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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界の救い方@乙女ゲーム

作者: ぺトラ

急に「スクロールバー(画面右端の縦棒)が小さい短編」(←ペトラの好物)が書きたくなりまして。

いつも通りイケメンが残念な仕上がりなので、心してお読みください。

 

 なんか面倒な家に生まれたっぽいなぁ。


 おぎゃあ!と新たに生を受けて数日ばかりの私が、初めて抱いた感想がそれだった。

 だって読み聞かせの様に一字一句の違いもなく、毎日毎日飽きもせず、母と名乗る女が「貴女こそがグリベリエ伯爵家の正当な跡取り。卑しい血を引く屑たちに負けてはいけません。早々にっておしまいなさい」って、呪詛を吐いてくるのですもん。


 え?

 なんでそんな生まれたばかりのうちから言葉がわかるのかって?


 そりゃあ、前世が子供いてもおかしくない年齢まで生きた日本人なんだから、日本語が理解できて当然でしょうよ。お母さま、完璧な日本語で呪詛を吐いてます。

 ただし、前世の私が生きていた時代ではないか、並行世界みたいな異世界っぽいんだけどさ。


 だって耳タコな母の言葉が真実ならば、家名が『グリベリエ』で更に『伯爵家』ですのよ!

 前世の私が生きていた時代は貴族制度が廃止された後だったし、家名も『佐藤』とか『山田』とかの漢字表記だったし、体感的には異世界が正解だと思うの。

 『愚璃部莉依(グリベリエ)』かも知らんけど(笑)。


 それから、はっきり目が見えるようになって、行動範囲が広がって、異世界転生が正解だってわかったんだけど。疲れ切った前世の干物女が嗜んでいた、異世界転生実体験ひゃっほい!なーんて楽観できる状況にはなかった。

 毎日、母が呪詛を吐きに来るようなお家なんだぜぇ?面倒くさくないはずがないっしょ?

 二足歩行が安定して、もうすぐ走りだせるぞ!という頃には、面倒な家だな的な感想が超進化してしまった。

 

 まじヤヴァイ家に生まれたな!

 

 2歳になるかならないかの幼児に暗殺術を仕込み始めたなら、誰でもそう思うはずだって。


 いや、まあ。

 そんな感想を抱けるのは、私が地球の日本という平和な国で生まれて、それなりに苦労して生きて、独身貴族を満喫中に死んだ、前世の記憶なんてものを持っていたおかげで、しっかり自己が確立できていたからなんだけど。

 虚ろな目で淡々と与えられた課題をこなす、母曰くの「卑しい血を引く」おそらく異母兄弟な幼児たちは、きっとなーんも思っていないに違いない。


 こわっ!こっわ!グリベリエ伯爵家!


 まあ、母の日々の語り掛けにより、グリベリエ伯爵家が王家の闇を担う存在であり、その当主は筆頭として暗部を率いるのにふさわしい能力を有していなければならないと知っていたので、当然の流れではあるんだけれどね。


 しかーし!

 倫理観なんて皆無に育てられている異母兄弟たちと違って、私は日本人として育った記憶により、まっとうなそれを持っているわけなので、言われるまま、請われるままに人を殺したりなんてしたくないわけ。

 いつまで抵抗できるかなんてわからないけれども、ギリギリまで殺人は先延ばしにしたい。

 りたかなんてないけれども、この流れで行くときっと、ある程度成長したらこの異母兄弟たちとも競わされて、るかられるかのバトルロワイヤルをさせられるんだと思うんだ。きっとこれが、歴代グリベリエ伯爵家の子供たちが通らされた、殺人初体験になるんだろうね。

 ほんっとりたかなんてないんだけど、だからと言って死にたくなんてないし、痛い思いもしたくない。

 回避するためには結局、力が必要なのよ。殺したくないからと殺されてしまっては、元も子もないしね。 

 であれば結局、大人たちの思惑通りに暗殺術を習うしかないわけで。

 王家を裏から支え続けて300年という、グリベリエ伯爵家の血が凝縮された結果らしき潜在能力を開花させた私は、順調に暗殺術を極めていった。

 

 いつ宣言されるかとビクビクしていたデスゲームの開始は、思ったより早かった。

 というか、完全にアイツのフライングだった。

 

 私と同じ赤目黒髪の、いちばん年齢が上の兄が、先手必勝とばかりに、ある日突然同じく赤目黒髪の弟妹達に襲い掛かったのだ。

 

 しかしそんな彼もまだ10歳。

 子供特有の無邪気な残酷さと、経験が乏しいが故の単純な戦法だった。

 つまり、物理攻撃一辺倒だったわけ。

 

 対する私は見た目―――というか身体は子供(8歳)頭脳は大人(トータル数十歳)なのさ!

 精神年齢のアドバンテージを活かすなら?!

 今でしょ!!

 

 兄は1週間くらい前からソワソワしていたし、近いうちにる気なのは明白だった。デスゲームがあるだろうことも予測していたし、準備期間は十分にあったのよ。

 

 さて。

 体格、体力に劣る女、しかも女児(8歳)がとれる戦法ってなーんだ?


 答え)毒物


 流石そういう家なだけあって、実行するのに必要な環境はすぐに整った。

 毒本体の方は、グリベリエ伯爵家の直系らしい私を推しまくっている母が、毒の本を読み漁る私を見て、頼みもしないうちに毒草温室ごとくれてしまったのだ。ついでに植物以外の毒もそろった調合室の方も。元々は母のものであるのを譲り受けただけだけれども。

 なんでそんな物騒なものを母が個人所有しているのかというと、実は母が父の異母妹だからなのである。つまりは、当主の座を父と争った過去を持ち、母自身も高度な暗殺術を習得しているという事だね。殺されなかったのは、早々に父へ従属し、協力したからなんだとか。

 

 そんなこんなで環境、物資が揃っていた私がすべきだったのは、有用な毒を選び出し、調合して持ち歩くだけだったのよ。

 それを暗殺術を仕込まれ始めた2歳早々に始めていたのだから、兄は飛んで火にいる夏の虫状態だった。


「ごほっ!げっげぇ・・・」

 

 この毒は吸引すると早々に意識を失うけれど、命の危険はない。ただし嘔吐する場合もあるので、意識を失った後、倒れた時の姿勢によっては副産物的な死があり得るのよね。

 とっさの反撃に、即効拡散型のこの毒は有効なのだが、風のない室内でしか使えないのが難点だった。弟妹達を逃がすまいとしたお兄様が、バトロワ会場に密室を選んでくれてよかった。当然ながらお兄様の犠牲者になるはずだった他の弟妹達も食らっているけど、殺されるよりはましでしょ。


 ちなみに使用人達はお兄様が刃物を取り出した途端に速攻で退避し、ついでに外から施錠しやがった。よって現在この部屋の中には私達兄弟しかいない。なんか慣れた動きだったから、バトロワ開催時対応マニュアルとか、避難訓練みたいなのがあるのかもしれない。

 そんなどうでもいい事を考えながら、私は倒れた順に、窒息しないよう、兄弟たちの姿勢を変えていった。


 私?

 私はもちろん、慣らしてあるから大丈夫。

 多少気持ち悪いけれども、吐いたり、ましてや倒れたりするほどじゃないよん。

 

 鍛えてはいても8歳という年齢的に非力な体を酷使して、兄弟たちになんとか楽な姿勢を取らせると、私は最後にこの惨状のきっかけとなった兄の元へ向かった。

 短刀を握ったまま膝をつき、そのままべしゃりと前へ崩れ落ちた姿勢のお兄様の顔を横へ向けようと、踏ん張って頭を持ち上げる。苦渋に満ちた顔の鼻の部分が真っ赤に染まっているので、もしかしたら鼻が折れているかもしれない。

 んー。まあ、顔を横へ向けておけば、窒息はしないでしょう。

 綺麗な顔してるのに、かわいそうねー。

 

 ちょっと「ざまあ!」な気分で無駄に長い事兄の髪を掴み上げていた私は、次の瞬間、思いっきり尻餅をついた。


「っう・・・いったぁ・・・」

 

 両手をついて立ち上がろうとした私の右手に、何重にも絡みつく人間の髪の毛の感触が―――。


「ひっ!」


 思わず手を振ったら、黒い髪の束が飛んでった。

 びっくりしたなぁ、もう・・・頭がもげたかと思ったじゃん。だいぶゴッソリいったけど、重さ的には髪だけである。

 どんなハゲができたのかしらうふふと兄へ目を向けた私が見たのは―――白髪の美少年(鼻血付き)だった。


「え?なに?どうして?」


 グリベリエ伯爵家といえば、赤目黒髪である。

 これに例外はない。

 何故なら、それを持たない者を子と認めないからだ。


 この決まりを私が知ったのは3歳のころ。

 黒髪でなかった実の弟が産声をあげてすぐ、容赦なく目の前で殺されてしまったからなのよ。

 他の兄弟たちもそうして選別されてきたのだろう。あちこちで種をばらまいた父は、赤目黒髪の子供だけを引き取り、そうでない子供は処分していたのだ。

 

