『ツッチー、大地に立ってから十五年後。手に入れた安寧の暮らし(3)』
様々なものが必要になった。
まず人材。
ディードリッヒが金と伝手をフルで使って見つけてきてくれた。
わざわざ魔界まで行って探してきてくれたたらしい。
ちなみに魔界って言っても、海を隔てた向こうの国ってノリだ。
人間勢力と一応は敵対状態だが、互いに軍を出して積極的に戦争をしているわけではない。
意外かと思われるかもしれないが、この世界では超々距離移動をする手段が皆無。
財を築いた今のディードリッヒであれば別だが、彼とて魔界から出てきた時は帰れる保証もなかったらしい。
よって海の向こうの国、というのはそれほどに遠い場所だ。
現代日本の感覚だと、海路や空路で、簡単にと思うが、そういった乗り物は存在しない。
海を越えて、もしくは空を飛んで軍隊を送り込むというのは現実的ではないからだ。
しかし、互いの国の少人数や個人が、行き来をすることはある。
人間が魔界に行くのは、貴重な魔道具や触媒を求めて……それこそ不治の病すら癒すというマンドラゴラのようなものを求て、死地への船出に臨むこともあるらしい。
逆に魔界からは人間の血や精を求める、夢魔や淫魔などの外見は人間に似た種族が高い旅費と長い時間をかけつつも、ちょくちょくやってきているらしい。
どちらにしろ相当のリスクを負って、互いの領分へと入り込むわけだ。
この島に流れ着いた難破船で手に入れたマンドラゴラも、もしかしたらそうやって魔界から運ばれてきた物かもしれない。
ともかく。
人間界の島で目的もなく、のほほんと暮らしている魔人というのは冗談レベルでありえない話らしい。
なのでオレと妖精が建設中の魔王……城の一室でディードリッヒが見つけてきてくれた、エキストラ候補、兼、幹部役員に計画の細かい説明を行った時は、質問が絶えなかった
そんな苦労の果てに、クセは強いが有能な数人の魔族を従業員として雇い、準備を整えていく。
次に、孤島を徘徊している設定の魔王様の配下について。
魔王様の棲まう恐ろしい孤島を演出するために島に放す雑魚モンスターは、シンルゥがあちこちの地方での依頼遂行中などにこっそりと集めてまわってくれた。
てっきりゴブリンとかスライムとか、前世ではよく耳にしたメジャーな雑魚モンスターかと思って聞いてみたら、シンルゥに結構キツめに怒られた。
ゴブリンはモンスターではなく害獣の類で、見たくもないし名前も聞きたくないレベルだそうだ。
特に女性にとっては天敵というより、憎悪の対象でしかないと聞いてオレは色々と察した。
逆にスライムは魔物というカテゴリで、魔獣や魔族ではないらしい。
そもそも魔物というのは、生物ではない生き物だ。
何を言ってるのやらという話だな。
しかし心臓がなかったり、呼吸器官がなかったり、生物としての機能を備えていないにもかかわらず、生きている存在。
かと言ってアンデットかというと、そうでもない。
生物ではないが、生きてはいる……と思うので、こういう言い方になってしまう。
スライムはそういう点でわかりやすい。その透明な体からして内臓が存在しないのは一目瞭然だ。
そして人であろうと魔族であろうと、それこそオレのような魔人相手にも襲い掛かってくる、見境がない凶悪な魔物だそうだ。
ちなみに捕食をするらしく、その粘性の体でパクっと取り込む。
無機物は消化できないので、剣や服や鎧などは体外にひりだすらしい。
あと血液も消化できないそうで、肉だけを溶食するという特徴を持つ。
つまり、人間を捕食すると周囲に装備品と大量の血液を廃棄するので、スライムが通った跡には血の池にまみれた装備品があたりに散らばるという、実にわかりやすい光景が広がるそうだ。
しかもスライムの体は透明質なので、捕食中は丸見え。
という事は取り込まれた人間がこうドロっと……うへぇ、想像するだけで気持ち悪い。
そして魔物はスライムに限らず、例外なく脅威。
スライムが相手となると、シンルゥであっても気は抜けないらしい。
一対一であれば準備を整えれば行けると思うが、必要もないのに無理して戦いたい相手ではないという。
「単純な物理攻撃では倒しきれませんからね。魔法かアーティファクト……例えば私の持つ魔剣などでようやく戦える条件が整います。逆に戦闘中にそういった手段が失われれば抗う術がなくなります」
