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『魔王塔、三階。強欲の天秤(2)』


皇子の許可を得た聖騎士が、意気揚々と前に出る。


「よしきた。聖女。そこをどけ」

「え、あ、はい」


聖女が横によけ、聖騎士が眼前の宝箱を見定める


「ふむ」


そして手を伸ばすかと思いきや。


「ふんっ」

「きゃあ!」


鞘ごと大剣を振りあげ木箱を真っ二つにしやがった。


盛大な音に聖女が驚き、尻もちをつく。


その聖女の視線の先には、砕かれた木箱の破片に混じって、蒼い宝石がはめられた指輪が転がっていた。


「罠はない、か」

「ああ。箱の裏に針が仕込んであったり、毒液が飛び散る様子もないな」


皇子も聖騎士は指輪には興味をしめさず、破壊した木箱の破片を観察している。


まさかそんな方法で確認するとは。


「なんつー、乱暴な」

「び、びっくりしたわ」


とっさにオレの顔にへばりついていた妖精を優しくひきはがす。


小さな爪がほほに食い込んで地味に痛い。


破壊した宝箱の破片を注意ぶかく観察している皇子と聖騎士だが、聖女だけが中身である指輪を拾っていいのか迷っている。


「あ、あの! せっかく何か良いものが入っていても、そんな風にしてしまったら壊れてしまいますよ?」


壊れた箱にはなるべく近づかないよう、杖の先でひっかけて足元までもってきた指輪に視線を固定したまま、聖女が王族二人に対して、しり込みしつつ確認する。


「最初の一つ目だったからな」

「ああ。罠かどうかの確認だ。今回の中身は仕方ないと思っていたが……どれ」


聖騎士が聖女の前で腰をおり、躊躇なく指輪を拾いあげた。


「どうだ、兄貴? その色からして魔石だろう? そうであれば魔術行使の一助になるが」

「……フン、魔力が循環しない。こいつは屑石だな。ただの石ころ、装飾品だ」

「そうか」

「ああ。だがこれなら他の箱も期待できるんじゃないか?」


罠などなかっただろう? という柔和な笑顔に対して皇子は肩をすくめる。


「だが慎重に、な」

「ああ、わかっているよ」


そうして聖騎士が、ピンっと指でその指輪を背後へ弾いたのだ。


まるで価値のないゴミのように。


オレもびっくりしたが。


「ええ!?」


オレ以上に驚いたのだろう聖女が声をあげ、とっさに皇子と聖騎士が剣を構えた。


「どうした!」

「敵か!?」


しかし敵などいない。


「聖女?」


皇子が聖女に怪訝な顔を向ける。


「い、いえ、今の指輪、捨ててしまうんですか?」


聖女は聖騎士が捨てた指輪を拾いあげ、今は両手のひらの上に大事そうに持っている。


「……そうだな。少なくとも今は必要なものではないし」

「魔石の欠片なんぞ魔術の役には立たん。聖女も知っているだろう?」

「え、ええ、それはそうですけど……」


聖女が自分の手のひらに乗せた指輪を見ている。


はまっているのは確かに魔石の欠片、屑石とも言われるもの。


用意したディードリッヒからもそんな説明を受けた覚えがある。


魔術を行使する者が魔石を持っていると、発動した術の効果や範囲などが増す事がある。


その効能は魔石により様々だが、だいたいが持っていて損はないものだ。


しかし、魔石は持ち主が術を使うたび、見えない形で消耗され限界まで来ると砕けてしまう。


そして聖女が今持っている指輪に使われているのは、そういった欠片を磨いて作った指輪だ。


魔石は独特の蒼色で風変わりな宝石としても重宝されており、冒険者たちは砕けた魔石の欠片を宝石商や彫金士などに売却する事もある。


屑石などと呼ばれているが、その買い取り金額はそう安いものではない。


つまり、魔術補助としての効果はなくなっても装飾品としての価値は高い。


おまけに台金部分は銀ではなく金。


金銭的価値として、この指輪一つで四人家族であれば、三十日は食べていけると言っていた。


それをあんなふうに捨ててしまうのだから、驚くなという方が無理だ。


「だが、聖女が必要であれば持っていても構わない」

「そうだな。そんなものでも教会の普請や炊き出しの足しになるのであれば有益だ。さしてかさばるものでもなし」


聖女は手の平の指輪をきゅっと握りしめている。


一瞬だけうつむいたものの、すぐに顔をあげた。


「では……ありがたく」


聖女にふさわしいと思える柔らかい微笑みを浮かべて、指輪をしまいこんだ。


オレがなんとも言えない気持ちで聖女の小さな背中を見ていると、妖精がオレのほっぺをつついてくる。


「ね、ツッチー。今、なんかさ。ちょっとイヤなカンジじゃなかった?」


妖精の言いたいことはわかる。


「王族と庶民の価値観の違いってヤツじゃない? 別に悪い事じゃない。国を治めるものが金に執着しすぎる、もしくは困窮するようだと、まともな統治はできないだろうし」

「うー……ツッチーの話、難しいからわかんない。サキはどう思う? 女の子をイジメてるみたいじゃなかった?」


妖精は弱い立場の聖女に肩入れしているようだ。


その心境はわからないでもないし、オレだって心情的には聖女側だ。


「そう、ですね。魔王様のおっしゃる通り、人間の街だとお金にがめつい領主の領地というのはだいたい悲惨です。逆にお金の価値観が庶民とズレている場合、放蕩三昧で集めた税を無駄に浪費したりもするので難しいんですが……まだそちらの方が下々の暮らしはマシですよ」


サキちゃんもオレと同様の意見を持っているらしく、一概に皇子側が悪いとは言わなかった。


「うー、サキまでー」


無援孤立してしまった妖精にオレがフォローをする。


「ただし、本来なら聖女にあんな顔をさせないよう、普段から教会や庶民に豊かな暮らしができるようにすることが王族の役目だけどな」

「そうよ! そうだわ! やっぱり皇子と聖騎士が悪いんじゃないの!」

「姫様。偉い人も色々と大変なんですよ。多分」


ぷりぷりと怒りだした妖精を、サキちゃんがなだめてくれている。


世の中は複雑だ。


幸せと悲しみ、豊かさと貧しさ。


生まれた時から、それらは平等でも公平でもないのだから。


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