『ツッチー、大地に立ってから十二年後。教会からの視客(2)』
そんな唐突な妖精の問いかけに、シンルゥは意外にもまともに受け答えしていた。
てっきり、いつもの笑顔でごまかすと思ったが意外だ。
「友人も戦友も仲間もおりません。私は単身での活動向きですから。あと恋人ですか? いない、というより、お断りしているんです。自分でいうのもなんですけど、見た目だけはそこそこだと思いますし、よく声もかけられるんですが……」
「そうね! ルゥって美人だもん!」
それは同意だな。
時折、その細い垂れ目が何か企んでそうな目つきになったりするのを除けば。
「うふふ。ありがとうございます」
「でも、どうして恋人つくらないの?」
「そうですわねぇ……好みの男性が現れない、という事で一つ」
「ふぅーん?」
さっきまでわりと真剣に深刻な話をしていたはずだが、一気にかしましくなった。
というより、妖精の恋バナへの食いつきがすごい。
それに答えているシンルゥも、いつもよりなんとなく楽しそうな笑顔だ。
ちっこくても、種族が違っても、女性同士の恋の話というのは盛り上がるものなんだな。
一応、この島の主人? である魔王様をほったらかして、きゃいのきゃいのと、はしゃぐぐらいには。
「じゃ、じゃあ、シンルゥの好みってどんな人?」
話の盛り上がりはさらにトーンを上げていく。
オレはついていけず、蚊帳の外だ。
「そうですわねぇ……」
空を見上げるようにシンルゥが考え込む。
雲一つない晴天に向けられていた視線がフラフラとさまよい、こちらに向かって目が合った。
シンルゥが笑顔になる。
いつも笑顔だが、いろんな笑顔のパターンがあるシンルゥだ。
そしてこの笑顔はなんとなくイヤな予感がする。
「ツッチー様のような方が現れれば、お付き合いしてみたいですね」
「え? え! だ、だめよ!」
妖精が慌ててオレの顔の前にやってきた。
そしてオレと目が合うと、とっさの行動に自分でも何がしたかったのかわからないようで、わちゃわちゃと手を振り回しながらオレの頭を叩きだした。
やめろ髪が乱れる。
「だ、だめだからね!?」
「うふふ?」
悪い笑顔をさらに深めるシンルゥ。
見事にからかわれてますな。
「だめ!」
「うふ、冗談ですわ。けれどツッチー様のような優しい紳士からのお誘いであれば、私も無下に断る事はないと思いますが……冒険者の男性というのは基本的に野性味あふれる方が多くて」
まぁ、そういう荒事がメインのお仕事だろうしね。
むしろ女性の身ながら、第一線で活躍するシンルゥが異質なのではないかとも思うが。
なんかファンタジー世界にふさわしい能力とか持ってたりして?
「……さて。今日はここらでお暇いたします。私も私で少しその司祭の背景を突っついてまいりますから」
「悪いな」
「いえいえ、とんでもございません。半分以上は私の為でもありますから」
「そうなのか?」
「左様ですよ」
シンルゥは笑顔で立ち上がり、自分の翼竜に向かって手を振る。
少し離れた所で昼寝をしていた翼竜が立ち上がり、シンルゥの前まで来ると伏せる。
「それでは近いうちにまた参ります。ツッチー様にあらせられては、なんのご心配も不要です。私どもが万事万端、つつがなく差配いたしますので」
「そう願ってるよ。なんだかんだで毎回、難儀なお客さんを迎えている気がするからな」
「うふふ。私が最後の客人となるよう尽力いたします」
翼竜にヒラリと乗り込み、飛び立つシンルゥ。
オレと妖精は手を振って見送った。
「なんだかイヤな予感がするなぁ」
「どうして? ルゥがまかせてって言っていたじゃない?」
「それが不安すぎる……」
「だめよツッチー。お友達ががんばってくれてるのに、そんな事ばかり言うのは!」
まったくもってその通りだ。
「そうだな。信じて待ってよう。きっとうまくやってくれるさ」
「ふふふ、そうよ! それがいいわ!」
***
――などと、信じた勇者を見送ったのはいつだっただろうか。
眼前ではオレの悪い予感をせせら笑うように、さらにひどい状況が展開していた。
「というわけで……こちらが教会からやってきた司祭殿です」
ディードリッヒがその褐色肌を、いつものごとく青くして口を開く。
「私は、いえ、私とディードリッヒ殿はやめろと何度も言ったのですが……」
額から滝のような脂汗を流して、全身カタカタ震えている領主など今にも泡を吹いて倒れそうだ。
「お二人のやる事なす事まわりくどいというか後手後手というか。ラチが明かないので私が手っ取り早く解決する事にしました」
ただ一人平然と、ともすれば、胸を張って自分の成果ですといわんばかりのシンルゥ。
「ふごふご」
その横で、さるぐつわをかまされ、縄で縛られている老人の姿があった。
……さて、ではこの愉快な状況を説明しようか。




