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『ツッチー、大地に立ってから三年後。難破船(3)』

グールとやらが出てきた場合、一目散に逃げるしかない。


「けど、今なら飢えてるだろうし、そんなに力もないはずだわ。小動物とかでも食べて力をつけると厄介よ。あとは魔力を蓄えたりすると身体能力もあがるし」

「むむむ」

「大丈夫。ツッチーなら負けないわ。土を操ってグールの足元に落とし穴を作って落として埋めちゃえば終わりよ」

「なるほど、それでいけるか」


オレは視界内であれば自由自在に落とし穴を作る事ができるようになっている。


昔はゆっくりしか穴を作り出せなかったが、退屈がもたらした修行の甲斐もあってか、10メートルほどであれば一瞬だ。


問題として浮いている相手には無力と、視界内という事は相手もこちらを視認できるという事。


先に攻撃されたり動き回られると、落とし穴に落とせないかもしれない。


かもしれないというのは、実戦経験がないからだ。


しかし妖精がイケる、というのであれば信じよう。ほかにいい手も思いつかないし。


ただし問題が一つ。


「……けどさ」

「なぁに?」

「でも、この船の中じゃ穴は作れないよな?」


強力な攻撃手段だと思うが、浸食支配エリアに限るのである。


そして、あいにく船の中はそうではない。


「そうね……」


つまり。


「今、もしグールにバッタリして襲われたらどうするんだ?」

「全力で外まで逃げて、地面のある所で戦うのよ!」


妖精は意外とハードな事を要求してくる。


一気に緊張感を増したオレ達は、ライトにゆらめく陰影に何度もビクつきながら船尾側の残骸の探索を続行した。


その後の探索でも、結果的にゾンビもグールと出会う事はなかった。


だが、ある部屋に入った時、とても怖い思いをさせられた。


船長室らしき豪華な部屋だった。


壁には大きな地図、海図というものだろうか? それが張られており、その地図には血で何か書きなぐられていた。


怒りだろうか。


憎しみだろうか。


悲しみだろうか。


きっと、ここではそういった負のオーラにこめられたメッセージを読んで、身を凍らすように恐れるのがホラーもののお約束だとは思う。


しかし。


「……んー」


読めないのだ。


異世界の文字は当然のように読めるというのが、この手のお約束ではないのだろうか。


仕方ないので妖精に聞く。


「字じゃないわよ? 暴れて壁を何度も叩いたりした跡じゃない?」


文字ではなかった。そりゃ読めない。


近くに転がっていた日記帳があったので開く。


不思議と問題なく読める。


というか日本語である。


日本語で書かれているはずがないので、日本語に見える魔法的な何かなんだろう。


そういえば、妖精と会った時から言葉も通じているな。


異世界のお約束というわけだ。


これもクソったれな戦女神サマとやらの贈り物なんだろうよ。


「どれどれ……」


日記は出航当初の華やかなシーンから始まり、やがて遭難、食料枯渇、争い。


そして……禁忌を食する場面へと続いた。


反乱を起こした部下と撃ち合い、その死肉を嘔吐しながら飲み込んだ禁忌が懺悔の言葉とともに記されていた。


一度、禁忌を破った者はどこまで落ちていき、やがて仲間だった死肉を奪い合い、また殺し合い。


それでもなお、船は故郷の陸地を求めてさすらった。


最後まで生き残ったのは、日記の主である船長と、若い部下が一人らしい。


部下だけでも故郷に返してやりたいとつづられている。


さらに読み進めて、最後のページを開く。


残された一発の銃弾をどう使うか、と書かれており、最後は「すまない、姉さん」という謝罪の言葉で締められていた。


以降は白紙となっており、船長と若い部下がどうなったのかはわからない。


「……正直、グロい。文字だけなのにしんどい……」

「軟弱ね、ツッチー」

「いやいや。キツいって。よく平気だね」

「森で生きていると珍しくないからね。妖精同士だって争う事もあるし……さすがに共食いはないけど、口減らしとかあるから」

「……マジで?」

「……」


あ。


なんかマズい領域の話っぽいぞ。


仕切りなおそう。勢いでなんとか仕切りなおそう。


「とにかく船尾に怖いヤツはいない。一度、外に戻ろう」

「あ、うん、そうね」


妖精がいつもの様子に戻り、ライトの持続時間を気にするようにしながら返事をした。


「むお、太陽がまぶしい」

光明ライトもちょうど切れちゃったわね」


船尾側の残骸から出る。


結構な時間を探索に費やしていたようで、お日様もずいぶんと高い位置に昇っていた。


しかし戦果は上々だ。


今のオレは文明人らしく、衣服をまとっている。


そう、最後の部屋。おそらくは船長さんの衣服だろうが、これがジャストサイズであった。


近くに転がっていたカバンを拝借して、衣装箱の中身をありったけ詰め込んだ。


ちなみに今は一番高価そうな、まさに船長服! というものを着ている。


金と銀の刺繍で縁取りがされているゴージャスな赤い服で、遠くからみても一発でわかるくらい派手だ。


下は革のズボン。


肌着、下着もあったので拝借する。


正直、かなり抵抗があったが革のズボンを素肌ではくというのも色々と大変な事になりそうだったのだ。


一応、汚れてないかの目視検査はしたよ?


そんなわけで、赤い上着と茶色の革ズボンをまとったオレは、多分カッコいい。


「……ふむ」


しかし、なんだろうね、この安心感は。


服を着ているというだけで、心にも余裕が生まれる。最高の気分である。


「明るい所で見るとその服すごく素敵よ! ツッチー、似合うー!」

「うむ。キャプテンツッチーと呼びたまえ!」


はやしたてながら、オレの周りをくるくると飛んで回る妖精。


ちなみに探してみたが、船長帽は見つからなかった。


映画とかでよくある綺麗な羽根飾りのついた帽子みたいなヤツ。


できれば実物を見てみたかったが残念だ。


というわけで。


さきほどまでゾンビかグールの存在に恐れながら暗たんとした気分だったが、気を取り直して船首側への探検開始である。


「じゃ、次は向こうの残骸にいこうか」


こちらが船首といわんばかりに、わかりやすい女性の胸像が船首にすえつけられている。


女神か何かを模しているのだろうか。


「……女神。女神か、くそ」


気分が良くなった途端に、イヤな事を思い起こさせる。


「どうしたの?」

「いや。なんでもないよ。行こう。またライトいける?」

「もう少しぐらいなら大丈夫だと思う」

「よし。ゾンビとかグールとかいたらすぐに教えてくれよ」

「まかせて!」


船首側にも、あちこちに歯形があったり、赤黒い染みがあったり、弾痕があったり、似たようなものだった。


その光景にも慣れ始めたところ、ようやく初めての死体を発見した。


白骨化しているそれは今オレが着ている服と同じようなデザインのものを身に着けていた。


前のめりに倒れており、その頭蓋骨には丸い穴が開いていた。


おそらく……弾痕だ。

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