『ツッチー、大地に立って幾星霜』
「えー、それでは本日、ついに皇子様の一行がやってきます。皆さんは今日という日の為に頑張って準備をしてきました」
オレは砂浜にあつらえた集会場のお立ち台(小学校や中学校のグラウンドにあるアレっぽいやつ)の上で、従業員さん達を見渡しながら挨拶をしている。
「特に作戦の中心となる幹部役員の皆さんは、打ち合わせや練習など、本当にご苦労様でした」
ディードリッヒが魔界まで赴いて募り、選び抜いた幹部さん達を見る。
彼らはオレのすぐ前で、オレの作った土のベンチに座ってこちらを見上げていた。
こちらを見上げる三人は年齢も生別も種族もバラバラだ。
まず豪華なローブを着ているスケルトンがスケさん。
スケさんというのはオレがつけた偽名だ。
色々と事情のある人らしく、生前の名前はもう忘れてしまったという。
ちなみに見た目はスケルトンだが全く別の存在で、正確な種族分類はリッチである。
そう、リッチ。
かつて人間だった者が禁忌の果てにたどりついた姿。
と言うと、おどろおどろしいが温厚で理性的、協調性もある、とても人柄の良い方だ。
次にその隣に座っているのは、黒いスーツに身を包んだ品のある紳士。
カイゼル髭とよばれる、先端がくるっと巻いた口ヒゲがトレードマークだ。
この人も色々とユニークな人で、名前は……いや、この人に関しての詳しい話は後回しにするとして、次。
その紳士の隣に座るのは、三人目の幹部であるサキちゃん。
体も小さい、気も小さい、されどエロい衣装を着ているサキュバスだ。
まだ年端もいかない少女なのだが、魔界の都市で路頭に迷っている所をたまたまディードリッヒが見つけて声をかけたという。
事情があって素性を語れないらしく、名前すら教えてもらっていない。
まるで家出少女のようでもある。
他にもいろいろと事情があるようだったが、彼女は素晴らしいスキルの使い手であり、その有用性は細かい事情はさて置いてじゃあ即採用で、という流れだった。
名無しは色々と不便なので、雇用主のオレが便宜上サキちゃんと呼ぶことにした。
サキュバスだからサキちゃん。
実にシンプルで手抜き感があるが、語呂も良く呼びやすく覚えやすい。
雑すぎて怒られるかと思いきや、むしろ本人が一番気に入っている様子なので良しとする。
そして行く宛てもなかったサキちゃんは、渡りに船とばかりに採用と同時にこの島で暮らし始めて今日に至る。
この三人こそ、今回の作戦を主導する実行部隊、つまりは幹部だ。
オレは視線を別の場所へ向けて、そちらにも礼を述べる。
「また、この島で長くともに暮らしている皆さんにも手助けしていただき、誠にありがとうございました」
幹部さん達の少し後ろにもたくさんのイスを作ってあり、それらにはディードリッヒたちが座ってオレの言葉を聞いている。
ウチの島で果実酒を作っているダークエルフたちも、昔に比べてずいぶんと増えた。
よくよく見れば小さな赤子を抱いている母親の姿もちょこちょこ見受けられる。
少し大きくなった子供が退屈そうにイスを上ったり下りたりしていて、その母親が叱っていた。
ま、子供には大人の長話なんて退屈だろうからね。
そして、従業員さんたちに用意したイス設置エリアを遠巻きに輪になって囲んでいるのは、超大量のスケルトンたち。
島を徘徊する雑魚モンスター役である。
シンルゥも、よくまぁ集めに集めたものだ。
当初、これらを統率する事はできず、倉庫を何棟も建てて管理していたのだが。
オレは手前のスケさんを見る。
スケさんは『従僕支配』というスキルを持っていて、自我と意思を持たない不死者、特にガイコツ系を指揮、統率できる為、おかげでスケルトンの管理が格段にラクになった。
この優秀な人材を確保できた事で、オレ以上に喜んだのはダークエルフ達だ。
正確には、それまで定期的にスケトルン袋を叩いて回っていたダークエルフの男たちである。
倉庫に閉じ込めてあるから大丈夫だとは言ったのだが、自分たちが住まう島の安全のためにと、念のためにスケルトンを定期的に砕いてまわっていた。
