『魔王塔、屋上。裏切られた者』
「目が覚めたか……何もかも失った哀れな男よ」
などと、即興で考えたにしては悪くない出だしでオレは皇子に語りかける。
オレはあおむけで横になっている皇子に対し、ほぼ背中を向けつつも、顔だけをそちらに向けているというポジションをとっている。
『最初から何もかも計算通りだった知的でクールな魔王』をイメージしているポーズだ。
多少、演技じみた感はあるが、さきほどセリフを噛んでしまったという点を加味すると、これくらいで丁度いいはずだ。
このポージングはシンルゥからのアドバイスだ。
さらに言うと皇子から見ればオレの顔が逆光となり、影を帯びたように見えるよう調整している。
皇子から見れば、さぞ雰囲気満点だろう。
シンルゥ、恐ろしい子。
「……き、貴様……魔王! ぐっ……」
オレを見るなり立ち上がろうとする皇子だが、体に力が入らないのか苦痛に顔をゆがめる。
「全て見ていたぞ。実にくだらんな、人間というものは。敵地で裏切りとはな」
オレは直接見てないけど、細かい事情を話す必要もない。
そういう事にしておけば、皇子からするとそうなってしまうのだ。
悔し気に顔をゆがめる皇子が、オレをにらみつける。
「……貴様ら、力と恐怖に生きる魔族に、我ら人間の何がわかる!?」
「魔族に対する偏見か? それとも君の知る世界が狭いのか? 少なくとも、今、私の周りにいる彼らは私を裏切った事のない協力者であり、今後も友誼を深めたい友人と思っているがね?」
「協力者?」
すると、オレの陰に隠れるように顔を隠していたシンルゥが皇子の前にあらわれる。
「お、お前は……!」
「こうして再会できるとは思いませんでしたわ、皇子様」
皇子と行動を共にしていた時とは違い、革鎧を脱いだ普段着のシンルゥは見た目だけは可愛らしく、美人な女性である。
「……まさか、シンルゥ……お前は魔王の仲間だったのか!」
ここだ。
ここで魔王にふわさしいドヤ顔を決めて、皇子に絶望感を味合わせる!
「そのとお」
「いいえ」
表情筋を駆使して慣れないドヤ顔をしたオレが『その通り』と声をあげるのをさえぎって、シンルゥが否定する。
「え?」
「え?」
オレと皇子の声がハモった。
どういう事だ?
という表情までカブる。
「私が自爆覚悟で暴発させた魔道具ですが、彼らにはまったく通じる事なく……ただ私だけが死に瀕しました」
「跡形すらない爆発だった。死んだと思ったが……」
皇子の返答に、オレの爆破偽装はうまくいっていたと知る。
「死んだと思ったのなら成功なんだが……」
しかしオレが疑問を浮かべてボソボソ言っていると、すすっと近寄ってきたシンルゥがヒジでつっつき『私におまかせを。ツッチー様はうなずいていて下さい』と、いつもの笑顔で言われた。
ビビったオレは、はい、と返事をする。
「そして私と相討ちになったはずのリッチや、皇子たちが撃退した吸血鬼ですが……あちらに」
一応、皇子を驚かせないように死角に隠れていた二人にも声をかける。
「……おや、我々の話ですか」
「ふむ。人間とはいえ王族相手に歓待の準備もないというのは私とした事が粗相をしたな。メイドも帰らせてしまってね。無作法、勘弁願いたい」
呼ばれると思っていなかった二人が、え、いいんですか魔王様? という雰囲気で進み出てくる。
いや、オレにもわからんが。
「リッチ! 吸血鬼!」
そりゃびっくりするよね。
「無傷だと? シンルゥ、これは一体? 説明を求める!」
「我々は最初から遊ばれていたんですよ。この島に上陸した瞬間から、すべての言動を監視されていました」
「……そんな気配などなかったぞ。お前も気づかない程の手練れがいるとでも?」
「ええ。皇子様。ちなみにご自分の今の状態、まだお気づきではありませんか?」
シンルゥが意地の悪い顔になる。
「なに?」
「そちらの彼女の持つ高度な魔術により、私たちは一挙手一投足、全て筒抜けだったそうです」
皇子が体の痛みに気を取られていて、自分の体がどういう状態かを正確に把握していなかった。
あらためて、周囲をみまわそうとして首を回すと、自分がやわらかいものに頭をのせていた事にようやく気付いた。
「ひゃん!」
その不意な動きに、くすぐられたような声をあげるサキちゃん。
「な、なんだ、どうして、こんな?」
ようやく自分が少女とも言える年頃の女性に膝枕をされていると知る。
しかもその少女は人間ではなく……その露出の高い衣装からもわかるようにサキュバスだった。
「く、サキュバス! そうか……貴様、オレに幻術をかけたか!?」
「ひゃ、あの、あばれないで……ひゃ!」
いまだにうまく体に力の入らない皇子が、サキちゃんの膝枕の上で頭をゴロゴログリグリしている。
サキちゃんが実に嬉しそうである。
……認めたくないものだな、イケメンがラッキースケベしても罪にならないのは、アッチの世界もコッチの世界も変わらないという事を。
「そうか、兄貴や聖女の裏切りは幻惑か! 薄汚いサキュバスめ! 離れろ!」
「きゃん、あん! ああん!」
さらに激しくモゾモゾされた上、口汚くののしられたサキちゃんが悲しい顔を……する事なく喜んでいた。
嬉しそうでなによりです。
だが皇子、お前の考えている事は違う。
シンルゥが呆れたような、それでいて諭すように皇子語る。
「ご自分でもおわかりでしょう? 確かに人間の冒険者がサキュバスに対してまず警戒するべきは幻術による同士討ちですが……足の傷、顔の腐食。死に瀕していた皇子を助けたのは……」
「うるさい、そんなはずが!」
「皇子。貴方は私同様、こちらの魔王ツッチー様に命を救われたんですよ」
「……そんなはずがあるか! ありえるか! 魔人が人を助けるなど! そもそもオレはそこの魔人を討伐すべくやってきた敵だぞ!?」
皇子の言いたいことはわかる。
敵を倒したと思ったら仲間に裏切られ、死にそうになっていたところを倒したと思っていた敵が実は生きていて、命を助けられたなんて信じられないだろう。
「何度でも申し上げましょう。我々は敵とすら認識されていなかったんですよ。全て、魔王様の筋書き通りに進んでいました。最後の最後、皇子が裏切られるという事以外は計算通りだったんです」
「……裏切り……兄貴が……本当にオレを……」
「聖騎士と聖女の一連の行動、いえ、裏切りに関して心当たりはございませんか? もしそれが魔王様の望む情報であれば、のちのち協力していただけるかもしれませんよ?」
唐突にシンルゥが小声で『今です』と言ってくる。
……は? 何が今なの?




