『ツッチー、大地に立ってから十五年後。手に入れた安寧の暮らし(2)』
老司教は真剣な表情で言葉を続ける。
その声に、ゆらぎやためらいはない。
「誰が言い出したか四天王とも恐れられる魔人達。そのうちの一人、土の魔人を倒したともなれば第一皇子の継承はゆるぎないほどの英雄と讃えられます」
「……えーと? 本気で?」
「おやおや魔王様とあろう方が。お約束を反故にされると?」
「いや、魔人と戦う時に協力するとは言ったけど」
お約束は確かにしたが。
したには違いないが、なんか違くない?
「左様です。人族が魔人と戦う時に協力していただける、と。そしてこれより我々、弱き人族は恐ろしくも強力な土の魔人と戦うのですから、ご協力いただけるのは当然かと?」
「それ、なんかおかしくない?」
「面白い話ではなく、真面目なお話ですぞ?」
「その、おかしい、でなくてさぁ……」
オレをからかいながら笑う老司教。
あー、これやっぱり本気ですわ。
「……具体的な段取りは?」
「おや。納得いただけたと?」
途端、つまらなさそうな顔になる老司教。
「妖精にあんだけ良くしてくれてるのに、オレをどうこうしようなんて思ってないだろうに」
「つれないですなぁ。激昂する主殿というのを少しばかり期待していたのですが」
そういう冗談やめて欲しいんですけど。
万が一にも、この恐ろしく強力な土の魔人様が怒ったらどーするつもりなのか。
「……信用してるからね。ただ皆の中で爺さんが一番の悪戯好きだ。年を考えてくれるとありがたい」
「若気の至りと申し上げておきましょうぞ。体を張った冗談で場を和ませようかと思った次第でして」
「冗談っていうけど、相手次第じゃ命がけだよ? お国で偉い人相手にそういう事してないよね?」
「ほっほっほっ」
そこは否定しろよ。
「では。コホン」
そして芝居がかった咳払いを一つはさんで、老司教は計画を語り始める。
「流れはこうです、まず……」
四天王の一人、土の魔人をある冒険者が発見したと報告する。
この冒険者は各地で活躍して、冒険者組合でも信用度と貢献度の高いシンルゥだ。
いまや彼女の発言力は大きく、疑う者はいない、らしい。
そんな彼女の報告によると、魔人の住む場所が離島という事と、大量の魔王の下僕が徘徊しているため、軍などでの突入や制圧は甚大な被害が予想される、というものだ。
よって少数精鋭による首狩り作戦を進言し、第一皇子を主とした少人数で上陸。
魔王の島では数々の難敵を打倒し、第一皇子はついに四天王の一人、土の魔人を討伐する。
英雄として凱旋した第一皇子は確固たる後継者となる。
苦境を乗り越え、命を賭した激戦を経験した第一皇子は、人間的にも成長している。
そうなると、第二皇子や彼を評価する者も大人しくなる。
めでたし、めでたし。
「ざっとこんな所ですな」
「……え? 終わり?」
「はい」
いつもの笑顔で淡々と説明された。
「……なんか雑じゃない? こんな計画、本当にうまく行くの? そもそも皇子様が乗り込んでくるって無理がない?」
計画というより、願望といって差し支えないと思うのだが。
「第一皇子はアレでなかなか剣の腕が立ちましてな。戦女神の加護もかくや、というほどでありますよ。まあ、詳しくお話しても退屈な内容なので、細かい所は色々と端折っております」
「その端折った所が重要じゃない?」
そして、オレとしては何より気になる事が一つある。
「ちなみにこの計画ってどっから持ち込まれたの? そもそも発案者は? 教会の一番偉い人の、ええと、教皇様だっけ?」
「僭越ながら」
と、胸の聖印に手をあてて笑う老司教。
……やっぱりアンタか。
「無論、教皇様にもお話は通しておりますゆえ、ご安心を」
安心できる要素がないんだよなぁ。
いや、抜け目がないだろうという安心感はあるけど。
計画に関しても、スゲー雑な説明をされたけど、実際はもっと色々とドロドロしてるはずだ。
今にして思うけど、出会った順番で悪人度が増してたね。
空から落ちてきたイケメン、悪徳商人のディードリッヒ。
種族はダークエルフで戦う力もあるが、基本的な悪事は買収メイン。
無愛想で鉄面皮だが、仲間想いだし、弱い者の味方ムーブをとる事が多い。
