後編:結城想太
いつも歌いながら踊っている奴が何を言う、と思われるかもしれないけれど、俺は元々運動があまり得意ではない。
特に球技が苦手。特にバスケットボールとか、不器用な俺には理解不能。走りながらボール追いかけてドリブルしたりシュートしたり、両手と両足と脳みそが大混乱する。
けれども高校生である以上、体育が必修科目なわけで。今日の授業はバスケだと言われればバスケをするしかないわけで。
俺はやる気なく、でもサボりと思われない程度にコートでバスケットボールを追いかけていた。
「結城っ」
チームメイトに名前を呼ばれ、ボールがこっちに飛んでくる。
若干テンパりながら受け取ったはいいが、次の行動が決められない。パスできそうな相手はみんなマークがついていた。
ぎこちなくドリブルして歩いていると、あっという間に相手チームの奴が寄ってきた。やけくそになって無理やりゴールに向かってボールを投げたら、まさかの入ってしまった。そのタイミングで試合が終了する。
「うそぉ……」
「やったー! 結城、やったー!」
「勝ったじゃん!」
逆転シュートして勝ってしまった。びっくりしているうちに、なんとなくいい感じに試合を乗り越えた。残りの時間は他のチームがコートを使うから、ぼーっと見学していればいいだけだ。
「想太後ろ!」
「え?」
体育館の端っこをふらふら歩いていると誰かに呼ばれる。
振り向くと目の前にボールが見えた。
と思ったら、顔面にすごい衝撃が来て、目の端に星が飛んだ。
「想太ってそういうとこあるよなぁ」
保健室で鼻の穴にティッシュを詰めたまま椅子に座る俺を見て、直紀が呆れたように笑う。
顔の正面にバスケットボールを食らった俺は鼻血で血まみれになり、直紀に付き添われて保健室まで連れて来られた。……別に一人でも来れたんだけど、体操服を派手に血で汚したから、周囲には思いのほか出血量が多いように見えたらしい。
ちょっとした騒ぎになってしまい、保健室へ送り届ける係を体育委員の直紀が引き受けたのだ。
「そういうとこってなんだよ。言っとくけど鼻血出したのは高一の夏ぶりだし? 二年では一回も出してないし、三年になってからも今日が初めて」
「いや結構最近じゃん。普通、高校生にもなってそんなに鼻血出さないから。まあほら、あれよ。意外と保健室の常連だよなあって。貧血で寝てたこともあるっしょ」
「貧血も最近はないから」
俺には運動神経も運もないから怪我は確かに多いほうだ。でも体調のほうはそこまで虚弱体質でもない。貧血は、体調管理を怠っていたときの話。今はもっと気を付けている。
「もう血、止まったか?」
「多分。先生、もうティッシュ抜いて帰ってもいいかなあ」
「いやー、念のためもうちょっと詰めといたほうがいいんじゃない? ゆっくり歩いてだったら教室戻ってもいいけど……」
保健室の先生が首を傾げて答えたのを聞いて、直紀がぶはっと噴き出した。
「いーじゃん、そのまま戻ろうぜ。鼻にティッシュ詰めた想太が歩いてたら注目浴びるぞ」
「や、だ、よ! だいたい、なんでお前がテンション上がってんだよ。小学生かよ」
梶あたりに見られたら絶対に笑われる。あ、でも今日、あいつ欠席だったっけ。体調不良なのか仕事で公欠なのかは知らないけど。隣のクラスと合同の体育の授業にもいなかった。
「まあまあ。次の授業が始まるまではここでゆっくりしてなさいよ。二人とも紅茶飲む?」
紅茶を淹れてくれるための準備なのか、先生は奥の棚へ背を向ける。せっかくだから……というかこのまま廊下を歩きたくないので、お言葉に甘えてお茶をいただくことにした。
大人しく座っていると、直紀が少しかがんで俺に顔を近づけた。
「な、何?」
「痣とかなってないかなって。想太、一応アイドルだし」
でも大丈夫そうだな、と至近距離で直紀が笑う。俺の心臓がどくんと跳ね上がる音がした。
「なんかさ、ドラマみたいにボールからお前守れたらカッコよかったのになあ、ごめんな」
「そんなフィクションみたいなこと現実には期待してないっての。ここまでついてきてくれただけでもありがとな」
「ん」
