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『魔王塔、四階。黒衣の死神(2)』


ついに妖精の出番がやってきた。


ここからでも緊張が見て取れるが大丈夫だろうか?


「冒険者たち! 魔王を倒しにやってきてくれらのね!」


……あ。


噛んだ。


まずい。


もう涙目だ。


顔もマッハで真っ赤になった。


泣くぞ。


これは泣くぞ。どうしよう?


「よ、妖精か」

「本物だな」


緊張感ある戦場では気に留められる事ではなかったらしく、皇子たちが鳥かごの妖精を見る。


吸血鬼のキューさんの意図がつかみきれないのか、再び皇子たちがいぶかしげな視線を送る。


「言っただろう。これから始まる戦いに似た遊戯を楽しめるように、さ。諸君に勝利があるとすれば、手加減に苦心する私の慢心をつく事だが、それでもなお足りない。だからこそ、もうひと声としての妖精だ。気に入ってくれたかな?」


あくまで余裕の態度を崩さないキューさん。


実際、吸血鬼というのは魔族でも最強の一角だそうだ。


それゆえ誰かの下につくというのは滅多にない事だという。


キューさんの場合は色々と特殊な事情があって、オレのところにやってきた。


まぁ、そのへんはともかく。


今は妖精の期待通りに事が進む事を祈って状況を見守る。


皇子たちは受け取った鳥かごを慎重に扱い、小さな扉の鍵をあけて妖精を開放した。


「ありがとう! 人間の勇者たち! さぁ、力を合わせて邪悪な吸血鬼を倒すのです!」


その単語にオレの後ろでニコニコと推移を見守っているシンルゥがピクっと肩を揺らす。


……なんだ?


自分は普段の言動からしてあんまり勇者してないくせに、他人が勇者って呼ばれると面白くない的な感情か?


ザハザバしているようで、意外と面倒くさいお年頃のようだ。


解放された妖精は皇子たち三人の頭上で羽根をはばたかせて蒼い鱗粉を振りかける。


妖精の加護。


負傷や疲労などの回復に効果があるらしい。


……そう、妖精がオレをくしゃみさせるためによくやっているイタズラのアレだ。


オレは運よくコッチの世界に来てからケガや病気などをした事がない。


だからあのイタズラにそんな効果があるなんて知らなかったが、皇子達は違ったらしい。


「おお、ありがたい」

「力がみなぎる、これならば!」

「小さき魂に神のご加護を」


三者三様の感謝を妖精に告げる。


妖精がめっちゃ嬉しそうだ。


……さて。


今回の作戦の要旨であるが。


主要目的は皇子たちに苦戦させつつも、最後はキューさんが派手に撃破される事。


そして副次的なものだが、妖精のお願いをかなえたい。


妖精いわく、冒険者にくっついて共闘するというのは、妖精種族の憧れらしい。


人間からすれば使い減りしない貴重な回復手段であり、普段から妖精を連れて動けるならば、そのメリットは計り知れない。


妖精使いなんて言葉もあるが、人間側がつけた都合のいい名前だろうな、とも思う。


そんな背景からうかがえるように、昨今、妖精を無碍に扱う冒険者が多い事もあり、あまり見る事のなくなったという妖精使い。


各地を飛び回っているシンルゥですら、まともな妖精使いに出会ったのは二組だけらしい。


だが、昔々の神魔戦争というおとぎ話にも英雄として出てくる妖精使い。


妖精としては、いまだ不変の憧れだそうだ。


今回のような状況であれば、妖精の助力を得られるとなると邪険に扱われる事もないし、何より確実な安全が保障されている事もあって、妖精がそんなおねだりをこそっとしてきたのだ。


オレとしては、ぜひともかなえてあげたいこともあり、幹部や皆と相談した結果、キューさんとの共演が一番やりやすそうだという事になり、ディードリッヒが脚本まで書いてくれた。


本当になんでもできるな、あのイケメンは。


というわけで、最初のセリフはちょっと噛んでしまったものの。


「さぁ、行きましょう、勇者たち!」


ノリノリになった妖精が声をあげる。


それに応える皇子たち。


「よし! 相手は吸血鬼。バラン、血を吸われるなよ!」

「応! 兄貴もな!」

「――、――……――!」


臨戦態勢だった皇子と聖騎士に対し、聖女はすでに呪文を唱えている。


補助魔法的なものだろうか? バフってヤツか。


「ふむ。血を吸われぬようにか。杞憂だな。私は繊細でね。直接、獲物にかぶりついて血で口元を汚すような野卑な趣味はない、安心したまえ」


そしてキューさんは、メイドさんに下がっているように手を振る。


お辞儀をして、カラカラと銀色の台車をひき、離れていくメイドさん。


ここまでは良い流れ。


あとは戦闘が始まったら、キューさんが次第に劣勢になっていくだけだ。


段取りとセリフも決まっている。


『ほう、なかなかやるようだな』から始まり『むむ、小癪な……』となって『おのれ、人間ごときが!』『調子に乗るな!』とくる。


最後は妖精が使える唯一の魔術、光明ライトを不意に食らったような演技で浴びながら『こ、これは、聖なる光の術! まさかそれを使える妖精がいたなどと! 』と、まるで伝説の魔術を食らったようにして最後の決着は無数のコウモリになって霧散するという流れだ。


成功のカギは光明ライトを浴びた時のキューさんの演技力だろう。


実際、ただの光明ライトなので皇子たちが不審に思う可能性がある。


だが、それを浴びた吸血鬼が苦しみ、聖なる光の術、などと言ってしまえば、それはもう誰も見た事のない聖なる光の術となるのだ。


なるのか?


いや、光明ライトと見た目は同じでも、吸血鬼を退けたとなれば、やはり聖なる光だったのだろうとゴリ押せる、はず、とディードリッヒが言っていたじゃないか。


意外と勢いまかせな所のあるイケメンのシナリオに、実はあぶなっかしいのでは? と今さら思ったオレだが、その脚本を見た妖精がノリ気であり、それ以上にキューさんが超ノリ気なので、二人のモチベーションに期待する事にした。


……お、キューさんが黒いスーツのジャケットを脱いだ。


ついに始まるっぽい。


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[良い点] 緊迫感の有るはずの人間サイドと、子供の学芸会の発表を見守る親のような視点のツッチーとの対比がw
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