『ツッチー、大地に立って幾星霜(2)』
「そろそろかなー」
海岸沿いの船着き場、その近くにある森の入り口にて待機するオレ達は、日も昇ってきらめく青い海を見つめている。
「き、緊張しますね」
「何も不安に思う事はないよ。練習通りにやれば大丈夫だから」
サキちゃんがオレの船長服のそでを握りしめて、不安げにつぶやく。
そう。
今日は、ディードリッヒが降って来るまで、オレの一張羅だった懐かしい服を引っ張り出してきている。
赤い生地に金の刺繍がちりばめられたそれは、実にカッコよく威厳と迫力がある。
なぜこんな物を引っ張り出してきたかというと、まぁ、オレの手落ちだ。
つい先日まで悪い魔王様っぽい衣装、という小道具の手配を忘れていたのだ。
ディードリッヒに頼めばすぐに手配してくれるだろうが、アレもコレもと多忙な彼に、追加で仕事を増やすと言うのもためられたのと、着る機会がなくなって久しい思い出の服というのもあり、本日はこれを着る事にした。
さすがにこんな大舞台で、いつものゆるい恰好をしていては、命がけでやってくる皇子たちに失礼すぎる。
妖精とおそろいで作ってもらったシャツとか短パン、動きやすいけど花柄だからね?
「見えてきました。魔王様、あちらを」
スケさんが骨の指で示した方向から、白いしぶきをあげてこちらへと進んでいる小型の船が一艘見えた。
「……けっこうな速度じゃない?」
四人で乗り込んでくるというから手こぎボート的なもの、もしくは小型の帆船とかでやってくるのかなと考えていた。
しかし岸に向かってやってくるそれは、モーターボートのごとくだ。
舳先をぐおんぐおんと揺らしながら爆走する小型艇である。
確かに港町からこの島までけっこうあるからね。
偉い人乗せて、手こぎでえっちらおっちらというのはありえないか。
「ずいぶんと性能の良い魔導船かと」
マドーセン。
なるほど、モーターみたいな魔道具を積んでいると。
「さて。そろそろ視界内です。サキ殿、よろしいか?」
「は、はい! ……では! ――、――、――……ッ!」
スケさんに言われて、サキちゃんが小さく何かを唱えた。
すると……オレたちの体の輪郭が淡い蒼でふちどられる。
「成功、です!」
ふんす、とガッツポーズをとるサキちゃん。
「ありがとうサキちゃん」
「まこと、お見事。サキ殿の隠形はなかなかに素晴らしい」
「あ、ありがとうございます」
これぞサキちゃんのスキル、隠形だ。
効果範囲はサキちゃんを中心とした球体で、サキちゃんが指定した対象と彼女自身はその範囲内にいる限り透明化される。
隠形対象になるとその輪郭が蒼く光ってふちどりされるので、術のかけ忘れも確認できる。
もしこれがなかったり、逆に術者や被術者も透明になっていたら使いにくい術だった思う。
ちなみに声に関しても、隠形対象者の声はスキル範囲外には漏れないし、スキル対象者同士だけにしか聞こえない。
逆にスキル範囲外からの通常の音はちゃんと聞こえるという、色々な面で考えうる限り完璧な隠形術だ。
ただし、スキルの有効圏内の出入りは自由だし、物理的な障壁でもないので範囲魔法には弱いらしい。
よって戦闘中にこのスキルを発動して離脱しようとしても、そういった炎の嵐とか、豪吹雪などの魔法には無力だそうだ。
ま、今回はそのあたりは関係ない。
完全に隠密のためだけに使ってもらうものだから。
「サキ、えらいえらい!」
「え、えへへ……」
自分の体も蒼くした妖精がサキちゃんの頭上に飛んでいき、その頭をなでている。
女の子同士気が合うのか、実に仲睦まじい。
体の大きさは違えど姉妹のようだ。
と、そんな事を少し前に言ったら、妖精がますます姉のように振舞いだして今のように至る。
お姉ちゃんぶる妖精が何ともかわいい。
サキちゃんも喜んでいるようだしオレも心が和む、まさに三方良しだ。
「お、ついにご到着か」
アットホームな雰囲気で準備を整えて待っていた中、ついに魔道船が船着き場に到着した。
ディードリッヒ達が作ってくれた桟橋に小型艇が横付けされ、軽装な騎士が船から飛び出て、手に太い縄を持って降り立つ。
「……四人だけじゃなくて、けっこう乗ってたんだな」
「船の番をする者たちでしょうな」
「なるほど」
言われてみれば納得の答えだ。
彼らは桟橋に備えられた係留環? というものに縄を通したり、小さな錨をボートから降ろしたり色々と停泊作業をしている。
素人のイメージだと船の停泊っていうのは、なんかフックのお化けみたいなヤツにロープをぐるぐるするっていうものしかないが、実際はあっちこちっちにロープを結んだりするらしい。
そのあたりはよくわからないで、この桟橋の設計やら設営やらはディードリッヒ指導の元で行われている。
小型艇がちゃんと停泊したっぽいあたり、ディードリッヒの仕事は今回も完璧というわけだ。
……あの日、焦げたディードリッヒが空から降ってこなかったらと思うと、この異世界でオレは今日まで生きてこられたかだろうか? と思うほどに有能すぎて恐ろしい。
しかし面倒ごとの発端もだいだいディードリッヒなので、素直に感謝しきれないのも事実である。
疫病神なのか、福の神なのか。
「いや、福の神に決まってるわ」
疫病神ってのは、あの戦女神に決まってるんだからな。
「なに、ツッチー? 何か言った?」
「何でもないよ。さて、皇子様とやらの御尊顔を拝見しに行くか。サキちゃん、行こうか」
「はは、は、はは、はい!」
オレの袖をがっちり握りしめているサキちゃんが、何度も首を振って返事をする。
緊張しすぎだが、隠形の術の維持は大丈夫だろうか。
少なくとも、皆に張られている蒼い輪郭は消えていない。
ちなみにこうしてくっついているのは、何かの拍子に互いが離れてオレが隠形範囲から外れないよう為だ。
妖精はオレの肩に乗っているから問題ない。
スケさんとは……互いの精神のためにも、触れ合うほどにくっつく必要はないだろう。
二メートルを超えるスケトルンに袖を引かれているとか、たたられているみたいで落ち着かない。
かと言ってスケさんも、代案として迷子紐みたいなものをつけられるのはイヤだろうしな。
あん? 手をつなぐ?
勘弁してくれ。
「はい、出発するよー」
オレが森から歩き出し船着き場へと向かうと、サキちゃんも続き、スケさんもカシャカシャとついてくる。
完全に皇子たちの視界内だが、気づかれる様子はまったくない。
肩の妖精が「本当にあっちからは見えないのねー、不思議」と未だサキちゃんの能力に感心していた。




