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『魔王塔、四階。黒衣の死神(5)』


オレのジェスチャーを見て、キューさんがコクコクと首肯する。


冷酷な魔王様に恐怖しているというより、雇用主であるオレに解雇される事を恐怖しているのだ。


というのもオレの島から追い出されると、諸事情あるキューさんは衣食住に困ってしまう。


かつて領主が港町に吸血鬼が現れてうんぬんという話を聞いたことがある。


その吸血鬼こそ、実はこのキューさんの事だ。


領主曰く、キューさんは路地裏の日陰で行き倒れていたという。


どうしてそうなったかというと、キューさんはそれまで美酒と美女を求めて世界各地を巡っており、今回たまたまたどりついた港町でしばらく過ごそうとしていたらしい。


残念ながら、港町には求めるような美酒はなかった。


だが、あの港街には甘味屋がある。


しかも異常なまでの店舗数と品そろえを誇る。


世界を遊楽していたキューさんですら見た事のない甘味の数々。


酒の供に良いかと興味本位でいくつか買い求め、手慰みにつまんでいた所でドハマリしたらしい。


牙さえ見せなければ見た目は人間なので、旅のお大尽を装い、それから甘味三昧の日々を送っていたそうだ。


その結果。




――血を吸う牙が虫歯になってしまった。




牙に何かが触れるだけで激痛が走り、もはや牙を立てて血を吸うどころではない。


港町に来て早々から甘味にハマっており、ずいぶんと血を吸っていなかった。


しかし今や虫食いだらけの牙では、血を吸う事ができない。


腹の飢えは牙が触れても傷まない、柔らかい食感の甘味でしのいでいたらしい。


だが血を吸う事で魔力を摂取していた吸血鬼は、ついにその身の魔力を枯渇させた。


結果、路地裏で行き倒れ、魔力的に飢え死に寸前だったところを、たまたま領主と甘味巡りをしていたシンルゥが見つけたそうだ。


領主はともかく、シンルゥはすぐにキューさんが吸血鬼とわかったらしい。


気絶しているキューさんを厳重に拘束し、隠密裏に領主の屋敷に運び込んだという。


そして当時スタッフを探しに奔走しているディードリッヒにすぐに知らせ、色々と聴取(面接とも言う)をした後、従業員として雇われないか、と話を振ったらしい。


ディードリッヒと領主が提示した報酬は、港町とオレの島にそれぞれ家を建てる。


島の警護を兼ねれば、どちらの家賃も無し。


さらに一定額の報酬が支払われ、その額は、毎日、酒と菓子を買っても足りるほど。


欠乏する魔力に関しても、この島の果実を食べ放題という条件で簡単に満たす事ができた。


逆にこの島の果実でもなければ、牙を失った吸血鬼が生きてはいけないと本人は思っていたようだが、さすがに吸血鬼としてどうなんだろうと不憫に思い、オレは追加の報酬としてエリクサーを渡した。


