『ツッチー、大地に立ってから九年後。勇者の来訪(3)』
この二人がここまで苦々しい顔で語り始めたのだ。
さぞ、ややこしい事になっていると思って身構えて話を聞く。
「んー……?」
そして最後まで話を聞き終えたオレは、なんとも言えない顔になった。
「つまり、良くも悪くも何も変わっていないわけ?」
前回よりも短い説明を終えたディードリッヒが、額に脂汗を浮かべてオレの言葉に重々しくうなずく。
「三度。まず、腕利きの人間種の傭兵で五人。次は十人。最後は私の部下のダークエルフ族の五人で襲撃いたしましたが、すべて失敗に終わりました」
そこまではいい。
さすが勇者と呼ばれるだけあって、そういうものだと納得もできる。
しかし、だ。
「全員が気絶なり拘束なりされるだけだった、と。しかも明らかに計画的とわかるのに、ディードリッヒにも領主にも、勇者さんは何も言ってこないのか」
オレが領主に、本当に? とたずねると、こちらも滝のような汗を流しながら首肯する。
「はい。以前もありましたが、勇者が酔っ払いに絡まれた時の対処と同じです。軽く扱われて、翌日は何もなかったように調査を続行しております。そのため勇者襲撃は表立っておりませんが、さすがに三度の失敗ともなると噂にもなります」
それはそうだろうね。
「また勇者の人柄からか、街の者たちが向ける敵意も減っております。近くに出没していた魔獣の討伐依頼なども片手間に受けているらしく、わが街の冒険者組合からの受けも良くなっており、勇者に手を貸す商人なども増えてきました」
真面目な人が正当に評価される。
いい世の中じゃないか。
そして目の前の悪徳領主と黒幕商人が苦しめられている。
シンプルな勧善懲悪物語である。
事情を知らなければそういう話だが、こちら側の悪人達にも事情があるのだ。
「うーん」
要するに、襲ってみたが返り討ち、あげく協力者も増えてきて、このままではマズい、と。
「私どもの浅慮が招いた事態でございます」
「い、いかなる罰もお受けいたします……」
一通りの報告を終えた二人が、イスから立ち上がり、オレの前でひざまずいた。
あー、もう、そういうのはいいから。
「ああ、いいよいいよ。なんだかんだで、勇者さんはこの島の事もオレの事も知らないんだろ?」
そのラインさえ越えなければ大丈夫だろ。
「……あれ?」
いつもなら『もちろんです!』とハモりそうな質問なんだが。
『……』
下げていた頭をさらに下げる二人。
あらあらまあまあ。
「過去の果実の流通経路から探られました。時間の問題とは思っておりましたが、その間に勇者を処理できると計画した私達の……すべて私の失策です」
「いえ、ディードリッヒ殿のお力あってこそ、我らは救われたのです! どうぞ咎は私のみに!」
そして互いにかばいあう二人。
まー、もともとこの二人に罰とかそういうのは考えた事もないんだけど、なんかしないと収拾がつかなさそうだなぁ。
どうしたものかと考えていると、ふと思い出した。アレがあるじゃんか、と。
「気にしないで欲しい、と言っても二人の気が済まないだろうから」
オレから処断を下されると知り、二人がこちらに向き直る。
覚悟した目だ。
その妄信的というか狂信的な献身はどっからくるのかと、こっちが怖くなる。
「両者にイエローカードで。領主は二枚目かな? 気を付けてね?」
「は! 猛省とともに賜ります!」
カードのストックは領主が持っており、用意のいいことで胸元からそれを取り出してオレに見えるように捧げ持った。
「我が主。以前の失敗から合わせまして、私も二枚目とさせて頂きます!」
あー。
以前、領主に勝手にオレの事を教えた時のアレか。律義すぎる。
「ディードリッヒがそう言うならそれでいいけど」
ディードリッヒが目配せすると、視線を受けた領主がもう一枚イエローカードを取り出してディードリッヒに渡した。
「さてと。それじゃ、どうしたものかね」
そもそも何が問題かをあらためて整理しよう。
領主の港町が飢饉と疫病に耐えしのいだ、その手段なりなんなりを勇者さんが調査に来ている。
それをたどると、領主がディードリッヒとつながっている。
ここまではいい。
もともとそういう話で、領主はディードリッヒに助けられたという報告を本国に通している。
ここからが問題だ。
さらに線をたどると、ディードリッヒはオレとつながっている。
ここからもうアウトだ。
……あれ?