 しっかし・・・赤目白髪かぁ。肌の白さからいって、この子はアルビノだろうね。

 っていうか、この世界に「アルビノ」の概念があったかな。白ヘビとかは前世と同じで、神様扱いされてたりするのは知っているけど。

 人間はなぁ。

 前世の私が遭遇したならば、ポーカーフェイスの下でめっちゃテンションアゲアゲ厨二病が疼いて左目が痒くなる存在なんだけど・・・。この世界は赤髪、青髪、黄巻き髪、ついでに金髪銀髪とか、さらに緑、紫とか普通にいてカラフルだし、実は黒髪もそう珍しくはない。だからグリベリエ家の赤目黒髪は、どちらかというと赤目がメインなんだよね。こっちは滅多にない方なの。


 兄は先月、どこぞの娼婦が連れてきて、金をせびって、引き換えに置いて行った子でさ。これは、あれかな?お金欲しさにカツラ被せて偽装された、赤の他人だったりするのかな?赤目に気を取られて、髪色が偽装されている事に気付かなかったのか。かくいう私も、今の今まで疑問にも思わなかったのだし。

 だったらバレる前にと、他を排除しようとしたのも理解出来る。

 許さんけど。


「シス」


 私はお兄様が握っていた短刀を奪い取り、それを彼の首に押し当てながら呼びかけた。

 さっきの毒は、即効性があるけれども抜けるのも早い。身体も年齢も兄弟間で一番大きいシス兄なら、そろそろ意識が戻って来る頃合いなのだ。


 ちなみに兄弟達の名前は、この家に来た順に「アン」、「ドゥ」、「トロワ」となっている。そう1、2、3だね。フランス語の。

 ここ、この世界。日本じゃなくてね、異世界転生あるあるな中世ヨーロッパ風な世界だった。しかも公用語が日本語なのに、なんでだか知らないが、時々フランス語が出てくるんだよ。グリベリエも「灰色の雄羊」って意味だし。

 厨二病っぽ―――まさか。・・・いや、まさか、ね。

 

 他の家は知らないけれども、この家ではお披露目まで名前ではなく番号で呼ばれるのよ。お披露目・・・つまりデスゲームでの生き残りが決まったら、名前が与えられるってことですね。わかります。


 で、私は「キャトル()」。母には「キャット」って呼ばれてる。

 最後(・・)が目の前にいるアルビノの「シス()」。


 「6」で最後なの!

 もう増えないよ!なんてったって父は種無し。

 父も、まさか3歳の娘に毒を盛られるなんて思わなかったんだろうね。1回量が少ないから色も味もない、蓄積する事で効果を発揮する毒を盛って約5年。

 もうすぐ硬度も無くなるんだ☆


「シス」


 優しく呼びかけながら、かつらの中へ楽にしまうためか、子供の手でやっとつかめる位の長さな白髪に指を通す。そして容赦なく握り込むと、シスの頭を引っ張り上げた。


「うぅっ!」

「もう意識があるのでしょう?寝たふりをしても無駄よ」


 そう言うとすぐに反抗的な赤目がこちらを向いたので、ずっと押し当てたままだったナイフを彼の首へ食い込ませた。


「可哀想に。娼婦の子とはいえ、その容姿ならそちらの界隈でいい具合に生きていけたでしょうに・・・こんな恐ろしい家に売られてしまって。死にたくないのでしょう?シス。『ならば私に従属なさい』」

 

 シスと合わせた赤目の奥が熱い。

 

 という事は上手く発動しているという証拠なので、私はじっと目を合わせ続けた。

 

 この世界の人間には、神の祝福とされる「スキル」なるものが生まれつき備わっている。

 「爪の伸びが早い」なんて微妙なものから、「治癒」「鑑定」なんていうレアなものまでさまざまだ。

 異世界キターーーーーー!スキルを鍛えて幼少期からチートひゃっほい!って思うだろ?

 ところがどっこい、この「スキル」。自分が何もってるかわからないんだな、これが。

 「ステータスオープン!」的な便利な呪文はないのである。


 一応、「鑑定」とか「透視」のスキル持ちだとわかるらしいんだけど、もちろんレアスキル。持っている人間はいろんな意味で危険なので、国によって保護という名の軟禁状態にあり、そう簡単には自分のスキルを知る事なんてできないのだ。

 タウンハウス1軒くらいの大金を王家に積めば、鑑定してもらえるらしいけど。


 そんな訳で自分の「スキル」が何なのか知らずに生きていくのが普通なんだけど、下半身の緩さに定評のあった3代前のグリベリエ家当主が、とある法則を発見した。

 その当時、王族たちの弱みを握って幅を利かせていた彼は、たくさんいた自分の子供たちを片っ端から鑑定させるという暴挙に出た。そして、自分と同じ赤目黒髪をもつ子供には必ず、自分と同じ「調教」スキルが受け継がれていることに気付いてしまったのだ。


 「調教」はその対象が「植物」や「鳥類」、「犬」、「ヘビ」などなど、細分化していたりするので、必ずしも強スキルではない。けれども「調教」して屈した対象を従属させ、ついでにその能力も向上させるという、便利なスキルなのである。

 

 で、当然、私もその「調教」スキルを持っているわけなんだけど、対象は鑑定してもらわないとはっきりはわからない。ただ、実践してできるかどうかを試すことはできるわけで・・・。

 うん。私、チートだった。

 異母兄妹で凝縮された血は、濃ゆい結果をもたらしたのだ。


 植物を育てたら、通常以上に育ち、豊かに実り。品種改良の成功率も高かった。

 お!これはきっと、私の「調教」の対象が「植物」なんだな!

 と、思っていたら、温室内の蟻が私を困らせていたアブラムシを連れて外へ引っ越してくれた。


 マジか。

 そこからは片っ端から試してみた。

 すると犬は瞬殺で腹を向け、猫があっさりお手を覚え、馬は命じてもいないのに乗りやすいように膝をつき、ヘビは甘えるようにすり寄り、鳥は童話のお姫様のごとく呼んだら集まり肩に乗ってきた。

 

 え?これ、最強なんじゃね?


 そう思った私は、人間にも試した。

 その辺の侍女を捕まえてね。


 じっと見つめて、ひたすら見つめて、目が乾くまで見つめても、何も変化が無かった。

 なーんだ。やっぱり人間は無理かぁ。

 残念に思いながらあきらめかけた時、母が瀕死の同業者を連れてきた。


「さあ、試してごらんなさい」

 

 私推しな母は、私の行動から意図を察知し、実験台を用意してくれたのだ。

 結果、今にも死にそうな男への「調教」は成功した。

 どうやら負けを自覚させないと、人間の場合は成功しないらしい。


 チートひゃっほいして思わず踊りだした私を抱きしめて、母は静かに言った。


「貴女のそのスキル。「植物」以外は隠しておきなさい。いいわね?」


 ちなみに母の対象も「植物」。鑑定の結果なので、確実です。

 正妻の子供だったおかげでその財力でもって赤子のうちから鑑定をしてもらえて、それを元に「調教」スキルを活かす教育をする予定だったらしいんだけど。

 残念ながら、人の口に戸は立てられなかった。

 鑑定士の親玉は王家。当然、王家は誰がどのスキルを持っているのか把握したがるわけで、1人が2人に、2人が数人にという具合で「内緒だよ」を共有した結果、ライバル関係であった父にまでそれが知れてしまったのである。手の内がバレてしまった母は、早々に父へ屈服し、命乞いをしたおかげで今も生きている。

 というわけで、鑑定を依頼することは、諸刃の剣なのね。鑑定士を殺すことはできないし。

 そしてバトルロワイヤル前に手の内を明かすというのも、命とりなのだ。


 私の「調教」の対象はどうも「動植物」っぽいのだけれど、鑑定してもらったわけではないので確実ではない。

 でも実際にできているのだから、それで十分だ。


「シス。『私に従属なさい』。そうすれば、私は貴方を殺さないし、殺されないように守ってあげる」


 シスが私のスキルに抵抗できたのは、それから数秒ほどだった。

 私の目の奥の熱が消えるとともに、シスの反抗的な赤目の光がとろりと溶ける。同時にこわばっていた彼の身体から力が抜けて、まるで従順な犬が尾を振っているかのような笑みを向けられた。


「はい、あるじ。シスは貴女様のしもべ

「キャトルと呼びなさい。態度も今まで通りに」

「―――わかったよ。キャトル」

 

 兄を従属させて調子に乗った私は、他の兄弟たちも「アン()」から順にスキルを使って跪かせた。同スキル持ちなので多少手こずったが、実践経験の差か何とかうまくいった。

 母ならきっと、「皆殺しにしておしまいなさい」って言っただろう。

 けれども母が違うとはいえ、兄弟を殺す事なんて、私にはできなかった。それに母の例もあるし、私が皆を従属させたなら、バトルロワイヤルを開催する必要もないかと思ったのよ。