誰もいなければキスでもしていそうなくすぐったい空気がほんの少し濃くなったけれど、先生もいる場所でそんな大胆なことは、そこそこ真面目な俺たちにはできなかった。
このとき、俺は知らなかった。
梶が学校を休んでいる理由を。教室のロッカーに仕舞われているスマホに、マネージャーから「放課後事務所に来てくれ」と緊急連絡が入っていることも。
*
高校に入学したばかりの頃。俺は焦っていた。
今思えば何も急ぐことなどなかったけれど、周囲に置いていかれるような気がして焦燥感を抱いていた。
中学三年のときにアイドルのオーディションに合格したけれど、デビューはまだ。ひたすら静かに粛々とダンスレッスンやボイトレの日々。
今後の勉学との両立を考えて高校の芸能コースに進んだはいいけれど、クラスには既にプロとして何かしらの成果を上げている生徒が何人もいる。
それに比べて自分は無名で何もない。なぜ芸能コースにいるのだと疑問に思われていないだろうか。
よくよく周りを見渡せば、自分と同じようにデビューの準備をしている、もしくは目指している段階の生徒だってたくさんいたのに、そういうものは何も見えなくなって、必死になっていた。
早くデビューしたい。早く仕事がしたい。早くクラスメイトたちと同じ場所に行きたい。そんなことを思いながら、かなり無理をしてすべてのことを頑張っていた。
結果的に、デビューしたら俺たちのグループは一気に躍進した。
急激な状況の変化に戸惑っているさなかに声をかけてくれたのが、直紀だ。休み時間に購買に行ってパンを一つ買うだけでも人に囲まれ一苦労の俺に、焼きそばパンを恵んでくれた救世主である。
俺はあっという間に直紀を好きになってしまった。それは友だちとしての好きでもあるし、淡い恋のような好きでもあった。初めて、誰かに対して甘酸っぱい感情を抱いた。
そんな学校生活とは別に、芸能活動は目が回るほどに忙しくなった。俺の無理をしながら頑張るような生活は相変わらず続いた。
そして、貧血でぶっ倒れた。
青白い顔をして保健室のベッドで寝ている俺の様子を見に来た直紀は、少し先輩ヅラをして俺に説教した。
「体調管理も仕事のうちじゃん」
「うん」
「自分のキャパオーバーしてんなら、マネージャーさんなりメンバーなり親なり先生なり、誰かに相談しろ」
「うん……白井っちに相談するのは?」
「それでもいいよ。……ごめん、一緒にいるときに無理してるの気づいてあげらんなくて」
自分が倒れたみたいにしゅんとして謝る直紀を見ていると、ほわっと暖かい何かが胸の中を満たした。
「ううん。心配してくれてありがとう。無理しないし、ちゃんと周りに相談する」
「おう」
「白井っち」
「何」
「好き」
何も深く考えないまま、するっと二文字の言葉が口から出てきた。
自分でびっくりして固まっていると、直紀も目を見開いてこっちを見ていた。
何事にも落ち着いていて品行方正な印象の直紀は、ぽかんと口を開けて静止していてもどこか気品を保っていた。
「あ……ごめん。キモいこと言っ」
「なんで謝んの。別にキモくないし」
むすっとした口調で直紀が言う。それから横になっている俺の頭を無造作に撫でて髪をぐしゃぐしゃにしてきた。
「好かれるのはキモくないし普通に嬉しいよ。ただ僕は……想太のこと友だちとしては好きだけど、お前と同じ意味で好きかってなると……よくわからない」
同じ意味で。恋として好きかどうか。
別に良かった。そうじゃなくても。突発的に言ってしまった告白だから期待もしていなかった。
ただ今は、拒絶されずに気持ちを受け取ってもらえただけでとにかく嬉しかった。
あたたかい直紀の指先を額に感じながら、その心地良さに目を閉じる。
「同じじゃなくてもいいんだよ。これからも白井っちと友だちでいられたら、十分」
俺は高校生だけどアイドルだ。誰かと年相応に堂々と交際することは諦めている。
直紀かどうかに関わらず。男かどうかにも関わらず。
*
二年生になってから、直紀とキスをした。
諦めていたわりには、俺の初恋はわりと長続きし、しかも順調な気がする。
正式に「付き合おう」とはお互いに言っていないけど。
そのことは一抹の不安でもあり同時に、ちょっとした安心でもある。
