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『魔王塔、三階。強欲の天秤(4)』


それは蒼い体液を辺りにまき散らしながら、地面を転がりまわる。


「バラン、下がれ!」

「きゃあああ!」


周囲を蒼い血しぶきで汚しながらも、それは床を目にも留まらぬ速さで地面を這いずり、少し離れた場所に転がっていた空っぽの箱の中へと潜り込んだ。


まばたきほどのわずかな時間だったが、ソレをはっきりと見た三人は警戒態勢をとる。


「魔物か!」

「宝箱に住まう魔物、確かミミックという名だったか。見るのは初めてだが……あの異形。犬や狼に似ているという話は聞いていたが、かけ離れている」

「一生、見たくありませんでしたよ……なんですか、あのおそろしい姿。真綿のような毛皮の中に、何を隠している事やらわかりません」


ポメラニアンのような犬はこの世界にはいないらしい。


口々にあの愛らしいビジュアルに対して、恐ろしいとか不気味だとかと連呼していた。


互いに視線をかわしつつ、別の箱に逃げ込んだミミックを凝視しながら、皇子たちは考える。


「兄貴、どうするべきだと思う? 今までいくらでも不意をつく機会はあったはずだが、こちらが触れるまで仕掛けてくる事はなかったが」

「ううむ、そうだな。あくまで獲物を待って捕食するんだろう。魔物とわかって、なおやりあうのは勇者か愚者だけだ。そしてオレは勇者……ではないし、愚者にもなりたくない」


うーむ。


皇子の身に何もなかったというのを喜ぶべきか、スルーされそうな雰囲気になっているミーちゃんを不憫と思うべきか。


「け、けど。このまま放っておいてたら、またここを通る時に襲われたりしませんか?」


お、聖女、えらい。


ちゃんと生きて帰る気だ。ヤル気があるのはいい事です。


「箱に近づかなければ大丈夫だと思うが……」

「だろうな。正体が露見した現状でさえ、襲い掛かってくる気配はない」


聖騎士がちらりと周囲を見る。


床や壁、天井にまでも蒼い液体が飛び散っている。


「運よく手負いにもできた。今なら素通りできるだろうが、こちらから仕掛けるとなると、逆にに手負いの魔物なんぞどうくるかわからんぞ?」

「あの魔物の血というのは本当に蒼いのだな」


この蒼色は魔術を使う時の他にも、魔石、魔草などにもみられ、魔力が視覚化したものと言われている。


魔物には血液の代わりに魔力が流れているという説もあながち本当かもしれない。


「……良し。兄貴の言う通り、ここは素通りとしよう。聖女もいいな?」

「え、あ、はい」


聖女はそう返事をしたものの、ミーちゃんが潜り込んだ箱の形と色、模様などをしっかりと記憶しようとしているのかじっと見ている。


けど……あの箱、ちょっと小さいからね。


多分、きゅうくつになって、すぐに引っ越すんじゃないかな。


あ。それはオレ達にとっても危険な事か。


どれにミーちゃんが住んでいるかわからなくなると、色々と終わった後の片づけの時にオレたちが危ない。


もう皇子たちもスルーすることに決定したっぽいし、ちょっと隔離しとくか。


オレはミーちゃんの箱の周囲に視線を向けて『浸食支配』を発動させる。


「なにっ!」

「ミミックが魔術を!?」


ミーちゃんが逃げ込んだ宝箱を、ドーム状の格子で囲んだ。


もとはただの土だが、この塔の建築時と同じく『すごく硬い土になーれ』と念じる。


すると、どうなるか?


そう――すごく、硬くなる。


シンルゥの剣戟でもこの塔の壁に傷をつけられないと言えば、どれほどかわかるだろう。


案外と負けず嫌いの性格を発揮したシンルゥが、いつもより怖い笑顔になって剣を十本へし折るまで辞めなかったほどの頑強さだ。


さすがにいつもの魔剣は抜かなかった。


刃が欠けるとイヤなんだろうね。


さて、これでミーちゃんはあそこから出られない。


問題はコレを見た皇子たちの反応だが……。


「……なるほど。あれが窮地になった時のミミックの防衛術か」

「ミミックにそんな能力があるというのは聞いたことがない。特殊な個体として土系統の魔術を使うのか、それとも周囲にあるものを硬質化させる魔術か? どちらにしろ貴重な情報だ。帰還したら宮廷の方にも報告しておいてやろう」


皇子と聖騎士がいい具合に勘違いをしてくれた。


「さて。最後だけは危ない所だったが、それだけの成果もあったな」


聖騎士がトントンと懐を叩く。


しまい込んだ何本かのポーションがそこにあるのだろう。


「はい。ミミックの罠を踏ませるためのエサだったのでしょうけど……すごいごちそうでした!」


聖女の腕には屑石ではなく、しっかりとした大きさの魔石がはめられたブレスレットがある。


ちょっと前に手に入れた、血のりが仕込んであるオモチャのナイフも捨ててはいなかったので、どこかにしまってあるはずだ。


「僥倖というべきか。しかし魔人の宝など使っていいものかどうか」


そういう皇子は最初に使っていた丸盾を背負い、今の左手には聖騎士が見つけた例の竜皮の盾になっている。


「使えるモノは者でも物でも使うべきだぞ。武具に善悪はない、どう使うか、だ」

「……そうだな。すでに仲間を欠いているんだ、なりふり構っていられないか」


シンルゥの事か。


皇子の心の中で、勇者シンルゥは英雄シンルゥにでもなっていそうだな。


対して、負い目があるのか聖騎士は一拍の後、ああ、と呟くのみだった。


聖女のその後、黙って目を閉じ、うつむいた。


「彼女の死には、魔人の討伐をもって報いるしかない。行こう」

「……おう!」

「は、はい!」


沈んだ空気を一声で霧散させ、一行の士気をあげる皇子。


彼らの歩む先には四階へと続く登り階段が見えている。


「……あ」


そしてようやくオレは気づく。


いまだ目を閉じ、両手で耳をおさえている二人のレディを忘れていた。


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