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『ツッチー、大地に立ってから十二年後。教会からの視客(3)』


シンルゥが自信満々、全ておまかせあれと言ったあの日から十日ほどが経ったと思う。


妖精と夕陽を眺めながら、結局使っていない二階建ての横にある薄桃色の旧宅の庭で夕食のフルーツを食べていると。


「ねね、ツッチー! あれ見て! リッヒたちじゃない?」

「……うっわ、全員で来てるじゃん」


夕陽をバックにして三頭の翼竜のシルエットが浮かび上がり、ゆっくりと近づいて来ている。


三人勢ぞろいという時点で司祭の話だろうと思ったし、まとめてやって来ているという時点で多分うまく行かなかったんだろうなぁと予想する。


この時点で絶対にややこしい事になっている。


場合によってはあまり見たくない、聞きたくないものがあるかもと判断したオレは、最低限の備えだけはしておくことにした。


つまり妖精の避難だ。


もし血なまぐさい話になるなら、極力聞かせたくない。


「多分、退屈な話になるから先に休んでて」

「えー、アタシだけ仲間はずれ?」


抗議の意味をこめてオレの頭の上でぴょんぴょんと飛び跳ねて、羽根から蒼い粉を振りかけてくる。


それを吸い込んでしまったオレが。


「ぶえっくし!」

「あははは!」


大きなくしゃみをすると妖精が笑って、オレの頭から飛び立った。


「お話、早く終わらせてね!」


そう言い残して、窓から家の中へと消えていった。


「さてさて、今度はどんな厄介ごとやら」


オレは気を引き締めて、三人を地上で出迎えるのだった。


その後、ゆっくりと近づいてきた三つの影がオレの前に降り立った。


現れたのはいつもの三人と見知らぬ年寄りが一人。


「ふごふご」


しかも縛られ猿ぐつわまでされたのは白い僧侶服を着た年寄りだった。


そんな年寄りをぐいぐい引っ張っているのは「ごきげんよう、ツッチー様」と笑顔のシンルゥだ。


ごきげんよう、だって?


むしろ聞きたい。


なんでお前はそんなご機嫌な笑顔なんだと。


そして聞きたい。


オレがご機嫌よろしいような表情に見えるのかと。


言われるまでもなく、この老人が例の司祭とやらだろう。


胸元にキラキラと輝くペンダントは見た事ない形のものだが、これが聖印というものではなかろうか?


そしてシンルゥがわきに抱えている白木の杖も、その年寄りのものだろうか? 


ふん縛ったあげく、杖まで取り上げて無体極まりない。


これが勇者と呼ばれる者のする事だろうかと疑問に思う以上に、このシンルゥという暴れん坊がこっちサイドという事に頭が痛くなる。


そしてディードリッヒと領主がこれ以上ないというくらいに土気色になった顔で、オレの前にかしず、いや、土下座を始めた。


この世界でもあるのか、土下座。


「……私の監督不足であります。いつかこの女はツッチー様に仇なすのではと警戒しておりましたのに、この不始末。命をもって償うのは当然。三枚目の黄色の札、用意しておりますれば、いかようなご処断をも受ける覚悟でございます」


