『魔王塔、四階。黒衣の死神(6)』
妖精がここぞとばかりに自分をアピールする。
「あれだけ弱っているならきっと効果があるわ! 覚悟しなさい、黒衣の死神!」
そして妖精が呪文を唱え、生み出される聖なる光!
「光明!」
それを聞き、え? 光明? みたいな空気が皇子たちの中に流れたが、すぐさま絶叫がこだまする。
「ギャャャアアアアアア!!!」
これまで斬られようが魔法を受けようが、決して悲鳴などあげなかったキューさんが、ノドも裂けるような声で苦しみだしたのだ。
「お、おのれ、まさかまさか、聖なる光を放つ妖精だったとわァ!」
若干語尾が演技過剰な気もするが、光明の術の違和感をごまかすにはそれぐらいの丁度いいのかもしれない。
「ふふふ、いいだろう。この場は諸君の勝ちとしようではないか……しかし、この上には我が主である魔王様がいらっしゃる……『獄土の王』たるツッチー様だ! 部下のミスなど笑って許してくださる、素晴らしい主様がなぁぁぁあああ!!!!」
と、言い放つと、無数のコウモリとなって霧散した。
いちいちコッチを見ながら、遠回しにヨイショとゴメンナサイをするのをやめろ。
「や、やったのか」
「力を失った吸血鬼は、霧やコウモリに変化して逃げ去るというからな……おそらくはすぐに復活する事はないだろう」
「神の御業です……ッ」
三者が感動に打ち震えている中、オレは床を操り、メイドさんとワインやグラスの載っているカートを階下へと送る。
非戦闘員とはいえ、万が一にも皇子たちに攻撃させるわけにはいかない。
激しい戦闘だったという事もあり、姿を消したメイドさんには気づかないのか気に掛ける余裕もないのか、皇子たちは勝利の女神となった妖精を讃えていた。
「ありがとう。君こそ勇者だ。小さき勇者に感謝を」
皇子が深々と礼をすると、聖騎士が首を振る。
「一国の皇子たる者が、妖精を相手に頭を下げるのは感心しないな」
「兄貴。これは相手が誰であろうと……」
「違うんだよ、こうするんだ」
聖騎士の妖精の前に片膝をつき、そっと手のひらを捧げる。
「あ、これって……」
妖精が何かを思い出したようにして、その手のひらにのっかる。
「麗しき小さな淑女との出会いに感謝を。願わくばこれより共に歩み、世界を救う光を求め給え」
えらく時代がかったセリフだったが、妖精が感極まった様子になっている。
オレが疑問に思っていると、シンルゥが解説してくれた。
「大昔に活躍した妖精使いの英雄がその妖精に初めて出会い、助けられた時に述べた感謝の言葉ですね」
「ほー。世界を救う光ってのは?」
「その頃は人間と魔族が争っていた時代ですからね。魔族に対抗できうるだけの、武具や術式などを総じて光や希望と呼んでいました」
「なるほどね」
なんにせよキザな野郎だ。
大昔の妖精使いとやらもそうだし、そんな歯が浮くようなセリフを平然と口にする聖騎士も。
ま、妖精が喜んでいるから良しとしよう。
「それで……そちらの妖精は、この後も協力をしてくれるのですか?」
聖女が聖騎士の手のひらの上でくるくる踊っている妖精を見て確認している。
彼女だけはどうにも冷静な感じだ。
ヒーラーとしての役割を奪われたから? いやそんな事を気にする余裕もないと思うが。
「ううん。悪いけどアタシはここまで。魔力も切り札も使い切っちゃったし、飛んでるだけでもちょっとキツいから」
「そうか。いや充分だ。ありがとう、妖精よ」
皇子は残念がると同時に、改めて礼を言った。
「確かに回復手段が増えるってのはありがたいが、今の吸血鬼を相手に無理してくれたのだろう? ありがとう、小さき淑女よ。感謝する」
「ありがとうございました」
聖騎士も素直に礼をいい、聖女も頭を下げる。
「ううん。ごめんね……この上にはすごく強い魔人がいるけど……がんばってね!」
床に座り込み手をふる妖精に見送られて、三人はキューさんが座っていた椅子を横目に通り過ぎ、上に続く階段へと足をかけた。
「サキちゃん、よろしく」
「はい」
そして、サキちゃんがあらためて隠形の術を妖精にかける。
「お疲れ様。いい演技だったよ」
オレはまず褒めた。
実際、キューさんのミスをうまい事カバーしてくれた。
オレの声に振り返り、妖精が飛んでくる。
「あ、ツッチー! うふふ、どうだった、どうだった? アタシ、うまくやれてた!?」
「ああ、素晴らしかった。完璧だよ」
「うふふ、うふふふ!」
シンルゥやサキちゃん、スケさんもそれぞれ妖精を褒めている。
「さて……サキちゃん。あっちにも」
「あ、はい」
皇子たちがいなくなったの確認して、コウモリが集結してくる。
そこには戻ってきた黒衣の死神の姿があった。
先ほど皇子たちと対峙していた時のような威風はなく、ちょっとしょんぼりしている。
サキちゃんの隠形の術を受けて、互いに認識できるようになった瞬間。
「主殿。我が偉大なる魔王様。孤島の王たるツッチー様。話せばわかるかと」
「問答無用」
と返すと、ガックリとうなだれるキューさん。
「冗談だよ、キューさん。ありがとう、よくやってくれた。ま、今度はオレの理想とする真のやられ役ってのを見せてあげるさ」
「はっ。後学のために、しかと目に焼き付ける所存です」
オレはキューさんに向かって、自信まんまんの顔で言い放つ。
オレの記憶には、多くの名作の記憶が残っている。
自分の名前やどんな過去だったかという、個人の記憶はクソ女神に消されてしまったが、他の記憶は色々と残っているのだ。
そんな中でも、個人的に最も好きな悪役の最期を模倣させていただくつもりだ。
むしろ、その為だけに塔というロケーションを選んだと言っても過言じゃない。
魅せてやるさ、真の悪役の最期ってのを!