 でも甘かった。

 同種のスキルを持っている相手には効果が薄いという事を知らなかった私は、従属したふりをして正気を保っていたアンに裏切られてしまった。アンは私のスキル対象を父にチクり、自分より優れたスキルを持っている私を恐れた父が、私の始末を決めたのだ。

 

 見た目には自分より年上な子供たちを教育する。なんて、チグハグな子育てを経験しながら、ちょっと歪だけど家族ってこんな感じかな、という微かな幸せを感じ始めていた矢先の事だった。


 手加減なんてできなかった。

 巻き込まれた母や、兄弟たちを守るのに必死で、気が付いたら累々と転がる死体の中に3人、満身創痍で立っていた。

 

「お母様ぁ・・・」

 

 最も強敵だった父と対峙していた母は、父の足元で事切れていた。異母兄弟たちも皆、父の手下たちの死体に交じって転がっている。

 一番、荒事に慣れていないはずのシスが生き残っているのは、奇跡だと思う。戦力外と見なされて後回しにされた結果だろうけど。


 私は切れ味の悪くなった己の得物を投げ捨てると、背後のシスから見覚えのある短剣を奪い、父へ向かって走り込んだ。


「死ねぇ!!」

 

 こんな恐ろしい言葉を本気で吐く日が来るなんて、思いもよらなかった。

 私はどこかで、誰も殺さず、誰にも殺されずに、生きていけるのだと信じていたのかもしれない。


 自身も傷だらけとはいえ、10歳になったばかりの私など相手にならないと思ったのだろう。父は薄く笑って、軽く構えただけだった。

 明らかに油断している父の間合いギリギリまで近付いた私は、ナイフを持っていない反対の手に握り込んでいたものを、父の顔に向けて投げつけた。

 

 さて。

 体格、体力に劣る女、しかも女児(10歳)がとれる戦法ってなーんだ?


 答え)毒物


 以前、兄弟たちの意識を刈り取った毒物の強化版なのだが、さすが父。全く倒れる様子が無い。

 でもね、どんなに訓練を重ねても、眼球を強化する事ってできないのよね。


 とにかく涙を誘う成分と、ついでに細かいガラス片も含まれた粉は、確実に父の視界を奪ってくれた。目を覆い、やや前傾姿勢になった父の懐へ飛び込む。そして父の肩に短剣を突き立てた。


「ぐうあああああああぁぁっ!!!」


 獣のような雄たけびを上げた父によって、私は投げ飛ばされた。

 10歳児の体は軽く、壁まで飛んで背中をそこへ叩きつけられる。衝撃に息が詰まり、受け身も取れないまま床へ落ちて、血を吐いた。


「キャトル!」

 

 シスが泣きながら走り寄ってきた。

 

 怒りに燃えた父の赤目が、まっすぐに私を捕らえている。どうやら片方だけ何とか見えるらしい。

 もう体を起こすこともできない私は、その視線を堂々と受けてやった。


 らしくもなく、チッと舌打ちした父が、ゆっくり歩き始める。けれども数歩もいかないうちにふらつき始めた。立ち止まってひたいに手をやり、不思議そうに呼吸を繰り返している。そこで思い出したように視線を肩へ向け、浅く突き刺さったままの短剣が、小さな袋も一緒に貫いていると気付き、慌てて短剣を引き抜いた。


 でも、もう遅い。

 アレには一酸化炭素中毒に似た症状を起こす毒が入っている。

 触れる分には何の効果もないが、ひとたび肺に入れたら最後、酸素を取り込めなくなるのだ。


 後は窒息を待つだけ。

 勝利の笑いをあげようとした私は、自分もまた、上手く呼吸出来ていない事に気が付いた。どうやら私も吸い込んでしまったらしい。


 ちゃんと解毒剤があって、右の手首に仕込んであるのだが、その右腕が動かない。なんとか動く左腕は自分の下敷きになっていて、体が起こせない以上、積みだった。


「ここまで・・・か」


 もういいよね?

 頑張ったよね?私。


 厳しいけれど、不器用に私を愛してくれていた母は、私の慢心のせいで死んでしまった。

 守り、育てていた兄弟たちも死んでしまった。

 なんかもう、足掻いてでも生きたいって気力がないわ。


「キャトル!駄目!目を開けて!!」


 前世の私は物心ついた時から1人だった。施設で育ち、手っ取り早く風俗で働いて学費を稼ぎ、学校へ進学して准看護師の資格を取った。手に付いた職は私を助けたけれども、孤独は消えなかった。

 職場と家を往復する日々。

 死因は過労か、不摂生による脳血栓か何かだろう。痛みも何もなく、強烈な眠気に負けたと思ったら、キャトルになっていた。

 

「お願い・・・・僕をひとりにしないで!キャット・・・・」


 シスが泣いている。

 これは私だ。前世の私と同じ。

 孤独を怖れて涙を流しているのだ。

 私へ降り注ぐほど激しく流れる涙をぬぐってあげたくて、手を伸ばそうとして、動かないことを思い出した。ならば、せめて慰めの言葉を・・・。


「キャット・・・どうして―――」

「・・・・・・・・・」


 ダメだ。もう、声が出ない。意識も―――。


「―――僕に、人並みの幸せなんて教えたの」






 はっと目を覚ました時、私はまず自分の体を確認した。


 そもそも起き上がれた時点で、新たに転生という事態は免れたと気付いたのだが、明らかに大人な体を見て、前世に、准看護師だった私に戻ったのかと落胆したところに―――。


「キャット!あぁ、キャット!!よかった!」


 黒髪の美青年が飛びついてきた。

 (キャトル)を愛称で呼ぶ男の記憶なんてない。というか、母しか呼べなかったかったはずだ。他は子供に興味のない父と、スキルで縛った下僕、屋敷の使用人としか接した事がないし。


「っせい!」


 反射で髪と胸倉をひっつかんで相手を組み敷いたら、その髪がごっそり抜けた。悲鳴を飲み込みつつ、手のひらにまとわりつく髪を投げ捨てる。

 あれ、これ、この動作に覚えがあるなと動きを止めた途端、再び青年が下から飛びついてきた。


「キャット!あぁ、神様ありがとうございます!僕は今日から敬虔な信者になります!!毎日欠かさず祈りを捧げます!!」


 両手両足でホールドされ、身動きが取れない私の肩のあたりが湿っぽい。泣いているらしい青年の真っ白な髪が視界に入って、まさかと思いながら、名前を読んでみた。

 

「・・・・・・シス?」

「そう!そうだよ、キャット」

 

 やっと腕の力を緩めてくれた青年、シスが赤い瞳を潤ませながら私の頬を両手のひらで包み込んだ。そうしてそのまま顔を寄せてきたのを、手を割り込ませて阻止する。


 あー。うん。シスだ。

 なんで青年の姿なのかわからないけれども、この息をするようにキスしようとしてくる悪癖の持ち主で、さらにアルビノなのはシスしか知らない。娼館で育った為か、アッチの倫理観が死んでるシスは、トイレに行くのと同じ感覚でついでに閨にも誘ってくるので、至近距離にいる時は注意が必要だ。

 

「やめて。やめなさい、シス。ちょっ!何してるのやめなさ―――」

 

 状況を把握しようとしている隙をついて、なんだか怪しげにモゾモゾし始めたシスに抵抗していたら、急に視界が暗転した。


「―――キャット?!キャット!!おい!医者を呼べ!オーブリーでもいい!」

 

 

 

 現状を説明しよう。

 隙あらばベッドへ上がって来ようとするシスを制しながら、何日もかけて聞いたところによると。


 一酸化炭素中毒っぽい症状を起こす薬を吸い込んでしまった私は、解毒剤に気付いたシスのおかげで一命を取り留めたものの、服用が遅かったせいで脳に障害が残ってしまった。そしてその結果、自発呼吸をする人形のような状態に陥ったらしい。

 そんな私を、眠っている人間なら自在に操れるという「人形師」のスキルを持つ者に操らせる事により、最低限の食事や運動をさせ、なんとか延命していたそうな。

 私が人形状態になって3年後、シスが15歳になって継いだ伯爵の権限を笠に、「治癒」のスキルを持つ人間の派遣を教会に交渉した。そうしたら「治癒」ではなく、その下位交換な「癒し」を持つ少年と共に、厄介者を押し付けられたのだとか。

 そこから4年。癒しに癒しを重ねてやっと、私が目を覚ましたということらしい。

 しかしまだ脳に障害が残っているらしく、起きているだけなら2時間くらい意識が保てるのだが、激しく動くと10分で脳がシャットダウンしてしまうのだった。


 なんだそれは。充電に何時間もかかるのに、ハイパワーで掃除すると数分でバッテリーが切れるコードレス掃除機みたいだな。

 

「はい、キャトル。あーん」

 

 そう言って、ご機嫌で手ずからブドウを食べさせようとしてくるのは、シス()改め、バトロワ勝者の証たる名を与えられた、シルヴェストル・フォン・グリベリエ伯爵閣下。私が開発した植物成分由来な毛染めトリートメントのおかげで、濡れ羽色な黒髪に天使のわっかを乗せて、赤い瞳をとろっとろに溶かした、線の細い美青年(19歳)だ。

 誇らしげに名乗られた時、「フォン」のところで吹きそうになったのは内緒で。忘れたはずの厨二心がむず痒いぃ。


 私の意識が戻った時に彼がかつらだったのは、意識不明な7年の間に、トリートメントのストックが切れてしまったかららしい。だって私が作っていたからね。幸い、温室や調合室の管理がしっかりされていたので、また作ることができた。

 もちろん元々黒髪な私にも使えるものなので、私の髪もつやっつやだ。

 目覚めてから風呂に入った記憶なんてないけどな!


