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『皇子、独白:裏切りの予兆から目を背けた果て』


「――だがオレは貴様の手にかかっては逝かん! さらばだ!」


今、目の前で、この島を支配する魔人が塔から身を投げた。


オレはすぐに駆け寄り下をのぞきこむが、すでにその姿を認める事ができない。


塔の周囲は高い木々がおいしげる深い森だ。


例え塔から降りて死体を確認しようにも難しいだろう。


それにここに来る途中、何度もスケルトンに襲われている。


魔王がいなくなったとしても、長居して良い場所ではない。


できれば確実な死を見届けたいところだが、それは消耗したこの状態で、再びどこから沸くともしれないスケルトンと戦うという事だ。


とても現実的じゃない。


そもそも魔人は負けを悟っての自死だ。


そんな状態でこんな高所から飛び降りて助かるとは思えない。


つまり。


「勝った、のか?」


……いや、勝ったのだろう。


だが直接、魔王をこの剣で斬ったわけではなく、不用心にさらけ出されていた弱点の像を破壊して得た結果の勝利だからだろうか。


本当に魔人を倒したのだ、という感覚がない。


どこか現実味のない勝利を疑いかけるものの、ここまで来られたのはシンルゥという犠牲があっての事。


あの像が魔王にとっての生命線である事がわからなければ、我々は敗れていただろう。


事実、オレの剣はもとより、聖騎士と呼ばれるほどの腕を持つ兄貴の剣すら、一度として魔王に届くことは無かったのだから。


オレは覗き込んでいた塔の外から視線を戻し、二人の仲間へ振り返る。


「バラン、魔王は? 何か見えたか?」

「いや、さすがに視認できないが……この高さで生きているとは思えない」

「確信が持てないというのは落ち着かん……しかし塔を降りて探しまわるというのも無理だろう」


兄貴も同様の考えを持っていた。


それに朝早くに乗り込んできたものの、すでに太陽は中空を過ぎ、やや傾きかけている。


乗ってきた小型の魔導船の番をして待っている騎士たちも、オレ達の安否が気がかりで仕方ないだろう。


彼らはオレ達が戻るまで、決してあの場から離れる事を許されない。


例えオレ達が返り討ちにされて、戻ってくる事がないとしても死ぬまであそこで待ち続ける、それが任務だ。


「聖女はどう思う? 魔王の死体を探すために、スケルトンどもをけん制できるような術はあるか?」

「……やれ、と言われれば。ですが正直、私の体力や魔力の残りを考えるのであれば、突発的な事には対処できません……」


スケルトンよりも強い者が出てこない可能性もない。


四階で出会った吸血鬼だって、消滅したわけではないだろう。


主人を倒されたと知れば、無理をしてでも仇を取りに来るかもしれない。


「そうか……兄貴はどう思う? 確認するべきか?」

「そう、だな。難しい判断だと思うが、この島に来た最大の目的を考えれば……」


腕を組みつつ、悩みながらオレの方にやってくる兄貴が、ふと目を細める。


背後の聖女を気にしているかのように。


「バラン、耳を貸せ。聖女の事なんだが……」

「なんだ?」


オレだけに聞こえるような小声で兄貴が話し出す。


オレが耳をかたむけた瞬間。


「……うぐっ!」


右足のヒザに激痛が走る。


見れば深々と突き刺さるナイフがあり……それを握っていたのは兄貴だった。


「な? な? 兄、貴?」


理解が追い付かない。


オレはただただ目を見開いたまま、兄貴を見る。


「バラン。お前は……いや、ここまで来て話す事もない、か」


しかし兄貴がオレに何かを語る事もなく、興味をなくしたように視線をそらした。


その際、オレのヒザを貫いていたナイフを強引に引き抜き、再びオレを激痛が襲う。


「ぐあ!」


ヒザを突き、そのまま倒れ込んだオレの横に兄貴がそのナイフを転がす。


聖女がそれを見て駆け寄ってきた。


治療を、と思ったもつかの間。


聖女の視線はオレではなく、兄貴へ向けられていた。


「聖騎士様」

「なんだ?」

「先に私が皇子に触れる段取りでしたでしょう? その後、心臓を一撃、もしくは首を刈る、というお話では?」

「……せめて自決する権利を与えてもいいだろう。王族の、それも第一皇子だ。それと貴様の手は不要だ。やった、と報告すればいい」


兄貴の視線はオレの横で転がっているナイフを見ている。


自決しろ、という事なのか?


だがなぜ? なぜこんなことを?


という疑問でオレの頭は渦巻き、ただ少しでも理解しようと二人の会話に耳を立てる。


「不意を討たれる、というのは王族にふさわしくないと?」


聖女がおかしそうに笑い、兄貴がうなずいた。


「どの口でおっしゃるのやら。今まさに不意を討った……言うなれば裏切り者は、聖騎士様ご自身でしょうに」

「だからこそ血族たるオレが手を下したのだ。貴様のような下賤に何がわかる? 口の利き方に気を付けろ、この場で無礼討ちにしてもかまわんぞ?」


鋭い視線の中に殺意を感じたのか聖女がわずかにおびえつつも、強気な態度は崩さず口を開く。


「このまま自決されなかったら? もし生き延びてしまったら? 私は教会からのお目付け役でもあります。このままバランタイン皇子を放置して帰還して、万一にも生還する可能性を残す事を見逃せません。それに私の手を使えと厳命されています。少しでも苦しませよ、と、次代の王の勅命ですよ?」

「……早くしろ」

「では」


聖女がオレに近寄り、ヒジまである白い手袋に指をかけ。


聖女は、ふと思い出したように。


「そういえば皇子。この島に着いた時、船から降りる時に手を貸してくださいましたね」

「……それが、ぐっ、どうした……?」


確かにそんな記憶はあるが。


「その時、こうもおっしゃてましたね。香水が強いのでは、と」


そう言った覚えもにある。戦場において、緊張感が足りないのではないかと遠回しに諭した。


だが……それがどうした?


こんな状況で、聖女は何を言っている?


「こういう事です」

「……なっ? なんだ、それはっ!?」


聖女が白い手袋を脱ぎ去った。


その下からあらわれたのは、手弱女の白い手ではなく。


腐り、膿み、赤と黄色の血脂がしたたる、異臭を放つ腕だった。


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