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『勇者、独白:絶望の向こうにあった楽園(2)』


知らないという事は幸せでもある。


侮られている事に憤りは感じたが、それをすぐに表に出すほど若くもない。


むしろ、まだ彼を知らなかった私は、ディードリッヒの脅しに対して、虎の尾、いや子猫の尾だろうと、踏まなくていいものなら避けて通ろうと対話を選択した。


「いえいえ。私もこれほどの収穫が見込めるとは思っていませんでしたから。なるほど、まさに金の生る木というわけですね。実に眼福です」

「……おや。勇者ともあろう方が、なんとも俗っぽいお言葉ですね」


ダークエルフが怪訝な顔でこちらの真意を探ってくるが、私は思ったままを言葉にしているだけだ。


「金を俗っぽいなどと。まさに俗界の中心ですし。私は勇者などと呼ばれていても聖人でもなければ僧侶でもない。お腹がすけば肉も食べますし、酒にも酔う、普通の女ですよ?」

「……なるほど。ごもっともですね」


なにがなるほどで、どうごもっともかはともかく。


ダークエルフがわずかに私に対する警戒をゆるめた雰囲気がある。


視線や仕草に隙はないが、この程度の問答で打ち解けたつもり?


荒事をこなすには考えと感情が甘くないか、この男。


「それで、勇者殿。ご返答は?」


一方で、領主があらためて言質を取りに来る。


私としてはうやむやのまま一度、街に戻りたい。


言葉や約束を縛る魔道具などを隠し持っていられると厄介なのだ。


ま、それはお互い様なのだから領主も明確な返答を求めているのだろう。


さてどうしたものかと思案に暮れていると、結局は入る事がなかった派手な色の家の窓から淡い光が飛び出してきた。


蒼い鱗粉をまとったそれは四枚の羽根。


ゆらゆらと辺りを見回し、飛んできたのは小さき少女。


妖精だ。


「あ、リッヒ。なんでウチにいるの? ツッチーは?」


目覚めたばかりなのか目をこする。


声も眠たげな妖精は二人の知己だったのか、宙を漂いながら親し気に寄ってきた。


私は千載一遇を得たとばかりに、懐から紙玉を取り出して妖精へと投げつけた。


妖精にぶつかった紙玉は簡単に破裂し、黄色い粉が派手に飛び散る。


私は自分の口元を服の袖で覆い、その粉煙を吸い込まないようにしてその場から飛び去る。


「え? きゃあ!」


妖精が悲鳴をあげたと同時に、音もなく地に落ちた。


「え、な、なに? これ?」


とある調合をした粉を吸い込み、妖精が軽い麻痺状態となる。


立ち上がろうとする四肢にも力が入っていない。


「勇者、貴様!」


ダークエルフもすぐさまテーブルから離れ、蒼い光をまとった精霊手をこちらに向けてくる。


さて、繰り出されるのは炎か? 氷か?


不可視の風だと少々厄介だが……?


私はすでに抜いていた剣を右手に構え、左手は投擲用ナイフを抜いて後ろ手に隠し持つ。


そしてダークエルフに対し、まず言葉を投げつける。


「その妖精族、貴方達が私に差し向けた刺客かもしれませんからね。当然の対処ですよ?」


そんなはずはない。


なぜならあの妖精が使えるのは『光明』の魔法だけだ。


そもそも不意打ちだのなんだのをするのに、あのような姿の現し方をするはずがない。


「ぐ、それは……」


だが私の言は通るのだ。


私にとっては敵地といえるこの島で、二人は寄ってくる妖精を見ても私に説明をしなかった。


私としては自衛行為であると主張できるし、彼らはそれを否定できない。


交渉において彼らの立場が強ければ別だが、現状、私がまだ優勢ともいえるのだから。


「くっ、いや、彼女は違うのです! 誤解を招いた事には謝罪いたします。そのレディには、くれぐれも刃を向けぬようにお願いします!」


ダークエルフがこちらに向けていた精霊手を降ろす。


「と、と、とにかく彼女に敵意などな、ないし、殺傷力がある類の術も、も、も持っていない!」


逃げ遅れて多少は麻痺毒を吸い込んだのか、口調はあやしいが領主も妖精の身を慮る。


……ふむ?


たかが妖精と思っていたが、どうにも妙だ。


少なくとも二人は、己が命と同等程度には妖精を守ろうとしている。


その理由は?


この島の果実の秘密に関係があるのか?


そう考えていた時、地に転がっていた妖精が声をあげた。




「ツッチー! うあああん、ツッチー! 助けて、助けてぇ!」




瞬間、土埃が舞った。


そして視界が土の支配から解放された時、そこには一人の男が立っていた。


首元にすがりつく妖精を大事そうに撫でながら。


黒い髪。


黒い瞳。


黒髪、黒目の男――否。




魔人!




これがこの島の支配者と即座に理解する。


すぐに距離をとろうとする。


だが遅い、遅すぎた。


魔人の闇色の瞳はすでに私を捉えている。


逃げられない。


冒険者としての直感と確信。


私はすぐに自分のスキル『技能看破』を発動する。


対象が所持するスキルを看破する、私が持つスキルの一つだ。


例えばそこのダークルフの商人持つ『精霊手』であれば、このように視る事ができる。




『精霊手』

・地、水、火、風、いずれかの属性の一つを宿し、同種の精霊の力を借りて術を行使する。

・術者の魔力、体力を消費する。術の効果によりその消耗度は比例する。




というように、スキル名と効能が理解できるのだ。


今も森で私を監視する為、弓矢を持って隠れ潜んでいるダークエルフ達が持っている『遠目』であれば。




『遠目』

・肉眼での視界や視野、視力など、あらゆる視認能力を強化する。

・使用中、術者の疲労が蓄積すると一時的な失明状態へと陥る。それは自然に回復する。




となる。


射撃、投擲などに効果を発揮するし、夜目も効く為、偵察などにも実に使えるスキルだ。


そして、さきほどふらふらと不用心に姿を現した妖精。




光明ライト

・術者の周囲に一つ、ないし複数の光源を発する。

・術者の魔力、体力を発動時に消費し、その消費量が継続時間に比例する。

・周囲に別の光源がある場合は、発生する光源にゆらぎやムラが生じる。




と視える為、私はこの妖精に対して逆撃を恐れず先手を取るのに躊躇する必要がなかった。


そして私はこの『技能看破』を発動させて魔人を見る。


例外なく脅威的な力を持つ魔人と言えど、そのスキルは千差万別。


接近戦に強いタイプ、遠距離に強いタイプ。


いや、ここまで近くに姿を現して遠距離向きはないだろう。


では攻撃手段は物理攻撃か、即時発動の魔術行使か?


刃は通るのか? 毒は? 麻痺は? 


私は現在の自分の装備と、そこからとれる攻撃手段を思考しつつ、魔人のスキルを視た。






――『浸食支配』






初めて視るスキルの名。


その効能が私の目により露見する。


そして――絶望した。


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