『魔王塔、エピローグ(?)』
ついさっきまで激闘の演技を繰り広げていた屋上フロアに戻ると、一人の青年が倒れている。
「あそこで倒れているのが皇子か!」
「そうよ、ツッチー、急いで!」
今回の計画は皇子に魔王討伐という花を持たせ、その功績をもって王となってもらい、それを老司教が傀儡化してこの島に安寧を、というプロジェクトだ。
事情の把握よりも、とにかく皇子の命が最優先。
彼の生還という条件が崩れれば計画は破綻する。
まずは皇子の命を助け、それから何が起こっているのかを詳しく聞きたい。
「うう……ぐぅ……」
オレはうつ伏せに倒れ、背中を見せて苦しむ皇子の元に駆け寄ると、エリクサー霧吹きを取り出してケガの位置を把握する。
特に血まみれになっていたのは二か所。
うつ伏せに倒れている皇子のスボンの右ヒザ裏から大量の血がにじんでいる。
「出血量、やばくないか、これ!?」
などと言っている間にも、皇子がもらすうめき声が小さくなっていく。
やばいやばいやばい。
今も血の溢れる場所にエリクサーを吹きかけると、赤いにじみがピタリと止まる。
エリクサーってこんなスゴいのか。
そりゃ、あのジイさんが目の色を変えるのも納得だ。
治癒するにしたがって痛みがひいてきたのか、はたまた痛みすらも消し去っていくのか、うつ伏せで顔は見えないが、苦し気だったな呼吸が落ち着いてきている。
「すごいなエリクサー。失った血すら取り戻してるんじゃないのか」
塗って良し、飲んで良し、みたいな?
とにかく摂取すれば効果が出るらしいが、適切な処理をすればさらに良いという事かな。
というわけで傷口には塗り込んだわけだが、シンルゥいわく聖女に腐食毒を食らったとかなんとか。
どういう事だろうと顔色を見るべく、うつぶせだった体をひっくり返そうとすると、そのシンルゥからストップがかかる。
「魔王様。一応の御覚悟を」
「なにが?」
「腐食毒により皇子の顔は、ずいぶんと酷いことになっていますので」
「……そうなのか?」
すでに苦し気な息遣いはおさまっているようだが。
オレは覚悟を決めて皇子の体を仰向けにした。
途端。
「うおっ、うえっ、なんだよコレ!?」
オレはまさしく目をそらした。
予想よりもはるかにひどい。
皇子の顔、その左半分の皮膚がただれるように溶けていた。
まぶたがなくなっており、眼球はむき出しとなっている。
くちびるもただれ落ち、歯茎は露出し、歯も何本か抜け落ちていた。
顔から流れ落ちる血には、黄色の膿のようなものが多量に混じり、首までベッタリと濡れて異臭を放っていた。
「うっ……こ、これ、生きてるのか……?」
「腐食毒です。派手に見えても腐食しているのは表層だけですので今は命に別状はありません。ですが進行していけば食事も摂れなくなり餓死する事でしょう。もっとも、その前に自分の顔が腐っていくという現実に正気を失ってしまうでしょうけれど」
淡々と解説するシンルゥ。
「お手持ちのエリクサーであれば、すぐに完治します」
「お、おう、そうか、そうだな」
あまりにショッキングだったので、エクリクサーの霧吹きを握りしめたまま、硬直してしまった。
「あら? すぐに治療されるんですか? 気が付いてから治療と引き換えに取引をした方がよいのでは?」
「……シンルゥの言う事も一つの手ではあると思うけど……さすがにそれはちょっとなぁ」
「そうですか。確かに脅迫まがいの取引より、先に恩を売っての取引の方が長期的には良いかもしれませんね」
いや、そこまで考えていたわけじゃなくて、こんな特殊メイクも裸足で逃げ出すようなホラー顔した皇子と、まともにお話できるほどの度胸がオレにはないよって話。
というわけで皇子の顔にシュッシュッする。
途端に皮膚が再生というか、むしろ逆再生するようにして、アッという間に完治した。
しばらく待ってみても症状がぶり返す様子もなく、毒消しすらも兼ねているらしい。
「ぐ……うぅ……」
文字通り、イケメン復活。
しかしまだ意識を取り戻さない。
事態を少しでも早く把握するため、無理やり起こすべきだろうか?