 そうなのよ。

 相変わらずシャットダウン後、「人形師」で操られて食事と運動と、その他(入浴を含む)をさせられているのよ。せめておやつくらい、自分で食べさせて欲しい。


 スキル「人形師」を持つ手下は、元々意図的に「記憶にない朝チュン」を作り出すための工作員で、父参加のバトロワに呼ばれず、待機組だった。そんな彼女のおかげで私は今も生きていて、脳みそ以外は健康体なわけだが、今はともかく、いい大人が良く当時12歳だった子供に従ったよな。

 なんてシスに尋ねたらば、妙に色っぽく微笑まれた。


「そこはほら―――フフフ」


 私は、深く掘り下げないことにした。

 他にも似たような奴らが、現在のシスに忠誠を誓っているのは知っている。見つめる視線に熱がこもっているのも、鼻の下を伸ばしているのも。

 恋愛は自由・・・と言いたいところだが、実行犯な小児性愛者(ペドフィリア)は見つけ次第に消す。絶対にだ。

 

 と、まあ、何とか私の日常は成り立っているのだが、しかし!

 私はその不満はありつつも単調な毎日に、危機が迫っている事に気付いてしまったのだ!

 

「お嬢様、お加減はいかがですか?」

 

 それはこのスキル「癒し」を持つ少年と付き添いの少女、ついでにシスが揃っている姿を見た時だった。


友愛ストルゲのオーブリー!」


 オーブリー(スキル:癒し)・・・ヒロインと共に教会の孤児院で育った幼馴染。貧しい農村に生まれ、食べる物にも困る生活を送っていたが、ある日、傷ついた小鳥を「癒し」ている所を両親に見られて教会へ売られた。両親を恋しく思っている所に現れたヒロインを―――以下略

 

「シス・・・シルヴェストル・・・純愛アガペーの・・・」

 

 シルヴェストル(スキル:好感)・・・シルヴェストル・フォン・グリベリエ。現グリベリエ伯爵。王家を陰から支える暗部の頭領だが、実はグリベリエの血は一滴も入っていない。幼い頃に兄弟たちを皆殺しにして、次期グリベリエ伯爵の地位を手に入れた。情報収集の一環で知った王家の弱みを探るため、ヒロインに近付き―――以下略

 

「か、加護持ち・・・のエメ・・・」


 エメ(スキルなし)・・・ヒロイン。実は現王と前聖女との間に生まれた落としだね。500年に一度生まれるという、女神の加護を受けし「約束の乙女」でもある。ただし伝承が失われてしまっているため、未婚であるはずの聖女が産んだ私生児として、かつスキルなしとして厄介者扱いを受けている。王家の証である薔薇の形のアザが胸の左下にある。実母である聖女は6歳の時に病で亡くなり―――以下略。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 エメは聖女が亡くなった後に、「治癒」スキルを継いでいないかと「鑑定」を受けて、スキルなしと知れてしまっているのよね。

 でもね。実は彼女、スキルが無いのではなく、「鑑定」できなかっただけなの。なんせ、彼女が持っているのはスキルではなく、その上位な「加護」だから。

 

 公式情報やら、攻略情報やらがミックスして頭の中を駆け巡り、さらに面倒な世界観を思い出して呆然としてしまった。


 彼らは、「愛の形~あなたの愛が世界を救う~」とかいう恋愛シミュレーションゲームの登場人物だ。

 主人公はご落胤のエメで、様々な男に言い寄られながら、その攻略キャラに合った愛の形を模索して愛を育むゲームである。エメが18歳になった時、なんやかんやがあって現王の子供たちが全滅し、エメが次期国王として王城に迎え入れられるところからゲームが始まる。


 このゲームの醍醐味は、エメが王族なために逆ハーレムが合法であるという設定なのである。

 イケメンにちやほやされて、あちこちにいい顔して回って、侍らせるのが合法。というか積極的に逆ハーレムの形成を勧められるという設定が、イケメンに囲まれたい願望の持ち主たちに大うけだったのである。

 もちろんオンリーワンをプレイするのもありだった。


 デイリーをこなし続けるとハートの欠片がたまり、それを使って攻略可能キャラのスロットルを増やす仕組みだった。一部課金ありゲームだったので、課金すれば初回から全員攻略することも可能なの。

 

 バージョンアップの度にキャラが増えていったが、初回からいた主要キャラは6人だ。

 それぞれ、友愛ストルゲ狂愛マニア遊愛ルダス実愛プログマ性愛エロス純愛アガペーを司っている。

 

 私は攻略済みなので誰が何を司っているのか知っているが、この各々の愛の種類を探りつつ、それに合ったアプローチをすると好感度が上がる仕組みだった。 

 

「マジか」

 

 攻略はいい。課金せずに地道に何度もやったから、初回キャラに限り割と覚えている。

 問題は世界観だ。

 

「キャット?!」


 一気に蘇った様々な情報で脳が埋め尽くされて・・・案の定、視界が暗転した。


「―――隠し事はよくないなぁ。また危ない目に遭ったらどうするの」

 



 さて、普通ならばこの後、どうしたらいいだろうと1人で悩むところだろう。

 しかーし!今現在、私に最も身近な人物は普通ではなかった。

 

「エメは現王の庶子で、キャットの言う所のヒロイン―――今後の世界のカギとなる人物なわけだね」

「そうよー。この世界の大地母神は双子の姉妹でね、交代で休息をとりながら世界の平穏を保っているのー。だからこの世界は年中常春で自然災害なんてないんだけど・・・500年に1度、交代の時期がやってくるのー。その頃になるとね、徐々に気温が下がってきて、作物の収穫量が下がってくるからわかるんだー」

「あぁ・・・確かに。ここ3年続いて、収穫量が下がってる」

「エメが25歳になった時が交代時期だからねー。徐々に厳しくなっていくよー」


 エメが18歳で次期王として王宮に入り、起きている方の女神様の力が弱まって発生する、色々な自然災害に対応しながら、恋愛をするのだ。

 ゲームだと選択肢があって、行動やアイテムを選んだりするだけだったけれど、現実にやろうとすると鬼畜すぎである。自然災害は、食料を備蓄をしたり堤防を作ったりで予め備えておく事もできるが、実際に起きてからしか対処出来ない事柄も多い。

 せめて男たち(メンズ)の攻略だけでも先にしておくと楽なんだけどな。


 実は女神様交代の時にも一悶着あるので、攻略済みメンズは多ければ多い程楽になる。よって死にたくなければ、逆ハーレム形成は必須よ☆


「ふぅん。なるほどね」


 やっべ。これも口に出てたのか。ってこれもかな。

 さすが私作成の自白剤ね!よく効いていらっしゃる(泣)


 そうなのよ。

 あれこれ悩む間もなく、翌日に意識が戻ってすぐ、私は自白剤を飲まされたのですよ。

 私を欺くために、シスも一緒に飲んだので、今なら彼も本音しか口にできない。


 手間暇かけて回復させといて殺すとは思わないけれども、全部喋った後、口封じに始末されては敵わない。そもそもなんで私を助けたのかがわからないので、話を逸らすついでに聞いてみた。


「シスはさー、私をどうしたいのー?」


 どうせお互いに本音でしか話せないので、直球で尋ねると、赤い目を色っぽく溶かしたシスが、質問に質問で返してきやがった。


「ね、キャット。実は僕の事がちょっと気になってるでしょ。異性として」


 覚めた瞬間からずっと、自分でも戸惑っていた事に唐突に触れられて、私は飛び上がった。


「えっ!な、なんでバレて?!そんなっ!シスは私の兄で―――」

「フフフ。子供の頃はそうだったんだろうけど、一気に大人の姿になったからさ。理解してはいても、頭の中ではまだ、昔の12歳だった僕と、今の19歳の僕が繋がってないんでしょう?」


 そうだけど!そうなんだけど!

 そこはね、やっぱりさ、認めたらいけないと思うんだ!兄妹なんだし!それに私は憎むべきアイツら(ペドフィリア)と一緒にはなりたくないというか!


