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『勇者、幕間:シンルゥの食わず嫌いがなくなった理由』


同じ港街に住んでいれば、偶然に顔を合わせる事もある。


その日、シンルゥはぶらぶらと甘いモノを物色しつつ、街を歩いていた。


なにせこの港町、菓子を扱う店が他の追随を許さないほどに多く、質も高い。


普通の街であればも、飲食店というと食堂がもっとも多い。次に酒場。


あとは貴族が会食に使う高級料理店などがちらほら。


菓子屋など、焼き菓子店が数件あれば多い方だ。


生菓子となると、よほど大きな街か菓子職人を個人で雇っている貴族くらいしか味わえない。


しかしこの港町は生菓子を出す店が両手以上はあるし、焼き菓子であれば屋台ですら売っている。


一種異様な光景だが裏事情を知っているシンルゥは、いつものごとく新作などを物色しては、あれもこれもと食べ比べしている。


「んー、幸せよねぇ」


すると正面から難しい顔で周囲を見回しながら歩く、よくよく見覚えのある男がやってきた。


軽装ながらも剣を吊った騎士を警護に二人つけている。


供をつけることはあっても、威圧感を与えたくないという理由で武装した警護を付けることなどないのに珍しいと思いながらシンルゥは声をかけた。


「ごきげんよう、領主様」


領主である。


目が合えばこのように、愛想笑いとともに挨拶をする程度の仲ではある。


「む、ああ、シンルゥ殿か」

「珍しいお連れさんですわね?」


シンルゥがちらりと領主の横の剣士たちを見る。


「ん? ああ、大したことではない。最近、この港町に吸血鬼が入り込んでいるという噂が立っていてな。用心の為に警護をつけろと周囲がうるさくてな」


その言葉を聞いて両隣の剣士たちが目をむく。


シンルゥも少し、領主の言葉には驚かされた。


「領主様、すいぶんと剛毅ですね。吸血鬼など魔族の中でも相当に手強い部類ですよ? それを大したことがないとは。失礼ながらそちらの方々だけではとても……」


濁した言葉の先は、かなうはずもない、だ。


だが領主はそれを分かった上で、何でもないように首肯した。


「わかっている。吸血鬼とやらの噂が本当ならば、な」

「嘘だと?」

「少なくとも一度や二度の噂話を真に受けてひきこもっていは、領主の責など果たせんよ」

「……なかなか説得力のあるお言葉ですわね」


自分が魔王と出会う以前に、この領主はダークエルフにわたりをつけ、単身で魔王の島へ会いに行っている。


その胆力からすれば、いるかどうかもわからない吸血鬼に怯える道理もないわけだ。


しかし噂とはいえ、そんな危ないものがいるかもしれないという町中を出歩くような用事があるのだろうか?