ただの友人と言い切るには距離感が近いのにいつ離れるかもわからない、確固たる約束もない関係への不安。どちらも芸能人という立場上、言い逃れができる可能性をのこしているというずるい安心。そういうもの。
そして三年生。俺が自分自身のもやもやとした煩悶に酔いしれているうちに、梶が一発やらかした。
アイドルの梶拓斗と女優の小島日奈、熱愛報道。
デート写真がすっぱ抜かれたとかで、鼻血を出した放課後に俺は他のメンバーと一緒に事務所に呼ばれ、ミーティングで今後何か聞かれたときの受け答えの内容の擦り合わせが行われた。
朝にはわかっていたことらしく、梶は一日事務所でこってり絞られたそうだ。欠席の理由がこれだと判明した。
梶は翌日から二週間、学校を停学処分になった。
その前に俺はこれだけはと思って言ってやったのだ。
「俺は仲間だからいいけど白井っちにまで迷惑かけんなってね」
「……僕?」
直紀がきょとんとした目で俺を見つめる。
デビュー直後に比べると俺の周囲は落ち着きを取り戻してきていて、俺は久しぶりに学食でからあげラーメンを食べていた。名前の通り、ラーメンの上に具としてからあげが乗っかっている。
直紀は俺に付き合って、向い側の席で弁当を広げていた。
食事をしながら、先日の梶と小島さんについての一件についての話題になったのだ。場所が人の多い学校だから、当たり障りのないことしか発言してないけど。
だいたい、今回は俺らメンバーだけでなく直紀まで間接的に影響があったのだ。
「白井っちだって呼び出しされたんだろ?」
「呼び出しっていうか、マネージャーさんに状況説明と指示だけ出されたって感じかなあ。他言無用です、ご協力お願いしますねーってさ」
「ほらあ、迷惑かけてる」
直紀は二年生の春頃に撮影していた映画が公開されたばかりで、最近は番宣や記者会見、舞台挨拶なんかに駆り出されている。
あの、彼が小島日奈と恋人役で共演した映画だ。俺にとっては好きな人が他の女とキスをしている忌々しい作品でもあるが、そこらへんは仕方がないことであるのもわかっているから、口には出さない。そもそも自分だってドラマや映画で同じように他の女優とキスシーンを演じたことがあるのだから、そこはお互い様だ。むしろ俺のほうが回数が多いし何か言える立場ではない。
とにかく、小島さんと二人セットで仕事をすることが多い今、小島さんに降りかかる熱愛についての話題を隣で上手くかわしたりサポートすることが、直紀にも求められていた。
直紀はもぐもぐしていた口にお茶を流し込み、大人びた笑みを浮かべる。
「まあ梶と同じ学校なのは知られてるから色々聞きたがる人はいるけど、迷惑ってほどでもないよ。面倒だけど……でもすっきりした」
「何が」
「ごめんって梶からメッセージ来たから、急にどうしたんだろうと思ってたんだ。想太に言われたからだったんだろうな」
それは知らなかった。お調子者なところはあるけど、そういう律儀な面もあるからムカつくことがあっても嫌いにはなれない。梶ってそういう奴。
先に食事を終えて俺がラーメンを完食するまでぼんやりしていた直紀は、水を飲んで一息ついた俺に話しかけた。
「想太もうすぐ誕生日じゃん」
「ああ、うん。再来週だね。何? 祝ってくれんの?」
俺は秋生まれで直紀は夏生まれだから直紀のほうが先に十八歳になり、そのときはお祝いと称して二人で遊びに出かけた。直紀が好きなバンドのライブに行った。誕生日当日はどちらも仕事が入っていたから翌日のことだった。
「日曜日だしがっつり祝いたいけど、お前、仕事あるだろ。結城想太バースデーライブ」
「あ、知ってるんだ。午前はリハで午後が本番だから一日拘束されんだよね。てか、いっそのことライブに見に来る?」
「行かない。アイドルの想太興味ない」
「はあ? ひっでえ、何だそれ」
「オフの想太と会いたいんだけど」
薄く熱のこもった瞳に見つめられ、言い返すことができなくなった。しどろもどろになりながら、口を動かす。
「え、えーと、じゃあ月曜。月曜は? 放課後どっか行くとか」
「土曜がいいな」
「……午前中、映画の舞台挨拶じゃなかったっけ?」
