『ツッチー、大地に立ってから九年後(2)』
しかし話を聞けばオレの存在を知ってやってきたというわけではないらしい。
領主の港町がどうやって飢饉と疫病から助かったのかという調査の為だという。
「王が冒険者組合に命じ、権限を持たされてやってきた調査官としてです。魔王様の事は私と領主殿しか知り得ない事ですので、こちらまでたどり着く事はございません」
ディードリッヒが自信満々にそう告げる。
確かにこの二人がオレの事を漏らすとは思えない。
話を引き継いで、領主が勇者の動向を教えてくれる。
「勇者が私の所に挨拶にやってきた際にも尋ねられましたが、かつてあった困窮の危機はディードリッヒ商会からの無償の支援があって救われたという説明をしております。ですが納得している様子はなく、独自に何やら調査を進めているようです」
そりゃ領主が嘘をついてるだろうという報告書のせいで調査にやってきてるのに、その報告書をあげている人物から説明を受けても、信用するはずがないよね。
という事はやっぱりウロチョロと調べられるとマズいのではなかろうか?
そんな不安が領主に伝わったのか、首を横に振り否定された。
「勇者がやってきてすでに五日ほど経ちますが、我らが港町を救ったディードリッヒ殿に嫌疑をかけているという事を私の友人たち……街の貴族たちに話した所、各所でぞんざいな扱いを受けているようです」
おっと、いかにも貴族っぽいやり方だ。
「あれでは進む調査も進みますまい。とはいえ、石もて投げつけるとかではなく、宿に泊まれない、食料を売り渋られる、等々のかわいいものですが」
かわいいもの……なのかなぁ。
領主の言葉を聞いたディードリッヒも面白そうに笑う。
領主も肩をすくめて笑っている。
実に悪い笑顔だ。悪人の面目躍如だな。
陰湿だと思うが、敵と認識している相手にとる手段としては穏便か。
「本国で勇者と讃えられる人物には、さぞ屈辱でしょうね。嫌気にとらわれ引き返すのでは?」
「いや、それがまったく動じていないようで、単身で色々と調べまわっていると報告を受けている」
陰険コンビが互いの情報をすりあわせているのを横目に、勇者という存在に対してオレが持っている情報があまりに少ないため、いまいち話の全容というか何をどう対応するべきかもわからない。
「なぁ。ちょっと教えて欲しいんだけど、そもそも勇者ってなんだ? 強い人の事?」
物騒な単語を交えて話している二人に尋ねてみると、すぐにディードリッヒから答えが返ってくる。
「戦闘能力の高さだけが条件ではありませんが、おおむね最低限の実力は備えた戦闘職である事が大半です。というのも勇者とは帝国に対しての貢献を認められた冒険者へ贈られる名誉職です。脅威とされた魔物の討伐やダンジョンコアの破壊などが勇者認定の主だったものですので」
ほー。
「勇者になりますと恩給や優待などがつきます。その額だけでも暮らしぶりは安泰でしょう。ですが国外への出入りなどにも国の許可が必要になったり、急で危険な任務などを与えられたりします。今回、こちらの調査もそういった過程があったかと思われます。好き好んで本国から離れた港町に来るはずもありませんしね」
領主が勇者がここにやってきただろう経緯を推測して説明してくれた。
勇者といえど宮仕えゆえの悲しさか。
こんな田舎の港町で陰湿なイジメにあうような仕事もしなければならないわけか。
気になるのは領主の様子だ。
ディードリッヒが勇者という存在に対して、つまりオレの敵っぽいポジションの人に対して敵意を持つのはわかるが、領主までも勇者を毛嫌いしている理由はなんだろうか。
田舎の魔王様と懇意にしているとはいえ、帝国とやらの領地を治めている以上は領主も宮仕えの一人だろう。
いわゆる貴族というものかもしれない。
察しのいい領主は、そんなオレの視線を受けて苦笑する。
