『勇者、独白:絶望の向こうにあった楽園(3)』
「は?」
魔人のスキルを視た瞬間、私は絶望とともに、そう漏らした。
『浸食支配』
・地、水、火、風、いずれかの属性を持った、術者から同心円状に広がる該当属性を帯びた支配能力。
・支配下の土地において、術者は一切の消耗なく、所持している属性の力を操る事ができる。
・支配下の土地において、術者が疲労、消耗、負傷、または死亡した場合、支配地に蓄積された魔力が術者に還元され、回復、治療、または蘇生を行う。
・支配下の土地において、蓄積した魔力を何かしらの方法で摂取した生物は浸食支配の影響を受け、程度と様相の差異はあれど術者に対して徐々に恭順化する。
・浸食能力の範囲、面積に制限は無いが、支配濃度は術者の滞在時間の経過に比例する。
・浸食能力の拡張において、所持していない属性地形に阻まれた場合、浸食はそこで留まる。
・支配下の土地は術者の死亡後、徐々にその浸食から揮発解放されていく。
一見して複雑なスキルであるが、私は最も重要な点を読み違えなかった。
この魔人はおそろしく強力な不死性を所持している!
すぐに剣を鞘におさめ、その鞘ごと投げ捨てた。
絶望に次いで生まれた恐怖心を投げ捨てるかのように。
そして両手を上げ、口を開き、目を閉じる。
人の敵たる魔人を前に自殺行為だ。
だが、あんなスキルを持つ魔人が支配する島で、あろうことかその支配者に対峙するなど、選択肢にすら入らない。
下手に逆らって機嫌を損ねれば、お願いします殺してくださいと言わされるハメに陥るかもしれない。
勇者稼業なんてものをやっていれば力ある土地の支配者、つまり魔王と呼ばれるものがどういう存在かは色々と聞き及ぶ。
オーガやトロールが魔王であれば残酷で残虐。
だがその程度であればいくらでも手はある。
私が武器を投げ捨てて無条件降伏する事はありえない。
一風変わって、人族の腹を使って繁殖する魔族もいれば、苗床として種子や卵を産み付けたりする魔族もいる。
それらが魔王であれば、最悪の部類ではあるものの、戦闘放棄から逃げの一手で、脱出、生還の望みは持てる。
それよりもさらに最悪なのは理知的に見える魔王だ。
リッチーや吸血鬼などがあげられる。
あれらは圧倒的な力をもって、人を捕らえてもてあそぶ。
殺してくださいと哀願してくる様を見て、酒を楽しむような者もいる。
……だが、これもまだいい。
油断した相手であれば、何かしら手があるかもしれないのだ。
だが今回は魔人。
人の姿をした人で無き存在。
最強の魔族。
滅多にいないし、実際に私も見たの初めてだ。
出来れば一生、出会いたくない相手だった。
敵にすれば間違いなく最悪の部類に属する。
一見、温厚に見えると伝わっている魔人は、その考えが読めない。
幼子が蝶の羽根をむしり、蟻の足をもいで遊ぶようにして人を壊す程度であればまだしも、想像もつかない何かをされた時、私は私でいられなくなるだろう。
であるならば。
力の差が歴然となった今、私がとるべきは腹心無しの命乞いしかなかった。
それがどれほど滑稽であろうとも、それしか出来る事がないのだが……。
……実際のところ希望はあった。
私の所持するスキルは二つ。
この二つのおかげで、孤児だった私は勇者と呼ばれるまで生き延びてきたのだ。
一つはこの『技能看破』。
もう一つは『人物看破』だ。
具体的な例をそこのダークエルフの商人で挙げるならば。
種族 ダークエルフ
状態 『狂信』
性格 秩序、悪
と視える。
最初はこのわかりにくいスキルに毒づいたものだが、これはこれで便利だ。
敵か味方か第三者かという判断にも役立つ。
ダークエルフの場合、その迫害されがちな種族でありながら、現在の最も強い精神状態は『狂信』とある。
という事は、おそらく命の恩人なりなんなりがいるのだろう。
そこからさらに、秩序、悪、とくると、主人に対しては服従しつつ、それ以外に関しては何を害するにも躊躇がないという所だろうか?
領主を視れば。
種族 人間
状態 『信奉』
性格 秩序、中庸
領主の場合はシンプルに、領地の民を守るためならば手段は選ばないという、貴族としての意識や責任感からくるものだろう。
しかし魔人のスキル『浸食支配』を知った今、少々見方がかわってくる。
この島の果実の魔力は明らかに魔人と同質の魔力が溢れているものだ。
それを摂取しているこの二人は『浸食支配』により、すでに恭順が進んでいると推測できる。
ダークエルフはその恭順の果ての一つであろう『狂信』状態に。
領主は『信奉』と、やや形は違えども完全な従僕となっている。
私を買収しようとしているのも、妖精をあれだけ守ろうとしていたのも、すべて主人たる魔人のためだろう。
そんな恐ろしいスキルを持った魔人、ではあるのだが私が『人物看破』で視た結果。
種族 魔人
状態 『安穏』
性格 秩序、善
これである。
これを視て、やはり私は頭の中で『は?』と漏らした。
この魔人、ここにいる誰よりも善人なのだ。
いや、教会関係者であろうともここまでの者はいない。
むしろ教会こそ悪人の吹き溜まりなのだが。
ともかく、こんな聖人のような魔人がいるはずがないと思いながらも、私は私のスキルを信じ助命懇願の可能性ありとして武装解除をした。
この魔人であれば理由なく事情も聞かず、いきなり首を飛ばすという事もないだろうという確信を持って。




