『ツッチー、大地に立ってから十二年後。教会からの視客(6)』
「……魔王殿。一つお聞きしたい」
「なんでしょ?」
深い瞑目から覚めるように、老司祭がオレにたずねかける。
「仮に他の四天王が現れた時、魔王殿が我々に力を貸してくださる、そういう約定は結べますかな?」
「あー、なるほど、そういう話ですか。いいですよ?」
「……交渉も無しに即答されると、いささか不安になりますが、真に?」
いや、交渉もクソもないじゃん。
ひょうたんからコマのように振ってわいた、オレが老司祭へ出せるたった一つの条件なんだから承諾するしかない。
と言っても、この場でできるのは口約束だし、その時になったらオレだってどうするかわからない。
火でも風でも水でも、どいつが来てもあてがわれた予算的に戦ったら負けるんだろうしね。
オレにできるのはせいぜい話し合いの場を持つくらいだろう。
それすら、相手がきく耳を持っていれば、となる。
そしてオレが本当に味方になるかどうかと疑うのは、この老司祭も同じことだろう。
とはいえ、このおじいちゃんの方も、藁にすがるほどでも味方が欲しいという事か。
うーん。
こういう世界だと約束を遵守しますよー、というのは何かに誓ったりするんだっけか?
「戦女神にでも誓いましょうか?」
「ほっ? なんとも外連味溢れる魔王殿だ……なるほど、なるほど。もともとそういう腹積もりでありましたか。その飄々とした態度、考え無しの呆けた魔人と腹で侮っていたワシの負けです。お見事な交渉、してやられました。御自らが四天王である事を初耳のごとく問い返す様は実に見事な演技でしたわい」
なんか内心でバカにされていたらしいが、勝手に評価が上がっているようだ。
何を言っているのかさっぱりわからん。
あと自分が四天王ってのが初耳なのは間違いない。
確かにあのクソ女神がそんな事を言っていた気がするが、この世界の人たちにもそう知らされていた事は知らなかった。
いや、予想するべきだったのか?
今更な事を考えていると、老司祭は自分のに中で色々と納得して話を進める。
「さればワシはここで命乞いをさぜるを得ませんな。土の魔人、隠れ島の魔王殿。水、火、風の魔人が我々に敵対した時、ご助力頂けるというお約束が為った事を報告せねばならんのですから。無論、大々的ではなく、あくまで教会内のごくごく一部の者のみにお話して、王にはこちらの三人方と同じく虚偽の報告を致します事、命をかけてお約束します」
お、やったじゃん!
オレの事を教会の一部のお偉いさんは知る事になるが、これは仕方ないだろう。ちょっと不安だけども。
少なくとも国が騎士団とかを送り込んでくる事はなくなって、しかも教会も表向きはともかく多少は協力的な関係になれるのではなかろうか?
などと、オレは都合よく話が進んで、ほくほくしていたのだが。
そこに冷たい笑顔が割って入ってくる。
シンルゥだ。
「うふふ。そう都合よく話が進むと思いまして? 司祭様がもし帰らなければ国はここに攻め入る。敵とならず、むしろ味方となるツッチー様すら敵に回す愚行ですよ? 協力の約束ではなく懇願し服従する、そのくらいの事が言えないようではとてもとても?」
老司祭とシンルゥが笑顔でにらみ合う。
この二人の溝はたぶん、埋まりそうにない。
「勇者シンルゥ。ここは司祭殿にお帰り頂き、教会の上層部との関係強化を図るべきだ」
「ディードリッヒ殿の言う通りだ。そうなれば、貴族社会、冒険者組合、そして教会、すべての勢力につながる事ができる。それはこの先の安泰にもつながる」
話の展開が複雑でややこしいのに急展開していく。
それぞれの立場と思惑も混じってるせいで、さらによくわからん状態だ。
「はいはいはいはい」
オレはパンパンと手を叩いて注目させる。
「話をまとめよう。司祭さんが望むのは、別の四天王が出てきた時にオレが協力する事。その見返りに司祭さんはオレ達の事を内緒にしてくれるって事……でいいかな?」
「少々、お話の輪郭がぼやけておりますかな。我ら人族が魔人と戦う為にご助力いただきたい」
むぅ。
さりげなく逃げ道を作ったつもりだったが、お見通しか。
ここはヘタに嘘つくよりも、正直に言っておこう。
「さっきも言ったけどオレより相手が強いからな。正直、真っ向勝負とか勘弁してほしい。ただ話し合いの場を整えるとか、そういう方面でがんばるという事で一つ」
「……もとよりその腹積もりであろう事は感じておりましたが、そうも明け透けに言われてしまいますと、こちらとしてもやりにくいですな」
「あとから話が違うっていうのも、互いの為にならないかなーってね」
「ふむ。ふむふむ」
老司祭が悩む。
「……我らとしては、四天王の一人が敵でなくなったという事からすでに僥倖。その上、多少なりと御気遣い頂けるとあれば十分でしょう」
「お」
老司祭が笑う。
なんか思ったよりすんなり話がまとまった。
と、なればずっと気になっていたが。
「シンルゥ、そんなわけだから……そろそろ縄をといてあげたら?」
「うふふ」
ちなみに老司祭は、後ろ手にイスへと縛り付けられたままである。
白木の杖もイスの後ろに立つシンルゥがわきに抱えたままだ。
「ツッチー様がおっしゃっるから、縄は斬って差し上げるわ」
ふとももの横に吊っていた小さなナイフを抜いたシンルゥが縄を切る。
「ふむ。シンルゥと言ったか。勇者と呼ばれておる割に敬老精神が欠けておるな」
「生きるだけで必死だった。敬老精神? そんなモノにかまける余裕なんて神様からいただけなかったわよ?」
解放された老司祭が解放された手首をさする。
「……杖は返してもらえんのかね? それがないと不便でな」
「せっかくですもの。これまでの非礼をお詫びする意味でも、島にいる間は私が手をお貸しして杖代わりとなりますわ」
笑って手を差し出すシンルゥと、笑ってその手を借りる老司祭。
おお、ギスギスしていた二人の間に、ささやかながら和解の雰囲気が漂った。
「さて、それはそれとして、魔王殿」
「なんでしょ?」
難しい話が終わったと思って安心していたオレは、軽やかな気持ちで老司祭に声に振り向く。
「さきほどのお話にあった、ご寄付はいかほど?」
え?
「え?」
いや、フツーに心の声が漏れた。
え? なんて?
「ワシも手ぶらでは帰れませんのでな」
「……ええー?」