魔力が枯渇したり、武器を失ったりすればおしまいというわけだ。
そりゃ率先して戦いたいとは思わんし、そんなものを島に配置するなんて御免だ。
「というわけでダンジョンを徘徊させるために準備したのはスケルトンです。食事も不要ですし、むしろ魔力のふんだんなこの島では活動も活発です。何かあって破損したりしても魔力により復活しますので、実に適役かと」
といって、大きな布袋を翼竜からいくつも降ろす。
袋は常にうごめていていた。
カャカシャと乾いた音を立てて。
「……この中に入ってるの?」
「はい。一袋に一体入っております。複数をまとめて入れると、骨が交じり合ってうまく復活できなくなったりしますからお気を付けくださいね。また先ほど申し上げたように周囲の魔力を吸って復活するので、定期的にこうして……」
シンルゥが大きな槌を翼竜から降ろすと、うごめいている麻袋を叩いて回る。
するとおとなしくなる袋たち。
おとなしくなる……と言っていいのかね、これ。
「叩き壊しておけば静かになります。定期的にこのように処理をしつつ、倉庫にでもしまっておいて必要になる時まで管理すればよろしいかと」
「その処理って忘れてると袋破って逃げ出したりしない?」
「うふふ」
笑いごとじゃないんだよなぁ。
「わかった。万一にも逃げ出さないようにしっかりとした倉庫を作って入れておく。そんでダークエルフの住人達に管理してもらうよ」
「それがよろしいかと。では追加のスケルトンが集まったら、また戻ってまいりますわ」
オレは、はぁ、とため息をつきつつ、シンルゥが翼竜で飛び立つ姿を見送った。
「……とりあえずどっかに運んで、倉庫を作ってしまっとこう」
オレはマイホーム前に山と積まれたスケルトン袋を滑らせるようにして、地面の土ごと移動させていく。
「あは! 久しぶりに見たわ、それ!」
妖精がオレの肩で楽しそうにしている。
「懐かしいわ、本当に懐かしいわ! ツッチー、アタシの為にそうやってたくさんお花を集めてくれたわね」
「そうだな、懐かしい。色々あったなぁ」
最初はこんな簡単な事もできなかったものだ。
「今もそうだけど、いつでも優しかったわね、ツッチーは」
「そうか? ケンカだってするじゃん?」
大事にしてるつもりだし、優しくもしているつもりだが、オレ達だってたまにはケンカもする。
少なくとも二階建てに挑戦するたび、どちらが先に入るかは毎回揉めている。
「そうね、そうね! うふふふふ!」
「えらくご機嫌だな。どうしたの?」
「ううん、別に何もないの。ただ、何もない今日みたいな日がずっと続くといいなぁって!」
いや。
いやいやいや。
こんな面倒ごとばかり続く日々はちょっとご勘弁願いたい。
「何もないわけじゃないぞ? というか、かつてないほど今すっごく忙しいからね? また面倒な客がやってくるっていうんだから」
「なによ? 今までだって、そんなお客さんばっかりだったじゃないの」
確かにその通りだが、それでなぜ妖精の機嫌がよくなるのだろうか?
「きっとツッチーがうまく解決してくれるんでしょ?」
「そのつもりだけどな……今度はどうかなぁ」
皇子だなんていうトップクラスに厄介な存在が、王位継承権がらみっていう、さらに面倒臭そうな事情を背負ってやってくるんだからな。
どれだけ下準備を入念にしても、何が起こるかわからない。
「大丈夫よ! それでうまくいったら、またお友達が増えるんでしょ!? 楽しみ!」
……ああ、なるほど。
ディードリッヒ、領主、シンルゥ、司教。
どれも最初は厄介事と一緒にやってきた客たちだ。
それがどうしてか今ではオレと妖精に良くしてくれる仲間になった。
いや、それぞれ事情があり、仲間というよりは取引相手と言った方が正確かもしれないが、妖精にとっては自分を大事にしてくれる大切な友達と言えるだろう。
そんな友人候補となる客がまたやってくるのだ。
しかも皇子様ときたもんだ。
妖精としては新しいお友達がどんな相手が気になるのだろう。
「……友達百人できるかなってヤツか」
「なぁに、それ」
「オレの故郷にあった歌だよ。新しい生活を前に友達がたくさんできるといいなって歌さ」
「ふうん? あとでそのお歌教えてくれる?」
「ああ。じゃあ、食事の時に一緒に歌ってみるか」
「うん!」
こうしてオレは新たなお友達候補の見込み客を迎えるべく、今日も準備にがんばるのであった。