「午前中な。午後は暇。誰よりも早く僕が想太の十八歳を一番乗りで祝う」
なんだその無駄な競争心。大体、前日だと俺まだ十七歳だし。
でも、そう言われて悪い気はしなかった。
「わかった、土曜ね。空けとく」
「舞台挨拶、来る?」
「行かなーい。俳優の白井っち興味なーい」
「わあ、これ言われると結構腹立つもんだな」
顔を見合わせてどちらからともなく意味のない笑いを漏らす。
本当は嘘。どうせ直紀にはバレている。
直紀は俳優でいるとき、とてもカッコいい。なんていうか、芝居の職人。俺の憧れ。
彼がアイドルの俺に興味ないのは本当だってわかっているけど。別に傷つきはしない。
多分直紀のことだから、急遽チケットを用意してもらうのは申し訳ない、くらいのことは考えただろう。
それから彼が言いたかったのはきっと、普段の俺が好きだよってことだから。
自惚れでなく、そうなんだと信じられるくらいには、俺たちは親密な関係になっていた。
高校からも自宅からもさほど遠くない距離にある、大型アウトレットモール。
中に入っているシネコンで直紀はちょうど舞台挨拶をしているはずだ。
モール内でも端っこに位置する喫茶店で一人、俺はココアを飲みながらスマホを弄っていた。
同じ飲み物を飲みたいなら、みんなフードコートかチェーンのカフェに流れていくようで、この店は人が少なく静かだった。
キャップを被ったりして多少顔を見えないようにしているとはいえ、俺が結城想太だということには店員も客も気づいている様子はなかった。
けれど、待ち合わせしていた直紀が店内に入ってきて俺の向かいに座ると、注文を取りにきた店員が「あ、」と小さく声を上げて俺たちを交互に見た。
直紀が人差し指を口元に当てながら「カフェラテお願いします」と言うと、静かに対応してくれた。
「仕事おっつー。直でこっち来てくれて大丈夫だった?」
「うん。僕以外もみんな現地解散したからさ」
そういえば、と直紀は妙に得意げに口の端を上げた。
「僕も言ってやった」
「は? 何を」
「想太たちに迷惑かけんなって。日奈に」
今日、控室で待たされていたときに言ったらしい。
特にグループ内で今回のことがきっかけでぎくしゃくしているわけでもなければ、今のところ誰かから俺が梶の件について意見を求められたり、フォローしなければいけない機会は訪れていない。
だからそこまで迷惑を被ってはいないのだけど、直紀の好意はありがたく受け取っておくことにした。
「俺のために怒ってくれるの、嬉しさの極み~」
半分ふざけた調子で、両手を合わせてみせる。直紀は何も言わず、照れ臭そうに肩をすくめた。
「この後さ、うち来るって言ってたじゃん」
直紀が喫茶店を出た後の予定について確認してきた。インドア派の俺は、遊びに行きたい場所も思いつかず結局直紀の家に遊びに行くことにした。過去に何回かお邪魔していて、いつものようにゲームしたり漫画読んだりだらだらするだけのつもり。
「母さんが雑誌かなんかで想太の誕生日の情報見て知ってたみたいでさ。今日遊びに来るって言ったらケーキ用意してくれるってよ」
「うっそ! やったあ、ありがとう!」
誕生日といえばやっぱケーキだよなあ。なんて子どものようなことを思う。
モールを出て一駅電車に乗り、直紀の家付近まで歩いてきたところで、どうでもいい雑談をしていた直紀が歩く速度を緩めないまま小声で言った。
「なんか……記者っぽい車いる」
「え、そんなんわかんの?」
「わかる。僕そういうの敏感」
ちょっと振り向いてみたものの、路上駐車されている車は何台かあって、どれが記者だとかそれが住人の物だとかの違いは、俺にはよくわからなかった。
俺はそういうのに鈍感だ。つけられていても全然気づかない。たぶん、考えごとに没頭しながら歩いたりしていることが多いから。交通事故にだけは気を付けろと周囲の人間にはよく言われる。
今、誰かにつけられているとしたら、どっちが目的なのだろうか。
俺だったら人気アイドルのプライベート狙いだろうし、直紀だったらなんだろう。小島さんとの熱愛の路線が消えたから、他の女の子と関係を持っていないか、とか?
