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『魔王塔、二階。永久に嘆く眼窩の蒼炎(3)』


自分に向かって走り出してきたシンルゥに対し、スケさんは火球を怒涛の如く打ち込む。


シンルゥはそれらを右手の剣だけで切り払い、左手には青く光る水晶をかかえて間合いを詰めていく。


さて。


ここまでは予定通り。


ここからオレの仕事だ。


「よし、決めるぞ……」

「ツッチー、がんばって!」


勝負は一瞬。


練習では確実に成功させられるようになっているが、実戦でうまくやれなければ意味がない。


シンルゥがスケさんに飛び込む。


その胸元に水晶を抱えているのを確認したスケさんは、懐から革袋を取り出し、新たに大量の霧を吐き出した。


一瞬で周囲に霧がたちこめ、二人の姿を包みこむ。


そして、その霧はしだいに赤く染まっていった。


「な、なんだ? まだ何か別の術を持っているのか!?」


スケさんの新しい術に、皇子や聖騎士が警戒する。


コレ、実は今までと同じ霧なのだが、さきほどスケさんが取り出した革袋には無害の赤い粉が入っている。


それを吐き出した白い霧とともに一緒にまきちらし、赤い霧にしているわけだ。


白い霧だけだと目隠しの効果がちょっとこころもとないので、色をつけて視認性をさらに低くした。


これからオレがする事に必要な事だ。


血のような霧の中で、シンルゥが持っている水晶の明滅だけがかろうじて見て取れる状態となる。


その青い輝きが、両手で高く掲げられたような位置にきた時。


「シンルゥの合図だ」


オレは二人のがいるであろう位置に大穴を空けて階下へ落とし込む。


同時に二人が立っていた周囲の壁と床、天井の表層部分を小さなつぶてに変化させて、四方八方へと飛び散らせて爆発したかのように見せる。


飛散した石つぶては派手な音を立てながら周囲の壁を破壊し、中には皇子や聖騎士の所まで届くものもあった。


「聖女!」

「下がれ!」


皇子が持っていた盾をかざし聖女の前に立つ。


その前に躍り出た聖騎士が、鞘におさめたままの大剣を前につきだして盾代わりにする。


紅い霧に爆発の粉塵が混じり、視界がまったく通らない。


その間にオレは床に空けていた大穴だけを修復する。


もちろんそこで大爆発が起こりましたというような造形で作り直してだ。


やがて。


「……勇者、すまん」


粉塵がおさまり、あらわとなった瓦礫の前に立ち尽くす皇子の背中があった。


「欠片も残らんか。あれだけ悪態を突くんだ。もしや、ふてぶてしく生き残るやも、と思ったが」


聖騎士の心無い声に振り返った皇子が、その言葉をとがめようと口を開きかけたのだが。


「兄貴……」


聖騎士は己の剣を両手で胸元に構える礼を捧げていた。


その顔は皇子以上に悲痛だった。


「悔しいが、剣技も上、口喧嘩も上。態度は生意気、礼儀も知らん。一から十まで忌々しい女だったが……それでも女だ。淑女を守り、紳士の模範であるべき騎士が女を犠牲にして命を拾い、道を拓かれるとは……」


聖女もまた瓦礫の山を見つめる。


「聖騎士様。私たち、人を見る目がなかったんですね」

「……ああ」


いや。


君たちの人の目を見る目はきっと確かだと思う。


今頃、階下でスケさんと一緒に一階の隠し部屋にある更衣室に着替えに行ってると思うよ。


「……勇者、ありがとう」


そうとは知らず、皇子が物言わぬ瓦礫に向かい礼を告げていた。


三人となった一行は、粉塵がおさまった先に続く道に目を向ける。


遠目にも、一階から二階へと上がってきたの同様の、大きな階段が見て取れる。


「……行くか」

「ああ。バラン。オレが先に行く、お前はしんがりだ。聖女はオレたちの間に」

「は、はい」


先導役がいなくなり、聖騎士が先頭に立つ。


皇子も異論はなく、最後尾へとまわり、聖女は杖を強く握りなおしたのだった。




――スケルトンを操る恐ろしいリッチを打倒した皇子一行。


だが引き換えに、シンルゥという大きな戦力を欠いてしまった。


果たして一行は次なる強敵とどう対峙するのであろうか――




などと頭の中でナレーションを流して遊んでいたオレだが、サキちゃんがくいくいと袖をひっぱっているのに気づいて顔を向ける。


「どうしたの?」

「次の三階って、例のアレがいますよね?」

「そうだね。恐ろしい魔王の島に乗り込むんだし、財宝ぐらい持ち帰った方がいいかなって用意した宝物庫っぽい階層だし。そこに防犯設備がないのも不自然だからね」


次の三階はいわゆるお宝エリア、宝物庫っぽい場所である。


だが、そういう場所にあるものはお宝だけではない、というのもお決まりだ。


「大丈夫でしょうか? パックリいっちゃいませんか?」

「つかまえてきたシンルゥの話だと、せいぜいもっていかれても腕一本ってとこらしいし、命に別状はないでしょ? それに聖女っていうくらいだからヒーラーでもあるだろうし」

「そ、そうですよね。大丈夫ですよね」


そのやりとりを聞いていた妖精がオレの肩から飛び立ち、サキちゃんの顔の前でホバリングする。


そしてサキちゃんの耳元でささやく。


「ねぇサキ?」

「な、なんですか?」

「あわよくば皇子様を自分のモノにしたいなー、とか思ってるでしょ? それで間違っても顔とかに傷でもついたらイヤだなーとも思ってるでしょ?」

「ひ、ひ、姫様!? 相手は王族ですよ? 私、そんな大それたこと考えてないですから!? それに声が大きいです、魔王様に聞こえちゃう!」


ごめんね、全部聞こえてる。


けれど、ガールズトークは聞こえても聞こえないフリをする事が生き延びるための鉄則だ。


もし計画通りに皇子と仲良く悪友になれたら、一人の女性として紹介してあげようか。


……いや、本人が今、否定したみたいに、本当にそんな事は考えてないかもしれない。


さっき妖精と話をしていた時に、好みのタイプがどうこう言ってはいた。


だが会話の流れでそう話していただけで、それをオレが本気にして勝手に世話を焼くと迷惑をかけてしまう。


例えるなら、アイドルにお熱をあげる女の子というのが正しい認識かな?


それにこういった事を上司的立場から良かれと思って紹介しても、パワハラかセクハラにもなりかねない。


実にデリケートな対処が必要だ。


やはりここは本人に確認してからのほうがいいだろう。


「サキちゃん。うまく皇子たちを仲間に引き込めたら、場を整えて紹介してあげようか? あくまでサキちゃんが望むならって話だから、気が向かないなら遠慮なく断ってくれても」


かまわないよ、という前に。


「お願いします!!」


さっき熱演していたスケさんもかくやというほどの声量で、良いお返事が返ってきた。


サキちゃんの顔の近くで滞空していた妖精が、両耳を手でおさえてフラフラする。


「サキ、うるさっ! 声でっか!」

「あ、姫様、ごめんなさい! けど聞きましたか? 魔王様が皇子様を私にくれるっておっしゃいましたよ!」


くれるとか、あげるとか、そういう話はしていなかったが、あえてつっこまない。


モチベーションがあがっている従業員さんにわざわさ水を差す事もないだろう。


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