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『ディードリッヒ、独白その2:岐路の前の過去』


魔界にて人材募集の為に奔走しているディードリッヒには悩みがあった。


計画の中心を担う者の採用条件が特殊であるため、かけた募集への反応が皆無に近かったのだ。


というのも、労働条件が厳しい。


まず、



”懐柔済の人間との共闘”



領主の支援に加え、こちら側についている勇者シンルゥとの共闘、負傷した場合は人間の司教からの治療がなされる。


最後の治療はともかく、こちらにも勇者がいるというのがいただけないのだ。


それほどに魔族では憎し憎しの勇者である。


勇者というのには、魔族からすれば大量殺戮者のような存在なのだ。


まだ条件は続く。



”健闘しつつも最後には敗走する事”



これも面倒な条件だ。


つまり八百長をしろといっているのだから。


今回は勝ってはいけない戦いだ。


皇子の同伴者はともかく、皇子自身は生還させなければならない。


そして条件はまだ付加される。


こちらは魔王ツッチー直々の希望条件で。



”不死性がある事”



というものだ。


八百長で負けるという事は、敗走するという事。


うまく負けを演じて逃げられればいいが、もしトドメをさされても死なない魔族がいいという話だ。


確かに死ねと言われる仕事を受ける者もいないので当然ではあるのだが、その求められる不死性を持つ魔族は少ない。


むしろそんな貴重な能力を持っていれば、こんなあやしい仕事に応募してくるはずもない。


よって、忠実な下僕を自称するディードリッヒは魔界を駆け回り、この条件でも引き受けてくれる不死性を持つ奇特な傭兵や戦士などを探し回っていた。


そんな折の事だった。


少しばかり休憩として寄った自分の商会の支店から出ると、すれ違うように店に入ろうとしていた客たちの一人に声をかけられた。


「貴様、ディードリッヒか?」


よく知った声だった。


「おや、これは……ご無沙汰しております」


筋肉の塊といわんばかりに、隆々した体躯を持った赤黒い肌の巨人。


そして頭の角という二つの特徴から見間違う者などいない。


魔族では最強種の一角たる、オーガ種である。


その背後には、やはり見慣れた豚顔のオークが数人つきそっていた。


忘れる事のない顔であった。


「貴様、死んだと思っていたが、生きておったか」


自分をいぶかしむような目で睨むオーガに対しはディードリッヒは無言で頭を下げる。


かつてディードリッヒの仲間たちの保護を条件に、汚い仕事をさせていた主人だ。


「生きておるならば、どうしてオレの元に帰ってこない?」


あからさまに不機嫌な顔となった。


それだけで恐怖を感じるほどの迫力がオーガ種にはあるのだが、ディードリッヒからすればなぜ帰る必要があるのかと怒りを覚える。


しかしそれを顔に出す事はなく、静かな口調で説明する。


「私はあの日、死にましたので。殺した方がそれを問われるというのもいかがかと思いますが」

「何をわけのわからん事を言っている?」


本当にわかっていないと言う顔を見て、ディードリッヒはいかにも魔族だな、と再認識する。


「もう一度申し上げますが……あの日、私は貴方の命令を受けた部下に追われ、さんざんいたぶられた挙句、火球の杖まで使われて翼竜ともども落とされました。覚えてらっしゃらないとでも?」


