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『司祭、独白:百人を救えなかった男の信仰』


その日、ものものしい集団が本教会の扉をくぐった。


白銀の鎧に身を包んだ国教騎士団。教会が保有する精強な騎士達。


剣の腕は当然ながら、信仰と信心にあふれ、神と聖人の為ならば何を相手にも辞さない、そういった集団である。


主に司教以上の警護や教会への賓客などを警護する任務に就くのだが、それが十数人以上もの人員を割いて警護にあてられていた。


だが、その中心で守られているのは、なんと一人の老いた司祭。


司教ですらないのだ。


さらに驚くべき事に側にいる国教騎士の二人には剣ではなく大きな荷物を持たせている。


たかだか司祭一人に、この人数。


しかも荷物持ちまでさせるという、異常な光景である。


だが剣をとりあげられ、荷をもたされている騎士の二人の表情は恍惚に満ちていた。


その荷が何であるかを、ひそかに告げられているのだ。


「すまぬな。国教騎士たるおぬしたちに荷物持ちなどをさせて。この老骨ではたったそれほどの重さですら、持ち上げる事もかなわぬのだ」


老司祭は騎士達の内心を理解しつつも、あえて謝罪する。


「はっ、このような大役をおおせつかり、喜びに震える次第であります」


「まさしく。今、我らが手には剣でなく、万民を救うための霊薬があるかと思うだけで夢心地でありますれば」


自分たちが運んでいるものがどれほどのものか重々理解しているがゆえ、あえて言葉にしてみると実感が増す。


ああ、今、自分たちは神のごとき仕業の一助を為しているのだと。


そしてこの老司祭は、いかなる秘境からか神霊草を探し出した英雄。


かつて、あまたの戦場で多くの兵と民を救い、その功績と栄誉で司祭となったらしいが詳しくは知らされていない。


ただ。


一人の騎士として、この老司祭には侮りがたい空気を感じていた。


聖職者としての畏怖ではなく、騎士として、剣士として、戦う者としての本能が、老司祭を強者であると告げているのだ。


老いて骨も浮き出た細い腕と、聖者にふさわしい深い微笑みを常に浮かべる老司祭であるというのに。


しかし騎士にとっては、それも些事だ。


この老司祭は自分と同じく神の下僕であり、信徒であり、こうして多くを救う術をもたらす聖者であるのだから。


こうして老司祭は二十二株のマンドラゴラを持って、本教会へ訪れた。


謁見の予定を管理する上位奉仕者には、あらかじめ持ち込む物の詳細を記した手紙を送っておいた。


その信じがたい事実の証として極上品のマンドラゴラ一株を同梱して。


すると、すぐに老司祭が滞留していた港町の教会にこの国教騎士団が迎えに現れた。


突然の来訪に港町は騒然となったが、こうなるだろうと知らされていた領主の管理もあり、無用な騒動は起きなかった。


当の老司祭はさも当然とばかりに荷をまかせ、厳重に警護された馬車にゆられ、こうして久方ぶりの本国へと戻ってきた。


老司祭が本教会の前まで来ると、多くの奉仕者たちが出迎えに出ていた。


「ご苦労であったな」

「お役に立てて光栄であります!」


迎えられた老司祭は、護衛と運搬の任を果たした国教騎士達をねぎらう。


騎士達が持つ荷物の受け渡しも無事終わり、荷物を持たせていた騎士の二人――隊長と副隊長が安堵と達成感という愉悦に浸っている中、彼らに向かって笑いかけた。


「お主らの隊、実に見事な統率と信心を感じた。所属と名は?」

「は? ……はっ! 我らは第十三国教騎士団の……」


まさか所属をたずねられると思っていなかった隊長は、姿勢を正して答える。


隊と名を覚えておく、と言われる事は今後もひいきにするという意思表示だ。


この老司祭がこれからさらに上の階位を叙勲されるのは確実だ。


おそらくはすぐに司教になり、どこかの教区をまかせられるに違いない。


その直轄ともなれば……と隊長は己の未来に栄華をはせる。


教会に属する騎士といえど、金も要するし、飯も食らえば、酒も飲むのだから。




***




老司祭は上位奉仕者と呼ばれる司祭以下の者たちに案内されて教会内を進む。


しかし謁見を待つ待合室に寄る事なく、教皇の待つ大聖堂まで歩みは止まらなかった。


教皇との謁見は最優先で認められていた。


いや、教皇が他の予定を全て取りやめて、ただ一人の司祭の来訪を待っているのだ。


教皇と司祭。


他の一切の者を聖堂より払い、二人だけの謁見という名の密談が行われた。


結果、老司祭は司教への叙階がその場で即座に行われた。


さらに教皇派閥への編入により、圧倒的な権威を手に入れる。


魔王との伝手と、他の魔王との争いになった暁には助力があるとの事も伝えた老司祭には、さらに国教騎士団の一部の指揮権も与えられる事となった。


さっそく、さきほどの第十三騎士団を手足とすべく、老司教は彼らを呼び寄せる遣いを出したのだった。


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