次に悪徳領主。
こちらも領民想いの善人だが、事情があってオレの元に身を寄せた人。
必要とあれば手段を問わないが、それでもせいぜい脅迫や恫喝レベル。
弱者に優しいというより、庇護すべき者へ全力を尽くすというタイプだ。
そんな善人二人をして、始末せねばならない厄介者と言わしめたのが勇者シンルゥ。
こいつは口より先に手を出す傾向がある。
あと買収とか恫喝という手段を、まだるっこしいと言ってのけるくらいにシンプルなパワー思考だ。
やや垂れ目で細い目をしたのんびり美人という見た目からは、その苛烈な性格は想像できない。
冒険者たちの間ではどう思われているのだろうか。
ともかく、寄らば斬るというより寄って斬る、死人に口なし、という危ないヤツだ。
最後にこの老司教。
いや、出会った時は司祭だったか。
今の会話でもあったように、どんなだいそれた事でも躊躇がない。
そんな真面目な話の最中でも、さっきみたいな命がけの冗談を笑顔でふっかけてくるからタチが悪い。
かと言って見た目は痩せた老人であるから、怒るに怒れず、実に面倒くさい年寄りだ。
また、その心中も複雑だ。
昔、シンルゥと交わしていたケンカじみた会話の中で、老司教の胸の根っこには信心と救済があるとは知っているし、善人だろうというのはわかっているのだが……。
教会という所がどうにも汚職やらなんやらでまみれているというのも皆の会話の節々から察せるし、そんな集まりの中でもトップに上り詰めようとしている人物が潔白かというと、うーん、となってしまう。
人には言えない事もやっているのだろうが、さすがにそれは聞けない、聞きたくない。
だが、島に迎えた四人の中で最たる危険人物である事は間違いない。
それは仲間となった今でも、危なっかしいという意味では、やはり危険人物である。
「とは言え、さすがに今回の話は大きいですのでな。色々と準備中です。魔王様におかれましても、少々、その御力をお借りして、この島に演出の場を整えていただこうかとお願いに参った次第で」
「……なにやらされるの、オレ」
やだなぁ。
絶対に面倒事だぞ。
「後程、計画書を改めてお持ちしますが、ざっと言えば第一皇子に踏破させるためのダンジョンと見栄えする魔王城の建設ですな。ツッチー様の御力ではあれば、またたく間の児戯でありましょうぞ?」
城とか建てた事ないんですが。
そう伝えると老司教は、笑顔のままでこう言った。
「おや、それは重畳。計画の日まで時間はありますゆえ、魔王様におかれましてはご満足いただくまで作り直す事ができますな」
やれ、と。
こうして、次の来客があるまでに、ダンジョンと立派な魔王城を作るハメになった。
しかも、後程もってきた計画書には倒される魔人の部下、つまりエキストラが必要とあったり、配置した宝箱から獲得できる魔道具、つまり魔王城に乗り込んできたぞー的な戦利品の手配などもあって、えらい事になった。
第一皇子が十六歳になる日、つまり計画実行まであと一年と言う老司教。
こんな大計画をあとたった一年で準備しろとか、やっぱり極悪人だ。
「さてさて。これが為れば、我が主ツッチー様におかれては人間界最大たる我が国から不戦不侵の安堵という報酬を各方面に約束させております。もっとも、計画がうまく行けば土の魔人は討伐されておりますので、この島に兵を差し向ける理由もなくなるのですが」
色々と考えてくれてはいるらしい。
「あー、それで島の場所までバラしても大丈夫って事か」
「左様です。そうでなくばこのような計画は立てません。さらに事が為ったあかつきには、この島はワシの直轄教区としますゆえ、もはや厄介ごとを持ち込む客はいなくなると断言いたします」
ああ、マンドラゴラも変わらずこのジイ様が独占するわけか。
しかしそれだけの権力をふりかざせるという事は、司教からさらに地位もあがるって事かな?
やっぱり司教の上だから大司教とか? になるのかな?
……いや、もしかして、狙ってる?
教会のてっぺん、すなわち。
「そりゃありがたい。せいぜいがんばるよ。次期……教皇様」
「期待しております、我が主よ」
うわ、否定しねぇよ、この爺さん。
人間って怖い。




