『魔王塔、四階。黒衣の死神』
四階にあがり、皇子たちの足はまたも止まる。
ウェディングケーキのような塔の構造上、一階から上に昇るにしたがって次第に狭くなっていく塔ではあるが、それでもまだまだ広い。
この四階も端から端まで視界が通っているが、それぞれがそこで向かい合っても、顔どころか性別すらわからないぐらいの距離はある。
そんな広さのフロアであるが、魔法も飛び交う戦闘エリアと考えると、広すぎず、狭すぎず、というぐらいだろうか。
この四階には闘技場のごとく、一切の障害物がなかった。
階下の宝箱フロアにあった柱すらもない。
何もない。
あるのは最奥に上へと続く階段があるのみ。
皇子達は止めていた足に力を込めて、ゆっくりと歩き出す。
すると階段をふさぐような人影がおぼろに見え始めた。
片方は小柄で、もう片方はさらに小さな影。
「何かいるな」
「二人いる魔人の手下、その残った方か」
「けれど……あれって二人いませんか?」
皇子たちが警戒しつつも、ゆっくりと距離を詰めていく。
やがて輪郭が明確になり、それが男女である事がわかる。
小柄だと思ったのは女性の、そしてその姿はいわゆるメイドのものだった。
しかもダークエルフという、どちらかというと身の回りの世話をするには望まれない種族。
「ダークエルフに給仕をさせるのか」
「魔族にとっては忌避すべき種でもないだろう。だがダークエルフは戦闘向きでもあるし、後衛も兼ねているのか?」
「……」
人間にとって、ダークエルフというのは疎まれている種だとディードリッヒからも聞いている。
教会いわく、彼らもまた神の慈悲を与えられるべき者とあるが、魔族に与する事の多い種族なだけあって個々を見るよりも種族として恐れ、厭う。
それでも聖女がそういった言葉を漏らさなかったのは、建前上とはいえ教会が彼らダークエルフもまた神の子であると明言しているからだろうか。
だがダークエルフのメイドが珍しいというのは人間の国に限った話でもない。
魔族にとっても違う意味でダークエルフをメイドにする事は稀のようだ。
というのも、聖騎士が言ったようにダークエルフは魔術に明るく、戦闘力が比較的高い種族。
メイドはどんな種族でもつとまる。
そこにダークエルフをあてがうというのは実に勿体ない。
使うのであれば戦闘要員、少なくとも補助要員に使うべきだ。
それほど戦闘面では有能な種族なのである。
だが、そんなダークエルフのメイドちゃんの主人の言い分はこうだった。
「野暮だな、諸君。種族など関係なく美貌が零れそうなレディを侍らせたいというのは、それほど不思議な事かね?」
ワインをサーブされながら笑っているのは、豪奢な椅子に座っている大柄で屈強な男だった。
全身を黒いスーツに身に包み、口ヒゲをたくわえた紳士という様相。
そこだけ見れば貴族のようである。
だがそうでは決してない。
主人たるスーツの男が笑ったのだ。
豊かな口ヒゲからのぞく、白い牙を見せるようにして。
「吸血鬼、か!」
そう。
最初に飛び立っていったウチの幹部さんである。
あれからずっとここで待機、という名目で飲んでいたのだろうか?
皇子が身構え、聖騎士がその前に出る。
聖女も何事かを唱え始めている。
戦闘態勢をとった皇子たちに対して、吸血鬼、つまりウチの幹部さんは空になったグラスをメイドさんに差し出す。
メイドさんが持っていたワインボトルをかたむけて、差し出されたグラスを紅い液体で満たしていく。
吸血鬼はグラスをかかげ、その赤いワイン越しに皇子たちを見た。
仕草がいちいちカッコいい。
「あらためて。ようこそ人間諸君、我が偉大なる主の住まう塔『暗黒舞踏城』に」
ワインを一息にあおり、グラスをメイドさんに返すとゆっくりと立ち上がる。
そして皇子たちに向かい両手を大仰に広げ、歓迎するとばかりにお辞儀をした。
「ここまでたどり着いたという事は、一階の『迷路と白骨の協奏曲』を抜け、二階の主であるリッチ『永久に嘆く眼窩の蒼炎』を打倒し、三階の『強欲の天秤』も抜けてきたという事か。ほう、見ればいまだ蕾なれど麗しきレディもいらっしゃる。儚い女性の足でこの『暗黒舞踏城』に挑むとは、実にお見事!」
……あー、始まったか。
やっぱりそれやるのかー。
ビジュアルはいかにもデキる風の吸血鬼であり、実際に本物の吸血鬼であるこちらの方、愛称をキューさんという。
彼は御覧のように、趣深く風情のある喋り方をする。
悪い人ではないし、今回のようなシーンでは雰囲気も出るかと思っての採用だが、皇子たちがどうとるか。
「な、なに? 何を言っている? 暗黒……舞踏? 城? 塔ではなく、やはり城だったのか」
「協奏曲? 嘆く者? 天秤?」
「お、お見事なんて……馬鹿にして!」
ところどころしか聞き取れなかったのか、皇子と聖騎士が単語だけを並べていく。
聖女はかろうじて自分を指した事に関して聞き取ったらしい。
しかしほどよい緊迫感も感じられるし、これはこれでアリっぽい。
吸血鬼という強者の威風があれば、言動が多少アレでも勝手に脅威と感じてくれるのだろうか。
良かった良かった。
「さて、諸君。君たちは我が主を倒さんとすべくここまでやってきたと思う。実際、よくここまで来られたものだと感心すらするよ」
当然の事をたずねる吸血鬼に対して、皇子たちはうなずくでもなく、握る剣の柄に力を込める。
「君らのような弱者達の努力や決意を無為にしたくはないのだが……これもまた私の役目でね。これより諸君に立ちふさがる壁とならねばならない」
カツカツと革靴を鳴らして皇子たちの前を左右に行ったり来たりしつつも、皇子たちを刺激させないように距離を保持している。
「だが、私のように長く生きていると一方的すぎる戦いは余興にもならない。よって諸君にご褒美だ……ああ、このメイドはなんの力もない従者だ。彼女を傷つける事は許さない。その瞬間、私は諸君が背に守っている聖女を最初にくびり殺す」
「ひっ」
聖女の短い悲鳴に、皇子と聖騎士がますます身構える。
「理解したね。よろしい。では」
パチンと革手袋をしているはずの指を鳴らすと、控えていたメイドさんが背後に置いておいた銀のカートから、あるものを取り出す。
両手で抱えるように持ち上げた物は、銀のトレイに乗せられた何かだった。
そこそこ大きなものが乗っているようだが、美しい刺繍が施された布がかぶせられて中身はわからない。
メイドさんがそれを持って、皇子たちへと近づき差し出す。
「どうぞ」
メイドさんにうながされて皇子がその布を払おうとした所、聖騎士が手で制して自分が布に手をかける。
「……これは」
トレイの上には鳥かごがあった
その鳥かごの中には、一人の妖精が囚われている。
そう、ウチの妖精だ。
「君たち冒険者の中には妖精の助力を頼る者もいるだろう? はるか過去には妖精使いの英雄もいたと聞く。丁度よくこの島にも彼女がいたのでね? 君達の為にとらえておいたのだよ」
肩をすくめるキューさん。
妖精がぐっと息をのみこみ、口を開く。
よし、がんばれ、あんなに練習したセリフの成果を今こそ見せてやれ!




