『ツッチー、大地に立ってから九年後。勇者の来訪(2)』
「とりあえず頭をあげてくれ。文字通り話にならないから」
『はっ!』
声をハモさらせ、額もお揃いで赤くした二人がこちらを見る。
この慌てようからして、そうとうにマズい状況か?
詳しい話を聞こうと、ディードリッヒに視線をやると。
「勇者ですが……思った以上に骨のある、というよりも思考や行動が読めません」
孤児院への送金をできないようにしたものの、それに気づいても様子は変わらず調査を続けていたという。
また港町の住人や商人からの扱いが悪くなっていても、態度や振る舞いは変わらず、たとえ暴言を投げかけられても一切の無視。
宿に泊まれなくとも、港町の近くの林で野宿しているそうだ。
ディードリッヒや領主から身体的な危害を加える事はするなと言われているようだが、酔っ払いなどが絡んだ来た際には、ケガをさせる事なく無力化しているらしい。
要するに相手にされていない、と。
「勇者もこの島の果実が港町を救ったという事は見当がついているらしく、その出どころを探っているところです。むろん、かん口令をしいてはおりますが、多くの者に出回ってる現状、いずれ産地であるこの島が露見するのは時間の問題かと」
「魔王ツッチー様の温情ゆえ、見逃しておりますが……ここはやり方を再検討すべきではと思い、ディードリッヒ殿とこうして参った次第であります」
うーむ。
つまり、穏便ではなくなってしまうというわけか。
仕方ない、のかなぁ。
オレも島にはダークエルフの集落をかかえているし、もはや自分だけでの話じゃないからね。
これは流れに身をまかせすぎた自分の責任でもある。
顔も知らん勇者の都合より、おびえた目でオレを見るとはいえ島の住人の生活が優先だ。
自分の手を汚す覚悟を決めなければならないんだろう。
でも、一応は聞いておく。
「で、具体的にはどうするつもり?」
「本意ではありませんが勇者と言えど単身。数を集めて始末します」
わかっていたがディードリッヒは怖い。
そういった事を話す時も普段とまったく変わらないのだ。
本当に商人なのかと思うぐらい、冷酷な態度を見せる事がある。
初手から過激な手段をとる事はないが、必要とあれば躊躇はしない。
その割り切り方は、これまで彼が厳しい人生を送ってきた為かもしれない。
「私も手を回しますゆえ、証拠は残しません。報告書には勇者の怠慢とでも。次の調査官も来るでしょうが、ここまでやりにくい者は珍しいですし、次はしっかりと買収いたします」
すでに勇者がいなくなった後の事を話を始める領主の言葉にも、ためらいの響きはきない。
彼にとって本国とやらは憎悪の対象だから仕方ないのかもしれないが。
「二人が最善と思う手がそれならまかせるよ」
島から一度も出る事すらなく、オレはどうやら手を汚すようだ。
直接的ではないとはいえ、オレがするな、と言えばこの二人は止まる。
しかしオレは自分と周りの人の為にも彼らを止める事はない。
色々と流れに身をまかせた結果とはいえ、この島の果実が役に立って港町の人たちを救えたのは嬉しい。
しかしその結果、別の、それも勇者と呼ばれるような善人の命を取る事になるというのは皮肉な話だ。
人間の世界というのは……異世界でも残酷だ。
***
「うふふっ! 前の空色もいいけど、今日のぶどう色も素敵だわ!」
今日も今日とて新しいワンピースをもらった妖精がはしゃいでいる。
贅沢に慣れず、いつでも喜びと感謝の心を持ち続けられるというのは良い事だ。
今までもらった服は淡い色の服ばかりだったが、今回は薄めとはいえ紫だ。
さらにいつもよりもやや丈が長く、すそに金の刺繍なども見て取れる。
もともと特注サイズではあるし、これまでの服も手間と金がかかっていただろうが、今回は輪にかけて高価そうだ。
「ツッチー、見てこれ! どうかしら?」
「とてもよく似合っているよ。そうだね、ちょっと大人っぽく見えるかな」
「そ、そう? 大人っぽいかな、アタシ? うふふ!」
可愛い。
それはともかく。
はしゃぐ妖精、その一方で、張り付けたような笑顔で妖精を懸命に褒めたたえつつ、こちらをチラチラと見ている二人の姿が実に対照的だ。
つい先日、勇者を始末する、そう厳しい手段をとると言っていた二人。
それが、さほど時間を空けずに仲良くやってきた。
「ね、ね! 見てツッチー、金色の刺繍とか、フリルとレースもたくさんついてるのよ!」
今回のワンピースは前回よりも明らかに金がかかってるし、その甲斐あってか妖精のご機嫌はマックスだ。
これは……かなーり、やらかしたのではなかろうか?
「うふふ! ちょっと、みんなの所に行ってくるわ!」
ひとしきり喜びの舞いを終えた妖精が、いつものようにダークエルフの作業場へと飛んでいく。
「いってらっしゃいませ!」
「お気をつけて!」
などと、笑顔で手を振り妖精を送り出した二人であるが、その後は黙りこくったままである。
いつまでそうしているつもりなのかわからないし、ラチが明かないので突っ込む事にする。
「それで?」
『申し訳ございません!』
土のテーブルに鈍い音が……響かない。
どうせこう来るとわかっていたので、二人が額をぶつける寸前、柔らかくした。
痛みはなかっただろうが、しっかりとテーブルには二人の顔の形がくっきりと刻まれた。
「はいはい、それはいいから。それでどうなったんだ? 勇者さんは思った以上に手強かったというのは言われなくてもわかるけど」
ディードリッヒが苦渋に満ちた顔でここ十日間の経緯を説明した。




