな。わしでも飲めます」
「ミートパイ美味しいです」
「でしょう。これは、うちでしか食べられません」
「うんうん、サリー来てよかったね」
「はい!」
「これは、おれのおごりです。それでと言っちゃあ何なんですけど、アランに、吟遊詩人にチップをあげてくれませんか。銅貨10枚でいいです。そうしたら、また語ってくれますよ」
「面白い。サリーお願い」
「はい、エマ様」
「リュウト殿は、魔法も使えるのか。すごいな」
「生活魔法程度です」
生活魔法は、魔法と区別されている。
サリーが、おひねりをアランに渡した。アランが、また語りだした。今度は、氷姫と聖獣の物語。
贅沢な氷姫のせいで、民は疲弊していた。これを憂いた白虎の聖獣様が、氷姫に意見した。しかし、氷姫は、聖獣様を魔獣と認定して、家臣に聖獣様を狩らせようとする。怒った聖獣様は、もし周りの者が、お前を姫と呼んだら食い殺すといってその場を去った。真意は、お前は、もう姫じゃない。贅沢するなという意味だった。しかし、ここから悲劇が起こる。氷姫は、自分のことを姫とは呼ばせない代わりに敬わないものを処刑させた。敬まっても、姫の気分次第で殺される。民は、今まで以上に苦しいことになった。
最後は、氷姫が姫と呼ばれて、聖獣様に食い殺されました。姫と呼んだのは、王様でした。王様は、我が子を諫めるつもりだった。しかし、言うことを聞かない。王は、ついに「氷姫」と、涙を流しながら我が子を呼んだ。氷姫も王様には逆らえませんでした。
エマが、こそこそ聞いてきた。
「氷姫は美人だったの」
アランの話は、脚色はしているものの実話から話をとっている。
「美人だったらしいですよ。でも、心が凍り付いていた。最後まで回心しなかったんです」
「回心してたら、全部きれいだったのにね」
「この話は、200年前の実話だそうです。200年前の話なので、細かなところは残っていませんけど、聖獣様が、氷姫を食い殺したのは、本当です」
「興味深いわ」
「エマ様、今度屋敷に、この吟遊詩人を呼びましょう」
「いいわね。考えとく」
「リュウトさん、お願いがあるんですけど。私に街を案内してもらえませんか。その後、三人で街を回ろうと思います」
「だったら、おれが3人を案内したほうが早いんじゃないか」
「そんなことしたら、護衛が増えちゃうのよ。それで、楽しめると思う?」
「なるほど、わかりました」
そんな話をしているうちに、ほかの客が、アランにおひねりを渡した。今日は盛況だ。うちが繁盛しているのが気になって、はす向かいの防具屋のジェシカがのぞきに来た。今日は、非番だったようだ。そこで、聖女になられるエマを見つけて、親父と母さんにチクった。二人は、客がアランに集中しているの見計らって、エマの席にあいさつに来た。
「リュウトの父親のベアーです。エマ様ようこそいらっしゃいました」
「母親のミズリーです。こんなかわいい子にリュウトが将来お仕えするなんて夢のようです」
「護衛な護衛」
二人は、遠目に見てもわかるぐらい3人にヘコヘコしている。
「お父様、お母様、ここは、いいところですね。偶に寄らせていただきます」
「おい、お父様だってよ」
「いやですよ。こんなのベアーでいいんです」
うちの親は、漫才師かっ。3人が笑ってる。本当に恥ずかしい。おれは、キッとジェシカを睨んだ。ジェシカは、手を合わせて「ごめーん」と苦笑いをしている。悪いと思っているんだろうなと思って、許してやることにした。
エマたちは、ミートパイとレモンジュースを堪能して帰った。
「ジェシカ姉ひどいじゃないか。アランがいなかったら、エマのお忍びがばれていただろ」
「ごめんって、謝ったでしょ」
「親父と母さんもだよ。あんなにヘコヘコしていたら、他の客にばれるだろ」
「でもなリュウト。おれらが、エマ様のことを知っているのと知っていないんじゃあ、今後が違うぞ」
「私たちが、エマ様に気を使えるようになるだろ」
「そんなに来ないよ」
そうは言ったが、エマたちは、お忍びで街に出るたびに、ベアーに立ち寄った。
それにしても嵐のような3人だった。
「は~、あの子が聖女様になるんだねぇ」
「まるで、お人形さんみたいだったな」
「本当に、そうですね」
なんだかエマに、おれの周りが侵食されだした気がする。
「アランにも、さっきのは、エマ様だって言っといた方がいいよ」
「わかってる」
アランに、さっきおひねりをくれた人は、トルーマン家の人で、エマが来ていたと教えた。アランは、もっと物語を作ると張り切った。