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『魔王塔、屋上。裏切られた者(4)』


シンルゥの言葉を聞き逃さなかった皇子が、オレと同様の警戒心をあらわにして聞き返す。


「同種の力だと? 洗脳ではなく? では……魅了か?」


皇子はサキュバスであるサキちゃんを見るが、シンルゥが否定する。


「いえ。洗脳とも魅了とも別の力です。それに支配された者も皆、自覚がありません。下手すれば……」


シンルゥがまたオレを見た。


なんだ。


何が言いたい?


わからん。


「……」


シンルゥがジッと見ている。


「……」


オレもジッとしたまま、しかしなんとなく出来の悪い生徒のような気持ちになってしまい……目をそらした。


またシンルゥにため息をつかれた。


地味に傷つくからやめて。


「下手をすれば支配する側にも自覚がありません。皇子様が洗脳された事を自覚されていなくても、不思議な事ではありませんよ」


支配してるヤツが支配した自覚がない?


わけがわからん。いや、そいつがよっぽどのポンコツか? 


ともかく。


洗脳とか支配とかの恐ろしさは充分に理解した。


要するにみんな気を付けましょうって話だろ? 気を付けようがないっぽいけど。


「しかし皇子様は、正気に戻られた。という事はなんらかの理由で魔眼の力から解放されたのでしょう?」

「……やはり、そうか。だがオレの洗脳の事は今はいい」


皇子が息を深く吐く。


「肝心な事は、国の全ては弟が掌握したという事実だ」


正気に返った瞬間、敗北を知るというのもつらい所だが、オレは同情できる立場でもない。


「もはやオレに帰る場所はなくなったというわけか。それでも疑問はまだ残る。聖騎士と聖女も生きて帰れる保証はなかった。まさかあの二人、魔王の息がかかっているという事は?」


ちらりとオレを見る皇子。そこまで万能な存在だったら、オレはここまで困っていない。


「いや、ないない。そもそもあの二人が皇子を裏切った事で、一番ワリを食っているのはオレだぞ?」

「そうか、そうだな……という事は……」

「はい、おそらくは」


シンルゥが会話に割り込んでくる。


「あの二人も皇子同様、無謀な作戦という事を認識していないのでは? 第二皇子からすれば、皇子ともども全員が帰ってこなくとも良いわけですし。皇子を始末して、なお生還できれば生き証人として使える程度の認識なのかと」

「……どちらにしろ、聖騎士も聖女も都合の良い駒にされているというわけだ」


皇子が、ふ、と笑う。


「魔王。せっかく助けもらったこの命だが無駄になりそうだ」

「……あー。なんというか、その」


確かにこの状況は詰んでいる。


皇子が生還したとしても、そこは敵だらけの故郷だ。


なにかしら理由をつけて謀殺される未来しか見えない。


ご愁傷様です、なんて言葉が出てきそうになったが、さすがにそれは失礼すぎる。


「皇子様、お尋ねしますが……」


とっさに言葉尻を濁したところ、シンルゥがフォローに入ってくれる。


出来る女はこれだから頼りになるな。


「お国に確実なお味方はいませんか?」

「そんな者がいればオレはこうしてここにやってきてはいないだろう……いや、待てよ?」


皇子が思い出したように、自分の懐を探る。


そして一通の手紙を取り出した。


「それは?」


オレの問いかけに皇子がその手紙をヒラヒラとさせながら答える。


「オレの派閥に属する司教から持たされたものだ。窮地にあったら開けと言われていた」


司教、ね。


一応、別人の可能性もあるかもしれないので、確認はしておこう。


「その司教っておじいちゃんかい?」

「司教ともなると老齢な者が多いが……少なくともあの年経た司教は、おじいちゃん、などと呼ばれるような生ぬるい存在ではないな」


ほぼ決まりだが、人の話は最後まで聞こう。


もしかしたら人違いかもしれないし。


「何を考えているかわからん所が多く、本人もあえて不審がられる事に頓着していない、いや、むしろ自身から故意に疑われるような素振りをしている気もする。しかもそういった悪ふざけを相手を選ばずにやる。自殺願望でも抱えているのかと勘違いするほど危うい年寄りだ」


皇子が色々と思い出しながら語ってくれた。


とてもイヤ顔になっている。


間違いなくウチの老司教だ。


むしろ、あんなのが他にもゴロゴロしてなくてよかったよ。


「オレはあの老司教は昔から怪しいと思っていたのだが……さて、一体何が書いてあるのやら」


皇子が手紙を開き、その中の文章を一瞥して。


大きなため息をついた。


「どうやらオレの予感は正しかったようだな。あの老司教……貴様の手下か?」

「ん? んー……?」


これ、どう答えるべきなんだ?


あの手紙には何と書いてあった?


それ次第ではこちらの返答も変わってくるのだが。


「ふん。これを読んでも、とぼけられるか?」


皇子がオレに手紙を差し出した。


もはや警戒している素振りもない。


この状況、どれほど抵抗した所で勝ち目はないという諦めかもしれないが。


「では拝見。えー『今、貴方様の前に立つ御方こそ、真のお味方となるでしょう』と」


実にシンプル。


それでいて、皇子がもし老司教を信用しておらず、出発前に開封していたとしても相手の名前も素性も書かれていない為、誰を指し示しているかはわからない。


ちゃんとリスクも考えられている内容だ。


胡散臭い言動が多いわりに、こういった所はシッカリしてるんだな。


「つまり、最初から裏切り者だった老司教だけが全てを見通していたわけか。そして今のオレの唯一の味方でもあるわけだ」

「……なるほど?」

「とぼけるな。兄貴……聖騎士たちの裏切りを予想していなかったと言ったな? 実際はあの二人の裏切りも含めての差配ではないか? その手紙が全てを物語っている」


確かに皇子からしたら、この手紙は老司教が全て見通した上で渡したように見える。


問題はオレに対して、そういった事前の説明されていないだけの話だ。


シンルゥを見ると、表面上は笑顔だが、アレはとびきり機嫌が悪い時の笑顔だ。


どうやら彼女にも色々と知らされていない事があるらしい。


サキちゃんをはじめとした魔族組は、ふーん? みたいな顔だ。


老司教とはあんまり接点がないからね。


人間の国に潜り込ませている人間種族の味方、それも間諜程度の認識だ。


自分たちにはあまり関係のない面倒くさい話、みたいな顔をしていた。ちょっと腹立つ。


妖精だけが『おじいちゃん、相変わらず好き勝手やってるわねー』と呑気に構えている。


妖精には色々と良くしてくれているので、悪い事をするはずがないと信用しているらしい。


ちなみにオレも仕事面では信用はしているが、友人としての信頼ははない。


仕事は有能でキッチリやる同僚だけど、友人としての付き合いは遠慮したい変わり者っているじゃん? あんな感じだ。


「いや、司教の事など今さらどうでもいい。では魔王。改めて問いたい」

「ん?」

「貴様の配下である老司教がお前を真の味方と言った。裏切られ、死んだも同然のオレに味方してくれる、その理由は? 何かを望んでいるのか? ……いや、何でもかまわん、オレに残されたものは全て差し出そう。その見返りに何をしてくれる?」


皇子が真剣な顔で、オレに問いかけた。


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