 ってあれ?そう言えば血は繋がってないな。年齢も、私17歳、シスは19歳だね。え、でも・・・ほら?なんか、まずい事あるでしょ?


「かわいいなぁ、キャット!僕の事を異性として認識しちゃってるんだ!」

 

 気のせいか、ピンクのキラキラを周囲へ飛ばし始めたシスが、私の手を握ってきた。

 ついでに私の弱みもな。


 それにしてもさすが攻略対象。恐ろしく整ったお顔でございますね。

 シス―――シルヴェストルはアルビノ特有の儚げな雰囲気の美青年で、出会い頭からスキンシップがとにかく多い。で、お色気要員と見せかけて、実は純愛担当なギャップの激しいキャラだった。ゲームでは、もっとしっとりゆったりした話し方で、常に一歩引いて物事を見てる感じだったんだけど。

 こんな熱っぽくグイグイ来るとか、キャラ変わってますよ、貴方。

 

「大好き。愛してる、キャット。もう僕をひとりにしないでね?」

「あーはいはい。そこは大丈夫ー」


 大丈夫。誤解なんてしない。

 脳みそのバッテリーがポンコツでも、現実はちゃんと見えてる。これがシスの、情報を円滑に取得するための手口なことも知っているし。


 わたしが異性として意識しちゃってても、相手もそうとは限らないとわかってるさ!なんせシスは、私が育てたと言っても過言ではないからね!

 2歳児に暗殺術を教えるような家ですよ。まともな倫理観を教え込むのに、どれだけ苦労したことか!

 しかし残念ながら、理解はしているみたいだけど、身にはついていない模様。常識外れの家の子供に、常識を持たせるのは無理だった☆


 色仕掛けを続行するつもりなのか、赤目をウルウルさせたシスに押し倒された。そして慣れた手つきで寝技を繰り出してくる彼に全力で抵抗していたら、やっぱり視界が暗転した。


「―――うーん。本性がバレてると難しいなぁ」




 それからの私は―――相変わらずベッドの住人をしている。

 だって稼働時間は遅遅として増えないし、行動しようとすると、シスがベッドへ乗りあがってきて怪しい動きをするので、それに抵抗しているうちに視界が暗転するのですもん。


 これは私に関わらせないつもりだね。


 自然災害に対する対処方法や、どこを優先すべきか等の助言を聞きには来るのだけど・・・肝心要なエメが今どうしているのかを教えてくれない。

 やはり、攻略対象たちを明かしたのがまずかったか。


 はあぁぁ。

 まぁた自白剤を盛られましてね!だいぶ喋りましたよ!

 しかしシスも一緒に飲んでるくせに、奴だけいつもと変わらないとかどういう事だよ?!効かない体質なのか?!


 いや、まあ、さ。自然災害に先立って、攻略しといてくれると、後々楽なのよ。確かに。

 でもさ・・・エメの教育係がどうも、シスっぽいんだよね。シスってほら、娼館育ちでさ、そっちの倫理観が死んでるでしょ。

 なんか、さ。


 まずい予感がしない?

 

 もちろん予感は的中した。

 しばらくエメを見てないなって思って過ごした半年後、ちょっと稼働時間が伸びたことに調子に乗って窓から庭へ脱出したら、そこにキラキラしい集団がいた。

 エメを中心に周囲を取り巻く美青年たちグッドルッキングガイズが6人。


 鋭い眼光の一匹狼っぽい、少年と青年のちょうど境目くらいの人は、狂愛マニアのギー(スキル:俊敏)だね。

 色気満載なたれ目の青年は、遊愛ルダスのセザール(スキル:剣豪)だね。

 片メガネのインテリっぽい青年は、実愛プログマのレオナール(スキル:剛腕)だね。

 太陽大好きスポーツマンタイプの彼は、性愛エロスのリシャール(スキル:頑丈)だね。

 きみは、うん。知ってる。いつもお世話になっています。友愛ストルゲのオーブリー(スキル:癒し)ね。

 

 で、なんで貴方もそこにいるかな?純愛アガペーのシルヴェストル(スキル:好感)なシス!

 

 そしてそして!

 なんで?!どうして?!

 まだゲーム開始前でしょ?!もうすぐ18歳だけどさ!


 その大きなお腹はどうしたのさ、エメ!

 

「そ、それ・・・誰の・・・」

 

 小さな呟きは、強い風に流されて誰にも届かなかったようだ。その風に豊饒の大地の色、暗褐色の髪をなびかせて、同色の瞳を細めた、大地母神の加護を受けし「約束の乙女(エメ)」が、シスにしなだれかかった。

 

「もうすぐ、ですね。シルヴェストル様」

 

 そっと膨らんだ腹を撫でるエメと目が合った途端に、視界が暗転した。

 

「―――キャット!どうしてここに?!」




 あれから全く姿を見せなくなったシスは、どうやらエメの為の何らかで忙しいらしい。

 それはきっとエメを王族復帰させるためのアレコレだと予測できたし、そもそもグリベリエ家当主たるシスが、目を覚ますたびに私の側にいる事の方が普通ではなかったのだ。

 

 しかしだな。

 だからと言って、目を覚ましている間、毎回エメの惚気を聞かなければならないのはなんでかな。


「このドレスはシルヴェストル様がね―――」

「ふーん」

 

 私は基本寝たきりですからね。寝巻着用がデフォですが、なにか。

 

「このペンダントはね―――」

「へーぇ」

 

 私は基本寝たきりですからね。アクセサリーなんて必要ないですが、なにか。

 

「毎日、晩餐をご一緒させていただいているのだけど、先日はね―――」

「ほーぉ」

 

 私は基本寝たきりですからね。「人形師」のスキルで食事を強制的に摂らされているはずですが、もちろん意識がありませんので、ここのところ何かを口にした記憶もないのですが、なにか。

 

 シスに教育されることによって、主人公が性に奔放な感じに育ったらまずいかな。

 なーんて、思って稼働時間中の話し相手にエメを指名したのだけれど・・・余計なお世話だったようです。なんか楽しくやっているみたいだし、再教育は必要なさそうですよ。

 この世界で成人とされる15歳をすでに超えている当人たちが、合意の上にした事であるなら、私にとやかく言う筋合いなんてない。


 私がエメの、臨月と思われる大きさの腹に目をやると、彼女はうっとりと目を細めながら、愛おしそうに腹を撫でた。

 

「シルヴェストル様はね、私にだけ弱いところを見せてくださるの。私に良くしてくださるのもね、具合を悪くして蹲っていたあの方を、私が介抱したのがきっかけで―――」

 

 私が知らないシスの様子を聞くのは興味深いのだけれど、いちいち癪に障るのは何故だろう。

 シスが孤独を感じることなく、幸せに過ごしてくれさえすればいいと、そう心から思っているはずなのに、もやもやして気分が重くなるのは、何故なのだろう。

 

 エメの本日のお題は、シスとの出会いと、親密になるまでの過程らしい。

 まるっと全部、ゲームのシナリオ通りなのが笑えるのに、内容が頭に入ってこない。胃がムカムカする。異常なんてないはずの心臓も痛い。


 ぎゅっと握ったこぶしを胸に押し当てたところで―――唐突に気が付いた。

 

 これは嫉妬だ。

 そして厄介なことに、もう負けが確定しているのに、救いもないのに・・・シスへの恋心を自覚してしまった。

 自覚と共に無意識に望んでしまったものを、エメは全部持っている。


 シスの愛も、

 隣にいられる地位も、

 彼の子供も―――。


 幼い頃からあらゆる毒に慣らした影響だろう。

 私は子供を産むことが出来ない。

 

 生き残るのに必要だったから、毒を飲んだ事を後悔なんてしていないけれども――――幸せそうに膨らんだお腹を撫でる、エメへの羨望は、無視できるような大きさでは無かった。

 

「・・・もう、いいかな。」

 

 エメがいるのなら、

 シスが孤独でないのなら、

 私が目覚める意味もない、 よね?