自分たちから言い出した作業とはいえ……やはり陰鬱とした仕事に違いない。
それから解放されたとあって、もう感謝の嵐だった。
雇用主としては、古株の従業員さん達と新規採用でポッと出の役員がうまくやっていけるかが心配だったがどうやら杞憂だった。
「本当にがんばってくれました、ありがとうございます」
感慨、ひとしおである。
オレはあらためて、皆を見渡す。
「さて。昨晩、お忍びで本国からやってきた皇子達は港町で一泊、予定通りシンルゥの案内で今朝がた船でこちらに出発しました。あと数時間で到着する事でしょう」
本国からお忍びの馬車で、ディードリッヒと領主が治める港町に到着した皇子たち。
ディードリッヒが用意した高級宿で予定通り宿泊したという報告がきている。
同行者も老司教から報告されていた通りで予定変更はない。
凄腕の騎士で、皇子の兄のような立場の青年。
そして教会からは治療と退魔の術が使える、聖女と呼ばれている少女。
シンルゥも案内役として、昨夜その高級宿で合流したそうだ。
あのシンルゥと引き合わせて大丈夫か、という不安はあったが今の所はトラブルが起きたという報告は届いていない。
猫をかぶるというより、場に合わせた振る舞いはできるからね、ウチの悪人たちは。
「何度も予行練習を重ねた成果、ついに見せる時がきました。がんばりましょう。それでは皆さん、初期配置についてください」
オレがペコリと頭を下げると、従業員の皆さんもペコリと頭を下げた。
行動開始となり、皆がそれぞれの配置へと動き始める。
それまでオレの肩で黙ったままだった妖精が、オレの耳たぶをちょいちょいと引っ張って口を開いた。
「……ねぇ、ツッチー。アタシ、確かにみんなに戦いの前の鼓舞や激励をしたら? って言ったけど、思ってたのとずいぶん違うわ」
「そう? オレの故郷じゃこんな感じだったよ?」
戦女神とやらに個人の記憶は消されているが、習慣として身についている記憶から呼び起こしたのが、今の挨拶だ。
「普通は、オーッて手をあげたり、声をあげたりするけど……なんか静かだったし」
「へー。けど、あんまり力みすぎてもいい事ないだろ?」
「そういうものかなぁ」
「そういうもんじゃない? さ、オレ達は船着き場に移動するぞ」
腑に落ちないという妖精は、その顔のままオレの肩に座りなおす。
「じゃ、スケさん、サキちゃん、行きましょうか」
「はい、いつでも」
「は、はい!」
幹部の二人に声をかける。
もう一人の幹部のヒゲ紳士は自分の持ち場へと移動していて、すでに姿はない。
あの人、空飛べるからね。
物理的なフットワークは仲間内でもっとも軽い。
そして徒歩グループのオレ達がこれから向かう船着き場というのは……まぁフツーの船着き場だ。
シンルゥが皇子たちを船に乗せてこちらに運ぶと、それを停泊させる場所が必要だという事で用意した。
ここをスタート地点としてメインイベント会場である魔王城……ではなく、魔王塔へと導くような地形を造成してある。
整備された明らかな道ではなく、うっそうと茂る森や、激流の河に大木を渡しただけの橋など、それっぽいシチュエーションの道のりを造成して演出してある。
シンルゥに前振りを頼んであるが、この魔王島にはスケルトンが徘徊しているという設定だ。
深い森の木々から不意にあらわれるガイコツたち。
実に異世界モノのRPGである。
皇子たちは魔王討伐を目指して、たった四人でこの島にそびえる塔へ挑むのである。
塔には魔王ツッチーの忠実にて強力な配下が二人いる、という設定もしっかり伝えてもらっている。
皇子たちはそんな二人の配下と魔王の三人を倒さなければならない、そんな過酷な戦いに挑むのだ。
そしてオレたちはそれを見事に成就させるべく、陰に日向にサポートをする。
成功したあかつきには老司教の計画通りになり、オレはこの島でこれまでと変わらずの……。
いや、これまでとは違ってもう面倒ごとや面倒な客を迎える事のない、安泰な生活を手に入れるのだ!