なんとなくそちらも気になって問いかけると、妖精への贈り物を探しているそうだ。


いつも菓子の類を土産にしているが、そろそろネタ切れらしい。


シンルゥは以前の調査の時から領主が菓子店に援助をしている事も知っているし、税金も軽くしている事を知っている。


その為、この港町は菓子の類を扱う店が多い。


表面上では領主の好物が菓子であるから、と噂されている。


実際は言うまでもなく、妖精への貢ぎ物、ひいては魔王ツッチーへの貢ぎ物である。


より良い菓子を。


それだけの為に街に菓子屋を集め、税優遇もするというのは財政的にどうなんだとも思うのだが、これがまた偶然にもうまい方向に回っている。


というのも、ここは港町。


多くの商人が行き来して、人、物、金、全てが賑わう場所だ。


海を渡る商人ともなれば、大きな商いをする者も少なくない。


他にない珍しい菓子ともなれば、女性相手の土産にと需要も高い。


高級な菓子というものは、貴族の奥方などにも受けが良いだろう。


この港町は知る者ぞ知る、甘味を嗜好とする者たちにとっては、まさに至高の港でもあるのだ。


「シンルゥ殿。どこか良い店が新しく出ていないだろうか? もしくは新作などは見かけていないだろうか?」


深刻な顔であるが、見れば口の周りに菓子クズをつけている領主。


今も試食をして回っているのだろう。


領主が菓子好きで有名というのはこういう所から来ているんだろうが、彼の青くなった顔を見る限り甘い物が好物ではないのが見て取れる。


それによくよく見ると、護衛の剣士の顔も青い。


その指先や立派なヒゲにもクリームがついている。巻き添えのようだ。


「そうですわね。いくつか素敵なお店が増えていましたよ」

「ど、どこだ!? 教えてくれ!」


食いついてくる領主に、シンルゥは笑顔で快諾する。


「もちろん。せっかくですし、ご案内しましょうか?」

「助かる! ああ、できれば試食にもつきあってもらえないだろうか? もちろん費用はこちら持ちだ。いや、謝礼も出す」

「あらあら。我々の仲ではございませんか。謝礼など……お気持ち程度で結構ですわよ?」

「そ、そうか? 助かる」


そういって、シンルゥは今来た道を戻っていく。


領主たちもその後ろに続いていく。


「……」

「……」


特に親しい間柄というわけでもないので、道中に沈黙が漂う。


なんとなしにシンルゥが口を開いた。


それまで気にもかけなかった事がふと気になり、問いかけたのだ。


「領主様って、娘さんがいらしたんでしたっけ?」

「うん? ああ。先月、孫が生まれたぞ」

「あら、それはおめでとうござ……お孫さん?」

「うむ。おかしいかね?」

「おかしいか、と言われると……ずいぶんとお若い頃にできた娘さんだったのかな、と」


領主の年はいくつだったか?


調査の時にさほど必要な情報ではなかったので詳しくは調べていなかったが、この見た目からして多く見てもまだ四十代前半だろう。


この年で孫となると、娘、孫、と計算する数字が若くなる。


「若い頃……ううむ、どうだろうな。私が三十を過ぎてできた娘であるから、そう早くもないと思うが」

「……では、奥様がお若い? もしくは娘さんがお若うちにできたお孫さんですか?」


十代半ばで子を産む娘もいる。


貴族ではあまり聞く話ではないが、ない事もないだろう。


「妻とは同じ年だ。娘は今年で二十五、いや六だったかな。どちらも、子を産むにとりたてて早くもないが遅くもないと思うぞ」

「……つまり領主様、今のお年は?」

「何がつまりなのかはわからんが、私は今年で五十六だか七だか、そのくらいだ」

「……」


いつも斜に構えるような笑顔を浮かべているシンルゥが、この時ばかりは無表情になった。


「領主様。つかぬ事をうかがいますが……」

「う、うむ?」


シンルゥがそっと近づき、小声になって耳元で呟く。


そんな事は初めてだったので身構えた領主だったが、いつにもない真剣な表情のシンルゥの言葉を待つ。


「ツッチー様と出会ったのは、いつ頃のお話ですか?」

「む? そう、だな。あれは……まだ娘が妻の腹の中にいた頃だから三十あたりのはずだ」

「なるほど」


シンルゥの中で生まれた仮説に信ぴょう性が加わった。


それは過剰な魔力摂取が、老化防止につながっているのでは? というものだ。


この見た目が異常に若い領主、その老化の進みが遅い原因はツッチーにある。


というのも、自分と領主との違いで決定的なのは、あの島の果実を食べているか否か、だ。


浸食支配という呪いがかかった果実など、決して口にするつもりはない。


あの島でアレを食するという事は、魔王に心まで差し出すのと同様だ。


自分でも気づかないうちに魔王に恭順してしまうなどと決して認められない。


今は協力体制にあるだけで、いずれ魔王が討たれる時がくるならば、自分はさっさと逃げ出す算段である。


もし恭順化が進み、自ら進んで魔王の為に体を張って戦うような目にあうのはゴメンだ。


しかし。


そもそも、あの反則的な不死性を持つ魔人が討たれるだろうか? という疑問と。


買収以後もきちんと約束通り良くしてくれるし、待遇も極上のまま。


その上、若さまで融通してくれるというのであれば。




もう魔人ツッチー様万歳の人生でいいんじゃない? 




と、思ってしまったのだ。


「それで? 私の年がどうかしたかね? 男の年なぞ聞いても面白くないだろうに?」

「いえいえ、とても興味深いですわよ? それと、近く島へ行かれるのであれば私も同行しようかと」

「何か用件が? いや……緊急か? こちらには何も情報が回ってきていないが……」


何かあったかと身構えた領主にシンルゥが笑顔で否定する。


「いいえ。ただのご機嫌伺いですわ」


何事か起きたのかと思った領主が、目に見えて安堵する。


「そ、そうか、ならば良い。ふむ。であればその時は同道しよう。さて先ほどの話だが、目新しい菓子というのは?」

「ええ、こちらです」


そしてシンルゥは次の来島で果実を初めて口をした。


食べた瞬間に肌に張りと潤いが満ちていくのを実感し、それまでの自分の愚かさを取り戻すかのように食べ続けたのであった。


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