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『ツッチー、大地に立って幾星霜(3)』


そうして姿を消したオレたちは、船の係留を終えた彼らのわりとすぐ近くまでやってきた。


どれくらい近いかというと。


「ここが魔王の島か……」


なんていう呟きが聞こえるほどの距離だ。


歩数にして十歩と離れていない。


金髪の青年が落ち着かないように周囲を見回していると。


「おいおいバラン、腰がひけたか?」


それをおどけるようにしてからかっているのも同じく金髪ながらも、やや年上の青年。


身長も頭一つ大きく、柔和な笑顔が実に頼れる兄貴分という感じだ。


「お二人とも。すでに戦地ですよ……お声がいささか大きいかと」


最後に船から降り立ったのは、長い銀髪の白ローブ姿の少女だ。


「失礼、聖女。お手をどうぞ」


船から桟橋に移ろうとした時、バランと呼ばれた最初の青年が手を差し出す。


「あ、ありがとうございます、バランタイン皇子」


ほー。見当はついていたがアレが皇子か。


年上の方が兄貴分の聖騎士様とやらで、最後が教会からのヒーラーで聖女様と呼ばれている女の子、と。


報告通り、予定変更無し。


他に同行していたのは、さきほど船を係留したり、今も荷物の管理などをしている軽装の騎士が三人ほど。


それらが船から荷物を運び出し、三人の装備などを整えていく。


差し出された剣を佩き、小ぶりの丸盾の感触を確かめる皇子。


対照的に両手持ちの大きな剣を背負う聖騎士。


見事な宝石が先端にはめ込まれた大きな杖を持つ聖女。


それぞれの準備が整ったあたりで、皇子が聖女に声をかけた。


「しかし聖女よ。うら若き女性という事ではあるし、とがめるにはいささか心苦しいのだが……」

「は、はい?」


皇子が少し眉をしかめる。


「少々、香水が強いのではないか? ここは命を賭けた戦場だ。遊びに来ているわけではない」

「あ、その……ええと」


聖女が言葉につまる。


いや、香水なんてつけてるのか聖女様は。


緊張感がない……いや、つけざるをえなかった理由でもあるのか?


「バラン。お前は本当に……なんというか、ダメだな」

「兄貴? 何を言う。戦地でそんな香りの強いものなど」

「敵に知られるか? 人が相手ならばともかく。それに聖女の立場になってみろ。オレとお前、仮にも貴族の頂点に立つ者たちと同乗するのだ。香水の一つや二つ、たしなみだろう」

「……む」


皇子が納得したという顔で引き下がり、聖女に向かい、気を遣わせてしまって申し訳ないと軽く謝罪までしていた。


協調性と気遣いのできるパティーらしい。


だが、それはそれ。


危機感がないというかなんというか。


戦闘準備にしたって砂浜にお店を広げて、お手伝いさんまで出してやる事だろうか?


上陸、即、戦闘という可能性もあったと思うのだが。


「うーん、もしここが本物の敵地で、今、襲われたらどうするつもりだろう」


考えるまでもない。


たった一人を除いて全滅だろう。


その例外の一人は船着き場についてすぐ、船から飛び降り周囲を警戒していた。


しかし三人が上陸後、準備に時間をかけるにつれ、最初はひきしめていた表情がだんだんと……見慣れた笑顔になってくる。


そう、老司教に向ける、あの皮肉めいた笑顔だ。


「御三方、手間をかけた自殺をしにきたのでしら、私、帰ってよろしいかしら?」


すでに抜いた剣を手にして周囲を警戒する事は続けながら、三人に視線を向ける。


緊張感が足りないと暗に言っているのだろう。


「勇者の称号持ちといえ案内役風情が。口が過ぎるぞ。場が場ならば重罪だ」


その意図を理解し、聖騎士が厳しい目でシンルゥをとがめる。


……シンルゥってウチだけじゃなくて、全方位にあのテンションなのか。スゲーな。


「それは失礼。王族の方の優雅な戦場入りというのは初めてでしたので、つい」


そしてこの満面の笑顔である。


いや、ほんとスゲーな。


反骨精神とかそういうレベルじゃないぞ。


「貴様……」


聖騎士が剣の柄に手をかけようとして、皇子がそれを止めた。


「兄貴。彼女が正しい。すまない、面倒をかける」


……おお。


頭が固いと聞いていたが、なかなかどうして話が通じそうな若者じゃない?


「本当に手間ですわ。後進の教育であれば尻を叩いて急かすのですが、皇子様相手ではそうもいきませんから」


だが、これがウチのシンルゥである。


相手が非を認めて謝罪までしているのに、追い打ちに容赦がない。


「……俺にそこまで言う者は初めてだ」

「温室にいらしたんでしょう? 戦場では雨も矢も魔法も避けてはくれませんわ。この程度の言葉のトゲも流せないようでは先が思いやられます」


本当に容赦がない。


その上、口も頭も回転が速いから、本当に辛辣だ。


「ああ、わかってる」

「でしたら進みましょう。皇子様であっても時間の流れはかわりませんから」

「それもわかっている」


皇子様、スゲーな。


こんだけ露骨な挑発……挑発なのか通常運転なのかはともかく、あんだけ口の悪いシンルゥに対して、まったく

怒らなかったぞ。


対して聖騎士兄貴の方が真っ赤である。


今にも湯気が出そうなくらいだ。大丈夫か。


聖女は我関せずという顔だ。


確かに自分が会話に入り込んだところで話がややこしくなるだけだろう。


それとも教会という立場から、王族と冒険者組合代表とのやり取りに対して発言を控えたか?


そうであるなら、お若いお嬢さんに見えて、それなりに世間にもまれているようだ。


「お前たち、船を頼むぞ」

「ハッ!」


同行していた軽装の騎士たち三人は、やはり船の保全と警護のために残るようだ。


確かに必要な人員だ。


魔王を倒しました、けれど船が流されて帰れません、では意味がない。


そして皇子は共に戦いに挑む三人の顔を見る。


「いざ魔王の塔へ。皆、準備はいいな?」


聖騎士が鷹揚にうなずき、聖女は不安を押し殺したような顔でうなずき、ウチのシンルゥが笑顔でうなずく。


「よし、行くぞ!」


こうして皇子一行はシンルゥの先導に従い、塔へと続く森の中の道へと進んでいった。


「さて。じゃ、みんな行くよー」


そして、その数メートル後方を、姿を消したオレ達も続くのであった。


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