ディードリッヒが、オーガの後ろでにやけた顔のオークども指し示す。


だが、オーガはとぼける事すらしない。


「そんな昔の事を。細かい奴だな」


本当にどうでもいいという顔でオーガがまゆをしかめる。


ディードリッヒにとっては生死の境であったというのに。


「ふう。何かを期待していたわけではないのですが……ここまで予想通りのだとため息しかでません」


その彼にとっても、今やそんな昔の事は別の意味でどうでもいい事だった。


かつては恐ろしかったオーガの主人であるが、今はなんの畏怖も感じない。


それは自身の魔力がかつてとは比べられないほどに増えている事で、精霊手によって操れる風も強力になっているからだ。


だからこそ、大商人となっても今のように護衛もつけずに単身で動き回れる。


加えて念のためと、護身のために買い求めた魔道具なども隠し持っており、自分の身は自分で守れる程度には武力を保持しているのだ。


いちいちツッチーや妖精に心配をかける事もあるまいと話題にする事もないが、商売であちこちに出向けばその道すがらに馬車や船を盗賊や海賊に襲われる事もある。


それを問題にしないほどに、今のディードリッヒは強くなっていた。


ただオーガがそれに気づく様子はない。


かつて自分をアゴで使っていた時と同じ目で見ている。


別にそれは構わない。


当時の自分はその程度であったし、仲間たちの生活を支えるためにこのオーガからの仕事でなんとかやりくりしていたのは事実だ。


恩はある。


いや、あった。


だが、気まぐれなのか、何かが気に入らなかったのか、特に失敗や裏切りもしていない自分を始末しようとしたのも事実。


すでにディードリッヒの中では、貸し借り無しの他人程度の認識しかない。


「まあいい。それよりも、このリッヒ商会とやら……もしや貴様の店か?」

「左様です。ご愛顧いただいているようでありがとうございます」


あくまで客と店主という立場から頭を下げる。


それを何と勘違いしたのか、オーガが上から言葉を投げかける。


「このような店を持つとはな。羽振りがよさそうではないか。こちらはダンジョンコアを一つダメにしたばかりだというのに」


このオーガはダンジョンコアを持って人間界に赴き、荒稼ぎをする事を生業としている。


展開したダンジョンコアは周囲の魔力を吸収するため、魔界では突別な許可がない限りは使用厳禁とされている。


というより、ダンジョンコアはかつて人間界で展開する事を前提して作られた、侵略兵器の一つである。


事実上の休戦状態となって久しいが、ダンジョンコアで一稼ぎというのはハイリスクなものの、相応の成果が期待できる。


コアそのものは非常に高性能であるが、また非常に高価なものでもある。


かつてのディードリッヒであれば、購入する事など不可能であったが今は違う。


お試し気分で買える立場だ。


コアには様々な機能があり、ダンジョンを構築したり、それをガードするための魔物を生み出したり。


また、相互協力の関係にあるダンジョンコアとの連絡手段としても使える。


防衛力というより利便性からツッチーの住まう島にも配置しようと持ち込み、設置しようとしたのは当然だろう。


しかしうまくいかなかった。


コアの展開と保持には魔力が必要である。


ツッチーの島は、魔力が充溢するほどの果実がなる。


大地にはかなりの魔力が溢れているはずなのだが、コアは展開しなかった。


不良品か? と思い別のコアを試せば……次は大爆発する始末。


結局、なんらかの作用でツッチーの島ではコアが正常機能しないとディードリッヒが諦めるまで、コアを五つほど無駄にした。


などと苦い記憶を思い出していると、オーガが声を荒げる。


「おい、聞いているのか? 貴様の店、コアは扱っているのか?」

「ああ、失礼しました。コアですか? 申し訳ありませんが、私どもの店は戦闘用品の取り扱いはございませんので」

「ふん、相変わらず使えん奴だな」


ダンジョンマスターには様々な才能が求められるが、このオーガはそういったものはなく、シンプルな運用で稼ぐタイプだ。


すなわち人間の街の近くに階層の浅いダンジョンを展開。


その後、近隣の街を襲い、自分の存在をアピール。


そして討伐にやってきた人間たちをダンジョンで迎え撃ち、その魔力、生命力をダンジョンコアに吸わせる、というものだ。


オーガ種というだけあり荒事だけは一級品で、ほぼ敗北する事はない。


だが時折あるのだ。


油断から不覚をとる、もしくは勇者クラスの討伐隊が出向いて来て敗走する、という事が。


今回はそんな少ない失敗をしでかしたのだろう。


苦々しい顔で、あの細目の赤毛女め、と呟いている。


そうして手をつきだし、ディードリッヒに再度、せまる。


「ならば少しまわせ。なに、全てよこせとはいわん。オレは優しいからな。売り上げの半分で勘弁してやろう」


と、醜悪な笑いを見せながらディードリッヒに詰め寄る。


背後のオークたちも同様に、ディードリッヒを囲むようにする。


ディードリッヒの答えは決まっていた。


「お断りです」


即答だった。


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