1 職業はフリー
重力の呪縛から解き放たれたいと、常づね思っていた。前世もそう思っていたが、地上に引き寄せられる呪縛を破ることはできなかった。それなのにどうやらおれは、今回、魂の呪縛から、解き放たれたらしい。地球ではないどこかの世界に転生したおれの魂は、自由だった。そんなおれのことを見ている人は、呆れるか、笑い飛ばしてくれる。なぜ、あんなことやそんなことをするかって。それは、自分で決めたからだ。
冒険者は、大きく分けて3種類の仕事がある。遺跡やダンジョンを探査するシーカー。商人の護衛や村や町の用心棒をする傭兵。それから、薬草や鉱物の採取採掘がある。
この中でおれは、シーカーを目指している。
遺跡が身近にあったからそう思ったのだろう。
故郷の港町マーリンの沖合に、何千年も前に沈んだ海底遺跡がある。北の果ての未開地には、大墳墓がある。また、東中央アルプスには、地竜が棲むミスリルダンジョンがある。これらを探査するのが夢だ。
おれには、前世の記憶がある。前世のおれは、改造人間だった。自分のIP細胞で作った気のうという肺を四つも移植されていた。気のうのおかげで、息を吸っても吐いても酸素を吸入することができる。空気の薄いところでも生きていけるように改造された実験体だった。前世は、宇宙草創期で、火星がテラホーマされだした時期だった。薄い空気で、どれだけ生きられるか、登山をしに行って、吹雪に遭って遭難して、この世界に転生した。
「リュウト起きなさい」
「吹雪が、吹雪が来る」
港町マーリンは、キビツ国南部の温暖な港町。
「何寝ぼけてんの。今日は、教会に行く日でしょ」
ガバッ「そうだった。成人の儀の日だ」
数えで15歳になると、聖エビデンス教会で、適職をアドバイスしてもらえる。おれたちは、成人して何をするかを、みんなここで決める。
慌てて、一階の食堂に降りた。
おれの家は、宿屋だ。親父が腕のいい料理人なので、レストランもやっている。
「やっと起きたか。サムとアイルは、行っちゃったぞ」
「友達がいがない」
「あんたが、起きないからでしょう」
「もし宿屋って言われたら、今晩の食事は期待しろ」
「おれ、冒険者がいいな」
「生意気言ってないで、早く行きなさい」
「おれは、冒険者でもいいとおもうぞ」
「行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
エビデンス教会は、町の真ん中にある。教会の外では、おれと同い年の連中が、一喜一憂していた。
「やっと来たか。リュウト」
「二人は、どうだった?」
「おれは床屋だよ。親の後を継ぐ」
教会では、家の後を継ぐ啓示が多い。
「聞いて驚け。おれは剣士だ。三人でやってたチャンバラが役に立ったんだよ」
「サムが?、傘職人じゃなくて!」
「おうよ」
「じゃあ、衛兵になるのか」
衛兵は公僕で、剣士と告げられたものがなることができる職業の一つ。商人のように大儲けはできないが、安定した収入を得ることができる。年俸で考えると、町人よりも、とっても給料がよい。
「衛兵になったら、奢れって言ってたところさ」
「いいぞ」
「いいのか?、安請け合いしちゃって」
「帰って親に相談かな。剣術道場にも通わないといけないし」
「お金がかかるんだ」
「リュウトも早くお告げを聞きに行けよ」
「そうだな」
友達が、良い職業を告げられた。幸先がいい。おれの意気も上がった。
教会を見上げると長蛇の列。成人の儀は、貴族も平民もここに並ぶ。貴族だと、平民より先に教えろと順番を守らないように思えるが、そんなことをして良いお告げがあったためしがない。だからおとなしく並んでいる。でも貴族だ。一人で並ばないで、家人やおつきの付き添いがいる。その中で、お人形のような女の子を見つけた。目がぱっちりして、おちょぼ口で、こんなかわいい子を今まで見たことがない。
見ていたら、ニコッとされた。
やべっ、目が合っちゃったよ。
