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『ツッチー、大地に立ってから十二年後』


二階建て。


それはオレにとって一つの目標であり浪漫でもあった。


しかしこの島で暮らすにあたり、土地を節約する必要などまったくない。


だからこれまでは平屋で過ごしてきたのだが……ふと思うのだ。


それは己の力の限界から目をそむけているだけではないか、と。


かつて大雨の夜、崩れた自分の家に潰されて泥まみれになったトラウマがまだうずくだけではないか、と。


だが今ならどうだろう?


島の至る所からオレの魔力っぽい何かが染みわたっているのを感じられる。


オレ自身も、前と比べ物にならないくらいに土の操作に熟達した。


ならば建てるべきか。


否。


建てるべきなのだ、二階建てを!


過去の自分を越える、明確な証を打ち立てるべき時ではないか!


「お、できた」


というわけで、実際に建ててみた。


頭の中でイメージしたのは単純な正方形の箱型で間取りは無し。


壁も何もない広さだけがある一部屋だ。


高さが半分になるように、真ん中に床を作って二階建てとする。


二階の床には端っこに穴をあけて、そこへ登る階段を後から付け足した。


実にシンプルだが、立派な二階建てが誕生したのである。


「ツッチー、また新しいお家作ったの?」


薄桃色の家の窓からフラフラと出てきた妖精が、新築の家を見て。


いや、見上げて言った。


「あっ、二階建て!」

「おうよ!」

「すごーい!」

「おうさ!」


ちなみに家全体もそうだが、ドアも蝶番も全部硬くした土だ。


カチンコチンで石というか鋳物というか錆びない鉄というかセラミックスみたいに硬質化している。


すごいよね、土魔法。


いや、オレの浸食支配がなじんだ結果、できるようになったのかもしれない。


それを踏まえて建築技術も進化した。


かつては玄関は入ったり出たりするたびに、土魔法で閉じたり開けたりする手動の自動ドアだった。


しかしやっぱり不便なので、色々と試行錯誤と練習を重ねた結果、土を硬質化できる事を知ってそれっぽい玄関扉を作る事ができるようになった。


ドアなどの可動部はどうしても摩擦で痛んだりするが、補修もできるしこれまで問題になった事もない。


ただ、窓だけは今もただの四角い穴だ。


雨が降ったり、風が強い時は雨戸を閉めて対処できるが、ガラスがないというのは思った以上に不便だ。


ガラスは鉱物から作るということはなんとなく知っているが、明確な知識がないと作り出す事はできない。


何度か『ガラスガラスガラス……』と唱えながら、地面の土に向かって色々とやってみたがダメだったのだ。


浸食支配。


発音と字面はカッコいいが、案外ショボイ能力である。


それはともかく。


「さ、入っていいぞー」


オレはドアを開いて妖精に一番乗りをゆずる。


記念すべき、最初の二階建てだ。


その敷居をまたぐ栄誉は、大切な妖精にゆずりたい。


「……ツ、ツッチーが最初でいいよ?」

「……いやいや。こういう時は女性を先にするのが紳士ってヤツだよ?」


互いに譲り合い、どうぞどうぞと相手をうながす。


「やっぱり建てた人が最初に入るべきよ、うん!」


オレの背後に回り込み、羽ばたきを強くしてオレを家の中へと押し始める。


むろん、まさしく鳥のように軽い妖精に押されるほどオレは軽くない。


事態が硬直し、どちらが先に入るかでもめ始めようとした時。


「あらあら。何をイチャついていらっしゃるの?」


一頭の翼竜が空から舞い降りてくる。


「あ、ルゥ!」


妖精がオレから離れ、着地した翼竜から華麗に飛び降りたシンルゥの肩へと飛んでいく。


「ふふ、今日も元気そうね、お姫様」

「ルゥもね!」


妖精を肩に乗せ、杏子色のポニーテールを揺らしたシンルゥがオレの元へとやってくる。


「ツッチー様も、ご機嫌うるわしゅう」


軽装ながらも鎧姿のため、スカートをつまむ代わりに、鎧に刻んだ帝国の紋章に拳をそえる騎士の挨拶をしてくる。


「はいよ、ごきげんよう」


オレはぞんざいに手を軽くあげて返礼する。


「うふふ、あまりご機嫌ではないお顔ですわね? 何かございまして?」


最初に会った時、シンルゥの年は二十歳そこそこだったと思う。


あれから数年が経って、彼女はなんというか大人っぽくなった。


それは決して口調や仕草だけではない。


実際に大人になったのだろうけども、年齢がどうこうではなくて、人生経験を積んで大人になったという感じだ。


以前はどこか刺々しいというか、隙のない雰囲気だったのが、今は常に余裕をまとっている。


生きるのに力んでいないというか、無理をしていないというか。


これが良い事なのか悪い事なのかはわからない。


ただ、オレが彼女を悪人二人組に任せて共犯にしてしまったせいの変化であれば、ちょっと申し訳なくなってしまう。


「ツッチー様?」


急に黙り込んだオレを、様子をうかがうようにのぞきこんでくるシンルゥ。


「……浮かない顔っていうか、今、妖精とケンカしてたんだ」

「まぁ? ケンカ、でございますか?」


心底意外という顔でシンルゥがオレと妖精を見比べる。


なんだよ、オレ達だってケンカくらいするぞ。


「そうよ! ツッチーったら、アタシに先に入れっていうのよ!?」


新築二階建てを指さして、プリプリと怒る妖精。


「……はぁ。それがどうしてケンカなどと?」


ま、わけわからんよな。


……いや、待てよ。


「シンルゥ」

「はい」


オレが呼び掛けると、すぐに姿勢を正してこちらを向く。


「この家、どう思う?」

「……新しいご寝所ですわね? ご立派かと思いますが?」


二階建てを見てシンルゥがお世辞を言う。


かかったな。


そしてオレは悪い魔王なので、そこにつけこむ。


「そんなご立派な家の最初の客となる栄誉を授けよう」

「あ、ツッチー! 無責任よ! いくら自分が怖いからって!」

「怖くないし! 完璧だし?」

「じゃあ自分が最初に入りなさいよ!」


ごもっともな話である。


だからといって、じゃあ、と入る事はできない。


だって怖いじゃん?


完璧に作ったと思うが、もし天井が落ちてきたらどうしよう、と。


妖精だって同じ考えなんだろう。


互いが互いに譲らない理由である。


「……うふふ」


シンルゥが笑い、開かれたままだった扉をくぐって家の中に入っていった。


「あ、おい、マジか!」

「ルゥ、危ないよ!?」


しばらくしてシンルゥが二階の窓から顔をのぞかせた。


「心配ご無用ですわ。さすがツッチー様、お手ずから作られたものですわね」


窓のへりに両肘でもたれかかって、ヒラヒラと手を振るシンルゥ。


「……さすが勇者。すごい勇気だ」

「そうね。アタシたちには無理ね……」


勇気ある者と書いて勇者だからな。


それはそれとして。


「それでシンルゥ? 何か用事か?」


特に来訪の約束はなかったばずだが? 


「あら、そうでした。少々お時間いただいても?」

「おー、いいぞー」


寝るか食べるかケンカするくらいしか予定がないオレ達だ。


「ありがとうございます。せっかくですし、こちらの景色のいい二階で……」


オレと妖精が同時に首を横に振る。


「ふふ、降りてまいります。しばしお待ちを」


敗北を知ってしまったオレ達は大人しく外でシンルゥが出てくるのを待った。


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