『ツッチー、大地に立ってから十二年後。教会からの視客(7)』
耳を疑うような言葉が聞こえた。
……ような気がする。
「ええと。もう一度聞いていい?」
聞き間違いかもしれない。いや、きっとそうだろう。
「土産はいかほど持たせて頂けるのか、と。老骨ゆえ持ち運べる量に限りがありますゆえ。なるべく額が多く、数は少ない方がありがたいですな」
当然のような顔でお金をたかられ始めた。
さっきの条件でお互い良かったね、仲よくしようねって話じゃなかった?
「ああ、誤解なきよう。ワシの腹に入れるつもりではありません。ある程度は先立つモノがなければ、わめきだす本部の生臭どもがおりますので、それらの臭い口に詰め込んで黙らせるためのものです」
「そ、そうなんだ、へぇー……」
「はっきりと申し上げれば、ワシのような戦場治癒士上がりの司祭など風が吹けば飛びます。せめて一つ上の司教となり、あの港町を教区化してワシが管理する程度はせねば機密の漏洩は防げません」
ほー、そういうものか。
教会のお偉いさん達の地位とかよくわからん。
それより戦場治癒士とかいう単語が気になる。
この老司祭の胆力は、そういう過去があっての事か。
あとこの老司祭は、後々、自分が港町を担当するような事を言っているが、領主が港町には教会があるみたいな話をしていた。
もともと管理している神父さんだか牧師さん? だかがいるんじゃないの? と、聞いてみると。
「確かに。本国で政戦に負けて左遷されてきた助祭がおります。あの者はワシが理由をつけて本国へ送り返します。幾ばくかの金と教会の上層部にとりなす手紙をつけてやれば、今後は尾を振ってワシに従いましょうぞ。そうなれば本国の動静を知らせる程度の小間使いにもなるでしょうからな。ああ、助祭が去った後は、もちろんワシが港町の教会と信徒を責任を持って管理いたしましょう」
教会の内情を淡々と話す老司祭。
オレが考える事くらいは折り込み済みか。
そこにまたシンルゥが余計な口を挟み始める。
「うふふ、相変わらず教会というのは救われないわね」
「お前さん相手に否定はせんよ」
やばい、また雰囲気がよろしくなくなってきた。
オレはさきほどから静観つつも、側で控えているディードリッヒを見る。
デキるイケメンはそれだけで全てを察する。
「は、私におまかせを。では司祭殿、いえ、すぐに司教殿となられるのでしょうが、具体的な必要額の提示はできますか?」
「そうさの。これくらいのご寄進があれば神も微笑まれ、ワシの行く先に慈悲の光を与えてくださろうな」
老司祭が指を三本立てる。
「……それは、少々……」
ディードリッヒがまゆをしかめる。
このイケメンが躊躇するとか、どんだけの大金なんだろうか。
しかし指を立ててお金の話とか本当にやるんだね。
ドラマや映画でしか見た事なかったけど、ここで単位とか聞いたらダメな雰囲気だっていうのはオレでもわかるので黙って見ている事にする。
「ディードリッヒ殿。私の方からも……」
領主が指を一本立てる。
しかし老司祭がすぐにとがめた。
「ああ、それはいかん。いかんいかん。領主殿が出される金は税であろう? それは受け取れない」
「それは確かにそうだが、うむむ……」
ちょっと話の先行きがあやしくなってきた。
シンルゥが手を上げる。
「司祭様。ご自身もせっかくまとまったお話を壊したいわけじゃないでしょう? 少しはわきまえたら?」
「無理を通すには道理を引っ込めねばならんし、杭を打つには金がいる。ワシとてこの話、ご破算にしたいわけではない。これは必要な段取りじゃ」
まーた、にらめっこが始まった。
「どうだか? いいわ。私が本国でいくつか仕事をしてきます。賞金首か討伐依頼、そのあたりで一稼ぎしてまいりますから……ツッチー様は安心してお過ごしくださいね」
シンルゥが下げていた剣を少しだけ抜いて刀身をさらす。
鞘から淡い蒼色をした刃紋を持つ片刃のそれは、なんともあやしい雰囲気を持っている。
「大言壮語……というわけでもないの。神魔戦争時代の古き遺産、アーティファクト……いや、魔剣の類か」
「うふふ。ディードリッヒさんの伝手、素晴らしいわ」
魔剣!
へー、ディードリッヒってそんなのも手に入れられるのか。
そんな感心の視線を投げかけてみる。
なぜかディードリッヒは、かしこまって説明を始めた。
「シンルゥには本国での発言力や信用を増すためにも、活躍してもらわねばなりませんので与えました……決してツッチー様への叛意など誓って」
……ああ、強い武器を持たせてるけど、逆らうつもりはないよって話か。
「いやいや、そんな事は考えてないって」
「恐縮でございます」
「魔剣って初めて見たからさ。カッコいいなぁって」
「ご所望ですか?」
「……うーん。カッコいいとは思うけど、手入れとかできないし、自分を斬りそうだからやめとくよ」
部屋に飾るというのもアリだが作った職人に申し訳ないしね。
やっぱり武器ってのは持つにふさわしい者に使われるべきだろう。
「うふふ。私もツッチー様の為にこれを振るう事はあっても、ツッチー様に向かって振るう事など決してありません」
シンルゥが笑う。
この笑顔ほど信用できないものも無いが、少なくとも今までずっと協力してくれているし、妖精にも優しくしてくれるから彼女そのものは信頼している。
そんなシンルゥの提案だが、老司祭は難しい顔をする。
「賞金をあてになどできん。時間もかかるし、そもそも都合よく依頼があるとも限らん」
「ならばどうしろと?」
この二人が口を開くたびに不安になる。
しかし、お金か。お金なぁ。
きっと、この島の果実と果実酒だけじゃ足りないって話なんだよな?
他にも何かないかなぁ?
ううむ。
……いや。
なんかあった気がする。
封印した記憶がざわめく。
満月を見るたびに解かれそうになる、古い記憶だ。
なんだっけ?
思い出しちゃいけないと思いながら、思い出さないと現状打破できないという苦境に、オレの脳が悲鳴をあげている。
「あ、そういえば」
しぶしぶとオレの灰色の脳細胞が思い出した。
「……なぁ、ちょっと聞きたいんだけど。あ、司祭様も聞いてもらえます?」
剣呑とした雰囲気のシンルゥと老司祭、そしてどうしたものかとオロオロしてるディードリッヒと領主に向かったオレが問いかける。
「マンドラゴラってお金になる? そこそこな量が生えている所があるんだけどさ」
四人は一様に驚いた顔になりながら、次の瞬間、一斉に声をあげた。




