『ツッチー、大地に立ってから十五年後。手に入れた安寧の暮らし』
「平和だ」
「平和ね」
この島にやってきてなんだか色々とあった気がする。
気づけば……多分、十五年くらい経っている。
ディードリッヒが来るまで、だいたい五年くらい。
そこから十年ほど経っているという事なので、約十五年だ。
雑で悪いが流れる年月を正確に把握する理由がないと、時間感覚なぞこんなもんである。
ディードリッヒはダークエルフって事で、見た目がぜんぜん変わらない。
あいかわらずのイケメンだ。
出会って七、八年ぐらい経った領主はさすがにちょっと老けた。
昔ほど神経質ではなくなったし、髪も少なくなった。
かつてのオールバックの悪徳領主という雰囲気が懐かしいが、今やそれもかなわない。
むしろちょっとふっくらとしてきて、聞けば孫も生まれたってんでずいぶんと身も心も丸くなっている。
それでも五十近く、いや五十過ぎだっけ? とは思えないほどに、若々しい。
シンルゥは……なんだろうね。
女性の年はわかりにくい、とはいうもののまったく変わらない。
化粧なんだろうか?
それとも童顔なんだろうか?
それとなく聞いてみたいが、聞いた瞬間に魔剣が飛んでくるかもしれない恐怖もある。
と思っていたら、遊びにきていたシンルゥと一緒に食事中、妖精が直球で聞いていた。
「ルゥって変わらないわね? お化粧なの? アタシも口紅とかしてみたいなぁ」
という言葉に対して、シンルゥが笑う。
「うふふ、ご冗談を。私、すっぴんですわよ」
「えー! 最初に会った時とぜんぜん変わらないのに? 人間だったらもっと変わるでしょ?」
「そうですわね。これもツッチー様の御力ですわね?」
シンルゥがこちらに向かってウインクする。
わけわからんが。
「いつもながらこちらで頂く果実は良いお味です。ごちそう様でした」
「そういえば……会ったころはこの島の果実なんて食べなかったのに、最近はよく食べるな?」
「うふふ。そのような事もありましたね。ええ、食べず嫌いはよろしくなかったと、今ではとても後悔しているぐらい、おいしい果実ですわ」
「ふーん?」
ま、ウチの果実をおいしいって言って食べてくれるのは嬉しいもんだ。
そして最後の老司教。
こちらはごくごくたまに顔を見せるくらいだが。
「あー、おじいちゃんだ! またキラキラ持ってきてくれた?」
「もちろんでございますよ、姫君」
「ありがとー!」
老司教はそういって、手荷物から小瓶を取り出す。
中身は何も入っていないものだが……器としての価値がとても高いものだ。
こればかりはディードリッヒでも手に入らない、教会お抱えの職人が古くから伝える技法で錬成された瓶だという。
内容物の劣化を一切ふせぎ、長期保存が可能という魔道具だ。
何に使うものなのかを聞いたら、精製したエリクサーを入れるためのものらしい。なるほど。
一瓶いくらか聞いたら、老司教は笑って指を一本立てた。
だからそれわかんねぇって。
それをもらった妖精は、集めた花の蜜をそれに入れている。
妖精いわく、季節ごとに咲く花で味も違うのだが、この瓶があればシーズン関係なく味わえると、とても喜んでいる。
今では果実や果実酒があるため、かつての主食だった花の蜜は嗜好品程度の扱いだが、やっぱり妖精の本能が欲するのか、老司教に瓶をもらうたびに様々な蜜を集めて回っている。
「高価だろうに、いつも悪いな」
「ワシは口下手ですからな。うまいおべっかで魔王殿の機嫌をとれぬ分、こうして姫君に貢いでおるのです」
笑う老司教。
口下手ねぇ、よく言うわ。
白木の杖をついてオレの横に立ち、蜜を集めて回る妖精をオレの横で無言で眺めている。
この爺さんが用事もなく島に来ることはない。
つまり。
「なんかあった?」
「おやおや。お見通しでありましたか。恐れ入りました」
くっくっと笑う老司教。
あー、聞きたくない。
このパターンって、また面倒な客の話なんだろうな?
けど、貴族社会は領主が、商会やら職人の一般社会はディードリッヒが、教会もこの老司教がこの島の秘密をおさえているはず。
これ以上、どっから面倒ごとが舞い込んでくるのだろうか?
「ではまず本国の背景から」
「はいはい」
どうやら長い話になりそうだ。
そして長い話で良い話だった事は一度もない。
「十五年ほど前。四人の魔人が現れるという神託を受けた王には、生まれたばかりの双子の皇子がおりました」
「ふむふむ」
「継承権は兄である第一皇子に。ですが成長するだに、第二皇子の方が優秀であると人々は評ずるようになりました」
「よくある話か」
「ま、ワシとしてはその優劣評価に関してはいささか疑問が残るのですが。ともかく現状では第二皇子の方が優秀という風潮でして」
納得のいかない表情の老司教。
ここから本題的な何かがあるんだろうね?
聞いてほしそうな顔をしているから、あえて聞かないけど。
「一方、第一皇子も優秀なのですが、やや頭が固い。責任感から微罪でも厳罰をもって断ずる潔白さは……教会としても、やや融通が利かないという評価でして」
聞かなくてもお話は続くようだ。
しかし、ふむ?
「清廉潔白を旨とする教会関係者でも?」
「第二皇子を推す声が大きくなってくる程度には」
「軽く言ってるけど、よっぽどなんだな」
それに対して老司教は笑うだけで明言はしない。
「というわけで、第一皇子には大きな手柄を立てて頂き、第二皇子を推すごとき雑音を封殺して頂いた上で、今回の試練をもって人間的も成長していただきたい次第。具体的には清濁併せ飲む程度には」
「……なんか教会の……っていうか爺さんの駒みたいだね?」
老司教は笑う。
「駒などと恐れ多い」
「だよね」
「ただモノとヒトは使いようではありますな」
「……そっかぁ」
もういいや。
この爺さんが敵にならなかった幸運だけをかみしめておこう
「それで大きな手柄って? どうせもう計画たってるんでしょ? ここまではオレに関係なさそうな話だけど?」
「はい。第一皇子には魔王討伐という栄誉をもって、凱旋して頂こうかと」
「……まさか?」
「はい、そのまさかにございます」
……ついに出てきたか、四天王。
人族と魔人が戦う時、協力するって言ったからなぁ。
「何が出てきた? 何の魔人だ?」
オレの真面目な顔を見て、老司教は一瞬きょとんとする。
おや? 珍しい表情だ。
それもすぐに、いつもの好々爺たる目つきになった。
「……ああ、なるほどなるほど。我が主におかれては、ワシをいまだ善人であるとの誤解があるようで」
「え?」
「現在、居所が知れておる魔人はただ一人でありますよ」
「……ん?」
どういう事?
「つまりですな」
「つまり?」
「第一皇子の手柄とする魔人は土の魔人。つまりここにおわす我が主でございますれば」
そして老司教は満面の笑顔で言った。
それはつまり、オレと戦う、という事だった。




