『魔王塔、三階。強欲の天秤(3)』
そんな悶着があったものの、皇子たちはオレの思惑通り宝箱をあけていった。
最初は聖騎士が慎重に鞘で叩いたりして様子を見ていたが、慣れとは恐ろしいもので今や外観を一周して見るぐらいの用心しかしていない。
大半の箱はわずかに用心をした聖騎士がどんどん開けていく。
そして、罠はないだろうという小物の箱は聖女が開けていく。
皇子だけが後方で油断なく備えている。
実に計画通りだ。
これでミーちゃんにパックリいかれるのはおそらく聖騎士だろう。
「わぁ! 鞘がすごく綺麗! 刃にも模様が入ってますよ!」
あー、今、聖女が喜んでいるそのナイフね。
鞘には宝石が散らしてあるし、刃の本体にも彫刻とか入ってる逸品なんだけど中身が問題。
刃は鈍くてペーパーナイフくらいにしかならないし、しかも刺そうとすると刃がひっこんで柄から血のりが飛び出すジョークアイテムなんですよ。
なんでそんなもの作ったかって?
もしこっちに使われたら危ないじゃん。
ちなみにコレもシンルゥが持っていたチカチカ水晶玉と同じ職人が作った品だ。
実に遊び心がある。
「おお、これは……竜の素材か? 初めて手にしたが実に軽いな。竜の素材は魔術を弾くというし、良い拾い物だぞ、これは!」
今、聖騎士が手にしているのは竜皮の小盾だ。
軽いと言うが軽くて当然。
実は中古の木盾に竜の皮を張ったものだ。
その上から竜皮(これは本物、とてもお高い)を張った代物だから、物理的な衝撃を与えるとすぐに中の木の盾が壊れると思う。
魔法を弾くというのは本当で、テストでは精霊手の風魔法? とやらまでは跳ね返したそうだ。
よくはわからんが大したものらしい。
だが物理攻撃に対しては不良品とつゆ知らず、聖騎士と聖女は予想以上の戦利品に、次は? 次は? と期待を隠せず宝箱を開けていく。
ちなみに出てくる半分以上の品物はダークエルフたちが作った装飾品などだ。
それが出てくると聖女の反応は良いが、二人の男どもは微妙な顔になる。
装飾品といっても最初に出てきた魔石のリングほど立派なものはなく、ほとんどが手作りの民芸品のようなものばかりだからだ。
そんな装飾品でさえ出来にバラつきがあるのはご愛敬。
ただ、出来の良し悪しにかかわらず、多かれ少なかれ魔石や屑石が用いられている。
ディードリッヒいわく、手先が器用なダークエルフの今後の内職として考えているらしい。
石もディードリッヒがどっからか仕入れてきたものを使って、ダークエルフたちが練習中だそうだ。
ゆえに、出来にバラつきがあっても素材は高価。
見向きもしない皇子と聖騎士とは別に、聖女はしっかりと確保している。
一応、当たり枠として武器も容易しておいた。
だが、あまり強力なものは用意するとこちらが危ない。
よってギリギリの線として、ダークエルフたちが日常使いしている、切れ味を魔力で増加できる魔剣加工した包丁を当たり枠としていれておいた。
他には防具系の額飾りや腕輪などを仕込んでおいたが、こちらはかさばるわりに微妙と判断されてほぼスルーされてしまった。
魔石も屑石もついていないので、聖女も興味なさそうに素通りだ。
あれを作ったダークエルフが可哀そうである。
逆に少量ながらも用意しておいたポーションは大歓迎され、一つ残らず回収されて分配されている。
そうこうして、空箱が増えていき……ついに。
「これは期待できる大きさだな」
ひときわ豪華な意匠が施された、やや大きめな箱を見つめる皇子たち。
これだけの数の宝箱、そのすべてに罠はなく、宝が入っていたのだ。
もはや用心のヨの字もなくなってしまったタイミングでミーちゃんとご対面だ。
これが最初の頃の少しでも警戒心がある時だったら、豪華な箱ほど怪しいのでは? と思ったかもしれないが今では。
「さて、何が収められているのか、期待してしまうな」
「この大きさなら鎧とかもありえそうですね」
無警戒である。
聖騎士がミーちゃんの箱に手をかけようとする。
犠牲者のエントリーだ。
これはあの右手、パックリといってしまいますかねー。
あ、そう言えば。
オレは、肩に座って気が強いフリをしたがる小さなレディと、袖をつかんでいる気の弱いレディに確認する。
「二人とも、血とか大丈夫? ここからけっこう修羅場かもしれないけど」
「抜かりはないわ! もう目を閉じてるから!」
「私もです! 終わったら教えてください!」
「はいはい」
ガードの固いレディースでなにより。
安心して続きを見られるなと思い、視線を戻す。
だが、今にもミーちゃんに触れようとして聖騎士の手が止まった。
ん、どうした?
