『ツッチー、大地に立ってから十二年後。教会からの視客(5)』
老司祭との話し合いは平行の一途をたどっている。
ならば逆に、と、オレはたずねる。
「じゃあ逆にお聞きしたいんでけすど。オレの事、島の事、ダークエルフ達の事。何もかも一切合切を秘密にしておいてくれるほどの取引条件って何かありませんか?」
あるはずがない答えを、未練たらしく求めるオレ。
当然、老司祭は否定をする。
「ありますぞ」
「あるの!?」
否定ではなく、肯定。
つい期待に体を乗り出して、続きをうながす。
だが、笑顔のままの老人が継いだ言葉は。
「できるかどうかを別とすれば、ですが」
あ、これ、絶対ムリなヤツだわ。
「一応、うかがってみたいなーって」
「かまいませんぞ。むしろ今までのお話の中で語ったと思いますが。全ての信徒を救う事、それが叶うのであればなんでも致しましょうぞ」
「……あー」
神様にしかできない事、いや、神様ですらできない事が条件か。
「妥協できるところは?」
「はっはっはっ。無論、ありませんな」
笑いごとじゃない。
「がけっぷちだ。三人とも、なにか買収できそうなモノ持ってない? お金以外で」
オレはこちら陣営の悪人どもに声をかける。
まず進み出たのはディードリッヒだ。
「……本国では、いまだ食料や薬品が不足気味と聞き及びます。それらを供与するというのは?」
ディードリッヒが老司祭に問う。
「確かに富裕層には行き渡っておるし、反して屋根なき者らは困窮している。しかし教会で世話できる範疇でもある。むろん、寄付されるのであればありがたく頂戴するが、それでワシがどうこうという事はありえんよ」
「左様ですか……」
金や援助でどうこうなる話ではないとわかっていても、ディードリッヒが持つ力で最も強いのも金だ。
他に提示できるものはないだろう。
次に領主が口を開く。
「……我が港町に大きな教会を建てるというのは? 今、逗留されている教会もだいぶ傷んできましたし」
「ほっほっほっ。それはそれでありがたいがな? 領主様とて、それでどうこうできるとも思っておらんだろう?」
ダメモトすぎる話とわかっていても、領主には他に出せる条件もないのだろう。
領主が今出した条件なども、金があれば済む話だ。
もはや最後の希望にかけるしかない。
オレが目を向けた先には、いつもと変わらぬ微笑みを浮かべる、杏子色の髪をした美女。
「シンルゥからは? 何かないか?」
「そうですわねぇ。司祭様のおっしゃる通り、その骨が浮き出るやせた首をとって憂さ晴らしといきませんか?」
「冗談もほどほどに……冗談だよね?」
肩すくめるだけで否定しないシンルゥ。
「うふふ。しかし実の所、もう詰みですからね。島の果実だけならばともかく……」
シンルゥはそこらの木々になる果実を見てから、オレを見る。
「魔王様の存在と居場所まで本国に伝われば確実に討伐隊が組まれます。虚偽報告をしていた私たちにも咎が及ぶでしょう。私としてはこの枯れた細首をとった後、どこか遠くに行こうかと。これまで皆様からお金はたくさんいただきましたし、女一人、顔と過去を隠してのんびり生きていくには十分な蓄えです」
うーん、シンルゥは諦めモードか。
「司祭さんはそれでいいんですか? こんな辺鄙な島で人知れず……死んでしまっても?」
「四天王の一人と相討ちとなれば、この痩せこけた命の最期の使い道としては上等すぎるかと。未練も後悔もありませんな」
「……四天王?」
ちょっと待って、なんかカッコいい言葉が出てきたぞ。
思い出したようにシンルゥがオレに説明をする。
「あら、ツッチー様には言ってませんでしたわね。ずいぶんと昔、そういった神託がありました。火と水、風と土。四人の魔人がいずれ世界に災禍をもたらす、と。冒険者組合にもそれらを見かけたら要報告とありましたし。ただ、ツッチー様がその四天王かと問われると私は疑問ですけれど?」
シンルゥが老司祭に笑いかける。
「だって教会の司祭様より人を救っていらっしゃるんですから?」
老司祭も笑ったままで答える。
「今、百人を救った者が、明日、千人を殺さないと誰が言える?」
「今、百人を救えない者が吐ける言葉じゃないわ」
笑いながら笑わない二人の会話をよそに、四天王という言葉を考える。
確かにオレがここにくる時、あの戦女神には搾りかすと言われた。
であるならば、他の三人は少なくともオレより強力な力を持った魔人だろう。
オレは何の考えもなく、その事を皆に伝えた。
「ちなみにその四天王で最弱なのがオレだと思う」
「なんと!? 他の三人の魔人を知ってるおると!?」
老司祭がめっちゃ食いついてきた。
「い、いや、顔も知らないし、どこにいるかも知らない。ただその三人の方がオレより予算……多分魔力? とやらが多いだろうって話。信じるか信じないかはお好きにどうぞ」
「ふむ……ふぅむ、他の魔人の方が強い。それが真実であれば……ううむ」
死んでも構わないと、ずっと笑顔だった司祭の顔が初めて表情を変えた。




