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『時を経て、再び玉座にて(3)』


「……良いのか、あれは。さすがに露骨すぎるだろう」


バランタインは人払いをして、二人だけとなったバルコニーで老司教に問う。


「ワシは教会の風見鶏ですからな。誰の目にも教会の考えと立場を分かりやすく伝えるのも大事なお役目の一つですので」


子供のように笑う老司教にバランタインは戦慄すら覚える。


このような老人、いかに地位があれど、闇討ちでもされればひとたまりもない。


弟の派閥であれば、そういった事を得手とする者も抱えているだろう。


そういった手練れを返り討ちというのは非常に難しい。


教会の表も裏も知っているだろうこの老人が、そんな事も知らないはずはないのだが。


「死が怖くないのか」

「おや、死が怖いですか? 人はいずれ死ぬものですぞ?」


たずねて、逆に聞き返された。


バランタインは、自分の心中を見透かしたように振舞う老司教に苛立ちを覚える。


確かに自分は明日、命も知れぬ戦いに赴く。


魔人の住まう島へ。


ずっと胸に抱えていた恐怖と不安から、つい気弱な言葉を吐いてしまった自分に怒りを覚えた。


「そう怖い顔をなさるな。若者が未来に恐れ、だがそれを切り開くことこそ信心のたまものですぞ」

「そんな言葉は聞き飽きている」


教皇とこの老司教は、年齢的の見た目はさほど変わらなく見える。


しかし、実際は眼前の司教の方が、一回りは老齢であると聞き及んでいる。


今では骨だけのような細腕で白木の杖に頼って歩いている老人であるが、その眼光は鋭い。


それはかつて最前線で治癒士として活躍した過去があるからだろうか。


「戦場では、お前とては死を恐れたであろう?」

「無論」

「……そうか」


どこか浮世離れしている老人にも、やはり人並に恐怖心を持っていたのだと安堵したものの。


「恐れなど微塵もございませんでしたな」

「……なんだと? 死がむせかえる戦場に身を置いてか? なぜだ?」


バランタインは聞き返す。


返ってきた答えはシンプルだった。


「このワシが死ぬるはずがないと思っておりましたので」

「……」


一瞬、何を言っているのだろうと、老司教の言葉を心の中で反芻する。


そして、あらためてたずね続ける。


「オレを勇気づけるため、緊張をほぐす為……というわけでもなさそうだな」

「ええ。ただ本当の事を語ったまで。事実、ワシはこうして今も生きております」

「……ならば、もし魔人と戦えと言ったら?」


この傲岸不遜な態度を崩してやれないかと、バランタインがトゲのついた言葉を吐く。


「やれ、と言われれば否もなし。ですが、御立場上そうは言えぬでしょう? 老骨を盾に、などと揶揄されれば弟君とその周囲の羽虫がうるさいですぞ?」

「……悪かった、冗談だ」


逆に冷や水を浴びられ、バランタインは冷静さを取り戻す。


「もっとも、魔人相手とて負ける気はしませんが」

「……さすがに冗談だよな?」

「無論」


この老人、もしや本気かとバランタインが言葉を継げずにいると。


「ほっほっ、今のは明日の決戦を控えるバランタイン皇子の緊張をほぐす冗談ですぞ」

「……お前のその冗談は王族相手に向けるには命がけだぞ? 自覚はないのか? 戦場の命知らずと、貴人をからかう為に命をかけるのでは大違いだ」


少なくともあの沸点の低い弟相手にこんな言葉を吐こうなら不敬罪で首が飛ぶ。


相手を選ぶ程度には、自分はこの老司教に信用されているのだろうか、とも思うがあまり嬉しくもない。


「人はいずれ死ぬものですぞ?」

「その言葉はさっきも聞いたが……貴様が言うと重みが違いすぎる。生臭坊主であればやり返してやれるが、貴様相手に言い返しても、どうせろくなことにならん」


この老人と会話をしていると疲労感と敗北感を覚える。


明日の為にも今夜は早めに休むべきだ。


「それでこんな場所に連れ出して、何の用だ?」

「なに、お時間はとらせません。こちらを」


老司教は封書を差し出す。


閉じられた蜜ろうに印のない手紙だ。


「なんだ?」

「もし、魔人の住まう島でたったお一人で窮地に陥った時、これを開きなされ」

「……今確認しても?」


バランタインとしては、得体のしれない物を持ち歩きたくはない。


「御好きなように。ですが皇子は起死回生の一手を無為に失うだけですな」