「バラン。せっかくだ。お宝さがしの妙味ってヤツを少しは味わえ。せっかくの大物だ、ゆずってやるよ」
聖騎士が面倒見のいい兄といった笑顔で皇子にゆずった。
いらん事をするんじゃない!
いや、今もかろうじて身構えている皇子なら断るはず。
そう思ったのだが。
「だが……いや、しかし。これも勉強か?」
おーい、おいおいおい!
こんな所で妙な好奇心を出すんじゃない。
実は今まで我慢していたのか、興味津々な顔をしてミーちゃんの扮した宝箱に近寄っていく皇子。
くそ、マズい。
ミーちゃんは相手がなんだろうと牙をむく。
腕ならまだしも、皇子の首やら頭に食らいつかれたら相当にマズい。
そして今、ミーちゃんはお腹が減っている。
いつもは箱の近くに果実を置いておくのだが(自ら箱を開ける事はなく、また人の気配がすると出てこないが、翌日にはしっかりなくなっている。案外雑食だ)多少は飢えていた方がよかろうと昨日からエサをあげていない。
お腹を鳴らして、今か今かと箱の中で待ちかまえているはずだ。
一瞬の好機すら逃すまいと、あの大きなポメラニンの耳を立てて周囲の様子をうかがっているだろう。
皇子、万事休す。
こちらの計画も万事休す。
「あ、皇子、待って! お待ちください! 下がって!」
聖女の叫ぶような制止に反応して、皇子はすぐに手を引っ込める。
「もっと下がって、お二人とも早く! もっともっと!」
急に血相を変えた聖女は皇子に駆け寄る。
そして今まであった皇族に対する礼儀や遠慮なども忘れたように、二人の腕をつかんで強引にミーちゃんから引き離す。
「ど、どうした聖女?」
「なにかあったのか?」
二人が聖女を見るが、聖女は二人を見る事なく、ミーちゃんを見ている。
「い、いま、あの箱がわずかに動きました」
「……本当か?」
「はい!」
聖騎士が無言で両手剣の鞘をはらって前に出る。
「どうやらオレも浮かれていたようだ。すまん……いや。申し訳ございませんでした、バランタイン皇子。用心せよという貴方が正しかった」
「兄貴……」
それまで見せた事のないような顔で聖騎士が剣を振り上げる。
「だが、このままに素通りはできん。背後から不意打ちを食らうかもわからんからな。ならば今ここで先手をとる。いいか?」
すぐにいつもの口調に戻り、仲間としての皇子と聖女に問いかける。
何かが潜んでいるという確信があっても、放置して進むという選択はないようだ。
「ああ」
「は、はい!」
一つうなずき、聖騎士はミーちゃんの背後、つまり箱のフタの蝶番側へと回り込み。
「せいッ!」
鋭い呼気とともに、一気にその大きな剣を振り下ろした。
バキンという鈍い音とともにひしゃげる宝箱。
壊れた箱から蒼い液体がにじみだす。
「な、なんだ?」
次の瞬間。
その箱に入るはずのない、巨大な何かが飛び出した。