思わず頭を下げてしまった。おれは町人で、相手は貴族だ。彼女は、丁度教会に入るところで、そのまま、ぼーっと見送ってしまった。
しばらくして、教会から貴族の家人とお付きが慌てて出てきた。
「聖女が現れたぞ」
「聖女様は、エマ様だ。トルーマン家のご息女だ」
これを聞いた人々が教会の前に集まったが、まだ成人の儀が行われている最中なので教会に入ることができない。
「君、早く教会に入りなさい」
自分の前は貴族が多かったので、お付きが多く、すぐ自分の番になってしまった。教会に入ると、前に並んでいた貴族が帰らないで、席についている。司教の横には、聖女と告げられたエマ様がいる。
周りは、貴族だらけ。その中を平民風情が歩くのは、なんとなく肩身が狭い。それもこれも今朝、前世の夢を見て寝坊したせいだ。おれは、司教様の前に膝間ついて自分の名前を告げた。
「リュウト・ヒルトンです」
「良くいらっしゃいました。目をつむって、天から光が降り注ぐイメージをしてください。では」
司教様が頭に手を置いた。おれは、光に包まれた。
「あなたは、フリーです」
「フリーって、どんな職業ですか?」
司教様が、困った顔をしている。
「そうですね。冒険者が護衛に雇われるとき、フリーランスと言われています。後は、自由に生きなさいと言うことでしょうか」
フリー、自由?。訳わからない。でも、司教様が、冒険者って言った。ここを強調して、みんなに言おう。
困惑しているおれを約一名の聖女が、ガン見していた。
帰ろうとすると、さっき教会の入り口で「聖女様は、エマ様だ。トルーマン家のご息女だ」と言っていた初老の人に声をかけられた。
「聖女になられるエマ様が、お話があるそうだ。司教様の控え室に来てください」
「聖女様が何用で」
「行けば分かる」
この人、たぶん、トルーマン家の執事長だろう。
コンコン「リュウトです」
「入ってください」
部屋に入るとエマ様しかいなかった。おれは、貴族の礼儀作法を知らない。失礼があってはいけないと思って、入り口から一歩入って止まった。本当は、もっと近くまで行って跪くのだそうだ。
「リュウトは、自由なんですってね。羨ましいわ。私は、今まで殆ど屋敷から出たことはないわ。やっと成人して自由になったと思ったのに、今度は聖女ですって。ひどくない。フリーランスなんでしょう。私の護衛になって」
「嫌です」
「即答?。聖女よ、聖女の護衛よ」
「おれ、冒険者をやりたい。シーカーになりたいです」
「リュウトには、私の翼になってもらいたかったんだけど、そうね。リュウトまで籠に入れるわけにはいかない。じゃあ、依頼するから、その時、私を籠から連れ出して」
何を言っているか分からない。
「おれは、何をすればいいんで」
「正式に聖女になるのは3年後だって司教様がおっしゃっていたわ。その時依頼させて。依頼内容は、いろいろ理由をつけるけど、依頼したら、私を町に連れ出して息抜きをさせてほしいの」
「依頼ですよね。それなら嬉しいです」
「うふっ、契約成立ね。フリーのリュウト」
「よろしくお願いします。聖女のエマ様」
おれは、貴族の礼儀を知らない。契約成立と言われて、前世の記憶で、エマと握手した。エマは、こんなことをされたことがなかったのか、どぎまぎしていたが、嫌じゃあなさそうだった。
部屋を出ると執事長が、深々と頭を下げてくれた。おれは、トルーマン家が、エマの護衛をしていいと言ってくれたように思えた。
トルーマン家は、侯爵家。故郷のマーリンを含む広大なトルーマン領の領主様だ。大変な約束をしたと思う。でも、外に出て友達に、司教様に冒険者だと言われたと言っている内に気分が良くなって、今日のことは忘れた。
家に帰って冒険者だと言われたと両親に言うと、それは、それで良かったと喜ばれた。冒険者は、危険もあるけど、実力次第で、見返りの多い職業だ。家の宿屋の跡継ぎにならなくても、オーナーという道もある。応援すると言われた。