『魔王島、フィールドアタック編。行く手を阻むは、命無き骸たち』
シンルゥの案内で皇子たちも進み始め、眼前の森へと入っていく。
抜いた剣で突き出る枝などの露払いをするシンルゥだが、道なき道を進んでいるわけではない。
不自然にならない程度の道、獣道のようなものは作っておいた。
「深い森だな。視界が悪い」
「バラン、気を付けろよ。どこから何が出てくるかわからん。事前の調査ではスケルトンどもが多数徘徊しているという話だったが見かけないな。聖女よ、どう思う?」
「スケルトンは性質上、あまり陽の強い場所にはでてきませんから……陽が落ちてからは、また変わってくるでしょう」
皇子と聖騎士が周囲を警戒しながら、事前に伝えておいたスケトルンの存在を探している。
聖女がスケルトンが出てこないのは陽が高いからだ、と言っているのは正しいらしい。
らしい、というのは実際にそういう性質もあるようだが、いまだ出てこないのは単純にこちらの都合だ。
よそは知らないが、ウチの骨たちはフツーに明るい所でも活動する。
確かに日中は夜より、ほんの少し動作が鈍いかな? という程度の違いはあるが。
「なんにせよ、警戒は怠るな」
先頭がシンルゥ、次に皇子、聖女、最後尾に聖騎士という順番で進んでいる。
シンルゥに警告された事もあってか、一行からは緊張感が伝わってくる。
皇子様たちにとって、ここは魔王の住まう島の恐ろしい森だから当然だ。
だが、オレたちからするとこの道は、テーマパークの順路ともいえる。
今はゲストが予定にないルートに行かないよう、後ろからチェックしているようなものだ。
よって、あちらとこちらでは温度差もずいぶんと違う。
具体的には。
「ね、ね、ね? サキは皇子様と聖騎士ってどっちがカッコいいと思う?」
「えっー……と。私は年下がタイプなので皇子様がいいなぁって」
緊張感のない当方のスタッフ達がこのような会話をかわしている。
「へー、年下が好きなんだ、いがーい。年上に甘えたいタイプかと思ってた」
「それも良いんですが、やっぱりサキュバスの本能的に相手を従えたいっていうのもあって。あ、けど強気な年下美少年にアゴで使われたいっていうのもあるんですよねー。皇子様がそのタイプだったら最高なんですけど、ちょっと違うカンジですし」
「そ、そうなんだ? よくわかんないわ?」
なんとは無しに耳に入ってくるガールズトーク。
サキちゃんの意外な面が聞こえてくるが、オレとスケさんは紳士として聞かないふりをする。
「でもでもー。その年上に甘えたいっていうのは……姫様の好みですよね」
「サ、サキ、なに言ってんの! ア、アタシだって年下好きの大人のお姉さんなんだから!」
平和である。
ちなみにウチの妖精は近頃、皆に姫様と呼ばれている。
言い得て妙だ。
確かに島の最大権力者で魔”王”なんて呼ばれているオレの娘みたいなものだから、姫様というのもあながち間違いでもない。
本人もそう呼ばれて嫌がってはいないようだ。むしろ気にいっているようでもある。
そうして、そこそこの距離を歩いただろうか。
最初はいつ何が出てくるかと緊張感に満ちていた一行だが、襲われるどころか獣一匹出てこないため弛緩した雰囲気になっていた。
穏やかな道中が続き、あまりに退屈だったのか肩に乗っていた妖精がコックリコックリとしだした。
落ちると危ないので「ちょっと寝たら? あとで起こすから」と言うと、目をこすりながらうなずき、今はオレの胸元に入り込み首だけ出して寝息を立てている。
まー、昨晩、楽しみにしすぎてあんまり寝てなかったからな。
遊園地に行く前夜の幼稚園児みたいだったのが実にかわいらしかった。
さすがに夜更かししすぎで、早く寝ないと明日眠くなるぞと言って一緒にベッドに潜り込んだが、それからもちょくちょくツッチーまだ起きてる? と何度も聞いて来るくらいのテンションだった。
正直、オレもちょっと眠い。
妖精が服の中に落ちないように気を付けながら歩を進めていると、サキちゃんがオレの袖をクイクイと引っ張ってくる。
「ま、魔王様、そろそろ最初の予定地点に差し掛かりますよ」
「よし。まずは皇子たちがどんな反応をするか、様子見といこうか」
さて、ようやく最初の戦闘イベントだ。
上陸してすぐに襲撃だと、分が悪いと思えば船に乗って引き返される可能性もある。
ここまで来ればそうもいかないだろう。
「さてさて。お手並み拝見だ。老司教いわく、それなりの実力者らしいが」
だいたいどれくらいの強さかというのは聞いているが、実戦ではダメでしたという事もあるだろう。
本番に強いアスリートもいれば、そうでない者もいる。
そもそも実戦経験があるかどうかもあやしい高貴な方たちだ。
聖女もいざ実戦となると気絶してしまうかもしれない。
そんなわけで一発目のイベントは、ちょっと脅かす程度のものにしてある。
皇子たちが森を進む先、少しだけ開けた場所に出た。
泉が湧いており、日も差し込む、美しい場所だった。
「あ、湧き水……大きな泉がありますよ!」
聖女が嬉しそうな声をあげる。
その言葉通り、眼前に現れた泉の規模は、広さ、深さともに、学校の教室ぐらいある大きさだ。
さすがに四角ではなく、自然なカンジの楕円形にしてあるが目立つような大きさに作っておいた。
そして聖女が言ったように泉、つまり飲めるようなキレイな水が湧き出ている。
もちろん水脈なんて探れないので、地中に穴を作り遠くの貯水タンクから引いてきた。
水がらみの操作はいまだ手間がかかるのだが、がんばって作った力作だ。
オレたちがいつも飲料水としているろ過水なだけあって、飲んで良し、浴びて良し、のキレーなお水である。
「おい、先に行くな!」
「あら? 聖女様? 一人では危険ですよ?」
皇子の制止もきかず、その先を行くシンルゥの言葉にもかまわず横を駆け抜け、水を求めて走る聖女。
森の中、けっこう湿気すごいからね。
額に垂れる汗を流したいという欲求もわかる。
特に聖女は道中で、何度も水筒に口をつけていた。
「ま、いいんじゃないか? 慣れない行軍だ。いまだ敵の姿もない。オレ達も休めるうちに少しでも休むべきだ。ぬるくなった水筒の水より、冷たい水がありがたいだろう」
「……兄貴が言うのであれば。勇者よ。お前も先導で疲れているだろう、聖女のように少し休め」
だが、これからどういう展開になるかわかっているシンルゥは、ただ笑顔を浮かべるだけだ。
それをどうとったのか、聖騎士が皮肉気に笑う。
「大きな口を叩いた手前、休むに休めんか。ならば周囲警戒でもしていろ」
あーあ。
柔和な顔つきに似合わず、聖騎士がネチネチとやっているが……あいにく、そんな事でどうこう思うような、あ、いや、根に持ちそうではあるが、ウチの勇者様は繊細ではないぞ?