 そう考えたら、なんだか楽になった気がした。

 まだシャットダウンには早いのに、急速に体が重くなってきた。まぶたも勝手に閉じていく。肺に残っていた空気を、ゆっくり全部吐ききったら―――何も感じなくなった。


「―――あら?眠ってしまわれたの?・・・・・・・・・もう目覚めなければいいのに。早く退場しなさいよ、モブ猫」






 次に意識が浮上した時、見慣れた天蓋が真っ先に目に入って落胆した。

 どうやら私はまだキャトルらしい。

 

 もうエメの惚気なんて聞きたくない。耐えられない。自覚した恋心で胸が焼かれて、私の中がズタズタになってしまいそうだ。


 溢れ出る涙をぬぐおうと、手を持ち上げたら、しっとり柔らかくて温かいものに包まれた。

 

「兄様!!母様が目を覚ましたよ!!」

 

 至近距離から子供の声がする。ゆっくりそちらへ顔を向ければ、そこには緑色の髪の非常に愛らしい男の子がいた。どうやら彼が私の手を握っているらしい。

 オーブリーと同じ色だなぁ、と癒されかけて、私を覗き込むエメそっくりの暗褐色の瞳にギクリとした。

 

「嘘つくな、ニール。さっき僕が見たときは何の反応も―――っ!サン!シーク!ゴーシュ!ロイク!」

 

 少年の隣から、今度は変声期のかすれた少年の声がして、その子が名前らしきものを叫んだ。

 っていうかそれ、自白剤でラリっている時に、「1、2、3・・・」な私たちの名前を前世ふうに改良するとしたら的な感じで、ふざけてシスに話したことがある気がするのだけど。

 流石に一郎、次郎、三郎・・・だとこの世界ではキラキラネーム扱いになってしまうから、イーチェ()ニール()サン()シーク()ゴーシュ()ロイク()って、それっぽく改変したはず。だとすると、ニール()より年上っぽい12歳くらいの、赤髪に暗褐色の瞳の少年は―――。

 

「どうした?イーチェ兄!」

「なになに?!」

「かあさま、なんでないてるの?!」

「かあしゃまー」


 青、紫、金、ピンクと、派手な頭の子供たちが部屋へ飛び込んできて、わらわらと私を取り囲んだ。


 子供たちは全部で6人。

 この戦隊系配色な髪色と、全員に共通する暗褐色の瞳は記憶に残っている。それも前世の方の記憶に。

 それが正しければ、エメが攻略対象のイケメンたちとこさえた、彼女を母とする子供たちのはずなのだが。

 

「かあしゃまー!」

「かあさま、なかないで」

「母様、どこか痛いのか?!」

「目が!母様の目が開いてる!」

「母様の瞳はきれいな赤だね!」

「ほんとだ。父様と同じ!でも母様の方が濃くて、ピジョンブラッドルビーみたい」


 口々に言いたいことを言い出した子供たちは、それでも全員共通して私を母と呼ぶ。

 混乱の極みで呼吸さえ止めて固まっていたら、開いたままだった扉から見覚えのある白髪が入ってきた。


「キャット!!」

 

 シスだ。

 ぐるりと子供たちの顔が私の周りを取り囲んでいるので頭しか見えないが、彼の声を聴き間違える事なんてない。会いたくて、待ち望んでいたはずなのに、彼はもうエメのものなんだと思うと心臓がギュッと縮んだように痛んだ。

 

「とうしゃま」

「うるさいよ」

「順番だ!」

「母様、目が覚めたばかりなの!」

「騒がないで」

「次は僕の番だから」

 

 まるで示し合わせたかのように、小さい子から順にそう言うと、緑髪の子から私の手を受け取った赤髪の少年が、にっこり笑った。

 

「母様、初めまして。僕はイーチェ。1番上の子だよ。こっちが2番目のニールでね―――」

 

 赤髪のイーチェが、隣の緑髪を指してニール、その隣の青髪をサン、そのまた隣の紫髪をシーク、金髪をゴーシュ、ピンク髪をロイクと、年齢順に紹介してくれた。その順に子供たちが、私の手をリレーの如くバトンタッチしてにぎにぎしていく。

 一番小さいロイクまで手渡されたところで、その小さな体の横から大人の手が現れた。そして私の手首を掴んで幼児から奪いとると、不満げなピンクの頭の上から、シスが覗き込んできた。

 

「シスだよ」

「いや、知ってるし」

 

 状況から察するにあれから随分経っているようなのだが、それにしてはシスが老けていない。下が喋り始め程度の幼児から、上は中学生くらいの少年までそろっていたら、少なくとも10年は経っていないとおかしいのだ。

 しかしシスは、多少・・・いや、だいぶくたびれてはいるが、20代前半な若さである。

 

 反射的に突っ込みを入れたけれども、未だに混乱状態な頭は働いてくれなかった。

 おかしいな。いつもならこの辺りでシャットダウンしてしまうのだけれど。


 視界が暗転するどころか、逆に意識がはっきりしていく事を疑問に思いつつ、皆の手を借りて上半身を起こした。

 甲斐甲斐しく背中を支えたり、ベッドとの間へクッションを差し込んだりしてくれるが、身体の状態的には今すぐにでも走り出せそうなくらい元気である。きっとまた「人形師」のおかげで、最低限の健康は保たれているのだろう。

 実行犯でないから見逃したが、見守るだけで満足。出来ることならシスの部屋の壁になりたいという、無欲な彼女へ報いる方法が、全く思い浮かばない。


 イーチェに差し出された水を飲み干し、久しぶりに自らの意思で水分を補給出来たことに感動していると、シスが握ったままの手首から手を離した。


「キャットは2年も目を覚まさなかったんだよ」


 肩を震わせるシスの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 驚きからか、あんぐりと目を見開いてシスに注目する子供たち。その視線から逃れようと両手で顔を覆うシス――――より衝撃的な事実に気を取られていた私は、自分を取り囲む面々をキョロキョロと見回していた。


 い、今、なんて言った?

 2年しか経っていない?


 どういう事だってばよ?!

 で、しばらく頭の中が埋め尽くされていたが、唐突に、天啓のような感じでゲームの世界設定を思い出した。

 

 ゲームのメインはご落胤なエメが合法的に逆ハーレムを形成することで、世界を救うのはイケメン狩りの手段みたいな扱いだった。現実では、世界を救う方に重きを置いていただきたいところなのだが、しかし!

 罪悪感なくイケメンを侍らせるのを楽しむためなのか、定期的に、ヒロインが産んだ子供たちを活躍させるイベントがあったのですよ。それも人数が多ければ多いほど有利に進むような。

 あ、一応スチルはキスまでで、チョメチョメはすっ飛ばしの朝チュン仕様でした。


 で、そのイベントというのがですね―――。

 

 「女神様お願い!起きてください!」なモーニングコール戦闘なのである。

 

 この世界の大地母神様は、双子の女神様で、交代でこの世界を守っているって設定を覚えているかな?

 交代間際の、起きている方の女神様の力が弱まるのも問題なのだが、実は・・・眠っている方の女神様は起こしに行かないと目覚めてくれない、というのも問題なのである。

 

 エメが「約束の乙女」なのは、この女神様を起こす役目の子供を産む事ができる、唯一の女性だからなのよ。加護持ちの彼女が産んだ子供でないと、女神様が眠る神域へ入ることができないのだ。


 しかも質の悪い事に、女神様は寝起きが最強に悪い!

 完全に目が覚めるまで、戦闘する必要があるのである。

 

 ね、女神様をボコスカ殴っておいて、子供たちは無事に済むの?!って、思うでしょ?

 ここでね、イケメンだけ(・・)で逆ハーレムを作る理由が生きてくるの。

 

 なんと!

 女神様は!

 超面食いなのだ!!

 

 イケメン無罪を勝ち取りに行くわけなんですよ。わかります?

 

 でね、子供が大きくなるまで待ってたら、世界が滅びてしまうでしょ?

 だからね、「約束の乙女(エメ)」とその子供達には、特殊な生態が備わっているのだ。

  

 「約束の乙女」は「産めよ育てよ」な大地母神の教えを象徴するように、非常に子を宿しやすく、その子供は3か月足らずで生まれてくるのである。

 そして子供は、わずか3年で18歳にまで成長する。そこから15年間年を取らず18歳のままな姿を保ち、その後は普通の人と変わらず年相応に老いて行く。

 

 つまり!2年弱かけてほぼノンストップで妊娠出産を繰り返せば!

 イーチェ()(12歳)、ニール()(10歳)、サン()(8歳)、シーク()(6歳)、ゴーシュ()(4歳)、ロイク()(2歳)の異父兄弟が誕生するわけである。

 

 最短コースじゃねぇか、おい。

 しかもこれまた、私が自白剤でラリってる時に語ったやつな!

 ついでにモーニングコール攻略のために、最低限いて欲しい攻略対象の子供たちが揃ってまっせ!

 

 絶対ではないが、子供のスキルは両親のスキルと似た系統のものな事が多い。攻略対象たちが持つスキルは、そう珍しい部類では無いのだが、エメの加護の影響を受けることによって、子供たちは上位に変化したスキルを受け継ぐのである。


 シルヴェストルの好感が、魅了に。

 オーブリーの癒しが、治癒に。

 ギーの俊敏が、神速に。

 セザールの剛腕が、怪力に。

 レオナールの剣豪が、剣聖に。

 リシャールの頑丈が、絶対防御に。


 惑わ(デバフ)して、速攻、防御、拘束して、攻撃のコンボ、合間に回復が、私の「女神様起きて!」の攻略方法だった。


 あー、もう。

 私の出番が全く無くない?

 私が居なくても、大丈夫じゃない?