わからない。そういうのじゃなくて、単に俺ら二人の休日を撮りたいだけな気もする。だったら別にいいか。
同じことを思ったのか、直紀が隣でふっと笑う気配がした。
「どうせ僕らが二人でいても、僕の家に友だちのお前が遊びに来たって思われるだけの話だよ。あいつら仲良いんだなあって」
「……俺の白井っちへの気持ちは、友情じゃないのに」
おかしな話だと思う。男女の友人が一緒にいれば付き合っているとか言われるのに。想い合っている俺たちが一緒にいても、付き合っているとは思われない。
「今ここで僕と想太がいきなりキスしたりしたら、さすがにネタになるだろうけどね」
「そりゃまあ……うわっ」
急に、直紀が俺の背後に回って背中から抱き着いてきた。びっくりして立ち止まる。
「何やってんの!?」
「ハグ」
「それはわかるけど!」
「どーせ、これくらいやっても男子高校生が子どもっぽくじゃれてるようにしか見えないよ。おりゃ」
「ちょ、やめっ、こそばい、こしょこしょすんな!」
やーめーろー、と言いながら直紀を引き離す。驚き半分、好きな人と密着した嬉しさ半分で、心臓がどきどきしている。
離れた直紀と目が合う。意外にも、彼の目は寂しそうな色を湛えていた。
「僕たちって何なんだろうな……」
「何って……」
つい考えこみそうになってしまい、ハッと我に返って直紀の背中を押す。あまり立ち止まっていたら、不審に思われかねない。
見た目だけはどうでもいいことを話すように、俺は彼の疑問に返事をした。
「両想いの、友だち」
「恋人ではないんだ」
「忘れてるかもしれないけど、俺らの高校は男女交際禁止の校則があるんだよ」
「僕たち男女じゃないけど」
男男交際の場合は校則違反になるのだろうか。がんじがらめだと思っていたルールの抜け穴を見つけたような気がして、俺たちは意地の悪い笑みを浮かべた。
「そっかあ、俺たち男女じゃなかったー」
「ま、お互いの立場を考えると秘密にしとくしかないけどな」
子役の頃から愛されてきた俳優と、ファンがいっぱいいるアイドル。
どちらも、恋人はこんな人であってほしいだとか、恋人なんか作らないでほしいだとか。多くの願望を向けられながら生きている。
きっと大多数の人にとって、白井直紀の理想の恋人は結城想太ではないし、結城想太の理想の恋人も白井直紀ではない。
そうこうしているうちに、直紀の家につく。
「……白井っち。友だちでも恋人でも何でもいいけど、好きだよ」
ものすごく小さく囁くと、直紀は同じくらいの声量で一言呟いた。
「知ってる。僕も」
本当に一瞬だけ、頭がパンクしそうになった。
同じ気持ちを返してもらえる喜び。俺たちの本当に気持ちを隠している背徳感。
直紀や俺を好きでいてくれる沢山の人に嘘をついている罪悪感。
今、隣に好きな人がいてくれることの安心感。
「想太、誕生日おめでとう」
唐突なお祝いの言葉で、俺の意識は直紀の家の玄関前まで戻ってくる。
にっこりと笑って頷いた。
「フライングのお祝い、どうもありがとう」
「フライングじゃなくて一番乗りだってば。……ただいまー」
玄関のドアが開く。
直紀に促されて中に入ると、一軒家の至って普通の玄関と廊下が視界に現れた。
ドアが閉じられたら、記者だってもういない。
同級生の平穏で平凡な家。廊下の奥から姿を現して「いらっしゃい」と歓迎してくれる彼のお母さん。
束の間の解放感を得た俺は、十七歳らしく無邪気に笑いながら「お邪魔します」と挨拶をした。