もしくは多少なりとも疲労を回復すべく、柔らかい所に寝かせるべきか?
例えば……誰かに膝枕をしてもらって、起きるのを待つとか。
オレはチラリと女性陣を見る。
シンルゥ。
見た目は美人。見た目だけは美人。見た目だけなら完璧美人。
サキちゃん。
見た目は美少女。中身も美少女。
妖精。
かわいい。だけどサイズ的に無理。
「うーん……シンルゥさ。皇子が起きるまで膝枕とかしてあげられない?」
「は? ……ああ、なるほど」
ちょっと考え込むシンルゥ。
考える余地があるのか。
即座に断られると思っていたが。
「目が覚めた時の皇子の顔が面白そうと思いましたが、やはり嫌悪感が勝りました。ですが、ご命令とあればもちろん」
「あー、いやいや、無理してまでしなくていいから。あとが怖いし」
「ふふ、左様ですか?」
オレは次にチラッとサキちゃんの様子を見る。
おや、サキちゃんは声をかけられるのを待っているようだった。
というか露骨にソワソワしている。
すごい乗り気だが、なんでだ?
……あ。そうか。
確か森かどこかで後ろをついて監視していた時に、皇子がちょっとタイプとか言っていた気がする。
シンルゥもそれに気づいて、遠回しに断ったとか?
「サキちゃん。もしよければ……」
「も、も、もちろん魔王様のご命令とあらば!」
「ふふ。けど、ご命令ではないみたいよ?」
膝枕を譲ったシンルゥが笑顔でサキちゃんにちょっかいをかけている。
優しいんだか、意地悪なんだか。
「じゃ、サキちゃん。悪いけど皇子を膝枕してあげて」
「は、はい! 僭越ながら!」
サキちゃんが座り込み、そのふとももに皇子の頭を乗せた。
やっぱり土の床が痛いのか、サキちゃんがうまいことポジショニングしようと足の位置を調整している。
「……これでどう?」
「あ、柔らかい……ありがとうございます、魔王さま!」
オレはサキちゃんの座り込んだ床の部分だけ、沈み込まない程度に少し柔らかくする。
最初から皇子が寝転がっていた部分を柔らかくすればいいじゃん、という話だがそれだと絵的にオレ達が皇子を積極的に助けたんですよーという意思が伝わりにくい。
下手すれば皇子は自分の背中の床が柔らかい事に気づかない可能性だってある。
しかし女性陣に膝枕をしてもらえば、自分は敵に介抱されている、という現実を確実に伝えられる。
それが見知らぬ美少女であれば、誤解も勘違いもあり得ない。
さぁ、いつでもいい。
目覚めよ皇子よ!
さすがに美女や美少女のキスまでは用意してやらんがな!
と心の中で考えつつも、しかし皇子が目覚める様子はない。
むしろ苦しみが消えたためか、スヤスヤと健やかな寝息を立て始めてしまった。
ま、疲れてるだろうしね?
けど、こっちにも都合があるんだが。
「むむ、どうしよう」
「……殿方たちの対応というのは、どうにもまだるっこしいですわね」
シンルゥが呟き、寝入っている皇子の横っ面を思いっきりビンタした。
ちなみにさきほどまで腐りかけてえらい事になっていた方である。
色々な意味で躊躇がない。
「お、おいおいおい?」
「お寝坊さんですわね?」
止める間もなく、二発目と三発目のいい音が響く。
血行ではない赤みが皇子の頬に走り出す。
「シンルゥ、それやりすぎ、やりすぎ!」
「あら? お目覚めのようですよ? 第一声はどうされますか?」
オレがシンルゥを止めようとすると同時に、皇子が身じろぎする。
スッとシンルゥが身を引いて、オレを皇子の方へといざなう。
「第一声? あ、どうしようか?」
「今の皇子は兄同然の仲間にさえ裏切られた哀れな男。少し優しくすれば簡単に堕ちるのでは?」
シンルゥが笑う。
そうかもしれない。
弱みに付け込む。
なんて魔王らしいムーヴだろう。採用だ。
「よし、それで行こう」
「ふふふ。うまく行くといいですわね?」
こうして事態は予想だにしない方向へと進んでいったのである。