こうして整理するとアウトのラインが早いわ。
しかし資金源となっているのはこの島の果実。
だったら魔人がどうとかは置いておいて、単純にこの魔力の満ちた果実が生る島を見つけて独占していたから街は助かったという事にすればどうだろうか?
オレはその間ずっと隠れていればいいだろうし。
と、オレがパッと考えた案を、頭のいい悪人二人組に話してたたき台にしてもらう事にした。
「……それは……よろしいのでしょうか?」
だがディードリッヒの顔が暗い。
領主もおずおずと聞き返してくる。
「それは……確かにそうであればまだ誤魔化しもきくかと思いますが、そのよろしいのですか?」
まるで、もともとそういう考えがあったかのような言いようだが?
「何が?」
「魔王様の領地、貴い支配地に勇者などと汚れた存在が足を踏み入れるなど……」
あー。
そういう思考ね。
魔人より魔族っぽいね、あなた達。
「いいよいいよ。それで穏便にすむ話なら。それに以前の計画だと脅迫してから買収って話だったろ?」
「左様です。弱った所に付け込む予定でしたが、まったく弱る気配すらございません」
領主が苦し気に吐き出す。
「ならいっそ、この島の果実の説明をした時ついでに買収してみれば? この島の果実がバレたらお国に税を課せられるんだろ?」
「は、おそらくはそうなるでしょう。農作物であればともかく、これほど貴重な魔力の源泉ともなるとどれほどの額を徴収される事か。ディードリッヒ殿にも今後の課税や、これまでの追徴課税があるかと」
それはよくない流れだ。
せっかく苦しかった状況から盛り返してきた所なのに、また本国から税収と言われてカツアゲされてしまっては元の木阿弥になってしまう。
「しかしあれほど強靭な意思を持つ勇者が、ただの買収で転ぶかどうか……」
ディードリッヒがおそらくは無理だろうと、という顔で呟く。
「確認するぞ? 勇者さんにこの島を報告されると……港町はどうなる?」
領主が首を何度も横に振る。
「本国もまだまだ立て直しの最中です。何もかもとまでは申しませんが……うるおいがなくなるほどには、物資も薬品も食料もしぼり取られるでしょう。逆らえば軍が差し向けられます」
想像はしていたがやっぱり勇者さんに報告されるというのが、絶対に譲れないラインか。
「わかった。買収が失敗した時はオレがなんとかするよ」
途端、二人がこれまで見た事のないような笑顔になった。
「おお、我が主の御力をこの目にできるとは!」
「魔王ツッチー様、どうぞ、なにとぞ、なにとぞまた我が街と住民をお救い下さい!」
……勇者かぁ。
この島で戦うなら多分イケると思うけど、実戦経験ゼロの魔王様だからなぁ。
ちなみに考えている対抗手段はこうだ。
もはや、この島でオレの浸食支配が届いていない場所はない。
そして浸食支配下であれば地面の操作そのものに距離は関係ない。
よって敵対対象がどれほど遠くても、その位置を目視できる状況であれば足元に深い縦穴を作り出して落っことす事ができる。
基本的には落下ダメージ狙いだが、いざとなれば穴底には堅い土でスパイクを仕込み貫通ダメージもおまけする。
さらに落ちている間にも上から土を流し込み、覆いかぶさる土の質量攻撃と、生き埋め窒息コンボも組み込む。
名付けて遠距離狙撃生き埋めアタック。
このフルコンボだと殺意が高すぎるが状況によって、足止め、生け捕り、と調整できるのが良い所だ。
ただ、今回これを使うとすれば残念ながらフルコンボになってしまう。
「それでは勇者に私と領主が直接接触する事にいたします」
「勇者を連れてくるのは……三日後でどうでしょうか?」
オレは二人にうなずき、勇者を島に招き入れる事にした。