当然、島と港町の人間の血は吸ってはいけないという条件はつけてあるが、それでも本人は喜び踊った。


すぐに虫歯だった歯が生え代わる。


そしてキューさんはオレに改めて約束をする。


人の血はもう吸わない。


吸う必要もない。


甘味と美酒。


それだけで人生は満ち足りると知ったのだから、といい顔で語ってくれた。


完全に砂糖中毒だ。


そしてそんな生活はオレの元でしかできない事であり、オレの機嫌を損ねるという事は、解雇の危機を招き、すなわち絶望に至る。


だからキューさんも、ミスを挽回しようと必死なわけだ。


さて。


そんな気の抜けたこちらの事情など知るはずもない皇子たちはというと。


「しかし、バランよ、どうする? 何かもかも通じない相手だ」

「何か、何か手があるはずだ……ッ」


回復したはいいが、手立てがない。


聖騎士の言う通り、全力で挑んでいた皇子たちを片手であしらうかのごとき余裕さで対処していたキューさん。


砂糖に人生を狂わせたと言えど、強さでいえば文句なし。


逆にあまりに力加減がヘタだったため、今更、急に苦戦を演じるというのは違和感がすごいだろう。


しかしこのままでは、皇子達がまたやられてしまう。


オレもこの後、どうしたものだろうかと見守っていると。


「……」

「……」


黒衣の死神の鋭い視線、もとい、すがるような視線が突き刺さってくる。


妖精もコッチを見ている。


いやいや二人して、皇子の背後に視線を向けていたら、いくら透明化としているとはいえ不審に思われるぞ。


そもそも、どうしろと。


さすがに手加減が下手すぎるというのは、ディードリッヒが脚本を作成する時に予想したであろうトラブルの中にも入っていなかったんじゃないかな。


「あ、そうよ!」


すると、何かを思いついた妖精がポンと両手を叩く。


「知ってる、そう……知ってるのよ! 黒衣の死神! アンタはすごく強いけど、そのせいで長くは戦えないって事をね! 戦う時間が長いほど、体に負担がかかるんでしょ!?」


おお、そうきたか。


なかなかうまい流れだ。


「シンルゥさん、聞きました? 姫様、素晴らしい機転ですね」

「そうね。あの子は素直すぎるから、嘘とか秘密ごとを隠したりするのは向いてないけど、頭の回転は速いと思うわ」


サキちゃんとシンルゥも感心していた。


うむうむ、オレもそう思う。


ウチの子は素直で頭もいいのだ。


こういう事情があるならキューさんも次第にだんだんと手加減をしていき、頃合いを見て『くっ限界か!』みたいに自然と退場できる。


だと言うのに。


「ん? そのような事はないぞ? そもそも私は吸血鬼の中でも体が丈夫な方でね」

「……えぇー……そんなぁ……」


妖精の意図が伝わっていない。


雰囲気や仕草、言葉遣いがそれっぽいせいで、なんとなくクールで知的なキャラだと思っていたが。


さっきも手加減ミスったり、色々と行き当たりばったりだったり、頭の回転が鈍かったりで、どちらかというと、足りない系キャラじゃないか。


このビジュアル極振りの雰囲気参謀キャラめ。


だがここで光明が刺さる。


「いや……下手な演技だな。確信を突かれて焦ったか?」

「……なるほどな! 助かったぞ、妖精!」

「納得ね。吸血鬼といえどあれほどの膂力。きっと何かで無理をしているのよ」


しかし皇子たちは、それが黒衣さんの誤魔化しだと判断したらしい。


もちろん筋力増加の術や道具などない。


キューさんはフツーにアホみたいに強い。


アホみたいというか、アホだったのが露呈したのだが、アホほど強いのは間違いないのだ。


ここでようやく妖精の機転の内容に気づいた黒衣さんが、ハッとした顔で取り繕いだした。


「……ふ、小さきレディよ。真実を語る事が時にさらに残酷な結末を招くという事を知るがいい。立ち上がらなければ、彼らはあのまま楽になれたというのに」


いや、キューさん、さっきまでめっちゃ立ち上がれって励ましてたよね?


顔を青くしてまで、かんばれ、がんばれ、って言ってたよね?


「ならば来るが良い。我が体が限界を迎える時まで立っていられたのならば……諸君の勝ちだ!」


頭の回転は鈍いが、演技派ではある。


自然なカンジで動きを鈍くしていくキューさん。


ようやく予定していた展開となり『ほう、なかなかやるようだな』のセリフをクリアし、何度か攻撃を故意に受けてピンピンしつつも『むむ、小癪な……』と痛みに顔をゆがめる演技をし。


戦いが佳境を迎えると『おのれ、人間ごときが!』『調子に乗るな!』と、真に迫った演技力を見せつけてくれた。


本当にやられているのではないかというと思うくらいの迫力だった。


「ぬぬ、人間ごとき、この私がヒザをつくというのか……ッ!」


ついにキューさんがヒザをついた。


皇子がさらなる一撃を加えるべく、走り出そうとするが聖騎士がそれを止める。


「まだだ、バラン! ヤツはまだ動ける! 焦るな!」

「しかし兄貴、この好機を逃せば……!」

「はぁ! はっはっ!……っ!」


トドメを刺しきるほどの手段がない皇子たちが距離を保ったまま攻めあぐねている。


聖女に至っては息も絶え絶えというほどに疲労している。


そこで声をあげたのが妖精だった。


「今ね! 勇者よ! 私には秘密の魔術があるわ! あらゆる魔を滅ぼす、聖なる光を生み出せるの!」


おお、ついに締めのラストシーンだ。


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