 そんなやさぐれた気持ちは、次の瞬間に吹き飛んだ。


「かあしゃま、ぼく、といれ」

「えっ?!」

「ロイク!兄様と行こうな!」

「やだやだやだやだやだ!」

「ぼくもトイレ!」

「もう2人で行ってこいよ!」

「「やだやだやだやだやだやだ!!」」

「母様はまだ起きたばかりだから、俺ら6人で行こうぜ!」

「「やだやだやだやだやだやだやだ!!!」」


 甘えたい盛りな幼児たちと、お兄さんぶっているけれども甘えたい気持ちが隠しきれていない少年組。

 身体の成長が早かろうが、学習チートで覚えも早かろうが・・・体格相応の精神年齢な子供たちの相手と、育成と、教育は、自然災害等への対応もこなしつつだったので、1日1日が怒涛のように過ぎていった。


「きゃー!待って待って待って!お願い!待って、ロイク!」

「ゴーシュ・・・剣が得意なのは知っているけれども、危ないからちゃんと身体の大きさに合った物を選びなさい」

「シーク、泣かなくていいの。貴方が故意に壊したのでは無いと、わかっているわ。怪力のスキルは徐々にコントロール出来るようになるから、焦らないで」

「ひいっ!―――サンね!神速のスキルを使って廊下を走るのはダメよ!危ないでしょう!」

「いつもありがとう、ニール。でもこの程度の擦り傷を慌てて治癒しなくても、私は大丈夫よ」

「イーチェ。私に貴方の魅了は効きません。課題を誤魔化そうとするのは止めなさい」


 ニールの治癒スキルで脳が完全回復したとはいえ、子供たち6人を育てるのは、かなりの体力仕事だ。しかも次期王であるエメの子かつ、成長が早いという特異性から、彼らの存在は大っぴらにはできない。だから実質、私とシスの2人だけで、彼らを育てている。

 使用人がいるので、家事までしなくていい事は救いだ。


 母親であるはずのエメは、子供たちに全く興味を示さなかったらしく、私が眠っている間は、ぜーんぶシスが1人でこなしていたらしい。


 シスがくたびれている訳だ。


 そんな余裕のない、子だくさんシングルファーザー状態のシスにも、エメは興味を失ってしまったらしい。王城からやってきた迎えに嬉々として応じ、子供たちを置いて、他の男たちと共に去っていったのだとか。


「彼女は、見目のいい男たちにチヤホヤされてさえいれば満足な、扱いやすい女だったからね。僕が居なくなっても、男が4人も残っているから、楽しく過ごしていると思うよ」


 あっけらかんと言い放つシスの様子を見るに、エメは彼の完全攻略を失敗したようだ。

 娼館育ちのシスの攻略には、肉欲に惑わされない愛の証明が必要となる。なんせ、彼は「純愛(アガペー)のシルヴェストル」ですからね!オンリーワン、または3人以上の逆ハーレム形成後に彼の夜の誘いに応じないと、フェードアウトしてしまうのだ。


 まあ、でもエメの逆ハーレムは後5人もいるから―――ん?


「4人?・・・1人足りなくない?」

「あ、そうそう。オーブリーは実家(神殿)に帰ったよ。約束通りに彼の復讐を果たしてやったし、准神官長の位に就いたから、もういいって」


 え、それ。

 オーブリーのルートで、エメが彼と一緒にやるべき事でっせ。

 

 ちなみに友愛(ストルゲ)のオーブリーは、友情を超えた独占欲を自覚させないと完全攻略できないので、これまたオンリーワン、または3人以上の逆ハーレム形成後に彼とチョメチョメしないと、神殿へ戻ってしまう。

 ゲームでは、父親が誰なのか一目瞭然とするためか、父と子の髪色が同一だった。その法則がそのまま適応されているとすると、1人目のイーチェはシスの子。2人目のニールはオーブリーの子である。

 完全に攻略パターンから外れていますね。

 

 しかしエメ。「産めよ育てよ」な大地母神様の、「育てよ」の部分はどこへ行ったよ?!

 確かにさ、ゲームでも適切な乳母を選んで、時々様子を見に行く程度だったけどさ、それは次期王として王城で政務に携わっていたからでしょ?

 貴女この屋敷内では、男どもを侍らしてイチャコライチャコラしていただけらしいじゃん?

 子供に興味が持てないのに、なんで妊娠するような事をするかな?!

 ゲームの中では次期王だったから義務の1つかもしれないけれども、この屋敷にいる間の貴女は、聖女から生まれただけの普通の女の子だったじゃない!

 

 ひとしきり憤ってから、はっとした。

 「育てよ」の部分はいい。いらないというのだったら、私がしっかり育てて見せる。


 でも、「産めよ」の方は?

 このままだと際限なくエメの子供が増えていくのでは―――っ!!!

 

 ものすごく顔色が悪かったのだろう。

 焦ったシスに問答無用でベッドへ横たえられ、心配事を速攻で吐かされた。

 

「あ、それは大丈夫。話し合いをして、男たちには納得の上で避妊薬を服用してもらっているから」

 

 シス曰く。

 遊愛(ルダス)のセザールと性愛(エロス)のリシャールは、楽しく気持ちがいい事が出来れば満足な人たちなので、子供が欲しいとか、王配になりたいとかが無く、避妊薬に後遺症が無いのなら、逆に面倒が無くていいと受け入れたらしい。

 実愛(プログマ)のレオナールは、計画的な愛を好む質の人なんだけど、どうやら確実に自分の家門の血を引いている子供を王にしたいのだそうな。彼の姉は元王太子妃で、彼女には亡くなった前王太子の、忘れ形見な息子が1人いる。誰の種だか分からない子供を王にするより、姉の子に王位を次いで欲しい、と、取引に応じてくれたってさ。

 狂愛マニアのギーは、簡単に言うとエメのストーカーなのね。ただしイケメンに限る、な行動をする人でね、エメの幸せを最優先にと考えてはいるのだけれども、しっかり独占欲も持ち合わせているものだから、拗らせると監禁される。今は王城でほぼ軟禁状態な事に満足して、率先してエメの男関係を管理しているのだとか。ライバル(逆ハー要員)は少ない方がいいし、子供とはいえエメの興味を奪われたくないと、その辺は厳しいようだ。

 

 エメはチヤホヤされて楽しく生きられたら満足で、今は(・・)子供なんていらないって思ってるみたい。後からいくらでも作れるとか思っているんだろうね。 


「キャットの話を聞いて思ったんだ。エメに加護を与えたのは、今の神様でしょう?じゃあ、交代した次の神様は?その加護を維持してくれると思う?」


 そう言って、シスがうっそりとわらった。

 

 確かに。

 大地母神な双子の姉妹神は、イケメンが大好きだ。そして、本当は自分で選んだ推しに加護を与えたいのだけれども、神様ルール的な制限で、神域外では同性にしか加護を与えられないらしい。その加護を与えられたのが、偶然エメだという事に過ぎない。

 つまり、エメだから(・・・)加護を授かったのではなく、加護を授かったのがエメだっただけ(・・・・・)なのだ。

 エメから加護の欠片を引き継いだ子供たちは、神域へ足を踏み入れ、女神さまをたたき起こす。そしてそこで直接、「寵愛」という、加護よりチートな愛を与えられるのだ。

 で、「エメ(ヒロイン)は倍に増えたイケメン達と幸せに暮らしましたとさ。新しいイケメンルートが解放されるよ☆」と続くのがゲームなんだけど―――。

 

 加護が維持されないのなら、エメの子沢山危機は回避できるだろう。今現在でも、自分の望んだイケメンたちに、知らず管理されているエメが、再び子供を産む確率は低い。妊娠しやすい特性が無くなれば、さらに管理がしやすくなるのだし。

 それに加護が無くなれば、女神の目が彼女から離れる。女神の怒りを怖れる必要もなくなって、彼女自身にそういう薬を盛ることも可能だ。

 でも・・・そうしたら次期国王なエメの子供たちを、欲しがる人が出てくるのでは?


 子沢山危機さえなければエメがどうなろうが知ったこっちゃないが、子供たちを奪われたくはない。そう懸念を口にすれば、シスの顔から表情が消え去った。

 

「あの子たちは、僕の子だよ」

「え?」


 シスが強い口調で言い切った。まるでそれ以外を認めないとでも言うように。

 その気迫にビクリと肩を震わせたら、目元を緩めてはくれたけれども、また硬い意志を表す声音でシスが続けた。

 

「グリベリエ伯爵家の当主な僕自身が認めて、実子として届け出たからね。誰が何と言おうとも覆ることのない、正当なるグリベリエ家の嫡子たちだよ」


 そりゃあ、さぁ。DNA鑑定なんてない世界ですから?

 それっぽいスキルがあるかもしれないけれども、本来実子かどうかを気にする立場な当主様自身が認めちゃったなら、疑う意味もないよね。

 でも、シスは本当にそれでいいのかな?

 私が世界の危機なんて話してしまったばかりに、無理をして背負い込んだりしていない?


