『魔王塔、侵入』
「これが土の魔人の住まう塔か」
風もないのに揺れてしまう恐怖の大吊り橋を渡り終え、たどりついた塔を見上げて皇子がつぶやく。
深い森をそこだけ拓いたように広がる空間に、オレの傑作の塔がそびえている。
「ん……これは? 何か違和感があるが、なんだ?」
皇子は歩み寄った塔を間近に見て疑念を抱いたようだ。
聖女も同様のようで、塔の壁にそっと触れた。
「この塔、継ぎ目とか全くないですね……どうやって作ったのかしら」
そう。
この塔には、レンガなどの建材を重ねて作った跡がまったくない。
少なくとも人の手により、まっとうな手段で作られたものではないと一目でわかるだろう。
「どうした? 気おくれしたか?」
発破をかける聖騎士と、意外に良い所に気づく聖女。
皇子は二人を見て、もう一人の仲間であるシンルゥを見る。
シンルゥの笑顔は崩れない。
これまでの道中の余裕さから見て、さぞ頼もしく見えるだろう。
実際強いし、裏では悪の魔人とつながってるからシンルゥに不安なんて欠片も無くて当然だ。
現実は厳しいな。最も強い仲間が実は味方じゃないなんて、皇子たちも災難だ。
「よし、行こう」
塔の一階に扉は作っておらず、デカい入口がこれでもかと空いている。
皇子たちは引き締めた表情で、その入り口へと身をくぐらせた。
「さて、オレたちも行こうか。あ、スケさんはどうする?」
「せわしないのも良くないでしょうからな。そろそろ私は二階の部屋にて待機しましょう」
スケさんの役目は、いわゆる中ボスだ。
塔の一階、この入口から始まるのは、スケルトンが徘徊する恐怖の迷路が始まる。
スケさんは二階に作ったボス部屋で待ち構えてもらう予定だ。
ただし、スケさんが戦う相手は皇子たちではなくシンルゥ。
相討ちを演出してシンルゥには二階でリタイアしてもらい、三階からは皇子たちだけで登ってもらう予定だ。
これはシンルゥからの要望で、ここ最近あっちこっちで色々と活躍しすぎて有名になりすぎたらしく、そろそろ死んでおいた方が気楽にやれる、という事らしい。
死ななきゃ気楽になれないほど、どんな活躍をしたのかは気になるが、そういう事ならと作戦のすりあわせをしてこうする事とした。
死んだ後はウチの島に家を建てて暮らすそうだ。
なんでも、昔、お世話になった人と再会できたそうだ。
そして恩返しにその人の面倒を見て一緒に暮らしたいと、今回の作戦が始まる少し前に許可を取りに来た。
恩人さんは元気に見えて昔のご苦労がたたり、体を壊してしまっているそうだ。
だが、ここの島の実を食べて養生すれば快癒に向かう可能性もあるという事らしい。
あのシンルゥがそこまでする人に興味はあったが、興味本位で聞くこともないなと、オレはただ日頃のお礼も兼ねて無条件でオッケーを出した。
むしろ恩人さんの方が魔王なんて呼ばれている魔人の住む島に住みたいと思うのだろうかと聞いたが、それは別に構わないらしい。
ま、人間も色々いるからね。
魔人とツルんで悪い事している人間が身近に三人もいるし、一人くらい住人が増えた所でたいして変わらん。
シンルゥは自分の死後、島のどこに家を建てるか、その後はたまに変装道具を使って港町でお菓子とかの買い出しをしたりする計画なども立て、すでに悠々自適な生活プランを練っているようだ。
土の家でよければオレが建ててあげられるから問題ない。
逆にシンルゥが島に常駐してくれるのであれば何かあっても安心だ。
というわけで。
二階ではスケさんとシンルゥの殺陣が見られる。
練習もしていたようだし、見世物としてもちょっと期待している。
「了解。じゃ、スケさん、恐ろしい魔人の恐ろしい配下としての演技、期待してるよ?」
「リッチとしての一般的なメイージ通りに振舞ってみますが……なかなかどうして、昔の自分を思い出してしまい、赤面ものですな」
今はこんな理知的で優しい雰囲気だが、やっぱり昔はリッチしていたらしい。
あと赤面はできないよね、というツッコミ待ちだろうか?
いやスケさんに限ってそれはないか。
「へー。今みたいな落ち着いたカンジからは想像もつかないよ」
「当時は意識の混濁がございましてな。死にたてゆえ体に残る生の感覚と、新たに感じる死の感覚がないまぜになって、自分がどういう状態かもわからず。ただ苦しく、ただ悶えて、生なる者への執着と嫉妬、それ果ては生きる者すべてに向かう怨恨と殺意になった状態です」
言葉にされても、ちょっと想像がつかない。
「なかなか複雑な心境なんだね」
「なに、乙女心ほどではございません。私は成り損ないとはいえ、不死魔術の最奥の一つを覗くに至りましたが、ついぞ女性の心を理解するには至りませんでしたからね」
こんなシャレた言い回しをする人に、そんな凄絶な過去があったとは信じがたい。
それはともかく。
「スケさん、もしかして生前はプレイボーイ?」
「さてさて、どうでしたか。では、先に二階にてお待ちしておりますれば……このあたりからお願いしても」
「ほいほい。できたよ」
警戒しながら前へと進む皇子たちに見つからないよう、オレたちは少し離れる。
そして壁に近づき、そこに浸食支配の力で音もなく塔の外側へ続く穴をあける。
さらにそこから塔の外壁をつたう登り階段を作り、二階のボス部屋まで直通にする。
スケさんはそこを通って、ボス戦予定地にて待機だ。
「吹きさらしだから落ちないように気を付けてね」
手すりくらいはつけているが、強風でも吹かれると転落の危険性もある。
特にローブなんて着てるスケさんは、風にあおられやすいだろう。
もっとも、転落したとしても空も飛べそうな人だが。
「お気遣いありがたく。それでは御前、失礼いたします」
スケさんが出て行ったのを確認して、オレはすぐにその穴を閉じる。
「よし、皇子たちに追いつこう。ちょっと小走りで行くよ? いいかい、サキちゃん?」
「は、はい!」
スケさんを送り出したオレ達は、少し先を行っている皇子たちを追いかけた。