そんなディードリッヒをかばうようにして領主が前に進み出る。


「多忙で街をあけがちだった彼の責ではありません。常在する私がもっと目を光らせておけばこのように不始末に至らずに済んだのです。お裁きはどうぞ私だけに……ッ!」


それぞれ自分が悪い、自分だけが悪いとオレに訴えかけてくる。


その一方で。


「まったく。お立場ある殿方が二人してみっともないですわね。司祭様もそう思われませんか?」

「ふごふご」


いや、お前はまずその爺さんを開放してやれと。


「とにかく経緯と事情を話してくれ。あとシンルゥは年寄りをもっと優しく扱え。せめて座らせてやれ」


オレはテーブルセットを新たに作り出し、足らないイスを整える。


「うふふ。ツッチー様は寛大な御方ですわね? 良かったですわね、司祭様?」


ぐいっと老司祭を縛る縄を引き寄せて、出来立てのイスに座らせた。


そしてオレは事情を耳にして、さらに頭を痛くした。




***




老司祭の現状はこうだった。


港町に関して、領主とシンルゥから上げられた報告に納得できない王が、教会へ調査を要請。


王と仲の悪い教会だが勅命とあらば無視もできず、かつて戦働きで司祭となっていた平民の老人に命ずる。


老司祭も断る事はできるが、そんな危険そうな仕事を若者にまわすのは忍びないという事でやってきたそうだ。


それにこの港町がどういう手であれ息を継いだのは良い事だ。


国も教会も何もできなかったのに、奪うなどとんでもないという考えも持っていた。


よって、仕事をする気もなく、与えられた寝所を兼ねた教会でボーっとしていたらしい。


そんな痛くもない腹をがんばって探っていたイケメンダークエルフと悪徳領主だが、当然あやしい動きがないので動けない。


しかし何かしているばずだと考えあぐねていた所、シンルゥが『ラチがあきません。もしお二人の考える通り、何かを水面下でやっていて手遅れになるのはよろしくありません。さらいましょう』といってふんじぱったらしい。


「それはまぁ。なんとも災難でしたね」


いい人そうなのに、運が悪すぎる。


「そうですなぁ。役立たずであろうとした矢先、まさかこうして黒幕の方々とお話する機会をいただけるとは。それなりに長く生きてきたつもりですが、人生とは未だに何が起こるかわからんものです」


イスに縛られたまま老司祭が笑う。


そんな善人の笑顔の背後には、いつものスマイルでいまだに老司祭の縄を解かないシンルゥが立っている。


「シンルゥ? もう縄とかいいんじゃない?」

「うふふ」


さきほどから何度も言っているが、シンルゥは笑うだけで束縛を解こうとはしない。


老司祭とシンルゥ、この二人の間に流れる空気というか雰囲気というか機微というか、なんとなく異質なものを感じる為、オレも強制はしない事にした。


正直、シンルゥが怖い。


「司祭殿。さきほどからのお話をうかがうにあたり、ツッチー様の敵になる気はないと?」


ディードリッヒが話の明暗がはっきりとわかるような質問を投げかける。


「知らなければそうでいられたのだがの。ワシはなんだかんだで教会では腫れ物扱いじゃからして、何の成果をあげんともお叱りを受ける程度ですむ。本部が痺れをきらして別の者がまわされるまでは置物になっておるつもりじゃったが……」


チラリとオレを見る老司祭。


「まさか魔人がおるとは。しかし、うーむ」


ジッと顔を見られる。


「オレの顔になにか?」

「凶相とはかけ離れた御仁だの、と。教会のお偉いさんよりよほど人間ができておるように見受けられる」

「……教会とやらはずいぶんと過ごしにくそうですね」


なんとなく敬語になってしまうオレ。


異世界で魔人に転生し、かつての記憶も失っているというのに、なんとなく目上の人にはへりくだってしまうのは身に染み付いた習慣なんだろうね。


「教会にも色々ありましてな。本音と建て前、奉仕と私欲が混ざりすぎて、教会全体がわけのわからん色に染まっておるのです」

「……色って、たくさん混じるほど黒に近づきますからね」

「ほほ? 言い得て妙。確かにその通り。潔白の精神は簡単に別の色に染まり、二度と純白に戻る事はなし。また白以外の色が混じり、よどみ続ければいつか黒に至る。そうなれば塗られた紙を捨てて、新しい紙を用意するしか手立ても無し」


司祭という立場なのに教会批判してるけど大丈夫かね。


ともかく、老司祭はさほど仕事熱心ではないという事がわかったただけでも大収穫だ。


あとはここからどう話を持っていくか、というわけか。


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