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『魔王塔、二階。永久に嘆く眼窩の蒼炎(2)』


熱演を見せたスケさんに対して、皇子たちは恐怖にとらわれながら剣を構える。


「く、予想はしていたが、やはり強力なリッチか。聖女よ、さきほどの術、いけるか!」

「は、はい! ――、――」


皇子が聖女へ目をやり、聖女も皇子にうなずく。


聖印を握りしめ、呪文を唱える聖女。


「では、私は時間稼ぎをいたしましょう」

「オレも行く!」


シンルゥが魔剣を抜いてスケさんへと仕掛ける。


スケさんも生み出した火球をシンルゥへと放ちつつ、高速ホバー移動で黒いローブをひるがえしながら後退して距離を詰めさせない。


逆側から走り込んだ皇子が鋭い剣戟を放つ。


スケさんはそれをギリギリでかわして、超近距離から皇子の顔に向かって火球を放つ。


「ぐっ! 発動が……速すぎるッ!」


今度は皇子が紙一重で身をかわし、すぐに距離をとる。


剣と魔術。


接近戦で有利なはずの自分が、逆に攻められるという実力差に驚愕しているようだ。


そんなやりとりの中で詠唱を完成させた聖女が叫ぶ。


「聖なる矢よ! 魂亡き闇を貫き給え!」


聖女が杖をふりかぶるとその軌跡を追うようにして、数本の蒼い矢が放たれた。


森で使った雨みたいな呪文じゃないな。


まぁ、こんな室内では、打ち上げてから効果を発揮する魔術は向かないか。


スケさんが聖女の発動した魔術をチラリと見る。


ため息をつくようにして、回避しようとローブが一瞬ひるがえったのだが。


急にその動きを止めた。


このままだと直撃するのでは? と、オレが疑問に思っていると、シンルゥが聖女の放った蒼い矢とは逆側から仕掛けていたのだ。


スケさんはシンルゥの鋭い剣をふせぐため、聖女が放った矢に背中を向ける。


そしてシンルゥの攻撃を回避し、次の瞬間。


「グアアアアアアアア! オノレェェェエエエ!」


まるで不意打ちを食らったような反応をし、スケさんは聖女へ向かって怨嗟の絶叫をあげた。


聖女へと火球を放つも、聖騎士がそれを完全に打ち払う。


「効いているぞ! シンルゥ、オレたち二人でリッチの気を引き続けるぞ!」

「ええ、おおせのままに」


皇子たちの作戦が決まった瞬間であり、シンルゥとスケさんコンビネーションが決まった瞬間でもあった。


実に自然にリッチを追い詰めている感じになっている。


「ねぇ、ツッチー」

「ん?」

「今さ、スケさん絶対に避けられたわよね?」


妖精が首をかしげる。


あ、わからなかったかな?


「そうだね。簡単に避けられただろうね」

「でもワザと当たったよね?」

「ワザとだろうね」

「どうして?」

「多分、皇子たちには、聖女の魔術しか有効な攻撃手段がないと判断したんじゃないかな? それすら簡単に避けちゃうと皇子側に攻め手がなくなっちゃう。そうなると、スケさんがワザと負けるってのが難しくなっちゃうでしょ」

「あー、なるほど」


とっさの判断力。


さすがスケさん、さすがシンルゥ。


その後もシンルゥと皇子がスケさんに近接戦をしかけ、聖女が呪文を完成させるたびに蒼い矢を打ち込んでいく。


スケさんお気に入りのローブも、ずいぶんとボロボロになってしまった。


スケさんが怒りの演技をしている中、時折、ちょっと寂しそうにローブを気にする仕草が切ない。


色々と落ち着いたらディードリッヒに頼んで、同じものをまた用意してもらおう。


戦いはそれなりの長丁場になったが、やがてスケさんの立派なローブが、立派なボロ布になったあたりでシンルゥが皇子にかけよる。


「ラチがあきませんね」

「まったく弱る気配がないな……くそっ」


聖女が矢を放つため、シンルゥとともに前衛を担当する皇子が弱々しく呟く。


このままでは自分たちだけが体力を消耗して、いずれ押し切られるというのがわかっているからだ。


「……仕方ありません」


シンルゥが取り出したのは、さきほど迷路破りと偽っていた、青く光る水晶玉だ。


「勇者? そんなもので何を?」

「この水晶には膨大な魔力が込められています。扱い次第では暴走させて大爆発させることが可能です」


嘘である。あのオモチャにそんな機能はない。


だがこの自爆アタックこそ、両者相討ちを演出するイベントだ。


専用化やらなんやらと言って、シンルゥからオモチャの水晶をとりあげられないようにしたのも、この為だ。


「なんだと? いや、だがしかしそれは……」


一方、突然、自爆攻撃などを提案された皇子がうろたえる。


言い出したのは自爆をかけるシンルゥなのだから、なおさらだろう。


すくなともここまで同伴していて、自己犠牲を良しとするタイプには見えなかっただろうしね。


「どれほどの威力かとお疑いですか? 行き場を失った魔力が周囲一帯を破壊します。あのリッチとてまず仕留め損なう事はないでしょう」

「待て待て、そうではない。それでは勇者、お前も……ッ!」


仲間を犠牲にしての自爆攻撃。


いくら苦戦しているとはいえ、皇子がそれを認めるはずも無かったが。


「バラン! その女の言う通りにしろ! 専用化して譲渡できんというアイテムならば、その女がやるしかないだろう!」

「兄貴!? しかし!」


後ろを振り返った皇子が見たものは、息も絶え絶えとなり顔色を青くした聖女をかばう聖騎士だった。


聖女は杖にすがりつくようにして、かろうじて立っているという状態だ。


「聖女がすでに限界だ。攻め手がなくなれば、潰されて全員終わりだぞ!」

「……くっ」


皇子がシンルゥを見る。


シンルゥはいつもの笑顔で、水晶をかかげてみせた。


「……それでいいのか、君は」

「ここでの戦いは私の大事な人の為でもありますから」


シンルゥが微笑んだ。


それまでの張り付けたような笑顔ではなく、ふわりと微笑んだ。


「……ッ」


皇子が息を飲んだのがわかる。


美人だからね。


普段はトゲトゲしいけど、息もかかるような距離で美人に優しく微笑まれると男はチョロい。


けど、アレは決死の覚悟で浮かべた最期の微笑ってわけじゃない。


ようやく仕事が終わりましたー、という顔だ。


ウチに出入りしている時、特にスケルトンを納品した後、妖精やらダークエルフたちとガーデンパーティーを開き、領主に用意させたお高いお茶やケーキを突っついている時によく見る微笑みなのだ。


週末を迎えたサラリーマンが帰宅して夕食をとり、明日、明後日の休日、その前夜という、もっとも精神に余裕がある時間に浮かべる微笑みとと同種のものだ。


嗚呼……戦女神に消されたはずの記憶がうずく。


「バラン! 決断しろ!」


聖騎士が急かす。


「勇者、すまん!」

「ええ。それでは――ご武運を」


シンルゥが水晶を左手で胸に抱えるようにして、スケさんへ駆けだした。


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