『神霊草、またの名をマンドラゴラ(2)』
翌朝。
それぞれが軽く腹ごしらえを終えたのを見計らい、オレは皆に声をかけた。
「じゃ、行きますか。ちょっと歩くけど、念のため翼竜で行くのはやめておこう」
オレが歩き出し、皆がそれに続く。
二、三時間は歩くかもしれないし、杖をついてる老司祭には悪いと思うが……正直あの化けキノコどもがどうなっているかわからないし、翼竜で行って刺激したくない。
ホント、どうなっている事やら。
妙な緊張感が漂うオレ達は、口数も少なく、ただ歩を進めた。
そして目的地である、かつての家の付近までやって来た。
うろ覚えだった場所だが、どうして確信できたかというと。
「うわぁ……」
「うわー……」
オレと妖精が同時に声を漏らす。
その周辺は、明らかな抗争の跡地となっていた。
進む道々には、タマを取られ、そのまま枯れ果てたマンドラゴラが散見している。
中には、串刺しになって放置されていたり、首吊りにして晒されていたりと、まさに地獄絵図だ。
これが植物のする事であろうか。
それらを横目に通り過ぎるオレ達。
オレと妖精は、うへぇ、ひいぃ、という目なのだが後続たちは違う。
「これは……すべてマンドラゴラでは!」
といって、あわてて拾い始めようとするディードリッヒ。
とりあえず、いいからいいから、と、地面にはいつくばって干からびた人面草を集めていたイケメンを止めて先へ進む。
「しかし魔王様、これだけあれば! ここにもこんなに! あそこの木にも! あんなにも多くの!」
首吊りマンドラゴラが飾りつけられた木の下でなおも食い下がる領主の手には、ディードリッヒと同じく地面に打ち捨てられていたマンドラゴラの遺骸がある。
そんなグロいものは捨てろといって、先へ進む。
「え、なにコレ、金貨が落ちているようなものじゃない! うふ、これだけあれば……って、コホン。あら、ツッチー様? 紳士たる者、女性の胸元をそんなに見つめるのはいかがなものかと思いますよ?」
胸元にひからびたマンドラゴラをぎゅうぎゅうと押し込めているシンルゥは……もういいや、いいから先に進むぞと、うながす。
そんな中で老司祭だけが厳しい目で状況を把握しようとしていた。
***
「ついたぞー」
「うわ、なっつかしいー!」
ついに到着したかつての家へとおもむくと、周囲がこれでもかといわんばかりに草で覆いつくされていた。
家の屋根から壁から何もかもビッシリと蔦が絡んでおり、ところどころに青いバラが咲いている。
間違いない。
彼女は……サッちゃんは近くにいる。
だが家の周囲を見て回っても、それらしき花株は見当たらない。
これだけ青いバラをつけた蔦を張り巡らせているので、すぐに見つかるはずなのだが……。
「……ッ?」
ふと、なんともいえない気配を感じて見上げた。
すると先ほどは見逃していたが、屋根の上には植物で編まれた椅子のようなものがあり、そこに座っている……子供がいた。
その髪にはたくさんの蒼いバラが飾られており、そんなバカなという予感を否定する以上に、ありえん話もでもないな、というイヤな確信がある。
「ドライアド?」
シンルゥがいぶかしげに凝視している。
聞いた事あるな、ドライアド。
確か半分植物の亜人だっけ? 逆か? 人間のような植物?
しかしそのドライアドとやらの顔がこっちに向いた瞬間、それがドライアドというものではないと確信した。
「……やっぱりサダコか。大きくなって、まぁ」
「うわ、ホントにサッちゃんだ!」
顔には目と口っぽく見えるまんまるの黒い穴が三つ。
あの無感情なハニワのごとき容貌、見間違えるまでもなくマンドラゴラだ。
大きくなったマンドラゴラがドライアドと呼ばれているのだろうか?
……いや、シンルゥが細い垂れ目をあれだけカッと見開いて驚いているあたり、やはり別物だろう。
そして蒼いバラが髪にあるという事は、サッちゃんに違いない。
今更だが、見つかって大丈夫なのだろうかというくらいにクリーチャー化している。
とは言え、あんな不気味でも植物であるし、襲い掛かられたり、噛みつかれたりする事はないと思うが、道中の惨劇からしてそうともいいきれない。
オレが不安から身構えているとサッちゃんは口っぽい穴から、ォオォオォオォオオ、と空気を吐く音で咆哮した。
すると家の近くの茂み、と思っていた草が全てマンドラゴラの頭部であったらしく、一斉にそれらが飛び出してたきた。
「うおっ」
「きゃあ!」
恐怖に悲鳴をあげるオレと妖精が互いに抱き合う。
無数のマンドラゴラが家の壁のツタを這い上がっていく。
そしてサッちゃんの足元に集まると、彼女? を担ぎあげた。
わしゃわしゃと葉や根がこすれる音とともに、屋根からジャンプした植物の塊がオレたちの、いや、オレの元へとサッちゃんをイスごと運んできた。
そして子供ほどの大きさに成長していたサッちゃんがイスからゆっくりと立ち上がり、オレに向かってひれ伏した。
同時に、周囲の普通サイズのマンドラゴラもひれ伏す。
端的にいってホラーである。
しかも、もはや満月の夜でなければ活動できないという条件すらなくなっているようだ。
「……ツッチー様、これは?」
褐色肌を土気色にするのも見慣れてきたイケメンダークエルフが聞いてくる。
聞くな。
オレが聞きたい。
「確かに大量のマンドラゴラが群生しておりますが……思っていたものとかけ離れており、どうとらえた物か……」
領主もうろたえている。
いや、ビビっている。
そりゃそーだ。
オレもビビってるよ、気が合うな。
「え、なにこれ、なんなの?」
シンルゥが再び目を見開き、素の顔になって戸惑っている。
こうしてアタフタしている所を見せられると、年相応の女性といった感じだ。
ただ一人。
老司祭だけが、うむうむ、とうなずいていた。




