『勇者、幕間その2:笑顔の理由』
「こちらはなんですか?」
「宝の地図とでもいうべきかの。いらぬ節介と破り捨てるも良し、好きになされ」
老司教から、かつての礼だ、と思い当たる節のない事を言われ、手渡された手紙を開いたシンルゥ。
そこには、ある町の名と、そこにあるのだろう店の名前があった。
「……私たちは協力しあう仲間ですわよね?」
ここへ行けと? 何か企んでいるのか?
むしろ企んでいないはずがない、そんな疑いを隠す気の無い目つきでシンルゥが老司教を見る。
露骨ににらみつけなくなったのは、少なくとも建前上は仲間であるからだ。
「うむ。魔王殿のもとで、来るべき日に備えて場を整え、迎え撃つ仲間であるな」
「ですわよね?」
皇子が戦功を求めてこの島にやってくるまで、まだ日があるとはいえその準備は多岐にわたり皆、多忙だ。
この日もシンルゥはスケルトン袋を持って島に訪れている。
そこへたまたま滞在していた司教が、シンルゥに声をかけたのだが。
「……礼、とおっしゃいましたし、頂いておきます。私にはとんと思い当たる節はありませんけれど」
「それに嘘偽りはない。神ではなく、我らが魔王様に誓ってな。おぬしに思い当たらんでも、ワシは感謝しておるんじゃよ」
これほど笑顔が似合う嘘つきもいないだろうと、シンルゥは自分のことは棚に上げて、怪訝な顔のまま手紙を懐にしまう。
地図の町の名にはかすかに聞き覚えはある。
過疎化が進んだ町であり、住人も少ないだろう。
依頼などでも行った事のない町だ。
「……活きのいいスケルトンがいるかもしれませんし。確保ついでに行ってみますよ」
シンルゥは手をひらひらとしながら、翼竜に乗り込んだ。
***
翼竜がやってくる事すら珍しい田舎町では、ちょっとした騒ぎになっていた。
シンルゥが降り立ったと同時に、子供たちが集まりだしたのだ。
おびえて逃げまどうというならともかく、こうも無警戒に近寄られるとは思わなかった。
シンルゥは逆に翼竜が興奮しないようになだめ、近くの木に手綱をかける。
「おや、冒険者かな?」
「……村長さんですか?」
杖をついた老爺があらわれ、子供にたかられているシンルゥに声をかける。
「はい。このような田舎町に冒険者の方が来るとは珍しい。何かお探しにでも?」
「……」
シンルゥは初対面の相手に対しては、無意識の癖にもなっている鑑定眼を発動させる。
とりたてておかしい所はなく、いつものように笑って対応する。
「はい。知人に紹介されてやってきました。ある店を探しているのですか、こちらの街にありますか?」
シンルゥがその名を口にすると、村長はうなずき。
「ああ、すぐ近くです。良ければご案内しましょう。子供たち、冒険者さんは用事がある。家に帰ってお父さんとお母さんのお手伝いをしなさい」
村長に言われて、元気よく返事を返した子供たちが散っていく。
「では、参りましょうか」
「ありがとうございます」
村長に続くように、シンルゥも歩き出した。
街はさびれてはいるものの、活気があった。
田舎というものは、どうしても人と物の流れが悪く、閉鎖的になりがちだ。
しかしこの街はなんというか元気がある。
貧しくても、苦しくても、とにかく空元気でいいから、下を向くな上を向け、という強がりにも似た活気があるのだ。
「……我が街は決して裕福ではありません」
「そのようですね」
軒先に干されている服などは、何度もつくろった跡がある。
さきほど集まってきた子供も、痩せ気味ではあった。
「しかし以前はもっとひどかった。これでもずいぶんと明るくなったんですよ」
「明るく……」
「ええ。豊かになったわけではないのですが。貧しさに負けないコツ、というものを教えられましてね」
「……それは興味深いですね」
なんだろうか。
シンルゥの胸中に、ある予感が生まれた。
期待するな。
そんなはずはない。
だと言うのに。
「冒険者さんにもお教えしまょうか。そのコツを」
「ええ、よろしければ是非に」
「……とは言え、どうやら必要なさそうですな?」
「と言われると?」
町長が笑顔で肩をすくめる。
シンルゥも笑顔のまま首をかしげる。
「お会いした時から貴女はずっと笑顔だ。それこそコツですよ。どんなに辛くても、悲しくても笑顔であれ」
シンルゥの細い目がさらに細くなる。
開けていられない。
涙が溢れる。
「辛くとも悲しくとも笑顔であれ、ですか」
シンルゥが町長の言葉をあらためて言い直す。
「ええ」
「……それだけですか?」
「……どういう意味でしょうか?」
一瞬、町長の笑みが崩れかける。
シンルゥが、笑顔を深くして言葉を継げる。
「弱みを見せるな、油断を誘え、隙を見せるな、隙をつけ」
「……っ!?」
「感情は笑顔で塗りつぶせ。笑顔は相手に感情を悟らせない」
町長の笑顔が完全にはがれ落ちた。
「ふふふ。まだまだ、ですわね?」
「……貴女は? 冒険者という事は、本国からの調査員ではないのか?」
「あら。こちらの街には、何か秘密でもあるのですか?」
「む……」
腕が立つ冒険者というのは、辺境で不正や脱税を働く街などに調査員として派遣される事がある。
まさに魔王の島にもその任務で派遣されたシンルゥだったが、この街にもどうやらやましい事があるらしい。
だがあの老司教はそういった事は一言も言っていない。
であれば、例え何かを知っていたとしても、関知する必要はないという事だろう。
「町長さん。誤解なさらず。私はそういった依頼は受けていません。ただ、さきほどの店に用事があるだけです」
「……それはどのような?」
「残念ながらその店に行けばわかると言われただけですので……詳しくはわかりません」
嘘だ。
すでにあの老司教の意図、そして目的地に何があるか察しがついている。
仮面のように張り付けた笑顔を維持するのが精いっぱいになっている。
シンルゥは必至に笑顔のまま歩き続ける。
そうでなければ、文字通り顔向けできないではないか、と。