 困惑気味にシスを見上げたら、彼は私の頬に手を添わせてふんわりとほほ笑んだ。

 

「血のつながりなんてなくても、家族になれるって言ってくれたのは、キャットだろう?」

 

 確かに言った。

 父親に殺されかける前、歪な家族として微かな幸せを感じながら、異母兄弟たちと過ごしていた時に。


 それは理想論で、私の願望だった。

 

 血がつながっているからと言って、親としてふさわしいとは限らない。

 それを、前世は親に捨てられて今世では命を狙われた私と、親に売られて怖ろしい家へやってきたシスは知っている。

 

「キャットが僕へくれたとおりに、僕から子供たちへ愛を与えたよ」

 

 そんな事は、子供たちに接したここ数日で悟りきっている。

 子供たちはシスが大好きだ。聡い子たちだから、ニール以下の子供たちは、自分がシスの血を引いていないと知っている。それでも何のてらいもなく、みんな自然にシスを父と呼ぶ。

 私が理想とした、欲しかったものがそこにあり、私もまた、その一員として扱われる事が、この上もなく幸福だった。

 

 思わず潤んでしまった私の目元を、シスの指がするり滑っていく。そこから頬、顎をたどり、今度は私の髪をひと房とって、そこへシスが口づけた。

 途端に周囲が甘い空気に満たされて、痛いくらいに胸が高鳴り始める。


 シスにとって、この行動は日常の一幕に過ぎない。ただ息を吸って、吐くのと同じ。何の意味もない行動なのだ。

 それでも胸の高まりは治まらない。


 エメがいなくなったからといって、シスが私を選んでくれるわけではないと、頭の中ではわかっているのに。

 つい、彼に愛される事を期待してしまう。


 子育てを放棄したエメの代わりに、そこに眠っていたちょうどいい年齢の女を、子供たちに母と呼ばせていただけだろうに。

 つい、本当だったならいいな、と期待してしまう。

 

 今日も、子供たちのアレコレや、世界を救うアレコレで忙しかったからだ。

 体の疲れから心が弱まって、さらにシスと2人きりという気を張る必要のない空間にいるせいで、こうも泣きたくなるのだ。

 

 今にも大泣きしてしまいそうで、私はシスから顔をそむけた。


「それと―――僕の子だから、君の子でもあるんだよね」

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・は?」




 え?なに?どゆこと?

 

 血筋的には赤の他人だが、世間的にはシスは私の兄とされている。

 だからざっくり言って「家族」なら理解できるのだけれども、「(キャトル)の子」って・・・私の兄であるシスの子なんだから「甥」が正解でしょ?


 涙が跡形もなく引っ込んだ顔でシスの方を振り返ったら、彼が至極真面目に、常識を説く様にゆっくりと口を開いた。


「あの子たちは僕の子と認知されているんだ。そうすると必然的に君の子になるんだよ」

「・・・ん?」

「あの子たち僕の子。だからが君が産んだことになるの」

「・・・んん?」

「僕の子は、君の子。わかった?」

 

 なんでだよ。わかるわけがないでしょ。

 意味不明な事を繰り返しているのはシスなのに、どうしてそんなかわいそうな子を見る目で見てくるんだよ。

 

 イラッときて睨みつけたら、シスが盛大な溜息をついてから言った。


「だって僕たち夫婦だし」

「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」


 叫びながら飛び起きてベッドへ腰かけていたシスを引き倒して両腕を捻って後ろで拘束してうつ伏せの腰の上に膝で乗ってやった。

 潰されたカエルのような声がしたけど、知らん。

 

 怒りなのか混乱なのか歓喜なのかわからない興奮状態に、フウフウ言いながら気持ちを落ち着けていたら、勝ち誇ったような横顔でシスが自白した。

 

「だって僕がこの家の当主だよ!そして君の後見人でもあるんだ!この国に兄妹の婚姻を禁ずる法もないし!君と僕の婚姻届けを作成するのに必要な資格は、ぜーんぶ僕が持っているんだ!そりゃ使うよね!」

「そこに私の意志は反映されないの?!」

 

 若干、食い気味に抗議すると、シスが不思議そうに眉をひそめた。

 

「え?反映されてるでしょ?だってキャットは僕の事好きなんだし」

「―――――――――っ!!!!!」

 

 いや!そうだけど!そうなんだけど!そうじゃないでしょ?!

 

 なんかもう、何を言っても負けな気がして、私は横へ倒れこんだ。するとちょうど目の前にシスの顔があって、その赤い目が飴玉のように甘くとろけた。

 

「大好き。愛してるよ、キャット。僕の奥さん」

 

 もうこれは、ここまで来たら、本気だと思っていいのではないだろうか。

 日常に溶け込みすぎて重みの無くなった、彼の愛の告白を、本気で捉えてもいいのではないだろうか。

 もしこれが勘違いだったとして、シスにとっては結局何でもない挨拶程度のものだったとしても。


 勝手に夫婦にされているシスの暴挙も、子供が6人もいるという現状も、まるっと許せるというか、どちらかというと望ましく思っている時点で。

 すべてがどうでもよくなって、結局、私が彼を好きだという事を再認識しただけな時点で。

 もう、完全に手遅れな気がする。


 そうは思っても、やはり怖い。

 信用しきれないのは変わらないが、気持ちを返しても悪い方には転がらないかもしれない。

 ダメだったら前世みたく仕事に生きよう!


 結局、予防線を張ってしまった自分に苦笑しつつ、上半身を起こす。

 私はシスの方へ顔を近づけて、覗き込むようにして―――彼にとってはあいさつ程度の、私にとっては心臓が飛び出そうになるくらいのキスをした。

 

「私も大好き。ずっと一緒にいてね、シス」

 

 そうしたら、苦しいくらいの抱擁と、意識が遠のくほどのキスが返ってきた。






 おしまい。

 







 

 

 

 

 ―――――――――『蛇足』


 ラストの夫婦会議を覗き見する暗褐色の瞳が6対。


①~⑥「・・・・・・・・・」

①「・・・母様が目覚めてからの父様さ、なんか気持ち悪くない?」

③「あー。あの脂下がって仕方ない顔な」

⑥「みえにゃいー」

②「わかる。うれしくて仕方ないのは理解できるんだけど、せめて子供の前では隠してほしいよね」

⑤「ほら、こっちこっち」

④「あれで、母様がいないところだと元の氷点下伯爵なんだぜ。どうやって切り替えてんだろ」

①②③「氷点下伯爵www」

⑤「おぉ!かあさま、すっげ!」

⑥「とうしゃま、まけー」

③「ちょっと待て!・・・って、なんだ。ただのお仕置きか」

②「父様相手に一瞬で制圧できるとか、母様(すご)すぎる」

④「母様かっけー!」

①「・・・・・・・・・ね、あと1年したら僕さ、18歳くらいにまで成長するらしいじゃない?」

②③④「うんうん」

①「父様に勝てると思う?」

②「・・・・・・・・・無理かな」

③「・・・・・・・・・無理だな」

④「・・・・・・・・・無理じゃね?」

①「なんで?!僕、父様そっくりでしょ?!顔が同じなら、性格がいい方がよくない?!」

③「自分でそう言うやつは、実は性格悪い説」

④「マザコン拗らせすぎwww」

②「僕たちはすでに子供枠だから余地なし」

⑤「ぼくね、いもうとが、いいな」

⑥「ぼくもー」

③「そうそう、そっちのが健全―――って!子供は見ちゃいけません!」

⑤⑥「もごもご」

④「なんで口を押さえてるのwww」

①「・・・でも、さ、母様は―――」

②「あ、それ?僕、治しちゃったよ」

③④「はあ?!」

①「え?父様に、下手に治すと毒に慣らしたのまでなかった事になるかもしれないから、体内に治癒をかけるなって言われてなかったか?」

②「言われたけど・・・そもそも、そんな状況にならないようにすればいいし、もし万が一、母様が毒を飲んでも、僕が癒しちゃえば大丈夫かなって」

①「なるほど!」

③「天才か!」

④「いい仕事したな!」

⑤「もごもご!!」

③「なに急に暴れてっ!!」

②「どうしっ!!」

④「げっ!」

①「と、父様・・・・・・」

⑤「とうさま、ないてるー」

⑥「ほっぺ、いたい、いたい?」

②「(中断させてごめん!)」

③「(俺らに気付いてるのに続けようとして、殴られたんだな)」

④「(今回は妹ゲットならずか)」

①「(妹・・・)」

 

 

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[良い点]  なかなかハードな設定でしたが、ゲームの世界観、アイディアが面白かったです。  みんなが何気に逞しい!  シス〜、キャットが寝ている間に暗躍(笑)  エメ〜、なんだか憎めないキャラクターで…
[良い点]  めちゃくちゃ面白かったです!!  さすがとしか言えないゲーム世界観の作り込み!すごい。ダークっぽいですが、一人称のテンポの良さで、ふんわり隠されてとても読みやすかったです! 合法逆ハーレ…
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