「……勇者を派遣するのであれば、我々が困窮している時であって欲しかった。それが今更来る理由? 我々が飢饉と疫病から逃れられたと知って、その手段なりなんなりを探ってかすめとろうという魂胆がすけて見えております。苛立ちどころか殺意すら感じます。例えあの勇者にそんな意図はなく、勅命に従っているだけであるとしても」
「……そっか」
それもそうだ。
あの時の領主は、本当に命も魂も何もかも差し出すようにして、オレの手をとったのだ。
そんな覚悟の果てに手に入れた平穏だというのに、本来であれば助けるべき国が真逆の事をしているのだから領主が過激な事を口走るのも仕方ない。
話の流れはだいたい理解した。
その上で疑問が一つ。
「とりあえず勇者とやらがチョロチョロしてるのはわかったし、二人が上手く誤魔化してくれているっていうのも理解したけど。オレに何を決めろって?」
陰険二人組が視線をあわせた後、同時にこちらを向く。
「勇者の始末をどのようにするか、それをご確認いただきたいと思いまして」
「我々としては、あまり事を荒立てないよう穏便な方法でとは思うのですが」
「……そうだね。できれば事を荒立てない方向がいいよね」
この二人の今までの物言いから、穏便、なんて単語が出てくるとは驚いてしまった。
つまり、ここまで彼らがしている対処は穏便である、またはそれ未満であるという事でもある。
「左様ですか。さすが慈愛溢れる我が主。では愚か者にも情けをかけると致しましょう。領主殿? 調べはついていますよね?」
「無論。勇者の出自は辺境の孤児院に捨てられていた赤子らしい。そこで育った勇者は稼いだ金などを今も送っているようだ。ただ勇者が育った孤児院は今回の疫病と飢餓で教会からの支援が滞り、すでに無くなっている。管理していたシスターもいなくなっていた為、勇者は別の施設に寄付をしているようだな」
おー。
ファンタジーではよくある話だけど、現実にそういう人がいると思うと胸をうつものがあるよね。
だからといってオレの立場上、仲良くはできないんだけども。
「ではそちらから押さえましょう」
「勇者には他にも各地に懇意にしている武器商人や鍛冶屋などがおり、それら何名かの調べがついている」
「冒険者稼業には必須の伝手ですか。そちらの妨害も手配しておきましょう」
……なんか話が見えないんですが。
なにをどう押さえるって?
「……二人とも、どういう事?」
「はっ。さきほどご説明差し上げたように、穏便に恫喝と脅迫で黙らせようかと。これにより勇者は孤児院への送金はできなくなり、武具の手入れや新調も出来なくなります」
ふぅん……って、あれ? そんな説明されたっけかなぁ。
「そうしてディードリッヒ殿が締め上げた後、私が仲裁して恩の押し売りと資金援助という名目で買収をかけて封殺する予定でございます」
陰険すぎる。
カネと権力を持つ二人が敵になるとはこういう事か。
「本来であれば手勢を雇って土に還すところでありますが、我が主の寛大さゆえに命まではとらずにおこうと思います」
「勇者といえど平民ですからね。いなくなった所で私からうまく報告書をあげておけば問題にもならないでしょう。もし魔王様の気が変わったらすぐにでも……」
やめてやめて。
話を聞くだに、清く正しい勇者さんが勅命を受けてやってきたのが運悪く陰険どもの治める港町だったという不幸なのだ。
これ以上の仕打ちは気の毒すぎる。
「いや。それくらいでいいんじゃないかな? オレの素性や、この島にいるって事が知られなければもっと穏やかな手段でもいいんじゃなかなって思うよ?」
「ははは、さすがは我が主。冗談も上手い」
「左様ですな。これ以上ないほど寛大な対処であるかと」
陰険二人組がすがすがしく笑ってくれた。
「ほ、ほどほどに、ね」
オレは、この二人がオレの為に色々とやってくれている事はわかっているので、それ以上は口を出す事なくよろしくお願いしておいた。
うまく行けば勇者さんはひどい目にあうものの、ケガや命にかかわる大事になる事はない。
はずだ。
……ないよね?
こうして物騒な昼食が終わり、二人は翼竜に乗って帰っていった。