「魔術でも封じてあるのか」

「いいえ。ただ迷いをなくすための言葉を記してあるだけです。今、目にすれば皇子は一笑に付して破り捨てるでしょう」

「……オレをからかっているわけでは……」

「ありません」


さきほどとはうってかわって、曖昧さもない断言を返す老司教。


バランタインはこの胡散臭い老人に負けを認めて、封書を懐に入れた。


「わかった。これが役に立たないまま終わる事を祈るよ」

「それが最も良い結果ですな。そうなれば凱旋の祝勝会、ワシの前で開きなされ。それはそれで気の利いた冗談にもなりましょうぞ」

「……何が書いてあるのか、ますます謎めいてきた」

「世界に謎は尽きませぬな。それではワシはそろそろ失礼します。礼拝堂にこもられた王と教皇の側にてお仕えせねばなりません。それにこちらもお返しせねばなりませんので」


ふと、老司教が思い出したように、懐から宝玉を取り出した。


バランタインはそれを見てギョッとする。


四天王の存命を示す宝玉、その色からして、これから討伐に向かう土の魔人のものだ。


「どうしてそれを貴様が持ち歩いている? 禁忌の国宝。いかに王や教皇の覚えがめでたいとはいえ、持ち出すなど……!?」


剣の柄に手をかけたバランタインを見ても、老司教はまったく動ずることなく淡々と述べる。


「占星、遠見、夢探り、そういった術者たちを使って、土の魔人の動向を探れぬものかと、特別に持ち出しの許可をいただいておりましてな」

「では、今、礼拝堂で守られているアレは……」

「よくできた模造品です。どうですか? 今、ワシの手にあるものと寸分かわらぬでしょう?」

「……む。確かに。まったく見分けがつかん」


老司教は、子供の悪戯が成功したかのように笑う。


「それではこれにて」


姿勢を正し、老司教は皇子を見る。


てっきり教皇と同じく別れ際には聖印を手にして、神の加護でも授けられると思ったのだが。


「――ご武運を」


かけられた言葉は、戦人が戦友へ送る勝利の祈願だった。


白木の杖を剣に見立て、眼前に構える剣士の礼とともに贈られたのである。


「……ああ」


予想だにしなかった言葉に驚きつつも、バランタインはうなずいた。


背を向けた老司教は去り際、なんでもないように振り返りながら言葉を付け加える。


「言い忘れておりました。明日、案内役を務める者は片田舎出身の勇者でありますが、なかなかに使える者です。ワシのお気に入りでもありますので、どうぞよしなに」

「……初耳だぞ」

「彼女の尽力あって魔王の島の攻略に目途がつきましたので。事が終われば報いてやってくだされ」

「しかも女だと? おい、それも初耳だぞ」


しかし老司教はもはや振り返る事なく、バルコニーから去っていった。


「むむ、あのジジイめ」


バランタインは教会とかかわりある手の者が魔王の住処を調べ、打倒がなると判断して計画を立てたと聞いている。


よほど優秀な冒険者だとは思っていたが、勇者の称号持ちならば納得だ。


しかし、老司教は彼女、と言った。


女だとは思ってもいなかったゆえに驚きはしたが、ありえない話でもない。


体力、筋力だけで務まるほど冒険者稼業というのは単純なものではないからだ。


だが、問題はそこではない。


「貴様のお気に入りなど……一体、どんな悪辣な女だ……信用できるのか?」


魔人への恐怖とはまた違った恐怖が一つ増える。


バランタインは頭を何度か振る。


給仕を呼び、酒を持ってこさせる。


明日に響くと遠回しに諫めようとした給仕に、再度酒を持ってくるように告げる。


そしてグラスを傾け、流し込んだ琥珀でノドを焼く。


「魔人め、魔王め。どのような凶悪な相手でも、オレは必ず生還してみせる」


ホールには頼れる聖騎士と、強力な治癒と退魔の術を持つ聖女がいる。


隠密での侵入作戦であり、これにさらに案内役であるくだんの女勇者を加えた四人で挑む戦いだ。


かつての神託にある、土の魔人。


そしてわかっている配下として、スケルトンを操るリッチと、魔人が住まう塔を守る吸血鬼がいるという。


この情報も、司教の子飼いの女勇者がもたらしたものだろう。


「戦女神の試練など……食い破って見せる」


そうしてバランタインもまたバルコニーを後にした。


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