『勇者、独白:絶望の向こうにあった楽園』
最悪だ。
領主とダークエルフの商人が結託している事は早くから判明した。
そして何やら密造したモノを金銭に替え、物資や食料、薬品を買い付けて飢饉と疫病から街を救ったのだろう、という所までは調査の結果、明らかになった。
そのモノというものが非常に濃度の高い魔力を含んだ果実であり、またそれらを加工した酒が主力商品という事も、時間と労力はかかったがたどり着いた。
領主とダークエルフが航続距離のさほど長くない翼竜で頻繁に出かけている事から、果実の原産地は近くの島だろうという事も予想がついていた。
ここまででも十分な報告となるだろう。
だが私としてはもう少し核心に迫りたかった。
チョロチョロと動き回る私をうとましく思っているこの二人から何度か調査妨害も受けているが、どれも子供のおふざけ程度であったし気にするほどでもない。
さて、どうやって二人が秘密にしている島を突き止めるかと悩んでいる所、ついに二人から直接のお誘いがあったのだ。
いわく、例の果実のある島へと案内する。
それにともない、本国への報告に関しては”調整”をして欲しいと持ちかけられた。
なかなか魅力的な桁の数字と引き換えに、だ。
私は『実物を見てみない事には』と返事をする。
現地でどれほどの収穫があるのかを自分の目で確認する為だ。
もちろん報告の”調整”などする気はない。
私は一時の金に目がくらんで”忠実で扱いやすい勇者”という立ち位置を崩すつもりはない。
そもそも提示してきた、あれほどの大金を本当に出せるのかという疑問もある。
それから三日後。
人の目から逃れるように、夕焼けが夜の海に沈みかけた頃、港町を出る。
私は領主の翼竜に同乗し飛び立つと、ダークエルフの商人の乗る翼竜が後ろにつく。
移動中、私が何か不審な行動をとったら後ろからズドンという事だろう。
彼には商人らしくないスキル『精霊手』があるのだから。
やがて島に到着する。
森の中の不自然に拓けた場所、そこに建てられた薄桃色の家の前で私は周囲の気配を探る。
すでに陽は落ちかけ、視界は悪くなっているが……多くの気配が近くに隠れ潜んでいる事が手に取るようにわかる。
おおよそだが三十人程度か。
全員が若いダークエルフ……という事は商人の一族だろう。
数人が『不安』と『恐怖』だが、大多数が『恩義』か『感謝』であった事は意外だった。
それらの中で脅威となりそうなのは『遠目』の射手が三人。
あとは有象無象だ。
今回の問題の中心人物、ダークエルフの商人であるディードリッヒが『狂信』である事からして、リッチーなどの類に操られているのかと思っていたがどうにもアテが外れた。
領主からも恐怖心ではなく、洗脳下にある人物によくみられる『信奉』があったので、まず間違いないと思ってたが、はて。
「それでは交渉を始めましょう。とはいえ、私どもが出せる最大限の条件は提示済です。それが空手形ではないという証明がこの島に豊かに実る果実です」
私を含む三人は派手な色をした家の前に設置されたテーブル、どうやら土を固めてできたもののようだがえらく作りがシッカリしている――に腰かけて交渉を始めた。
テーブルにはカゴに山と盛られた果実。商品見本というわけだ。
近くに生えている木々を見ても、細くない枝を垂らすほどたわわに実っている。
魔術が扱えるものであれば、手にとるだけで溢れるほどの魔力が含有されているのかがわかるほど。
確かにこの価値がわかる販路に乗せれば、同じ重さの金とも引き換えられる。
そんな果実が島の至る所に実っているというのであれば、辺境の港町の一つや二つ、簡単に救えるだろう。
では、その販路とは?
これほどの質を持つ果実を、大量に扱うとなると疫病と飢饉で疲弊した今の帝国内では難しいはずだ。
そもそも秘密裏に商っているから、私のような調査員が差し向けられている。
となると、やはり国外だ。
これでまず一つ、調査のウラがとれた。
しかし、別の疑問が生まれる。
この島だけに魔力の実が生るというのもおかしい。
それを二人に確認すると、近くにもいくつの島があるがそれらには普通の実しかないという。
明らかにこの島には何かの原因や介在があって、このような実が生まれているという遠回しな表現だ。
試されているのか?
ここまでは知っても良いのだと。
そして忠告なのか?
ここからは知ってはならないと。
森に潜むダークエルフたちは武器をかまえている。
ディードリッヒ、そして領主もまた、こちらの判断と回答を待っている。
仕切りなおすか?
それとも、あえて真相を探るか?
「交渉で終えたい所ですが……勇者殿? 折衝ともなると、正直、貴女にとってはあまりよくない結果になるでしょう。これは脅しではなく、善意からの忠告です」
私の思案顔に向かってディードリッヒが苦笑、いやアレは余裕の顔だ。
むしろそちらの方が都合がいいといわんばかりの。
つまり交渉から折衝ともなれば、即決裂というわけか?
その際には自分がシッポを振っているご主人様のご登場という段取りなのだろう。
なにせ『狂信』だ。
主人の顔を見るだけで喜悦を感じるほどの狂いようなのだから仕方ない。
一方『信奉』でとどまっている領主にしても、決裂ならば仕方ないという顔だ。
つまり私のまだ見ぬ、彼らのご主人様であれば、確実に私を始末できると思っているのだろう。
まったく。
ナメられたものだ。
勇者という肩書は伊達ではないし、誰にでも与えられるような軽いものではない。
などと、この時の私は自分の力量に余裕と自負を持っていた。
本当にナメていたのだ。
私が、彼を。




